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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
132/197

第24話

 リーゼちゃんの風魔法に包まれて、ヴェルサス家への帰り道。

 私の魔力が急速に減り出していき、倦怠感に苛まれました。


「リーゼちゃん。止まってください」

「ん。何かあった?」

「ラーズ君に何かありました。魔力が召喚ラインを通じて、流れていってます」


 慎重派なラーズ君にしては珍しく、いきなりの行動に、緊急事態を告げています。

 念話がきていません。

 きっと、する暇もなく戦闘に至ったのでしょう。


「ん。王宮、あっち」


 身体の向きを換えて、王宮の方角を見据えます。

 瞳の魔力を解放するまでもなく、ラーズ君の魔力が膨れ上がる気配を掴みました。

 やはり、戦闘状態に入っています。

 天狐の本性は顕していませんが、側に異質な魔力を纏う気配を感じます。

 恐らく、猟兵団の一員と殺りあっているのでしょう。

 加勢にいくべきであるのか。

 判断がつきにくいです。


「リーゼちゃん。どうしましょう。ラーズ君の傍らには、猟兵団と思わしき異質な魔力があります」

「ん、掴んだ。百合と薔薇もいる。ラーズは、一人と戦闘中。劣勢気味」


 竜を喰らい人であることを止めた狂人。

 目的の為なら被害を省みることなく、突き進む集団です。

 最凶な英雄様に鍛練をつけてもらっている私達ですが、対人戦は数をこなしてはいません。

 殺り返す心積りでいないと、簡単に殺られてしまいます。


「ヴェルサス家。使えない。ラーズの邪魔」


 風魔法で王宮内を見通したリーゼちゃんが、吐き捨てます。

 お爺さんでも、人質になってしまったのでしょうか。


「リーゼちゃん。加勢に行きましょう。ラーズ君が心配です」

「了承。行く」


 足元に転移魔法が展開します。

 悠長に空を駆けていく時間が惜しいのですね。

 弓を無限収納(インベントリ)から、顕現させます。

 一瞬の酩酊感を乗り越えた先に、私達は空からラーズ君の近くに転移しました。


「お兄様‼」

「ちっ」

「ガウェイン様!」


 ラーズ君を認識した瞬間に、私は弓を引き絞りました。

 謁見の間でしょう。

 赤絨毯が敷かれた室内にて、ラーズ君は鎖帷子を着こんだ男性と切り結んでいました。

 そして、その左腕はだらんと伸びきっていました。

 上腕の辺りの服が破かれて、肌には青アザができています。

 右腕一本で鎖帷子の男性の大剣を凌いでいます。

 リーゼちゃんが間に割って入ろうと、駆け出していったので、援護の意味あいで矢を射ました。

 難なく交わされ、男性がラーズ君から距離を取ります。

 隙をついて、リーゼちゃんが男性に肉薄します。

 静観していたであろう白色ローブの女性が、鎖帷子の男性に声をかけました。

 男性を狙ったリーゼちゃんの拳は、空を切り、二撃目の足が大剣を蹴り飛ばしました。

 ガラン。

 大剣は、人のいない場所に転がっていきます。


「ガウェイン様」

「援護します」


 無手になった男性は、両手を挙げました。

 白色ローブと薔薇色ローブを纏う女性が、走り寄ってくるのを、弓で牽制します。


「くっ。邪魔をするな」


 白色ローブの女性が、魔法を行使します。

 杖を持たないところを見ますと、魔法の発動体は指輪ですね。

 一言、二言呟いて、火球が私を狙います。


 〔エフィちゃん、反転〕

 〔はい、でしゅの~。魔法反転結界、でしゅの~〕


 私に着弾するかと思い、笑みを浮かべた白色ローブの女性の顔がひきつりました。

 反転した自分の魔法を見て、慌てて回避しました。


「ちょっと、何をやっているのよ」

「知らない。魔法が反転なんて、高度な技知らない」


 単純な魔法無効結界でも良かったのですが、人の多い謁見の間での火魔法は危険です。

