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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
131/197

第23話  ラーズ視点

 謁見の間の扉が開かれた。

 扉番の兵士が、ヴェルサス家当主の入場を告げる。

 玉座には国王が慇懃に座り、数段下の両脇に大臣やら宰相やらが並んでいる。

 勢揃いしているのは、果たしてレンダルク家との仲裁をしようとしているのか。

 まるで、断罪の場に出頭したみたいだ。

 苦虫を噛み潰した顔をしているのは、レンダルク家の人間かな。

 自称勇者を宣っていた召喚者に、お付きの神官とレンダルク家令嬢が、背後に控えている。

 三人は今にも喋り出しそうな勢いだ。

 国王がいなければ、ヴェルサス家を率先して糾弾するだろう。

 謁見の間での不用意な発言は、許可がでない限りしてはならない。

 貴族階級のマナーには疎い僕でも、それぐらいは分かる。

 召喚者が動きだそうとする度に、お付きの神官が止めている。

 ヴェルサス家ご当主が、国王の眼前にて膝を付き頭を垂れる。

 僕は姿を消したまま、少し離れた位置に立つ。


「ヴェルサス家当主。エルンスト=ヴェルサス。召還に応じ登城致しました」

「うむ。良く来た」


 内心は不仲の国王に頭を下げたくないのだろう。

 言葉に重さがない。

 国王側も平坦な声だ。


「さて、ヴェルサス。聞きたいことがある」

「臣に答えることができませれば、何なりと」

「ここからは、私がお話しさせて頂きます」

「うむ。ヴェルサス。宰相の問いに答えよ」


 馬鹿馬鹿しいやり取りが繰り広げられている。

 質問の前に、ご当主を立ち上がらせるのが先だろう。

 ご老人を膝まづかせて、自分達は立ったままでは、仲裁の意思がないことを表している。

 これでは、吊し上げだ。

 セーラの薬が効いたとは言え、病み上がりの身ではきつい体勢を強いられている。

 僕が出ていくべきかな。


「宰相閣下の質問に答えるのは、吝かではございません。ですが、少々老いた身にこの体勢は辛いものがあります。立ち上がっても?」

「これは、失礼致しました。どうぞ、お楽になさってください」

「ありがとうございます」


 うん。

 出る幕もなく、乗り越えられた。

 宰相は話が分かる竜人だね。

 人数分の椅子を用意する指示を出した。

 それなら、謁見の間ではなく、会議室にでも案内すれば良かったのではないかな。

 ああ。

 そうすると、レンダルク家側の三人が入室できはしないか。

 それに、僕を認識して威嚇している輩も、流石には入れられないか。

 そう、玉座の右手方向の柱にもたれる部外者が、さっきから僕を警戒している。

 護衛の近衛騎士以外は帯剣不可な謁見の間で、如何にも傭兵だと分かる使い込まれた鎖帷子に胸プレートを着た大柄な男性がいる。

 隣には白色と薄紅色をしたローブの女性が二人。

 男性の足元には蹲る犬の獣人がいた。

 リーゼが言っていた百合と薔薇は、ローブの女性で間違いがない。

 匂ってくる魔力が、そうだと肯定している。

 四対一。

 猟兵団がいる。

 気が引き締まる。

 僕の腕では、大柄な男性は抑えきれないかもしれない。

 かといって、リーゼを呼び出す訳にはいかない。

 直に、手を出されないうちは、静観の構えだ。


「さて、昨日からヴェルサス家に珍しいお客人が逗留されておいでですな。お客人の詳細を教えてください」

「珍しいもなにも、ヴェルサス家から出奔した不肖の竜騎士の遺児が、訪ねてきおっただけだが。何やら、連れの獣人の兄妹を不当に拘束しておると、レンダルク家に乗り込まれて些か騒動が起きただけであるな」

