表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
134/197

第26話

 竜人に偽装していた猟兵団の団員。

 操心系の魔力に晒され続けていた国王。

 竜を崇める国に、竜狩りを目的にした狂人の集団が暗躍していた。

 単なる、調査依頼が国を巻き込んだ大事に発展していきます。


「獣人の娘。陛下は、操られているというのか」


 国王から魔晶石をむしりとった宰相さんが、問いつめてきます。

 化けの皮を剥がれたバラバラ卿の偽者さんは、視線を猟兵団の団員を忙しなく見ています。

 役目を失敗したのですから、何かしらの罰が与えられるでしょう。

 そこは、私達の関与しない処でお願いします。


「はい、間違いありません」

「正気に返すには、どうしたら良いのだ」

「お国の一大事に、他国の獣人を頼ってどうしますか。誰かに頼るばかりでいるから、国は混乱するのです」


 きつい言い方ですが、頼られても困ります。

 私達は、部外者の立場にあります。

 国王が操られていた醜聞を、無いものとする為の行動を取らなくてはならない筈です。

 近衛兵に拘束の指示を出したりしないのは、迂闊すぎますよ。

 そもそもの前提が間違えています。

 何故に、国王が控える謁見の間に、近衛兵以外の他国の部外者が武器を持ち込めるのか。

 どなたも、不思議には思わなかったのでしょうか。

 ましてや、眼前で戦闘行為に及んだら、処罰の対象ではありませんか。

 呑気さに苛立ちます。


「宰相閣下。小娘の言う通りですな。何時から、我々竜人族は仲間内で、争いあいになり、権力重視になりましたか。国王の眼前で刃を交える行いを許し、勇者と自称する人族に儀式を許し、竜狩りの猟兵団を懐深く招き入れるのを許した。竜人族の誇りは何処に行きました」

「それは……」

「元を質せば竜王姫の竜騎士が、国を捨てたのが原因だろうが」


 お爺さん、ヴェルサス家当主に反発したのは、レンダルク家側から起きました。

 審判の石版を喪い、司法の一族を剥奪されかねない焦りからでしょう。

 彼等は、怒り口調で責めたちました。


「竜王姫に選ばれて有頂天になり、時の王女に自死を厭わず嫌われて、国を出奔した。自分ひとりだけならいいものを、竜王姫まで連れて行き、取り戻そうとした国の威信を潰した」