 現に、私の背後には複数の竜人方がいました。

 回避していたら、竜人方に被害が出ていました。

 自らの魔法に焼かれる痛みを、覚えればいいのです。


「リリィ、ローズ。命令する。待機しろ」

「はっ、はい」

「了解致しました」


 鎖帷子の男性は両手を挙げたまま、後ろに下がっていきます。

 リーゼちゃんも、敵対意思が引いた相手に深追いはしません。

 膝をついたラーズ君を庇う位置に移動して、様子見です。


「お兄様。怪我の具合は?」

「左腕は感覚が鈍いです。折れてはいないと思います」


 油断せずに警戒を続けるリーゼちゃんの背後で、ラーズ君に近寄ります。

 断りを入れて、患部に触れました。

 熱を持ち始めた患部は、腫れ上がり内出血しています。

 上級ポーションを飲んで貰えば、痛みは無くなります。

 効果はすぐに効いて、腫れも治るでしょう。

 ただ、私は擬装中です。

 クロス工房の調薬師だとは、気付かれないように一般冒険者なりの治療を施します。

 ラーズ君も、自分のポーチから中級ポーションを取り出して、飲み干します。

 私は湿布薬を塗ったガーゼを患部に当て、包帯を巻いていきます。


「何者だ。神聖なる我が王宮に侵入するなど、言語道断である。近衛兵、捕らえよ」

「陛下、お待ちください」

「黙れ、宰相。貴様も、捕らえられたいか」

「お鎮まりください。ヴェルサス家当主を庇う護衛のうち、一人は竜人の娘。彼女が、ベルナール殿の遺児でございましょう」

「何? 歳が若すぎる。貴様の読み違いであろう」


 一段高い玉座に座る国王さんと、宰相さんが言い争いを始めました。

 重鎮の方々もリーゼちゃんに注目します。

 剥き出しの両肩に顕にする蒼穹の鱗に、黄金の竜角。

 使い古した革鎧に、手甲と頑丈なブーツ。

 威風堂々と猟兵団に対峙するリーゼちゃん。

 確かに、外見の歳が十代後半と若いです。

 竜人の寿命は人族よりかは永いとしても、リーゼちゃんの若さは疑問を生みます。

 本性は竜のリーゼちゃんの年齢は、六十に足りません。

 本来ならば、まだまだ親の庇護可にいる年齢なのです。

 私やラーズ君を護る。

 喪わせないが為に、成長を早めています。

 ジークさんも眉をひそめる成長促進は、リーゼちゃんの感情抑制に繋り、言葉足らずに発展しています。

 初対面の方は、何を考えているのか分からず不気味だと、よく言います。

 常連客の皆様は口下手なだけだと、可愛がってくれています。

 何が言いたいのかと言いますと、外見の歳相応に侮れば、痛い目にあうのはそちらです。


「リリィ」

「駄目です。読み取れません」

「ちっ、使えん瞳だな」

「申し訳ありません」


 竜の瞳を使用した人物鑑定は、リーゼちゃんの情報を盗み見することは出来ませんでした。

 お生憎様です。

 そう、易々と鑑定をさせてあげません。

 対策は万全にしてあります。

 エフィちゃんの能力に頼ってしまっていますが、阻害の結界を張り巡らせています。


「リーナ。リーゼさん。済みません。油断したつもりはなかったのですが、僕の力不足でした」

「いや。儂が狙われて、庇った結果だ。謝るのは、儂だ」

「ご当主には、お怪我はありませんか」

「ない」


 良かった。

 お爺さんには、怪我はなくて何よりでした。

 ラーズ君の双剣の片割れを、大事に抱いていました。

 弾かれて飛んでいってしまっても、念じれば手に戻ってくる魔剣でしたが、お爺さんは知らないですからね。

 ラーズ君が受け取り、鞘に納めます。

 警戒しながら、リーゼちゃんが下がってきました。

 猟兵団側も、距離をあけます。


「ガウェイン。何をしている。不埒者を捕らえよ」

「無茶を言うなよ。得物を弾かれ、魔法も反転される。獣人の小僧一人なら、勝機はあった。獣人の嬢ちゃんはおかしな魔力を纏い、竜人の嬢ちゃん以上に脅威だ」

「あんな小娘一人、排除出来ないとは。猟兵団の名が泣くぞ」

「何とでも言え」


 私が一番脅威?