「白々しいことを言わないで貰いたい。レンダルク家は、役職に欠かせない石版を喪う羽目に陥ったのだ。ヴェルサス家が、招いた企みだろう」

「レンダルク家の。貴方に発言を許してはいない。黙りなさい。弁明は後に聞きます」


 宰相は公正な竜人らしい。

 勇足気味なレンダルク家を黙らせる。

 レンダルク家当主は冷静を取り戻して、宰相に頭を下げた。

 王家とレンダルク家が癒着していると聞いていたけど、内情が国外に漏れていないのは宰相の手腕だな。

 国内もそれほど荒れていないし、流通も滞ってはいない。

 目の下の隈が大変さを物語っている。

 それにしても、国王がやる気なさそうにひじ掛けに凭れているのが気になる。

 呼び出したのはそちらだろうに。

 まだ、若さが残る姿にレンダルク家の傀儡政治がよぎる。

 そう。

 国王が若いのだ。

 異並ぶ重鎮は年相応に年月を過ぎているが、若輩と言っていいほど若い。

 セーラとリーゼがいたら、人物鑑定をさせているな。

 面立ちもレンダルク家当主と似通っているから、後楯は彼の人なのだと分かる。

 確実に、血縁なのだろう。

 だから、レンダルク家は幅を利かせていることが出来るのか。

 冷めた感情で見ていると、話の内容がレンダルク家優位になりはじめていた。


「では、レンダルク家の申し立てが間違っていると?」

「間違いも何も、ヴェルサス家は真実しか述べてはいない。そもそもの前提が間違っている。我がヴェルサス家は、武門の一族。司法の一族ではないし、石版の貸借盟約を知らん。それについては、レンダルク家に聞いて欲しい」

「石版が喪う結果に関与はしてないと?」

「ヴェルサス家を逆賊と宣い、儂の宣誓を偽ろうとした結果が今に至る。御使い様の顕現に、ヴェルサス家は関与は出来ん。神々の為さる事には、どなたも異議を述べられないだろう」

