第26話
竜人に偽装していた猟兵団の団員。
操心系の魔力に晒され続けていた国王。
竜を崇める国に、竜狩りを目的にした狂人の集団が暗躍していた。
単なる、調査依頼が国を巻き込んだ大事に発展していきます。
「獣人の娘。陛下は、操られているというのか」
国王から魔晶石をむしりとった宰相さんが、問いつめてきます。
化けの皮を剥がれたバラバラ卿の偽者さんは、視線を猟兵団の団員を忙しなく見ています。
役目を失敗したのですから、何かしらの罰が与えられるでしょう。
そこは、私達の関与しない処でお願いします。
「はい、間違いありません」
「正気に返すには、どうしたら良いのだ」
「お国の一大事に、他国の獣人を頼ってどうしますか。誰かに頼るばかりでいるから、国は混乱するのです」
きつい言い方ですが、頼られても困ります。
私達は、部外者の立場にあります。
国王が操られていた醜聞を、無いものとする為の行動を取らなくてはならない筈です。
近衛兵に拘束の指示を出したりしないのは、迂闊すぎますよ。
そもそもの前提が間違えています。
何故に、国王が控える謁見の間に、近衛兵以外の他国の部外者が武器を持ち込めるのか。
どなたも、不思議には思わなかったのでしょうか。
ましてや、眼前で戦闘行為に及んだら、処罰の対象ではありませんか。
呑気さに苛立ちます。
「宰相閣下。小娘の言う通りですな。何時から、我々竜人族は仲間内で、争いあいになり、権力重視になりましたか。国王の眼前で刃を交える行いを許し、勇者と自称する人族に儀式を許し、竜狩りの猟兵団を懐深く招き入れるのを許した。竜人族の誇りは何処に行きました」
「それは……」
「元を質せば竜王姫の竜騎士が、国を捨てたのが原因だろうが」
お爺さん、ヴェルサス家当主に反発したのは、レンダルク家側から起きました。
審判の石版を喪い、司法の一族を剥奪されかねない焦りからでしょう。
彼等は、怒り口調で責めたちました。
「竜王姫に選ばれて有頂天になり、時の王女に自死を厭わず嫌われて、国を出奔した。自分ひとりだけならいいものを、竜王姫まで連れて行き、取り戻そうとした国の威信を潰した」
「あまつさえ、息子の恥を晴らすために先代当主夫妻は、狂った竜に喰わされた。一族郎党を根絶やしにするべく動いた国王を、竜王姫に呪わせて王家の血を絶やそうとした」
「そんな、ヴェルサス家は信用ならず、新たな竜騎士を誕生させて、家を興そうとするのを拒む」
「ヴェルサス家こそが、国の膿であろうが」
私が口を挟むのは御門違いですから、沈黙します。
ラーズ君と二人で、リーゼちゃんの腕を取ります。
リーゼちゃんの祖父母が竜に喰わされていた。
新事実に、腸が煮え繰り返ります。
竜王姫を得られた竜騎士を、王家に取り込むのを失敗した責任は、王女側にあります。
レンダルク家と通じて、子供まで身籠っていたのです。
不貞の子供を、ヴェルサス家の子供として育てようとしていたのかもしれません。
リーゼちゃんのお父様が出奔した理由は、リーゼちゃんしか知り得ません。
公にするつもりは、リーゼちゃんにはないみたいです。
「当主。祖父母、喰わされた。事実?」
平坦な感情を抑え込んだ声に、私とラーズ君は危機感を覚えました。
竜燐は広がってはいませんが、リーゼちゃんは怒りを堪えています。
「何だ、教えてやらないのか。ヴェルサス家当主に兄弟姉妹。一人残して、生きながら喰われたわ」
嘲笑う声音に、リーゼちゃんの堪忍袋が切れた音が重なりました。
「リーゼ‼」
「リーゼちゃん。駄目です‼」
「リーゼ?」