 年少組の中では、戦闘力は低いですよ。

 おかしな魔力は、擬装の神器を看破しようとしているからでしょうか。

 それとも、ポーチに隠れているジェス君とエフィちゃんを、感知しているのでしょうか。

 魔法を反転させたのも、私の仕業と勘違いしていると、見てとれます。

 それにしましても、ドラグースの国王を初めて拝見した印象は、自己顕示欲の強い竜人だと感じました。

 他者は己の意に従う下僕か何かと、思っていませんか。

 玉座から一歩も離れずに、喚き散らしています。

 近衛兵はリーゼちゃんの威圧によって、近寄れないでいます。

 頼りの猟兵団は、戦意を無くした状態になっています。

 鎖帷子の男性は両手を挙げたまま、ローブの二人と合流しました。

 何か、違和感があります。

 勇猛果敢と言わしめる猟兵団が、素直に引き下がる。

 私とて、弓以外のサブ武器があります。

 ラーズ君を追い詰めることができる手腕の持ち主が、簡単に引き下がる筈がありません。

 何か、策がある筈。

 猟兵団から目を離さずにいると、指が不自然に曲げられたり伸ばしたりしていました。


 〔セーラちゃん。真後ろ〕

 〔敵、でしゅの~〕

「リーナ‼」


 ジェス君とエフィちゃんが念話を発した寸前に、背後から黒い影に襲われました。

 条件反射で半歩横にずれて、弓を真横に振ります。

 甲高い金属音を奏で精霊銀(ミスリル)製の弓が、私を狙った短剣を受け止めました。


「ガウスを交わすか。益々、面白そうな嬢ちゃんだな」


 揶揄いを含んだ声音に、血が引いていきます。

 ラーズ君が鞘に納めた双剣を薙いで払ったのは、黒装束の犬の獣人でした。

 装束と黒の毛並みが相成って、影に見えたのでしょう。

 ラーズ君の攻撃を楽に凌いで、犬の獣人は私達を飛び越し、鎖帷子の男性の元に下がりました。

 肝が冷えるとは、このことでしょう。

 リーゼちゃんの気配察知に、ラーズ君の索敵を掻い潜る隠密能力。

 策があると注視していなかったら。

 ジェス君とエフィちゃんの警告がなかったら。

 私の首は、落とされていたでしょうね。

 危うさに、ぞっときました。


「リーナ。無事?」

「はい。何とか、首を落とされませんでした」

「首、狙った」


 いけない。

 冷静さをかいて、リーゼちゃんに心配させてしまいました。

 凍り付くような冷気が漂い、風が周囲を取り巻いてきています。

 私が危うかったと認識したリーゼちゃんが、感情のままに魔力制御を怠り始めていました。

 竜鱗が首筋から頬へと広がり、瞳孔が細く鋭さを増していきます。

 リーゼちゃんは、本性に戻ろうとしているのです。

 駄目です。

 ここには、竜狩りの猟兵団がいます。

 狩りの対象になってしまいます。


「リーゼさん。私は、無事です。怒りを鎮めてください」

「あいつら、リーナを狙った。赦さない」

「私は、存在しています。難を逃れました。それに、まだ猟兵団と殺りあうのは早すぎですよ」


 リーゼちゃんの腕をとり、説得します。

 牙を剥き出して威嚇するリーゼちゃんは、手強いです。

 ラーズ君に目配せして、援軍を頼みます。


「リーゼさん。リーナの言う通りです。いずれかは、猟兵団と殺りあうのは必定です。が、今はその時ではありません。リーナに接敵された八つ当りは、後にしなさい」

「うっ。リオン、冷たい」


 ラーズ君は、笑顔で命令口調を剥けます。

 リオンの時は柔らかな物腰をしていましたが、素が出ています。

 もしかして、ラーズ君もお怒りでした?

 あれ。

 火に油を注いでしまいましたか。

 今度は、ラーズ君が冷たいです。

 目が笑っていません。

 違う意味で、身体が冷えてきてしまいました。

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