「確かにヴェルサス家の言う通りですな。最近のレンダルク家は、専横が過ぎる」

「陛下の威を振りかざし、内政にまで口を挟む。天罰が落ちたのだろうな」

「何を言うか」

「ヴェルサス家とて、竜騎士を輩出出来てはいないだろう。武門の恥ではないか」


 ヴェルサス家寄りの重鎮から、声が上がる。

 すぐに、応酬が始まった。

 左右に分かれているのは、其々の派閥に属しているからか。

 宰相は思案しているのか、上がる声を封じない。

 国王も沈黙している。

 真偽を問おうにも、石版が喪われているからか、正しい選択を選びようがない。

 石版に頼ってきた弊害が、露呈したな。

 竜騎士を輩出できないヴェルサス家。

 真偽の石版を喪ったレンダルク家。

 ドラグースの未来に影がさしてきた。

 竜族の長が懸念した案件は、潰えそうな気がしてきた。

 僕たちが動かなくても、良くなってきたのではないかな。


「陛下」

「うむ。何だ」

「竜召の儀式の許可を頂きたく存じます」


 嫌味の応酬に変わった謁見の間に、ヴェルサス家当主の静かな声が響いた。

 一気に静寂に包まれる。

 微かに猟兵団が身動ぎした。

 退屈そうにしていた彼等の注目を浴びる。


「レンダルク家が招いた勇者ですら、竜は喚べなかった。失敗続きのヴェルサス家に、何ができると言う」

「あれは‼」

「勇者様、静かになさってください。陛下の御前です」


 国王に詰られ、勇者がいきり立つ。

 神官と令嬢に両腕を抑えられて、制止させられる。

 未だに、竜を喚べなかった理由を、僕とセーラが不在であったからと述べたいのか。

 どこまで、愚かなんだろう。

 実力主義の竜人社会で、二度は許されない。

 だから、竜召の儀式に失敗続きのヴェルサス家は、凋落していきかけているのに。


「余に進言するからには、余程の自信があるのだろうな」

「はい。ヴェルサス家の名において、次回の竜召の儀式に失敗はございません」

「その為に、召喚士を招いたのか」

「いえ。召喚士には、不干渉を約束させています。此度の儀式には、ヴェルサス家の直系であるベルナール殿の遺児が執り行います」

「何だと‼ 竜王姫を従えながら、出奔した不肖の竜騎士の遺児だと。本物なのか」

「然り。当家の家系図に反応致しました」

「竜王姫を連れていたか」

「いいえ」


 先程と違い、身を乗り出して頬を蒸気させる国王がいた。

 矢継早に、質問を繰り出す。

 レンダルク家は初耳なのか、令嬢や神官を問い詰めている。

 自称勇者が煩く囀り、竜王の所有権を主張している。

 馬鹿馬鹿しい。

 彼に竜を御する能力はない。

 有るのは、強奪系の能力である。

 それも、水準が低すぎてお話しにならないけど。

 まあ、隷属する能力だけは高いかな。

 レンダルク家の令嬢が捕らわれているのは、彼女の耐性能力が低いからだ。

 でも、昨日のセーラを狙った隷属魔法の反射で、ほどけかかっている。

 僕が幻惑をかけたら、破れる。

 そんな面倒くさいことは、やらないけどね。


「竜王姫を連れていないのに、成功すると約束出来るのか?」

「本人の談によりますれば、竜王を喚べると申しています」

飛竜(ワイバーン)ではなく、竜種を喚べるとはほざいたな」


 ほざくも何も事実だ。

 リーゼなら、竜王を喚べる。

 肝心の竜王とは、伯父姪の仲だし。

 だけど、ジークさんが竜王だと思ってないから、長を喚ぶしかないのだけど。

 ジークさんは神国にいて、メル先生の護衛をしている。

 任された護衛をなげうって、呼び出しには応じないかな。

 その意味では、リーゼの竜王召喚は失敗だね。


「まぁいい。見事に呼び出せば、竜騎士の誕生だ。第一王女を降嫁させる」

「お断り致します」

「何故だ」


 周囲がざわめいた。

 ヴェルサス家が即座に断ったからか、ベルナールさんの二の舞になっているからか。

 不仲のヴェルサス家を重用しようとした国王の意思を、図り損ねているからか。

 レンダルク家の顔色が悪い。


「第一王女は未成年だからか? 遺児とは歳が離れすぎか? だが、大叔母の過ちを繰り返す訳にはいくまい」


 国王が過去の出来事を言及する。

 ハッキリと過ちだと言う。

 益々、レンダルク家の立場がない。


「何なら、第二夫人はレンダルク家から選ばせるぞ」

「有り難いお話しでございますが。生憎と、遺児は少女でございます。女に女の元に嫁げとは言えません」

「女? 遺児が女か。ならば、王家に嫁ぐがいい。元々は、第二王子を養子に出す予定であった。第一王子の正妃にしよう」


 セーラが聞いたら、怒り出しそうだ。

 リーゼ自身は関心がないから、他人事のようにしているだろうな。

 さて、ヴェルサス家はどの様に断りをいれるかな。

 ご当主の背中に威圧をむけた。

 リーゼの身柄は、ヴェルサス家に渡した気はない。

 政略の道具にはさせない。

 正妃だろうが、なれる訳がない。

 リーゼもセーラと離されると理解すれば、本性丸出しで抵抗するだろう。

 そうなれば、ドラグースも終わりだ。

 竜種を崇める国が竜種によって滅ぶ。

 最悪のシナリオだ。

 さあ、ご当主。

 僕を納得させる返事をして欲しいな。


「陛下。臣として忠言させて頂きます。ベルナール殿の遺児は、竜王姫の加護を持ちます」

「だから、王家に組み入れるのだ。王家の威光を高める竜王の騎士が玉座に傅く。またとない、機会であろう」

「竜王の騎士を、威光の為に縛り付けるは悪手です。それこそ、ベルナール殿の二の舞となります」

「黙れ‼ もうよい。ガウェイン。ヴェルサスを捕らえて、儀式の斎場に引摺りだせ。念願の竜王に合間見えるぞ」

「承知した」

「陛下⁉」


 恐らく、宰相は猟兵団に加担はしていない。

 国王の命令に従い、気だるそうに動いた猟兵団が各々の得物を抜いた。

 狂気な眼差しが、見開かれた。

 庇い立てする宰相の横をすり抜けて、白刃が煌めく。

 そして、僕も動き出す。


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