「あまつさえ、息子の恥を晴らすために先代当主夫妻は、狂った竜に喰わされた。一族郎党を根絶やしにするべく動いた国王を、竜王姫に呪わせて王家の血を絶やそうとした」

「そんな、ヴェルサス家は信用ならず、新たな竜騎士を誕生させて、家を興そうとするのを拒む」

「ヴェルサス家こそが、国の膿であろうが」


 私が口を挟むのは御門違いですから、沈黙します。

 ラーズ君と二人で、リーゼちゃんの腕を取ります。

 リーゼちゃんの祖父母が竜に喰わされていた。

 新事実に、腸が煮え繰り返ります。

 竜王姫を得られた竜騎士を、王家に取り込むのを失敗した責任は、王女側にあります。

 レンダルク家と通じて、子供まで身籠っていたのです。

 不貞の子供を、ヴェルサス家の子供として育てようとしていたのかもしれません。

 リーゼちゃんのお父様が出奔した理由は、リーゼちゃんしか知り得ません。

 公にするつもりは、リーゼちゃんにはないみたいです。


「当主。祖父母、喰わされた。事実?」


 平坦な感情を抑え込んだ声に、私とラーズ君は危機感を覚えました。

 竜燐は広がってはいませんが、リーゼちゃんは怒りを堪えています。


「何だ、教えてやらないのか。ヴェルサス家当主に兄弟姉妹。一人残して、生きながら喰われたわ」


 嘲笑う声音に、リーゼちゃんの堪忍袋が切れた音が重なりました。


「リーゼ‼」

「リーゼちゃん。駄目です‼」

「リーゼ?」


 私とラーズ君の制止は間に合いませんでした。

 リーゼちゃんから、濃密な魔力の噴出が始まり、全身を魔術原語が取り巻きます。

 何気なく前に伸びた指先を、風の刃が傷つけます。

 真っ赤な血が床に落ちていき、魔術原語を絡めとると、魔術陣が敷かれていきます。



「獣の兄妹。リーゼは、何をしようとしている」

「竜王召喚です」

「何だと?」

「リーゼちゃんは、竜王を召喚しようとしています」


 思わず、ちゃん付けで呼んでしまいました。

 ラーズ君も、呼び捨てにしていましたね。

 ですが、疑問に思う他者はいませんでした。

 竜王召喚に、誰もがリーゼちゃんの一挙一動を見ていました。


 〔セーラ。止めれますか〕

 〔駄目です。私とはラインが閉ざされています〕


 リーゼちゃんは、己れの血を媒介にしてジークさんを呼び出しています。

 リーゼちゃんを召喚している私とのラインを、一時的に閉ざして暴挙に至っています。

 変に、干渉したら反動がどう還ってくるか、分かりません。

 私達に出来ることは、召喚を邪魔する輩を排除することです。


 〔セーラちゃん。右手〕

 〔ジェス君は、あの大剣に【重力(グラビティ)】を。エフィちゃんは、魔法反射結界をお願いします〕

 〔はい、でしゅの~〕


 暗殺要員の犬の獣人が、リーゼちゃんの背後を取ろうとしました。

 身体強化を施して、回し蹴りをいれます。

 短剣がブーツに当てられましたが、特別製の亜竜の皮で出来ています。

 魔法金(オリハルコン)製の短剣なら、余裕で弾き返せます。

 狙い違わず、犬の獣人は吹き飛びました。

 やはり、猟兵団は、竜を呼ぶのを阻止しています。

 方向転換した訳ではなさそうですが、気になりました。


「また、反射。魔力の無駄遣いになるだけみたい」

「私の瞳には、何やら御大層な魔導具があるみたいだ」


 白色ローブと、薔薇色ローブが魔法を放ちます。

 エフィちゃんの反射結界に阻まれて、無駄撃ちになっています。

 ラーズ君は、大剣を拾った男性と対峙しています。

 男性の顔に歪みがあるのは、武器にかけられた重力魔法による過重の重さがあるからでしょう。

 唐突に始まった第二戦目に、周囲の竜人さん方は、近衛兵を盾に逃げ出していきます。

 ただ、ヴェルサス家当主に宰相さんは、玉座に座したまま動かない国王の安全を確認しています。

 バラバラ卿の偽者をいれて、五対二では役不足ですかね。

 負ける気はしませんが、召喚が終わるまでは耐えてみせますよ。

 接近戦には、弓は不利です。


武器喚装(ウエポンチェンジ)


