第23話 ラーズ視点
謁見の間の扉が開かれた。
扉番の兵士が、ヴェルサス家当主の入場を告げる。
玉座には国王が慇懃に座り、数段下の両脇に大臣やら宰相やらが並んでいる。
勢揃いしているのは、果たしてレンダルク家との仲裁をしようとしているのか。
まるで、断罪の場に出頭したみたいだ。
苦虫を噛み潰した顔をしているのは、レンダルク家の人間かな。
自称勇者を宣っていた召喚者に、お付きの神官とレンダルク家令嬢が、背後に控えている。
三人は今にも喋り出しそうな勢いだ。
国王がいなければ、ヴェルサス家を率先して糾弾するだろう。
謁見の間での不用意な発言は、許可がでない限りしてはならない。
貴族階級のマナーには疎い僕でも、それぐらいは分かる。
召喚者が動きだそうとする度に、お付きの神官が止めている。
ヴェルサス家ご当主が、国王の眼前にて膝を付き頭を垂れる。
僕は姿を消したまま、少し離れた位置に立つ。
「ヴェルサス家当主。エルンスト=ヴェルサス。召還に応じ登城致しました」
「うむ。良く来た」
内心は不仲の国王に頭を下げたくないのだろう。
言葉に重さがない。
国王側も平坦な声だ。
「さて、ヴェルサス。聞きたいことがある」
「臣に答えることができませれば、何なりと」
「ここからは、私がお話しさせて頂きます」
「うむ。ヴェルサス。宰相の問いに答えよ」
馬鹿馬鹿しいやり取りが繰り広げられている。
質問の前に、ご当主を立ち上がらせるのが先だろう。
ご老人を膝まづかせて、自分達は立ったままでは、仲裁の意思がないことを表している。
これでは、吊し上げだ。
セーラの薬が効いたとは言え、病み上がりの身ではきつい体勢を強いられている。
僕が出ていくべきかな。
「宰相閣下の質問に答えるのは、吝かではございません。ですが、少々老いた身にこの体勢は辛いものがあります。立ち上がっても?」
「これは、失礼致しました。どうぞ、お楽になさってください」
「ありがとうございます」
うん。
出る幕もなく、乗り越えられた。
宰相は話が分かる竜人だね。
人数分の椅子を用意する指示を出した。
それなら、謁見の間ではなく、会議室にでも案内すれば良かったのではないかな。
ああ。
そうすると、レンダルク家側の三人が入室できはしないか。
それに、僕を認識して威嚇している輩も、流石には入れられないか。
そう、玉座の右手方向の柱にもたれる部外者が、さっきから僕を警戒している。
護衛の近衛騎士以外は帯剣不可な謁見の間で、如何にも傭兵だと分かる使い込まれた鎖帷子に胸プレートを着た大柄な男性がいる。
隣には白色と薄紅色をしたローブの女性が二人。
男性の足元には蹲る犬の獣人がいた。
リーゼが言っていた百合と薔薇は、ローブの女性で間違いがない。
匂ってくる魔力が、そうだと肯定している。
四対一。
猟兵団がいる。
気が引き締まる。
僕の腕では、大柄な男性は抑えきれないかもしれない。
かといって、リーゼを呼び出す訳にはいかない。
直に、手を出されないうちは、静観の構えだ。
「さて、昨日からヴェルサス家に珍しいお客人が逗留されておいでですな。お客人の詳細を教えてください」
「珍しいもなにも、ヴェルサス家から出奔した不肖の竜騎士の遺児が、訪ねてきおっただけだが。何やら、連れの獣人の兄妹を不当に拘束しておると、レンダルク家に乗り込まれて些か騒動が起きただけであるな」
「白々しいことを言わないで貰いたい。レンダルク家は、役職に欠かせない石版を喪う羽目に陥ったのだ。ヴェルサス家が、招いた企みだろう」
「レンダルク家の。貴方に発言を許してはいない。黙りなさい。弁明は後に聞きます」
宰相は公正な竜人らしい。