私とラーズ君の制止は間に合いませんでした。
リーゼちゃんから、濃密な魔力の噴出が始まり、全身を魔術原語が取り巻きます。
何気なく前に伸びた指先を、風の刃が傷つけます。
真っ赤な血が床に落ちていき、魔術原語を絡めとると、魔術陣が敷かれていきます。
「獣の兄妹。リーゼは、何をしようとしている」
「竜王召喚です」
「何だと?」
「リーゼちゃんは、竜王を召喚しようとしています」
思わず、ちゃん付けで呼んでしまいました。
ラーズ君も、呼び捨てにしていましたね。
ですが、疑問に思う他者はいませんでした。
竜王召喚に、誰もがリーゼちゃんの一挙一動を見ていました。
〔セーラ。止めれますか〕
〔駄目です。私とはラインが閉ざされています〕
リーゼちゃんは、己れの血を媒介にしてジークさんを呼び出しています。
リーゼちゃんを召喚している私とのラインを、一時的に閉ざして暴挙に至っています。
変に、干渉したら反動がどう還ってくるか、分かりません。
私達に出来ることは、召喚を邪魔する輩を排除することです。
〔セーラちゃん。右手〕
〔ジェス君は、あの大剣に【重力】を。エフィちゃんは、魔法反射結界をお願いします〕
〔はい、でしゅの~〕
暗殺要員の犬の獣人が、リーゼちゃんの背後を取ろうとしました。
身体強化を施して、回し蹴りをいれます。
短剣がブーツに当てられましたが、特別製の亜竜の皮で出来ています。
魔法金製の短剣なら、余裕で弾き返せます。
狙い違わず、犬の獣人は吹き飛びました。
やはり、猟兵団は、竜を呼ぶのを阻止しています。
方向転換した訳ではなさそうですが、気になりました。
「また、反射。魔力の無駄遣いになるだけみたい」
「私の瞳には、何やら御大層な魔導具があるみたいだ」
白色ローブと、薔薇色ローブが魔法を放ちます。
エフィちゃんの反射結界に阻まれて、無駄撃ちになっています。
ラーズ君は、大剣を拾った男性と対峙しています。
男性の顔に歪みがあるのは、武器にかけられた重力魔法による過重の重さがあるからでしょう。
唐突に始まった第二戦目に、周囲の竜人さん方は、近衛兵を盾に逃げ出していきます。
ただ、ヴェルサス家当主に宰相さんは、玉座に座したまま動かない国王の安全を確認しています。
バラバラ卿の偽者をいれて、五対二では役不足ですかね。
負ける気はしませんが、召喚が終わるまでは耐えてみせますよ。
接近戦には、弓は不利です。
「武器喚装」
弓から、長戦斧に喚装します。
魔法は、気にしなくてよくなりましたので、暗殺要員と偽者さんを排除するのに、専念します。
両者共に、短剣使い。
長戦斧とは相性が悪いと思われています。
小回りが利く短剣が懐に入り込もうとします。
残念ですが、対処済みです。
長戦斧には、仕掛けがあります。
魔力を流すと、
「ちっ、何だその武器は」
短くなった柄を握り締め、短剣の刃を難なく刃で返します。
長戦斧で闘えない敵に対応する目的で、柄が短くすることができるのです。
そうしますと、戦斧に早変りできて、接近戦に対応することができます。
「お生憎様です。手の内を晒すのは癪ですが、簡単に排除できると思わないでくださいね」
「奇妙な武器といい、何処かで見たことのある戦闘スタイル。お前達、何者だ」
「知りたいのでしたら、実力行使してみたら、どうですか」
暗殺要員の短剣と偽者の短剣が急所を狙うのを、身を交わして避け、戦斧で弾き、隙を見て反撃する。
二対一と、数では不利に見えますが、どうにか捌くことができます。
偽者が囮で短剣を突きだし、暗殺要員が死角から顔面に向かって短剣を繰り出す。