 弓から、長戦斧(バルデイシュ)に喚装します。

 魔法は、気にしなくてよくなりましたので、暗殺要員と偽者さんを排除するのに、専念します。

 両者共に、短剣使い。

 長戦斧とは相性が悪いと思われています。

 小回りが利く短剣が懐に入り込もうとします。

 残念ですが、対処済みです。

 長戦斧には、仕掛けがあります。

 魔力を流すと、


「ちっ、何だその武器は」


 短くなった柄を握り締め、短剣の刃を難なく刃で返します。

 長戦斧で闘えない敵に対応する目的で、柄が短くすることができるのです。

 そうしますと、戦斧に早変りできて、接近戦に対応することができます。


「お生憎様です。手の内を晒すのは癪ですが、簡単に排除できると思わないでくださいね」

「奇妙な武器といい、何処かで見たことのある戦闘スタイル。お前達、何者だ」

「知りたいのでしたら、実力行使してみたら、どうですか」


 暗殺要員の短剣と偽者の短剣が急所を狙うのを、身を交わして避け、戦斧で弾き、隙を見て反撃する。

 二対一と、数では不利に見えますが、どうにか捌くことができます。

 偽者が囮で短剣を突きだし、暗殺要員が死角から顔面に向かって短剣を繰り出す。

 怯える私ではありません。


「なっ⁉」


 偽者の腕を掴まえて、横に投げます。

 不意をつかれた暗殺要員が、体勢を崩しながら偽者を避けました。

 追撃を恐れて、短剣が私目掛けて投げられます。

 これを、戦斧で弾き返せば、偽者と暗殺要員は距離をあけました。


「【拘束(バインド)】」


 薔薇色ローブが、魔法を行使しました。

 見えない鎖が全身に絡み付こうとしますが、効力は無効化して跳ね返ります。


「やっぱり、魔法は駄目」


 抵抗した薔薇色ローブは、悔し紛れに何かを投げてきました。

 薬品瓶を視認した私は、後退して小型ポーチから上級中和剤を素早く取り出し、ぶつけます。

 途端に、黄色い煙が発生しました。

 鼻につんとくる、刺激臭が蔓延します。

 獣人が嫌う忌避剤でした。

 臭覚を塞ごうとしたのですか。

 残念ですが、私は生粋の獣人ではありません。

 最初から、臭覚に頼る闘いはしていないのです。

 魔力を流して柄を元に戻します。

 聴覚を信じて、長戦斧を横凪ぎしました。


「きゃあ」


 悲鳴が上がり、薔薇色ローブが踞りました。

 煙に隠れて接近してこようとしていました。

 もう一度、長戦斧を背後に凪ぎます。


「ぐっ」


 暗殺要員を跳ね飛ばします。

 序でに、石突きを偽者の鳩尾に見舞います。

 避けられましたが、更に距離が開きました。

 これで、ラーズ君の支援に入れます。

 ラーズ君は腕に怪我を負っていますから、右腕一本で大剣を捌くのは無理があります。

 過重してある大剣を振るい、鎖帷子の団員は肉薄しています。

 白色ローブの魔法が、ラーズ君を狙います。

 ラーズ君は同程度の火球をぶつけて相殺。

 念話で反射結界を張り巡らせているのを、伝え忘れていましたでしょうか。

 エフィちゃんの結界は、ラーズ君とリーゼちゃんを覆っています。

 魔法無効なんですが。

 もしや、油断を誘っていますか?


「お兄様。支援致します」

「リーナ。では、ローブを落とします。鬱陶しいです」

「はい」

「弱い者苛めは嫌いなんだがな」

「あら、外見で侮ると痛い目みますよ」


 ラーズ君の左側からくる大剣を、長戦斧で受け止めます。

 身体強化を一段階あげます。

 拮抗する刃が甲高い音を響かせました。


「ちっ。お嬢ちゃん、やるなぁ」

「そちらこそ、流石は人を辞めた狂人です、ね」


 大剣を力業で跳ねあげました。

 鎖帷子の団員は力負けしたとわかると、大剣から惜しみ無く手を離しました。

 彼は良く見ていました。

 大剣の刀身に長戦斧の刃が食い込んで、使い物にならなくなっていました。

 私は、長戦斧を跳ね上げた体勢をしています。

 そこに、隙が生まれました。

 大剣を手離した団員は、すかさず拳を握り締めて、お腹に一撃入れてきました。

 殴り跳ばされる。

 と、思ったのでしょう。

 団員が酷薄に笑いました。


「リーナに、何する」


 渾身の一撃は、難なくリーゼちゃんの掌に止められました。

 残念でした。

 リーゼちゃんを完全に忘れていましたね。


「お前⁉ 召喚は終わったのか」

「肯定」


 団員の拳を払ったリーゼちゃんが、謁見の間の窓を指します。


 ズンッ。


 重たい音がして地響きが起きました。

 窓の向こう側には、悲鳴が響き渡っています。

 リーゼちゃんに似た蒼い色の巨大な鱗。

 王宮の尖塔にまで及ぶ巨大な体躯。

 空を羽ばたく艶めいた翼。

 頭頂部には黄金に煌めく竜角。

 謁見の間を睥睨する鋭い瞳。

 天空の覇者にして、幻獣の王者たる竜。

 リーゼちゃんの伯父であるジークさんが、そこにいました。


ブックマーク登録ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