勇足気味なレンダルク家を黙らせる。
レンダルク家当主は冷静を取り戻して、宰相に頭を下げた。
王家とレンダルク家が癒着していると聞いていたけど、内情が国外に漏れていないのは宰相の手腕だな。
国内もそれほど荒れていないし、流通も滞ってはいない。
目の下の隈が大変さを物語っている。
それにしても、国王がやる気なさそうにひじ掛けに凭れているのが気になる。
呼び出したのはそちらだろうに。
まだ、若さが残る姿にレンダルク家の傀儡政治がよぎる。
そう。
国王が若いのだ。
異並ぶ重鎮は年相応に年月を過ぎているが、若輩と言っていいほど若い。
セーラとリーゼがいたら、人物鑑定をさせているな。
面立ちもレンダルク家当主と似通っているから、後楯は彼の人なのだと分かる。
確実に、血縁なのだろう。
だから、レンダルク家は幅を利かせていることが出来るのか。
冷めた感情で見ていると、話の内容がレンダルク家優位になりはじめていた。
「では、レンダルク家の申し立てが間違っていると?」
「間違いも何も、ヴェルサス家は真実しか述べてはいない。そもそもの前提が間違っている。我がヴェルサス家は、武門の一族。司法の一族ではないし、石版の貸借盟約を知らん。それについては、レンダルク家に聞いて欲しい」
「石版が喪う結果に関与はしてないと?」
「ヴェルサス家を逆賊と宣い、儂の宣誓を偽ろうとした結果が今に至る。御使い様の顕現に、ヴェルサス家は関与は出来ん。神々の為さる事には、どなたも異議を述べられないだろう」
「確かにヴェルサス家の言う通りですな。最近のレンダルク家は、専横が過ぎる」
「陛下の威を振りかざし、内政にまで口を挟む。天罰が落ちたのだろうな」
「何を言うか」
「ヴェルサス家とて、竜騎士を輩出出来てはいないだろう。武門の恥ではないか」
ヴェルサス家寄りの重鎮から、声が上がる。
すぐに、応酬が始まった。
左右に分かれているのは、其々の派閥に属しているからか。
宰相は思案しているのか、上がる声を封じない。
国王も沈黙している。
真偽を問おうにも、石版が喪われているからか、正しい選択を選びようがない。
石版に頼ってきた弊害が、露呈したな。
竜騎士を輩出できないヴェルサス家。
真偽の石版を喪ったレンダルク家。
ドラグースの未来に影がさしてきた。
竜族の長が懸念した案件は、潰えそうな気がしてきた。
僕たちが動かなくても、良くなってきたのではないかな。
「陛下」
「うむ。何だ」
「竜召の儀式の許可を頂きたく存じます」
嫌味の応酬に変わった謁見の間に、ヴェルサス家当主の静かな声が響いた。
一気に静寂に包まれる。
微かに猟兵団が身動ぎした。
退屈そうにしていた彼等の注目を浴びる。
「レンダルク家が招いた勇者ですら、竜は喚べなかった。失敗続きのヴェルサス家に、何ができると言う」
「あれは‼」
「勇者様、静かになさってください。陛下の御前です」
国王に詰られ、勇者がいきり立つ。
神官と令嬢に両腕を抑えられて、制止させられる。
未だに、竜を喚べなかった理由を、僕とセーラが不在であったからと述べたいのか。
どこまで、愚かなんだろう。
実力主義の竜人社会で、二度は許されない。
だから、竜召の儀式に失敗続きのヴェルサス家は、凋落していきかけているのに。
「余に進言するからには、余程の自信があるのだろうな」
「はい。ヴェルサス家の名において、次回の竜召の儀式に失敗はございません」
「その為に、召喚士を招いたのか」
「いえ。召喚士には、不干渉を約束させています。此度の儀式には、ヴェルサス家の直系であるベルナール殿の遺児が執り行います」
「何だと‼ 竜王姫を従えながら、出奔した不肖の竜騎士の遺児だと。本物なのか」