怯える私ではありません。
「なっ⁉」
偽者の腕を掴まえて、横に投げます。
不意をつかれた暗殺要員が、体勢を崩しながら偽者を避けました。
追撃を恐れて、短剣が私目掛けて投げられます。
これを、戦斧で弾き返せば、偽者と暗殺要員は距離をあけました。
「【拘束】」
薔薇色ローブが、魔法を行使しました。
見えない鎖が全身に絡み付こうとしますが、効力は無効化して跳ね返ります。
「やっぱり、魔法は駄目」
抵抗した薔薇色ローブは、悔し紛れに何かを投げてきました。
薬品瓶を視認した私は、後退して小型ポーチから上級中和剤を素早く取り出し、ぶつけます。
途端に、黄色い煙が発生しました。
鼻につんとくる、刺激臭が蔓延します。
獣人が嫌う忌避剤でした。
臭覚を塞ごうとしたのですか。
残念ですが、私は生粋の獣人ではありません。
最初から、臭覚に頼る闘いはしていないのです。
魔力を流して柄を元に戻します。
聴覚を信じて、長戦斧を横凪ぎしました。
「きゃあ」
悲鳴が上がり、薔薇色ローブが踞りました。
煙に隠れて接近してこようとしていました。
もう一度、長戦斧を背後に凪ぎます。
「ぐっ」
暗殺要員を跳ね飛ばします。
序でに、石突きを偽者の鳩尾に見舞います。
避けられましたが、更に距離が開きました。
これで、ラーズ君の支援に入れます。
ラーズ君は腕に怪我を負っていますから、右腕一本で大剣を捌くのは無理があります。
過重してある大剣を振るい、鎖帷子の団員は肉薄しています。
白色ローブの魔法が、ラーズ君を狙います。
ラーズ君は同程度の火球をぶつけて相殺。
念話で反射結界を張り巡らせているのを、伝え忘れていましたでしょうか。
エフィちゃんの結界は、ラーズ君とリーゼちゃんを覆っています。
魔法無効なんですが。
もしや、油断を誘っていますか?
「お兄様。支援致します」
「リーナ。では、ローブを落とします。鬱陶しいです」
「はい」
「弱い者苛めは嫌いなんだがな」
「あら、外見で侮ると痛い目みますよ」
ラーズ君の左側からくる大剣を、長戦斧で受け止めます。
身体強化を一段階あげます。
拮抗する刃が甲高い音を響かせました。
「ちっ。お嬢ちゃん、やるなぁ」
「そちらこそ、流石は人を辞めた狂人です、ね」
大剣を力業で跳ねあげました。
鎖帷子の団員は力負けしたとわかると、大剣から惜しみ無く手を離しました。
彼は良く見ていました。
大剣の刀身に長戦斧の刃が食い込んで、使い物にならなくなっていました。
私は、長戦斧を跳ね上げた体勢をしています。
そこに、隙が生まれました。
大剣を手離した団員は、すかさず拳を握り締めて、お腹に一撃入れてきました。
殴り跳ばされる。
と、思ったのでしょう。
団員が酷薄に笑いました。
「リーナに、何する」
渾身の一撃は、難なくリーゼちゃんの掌に止められました。
残念でした。
リーゼちゃんを完全に忘れていましたね。
「お前⁉ 召喚は終わったのか」
「肯定」
団員の拳を払ったリーゼちゃんが、謁見の間の窓を指します。
ズンッ。
重たい音がして地響きが起きました。
窓の向こう側には、悲鳴が響き渡っています。
リーゼちゃんに似た蒼い色の巨大な鱗。
王宮の尖塔にまで及ぶ巨大な体躯。
空を羽ばたく艶めいた翼。
頭頂部には黄金に煌めく竜角。
謁見の間を睥睨する鋭い瞳。
天空の覇者にして、幻獣の王者たる竜。
リーゼちゃんの伯父であるジークさんが、そこにいました。
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