「然り。当家の家系図に反応致しました」
「竜王姫を連れていたか」
「いいえ」
先程と違い、身を乗り出して頬を蒸気させる国王がいた。
矢継早に、質問を繰り出す。
レンダルク家は初耳なのか、令嬢や神官を問い詰めている。
自称勇者が煩く囀り、竜王の所有権を主張している。
馬鹿馬鹿しい。
彼に竜を御する能力はない。
有るのは、強奪系の能力である。
それも、水準が低すぎてお話しにならないけど。
まあ、隷属する能力だけは高いかな。
レンダルク家の令嬢が捕らわれているのは、彼女の耐性能力が低いからだ。
でも、昨日のセーラを狙った隷属魔法の反射で、ほどけかかっている。
僕が幻惑をかけたら、破れる。
そんな面倒くさいことは、やらないけどね。
「竜王姫を連れていないのに、成功すると約束出来るのか?」
「本人の談によりますれば、竜王を喚べると申しています」
「飛竜ではなく、竜種を喚べるとはほざいたな」
ほざくも何も事実だ。
リーゼなら、竜王を喚べる。
肝心の竜王とは、伯父姪の仲だし。
だけど、ジークさんが竜王だと思ってないから、長を喚ぶしかないのだけど。
ジークさんは神国にいて、メル先生の護衛をしている。
任された護衛をなげうって、呼び出しには応じないかな。
その意味では、リーゼの竜王召喚は失敗だね。
「まぁいい。見事に呼び出せば、竜騎士の誕生だ。第一王女を降嫁させる」
「お断り致します」
「何故だ」
周囲がざわめいた。
ヴェルサス家が即座に断ったからか、ベルナールさんの二の舞になっているからか。
不仲のヴェルサス家を重用しようとした国王の意思を、図り損ねているからか。
レンダルク家の顔色が悪い。
「第一王女は未成年だからか? 遺児とは歳が離れすぎか? だが、大叔母の過ちを繰り返す訳にはいくまい」
国王が過去の出来事を言及する。
ハッキリと過ちだと言う。
益々、レンダルク家の立場がない。
「何なら、第二夫人はレンダルク家から選ばせるぞ」
「有り難いお話しでございますが。生憎と、遺児は少女でございます。女に女の元に嫁げとは言えません」
「女? 遺児が女か。ならば、王家に嫁ぐがいい。元々は、第二王子を養子に出す予定であった。第一王子の正妃にしよう」
セーラが聞いたら、怒り出しそうだ。
リーゼ自身は関心がないから、他人事のようにしているだろうな。
さて、ヴェルサス家はどの様に断りをいれるかな。
ご当主の背中に威圧をむけた。
リーゼの身柄は、ヴェルサス家に渡した気はない。
政略の道具にはさせない。
正妃だろうが、なれる訳がない。
リーゼもセーラと離されると理解すれば、本性丸出しで抵抗するだろう。
そうなれば、ドラグースも終わりだ。
竜種を崇める国が竜種によって滅ぶ。
最悪のシナリオだ。
さあ、ご当主。
僕を納得させる返事をして欲しいな。
「陛下。臣として忠言させて頂きます。ベルナール殿の遺児は、竜王姫の加護を持ちます」
「だから、王家に組み入れるのだ。王家の威光を高める竜王の騎士が玉座に傅く。またとない、機会であろう」
「竜王の騎士を、威光の為に縛り付けるは悪手です。それこそ、ベルナール殿の二の舞となります」
「黙れ‼ もうよい。ガウェイン。ヴェルサスを捕らえて、儀式の斎場に引摺りだせ。念願の竜王に合間見えるぞ」
「承知した」
「陛下⁉」
恐らく、宰相は猟兵団に加担はしていない。
国王の命令に従い、気だるそうに動いた猟兵団が各々の得物を抜いた。
狂気な眼差しが、見開かれた。
庇い立てする宰相の横をすり抜けて、白刃が煌めく。
そして、僕も動き出す。
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