第22話 ラーズ視点
夜が明ける前にヴェルサス家を出たリーゼとセーラ。
エフィが姿を隠す魔法を使用して、窓からこっそりと出ていった。
ヴェルサス家が僕達に与えた客室は、居間を挟んで両側に寝室があった。
寝室が別れているとはいえ、男女一緒の客室に僕達を押し込んだのは、この客室が監視しやすく出来ているからだろう。
リーゼの気配察知に、複数の監視人が見張っているのが感知されている。
まあ、会話の内容は聞かれないようにするのは簡単だ。
魔導具もあるし、リーゼの風魔法がある。
僕達にとっては、何てことのない対処が出来た。
少しの仮眠をとり、行動開始。
リーゼとセーラは儀式の斎場に、僕はご当主に言われた通りに居残り。
王宮への伺候に、僕も同行させる気だろう。
リーゼとセーラの別行動には不安が残るが、ドラグースには通信障害もなく、召喚ラインでの魔力同調もある。
リーゼはセーラの身の安全を優先するから、無茶はしないだろう。
セーラを守ることを至上とするエフィやジェスもいる。
あちらの守りは堅いな。
コンコン。
早速、客室の扉が叩かれた。
無断で入室しないのは、礼儀が行き届いているな。
「どうぞ」
「失礼致します。申し訳ございません。旦那様がお呼びでございます」
ご当主の腹心の執事に、慇懃に頭を下げられた。
リーゼとセーラが不在であるのを、察知されたであろう。
僕が装備一式を身につけた姿でいるのに、言及はなかった。
其れ処か、僕の返事も聞かなくても分かっている節がある。
なら、それに乗るだけ。
「分かりました」
「怖れいります」
廊下に出ると、護衛に囲まれた。
入れ違いに、侍女が客室に入っていく。
リーゼ不在を確認をするのだろう。
ご苦労様だ。
案内に従い、ご当主の執務室に入る。
ご当主も寝ていないのが分かった。
セーラの解毒が間に合ったとは言え、毒に侵されていた老人とは思えない精力的だ。
「リーゼが、屋敷におらん。何処に行った」
「儀式の斎場に、偵察に行きました」
「一人でか」
「リーナも一緒にですから、無茶はしませんよ」
やはり、リーゼ不在を知られている。
客室には、何か仕掛けがあるみたいだ。
飄々としている僕の言動に、ご当主は顔を歪めた。
リーゼは、ヴェルサス家復興の証しだ。
逃げられたら敵わない。
「兄を残せと言ったが、本当に居残るとはな」
「約束は守りますよ。冒険者ですからね」
「ふん。まぁ、いい」
執務机に、書状が投げ出された。
いいのかな。
どう見ても、ドラグース王家の封蝋だけど。
「国王と宰相からの、書状だ。大方、昼間のレンダルク家との諍の仲裁がしたいらしい」
「仲裁ですか。諍の後始末を王家がするのは、お門違いなのでは?」
「レンダルク家は、司法の一族。それが、審判の石版を奪われた。役目を担うことが出来なくなったのを、ヴェルサス家が取りなせば元に戻ると思っているのだろう」
愚かな考えだ。
神の裁定に異を唱えることは、愚行としか言えない。
たとえ、ヴェルサス家が了承しても裁定は覆られない。
まあ、神子のセーラが豊穣の女神に訴えれば、再考の余地は与えられるかもしれないけど。
教える気はない。
「準備ができしだい、登城せよときた」
「僕の準備は出来ています。何時でも構いません」
「ならば、行くぞ」
ご当主が立ち上がる。
僕も異論はないので、追従した。
再び、護衛に囲まれた。
空に朝陽が届き始め、明るくなってきた。
馬車に揺られていると、セーラから緊迫した念話が届いた。
猟兵団。
その名前に、リーゼの身を案じた。
だけど、セーラを介してリーゼから流れてくる心中は穏やかだ。
ひたすら、セーラのことしか頭にない。
それも、どうかと思うけど、安定しているなら不安はない。
幻獣の僕とリーゼが人身に変化する際には、トール先生の魔導具を起点にしている。
幻獣の気配を悟られない様にしているのだ。
鼻が利く獣人なら、僕とリーゼの異質さが分かってしまう。
それを、緩和する目的がある。
魔導具を盲信する訳にはいかないのは、重々理解している。
特に、猟兵団の団長や副団長クラスになると、竜を喰らった回数は図りしれない。
人であることを止めた狂人には、見破られるだろう。
不審には思われ、警戒されるだろうな。
僕の存在がヴェルサス家に、不利にならないといいのだけど。
まあ、お互い様かな。
竜人の国に、竜狩りの猟兵団がいる異質さを指摘してやればいい。
最悪の状態になったら、幻惑を解いて本来の人型に戻ればいい。
クロス工房の従業員だと明かせば、猟兵団は手出しができなくなる。
狂人の集団だけど、クロス工房の身内には手出し厳禁が徹底して教え込まれている。
セーラが作る質の高いポーションは、猟兵団には欠かせないアイテムだ。
人であることを止めた彼等が、唯一体質的に受け付けることが出来るポーションを手放す訳にはいかない。
渋々ながらも、手出し厳禁は受け入れられている。
まあ、クロス工房の調薬師を巡っては、アッシュ兄さんと団長が揉めに揉めた。
殺し合いにまで発展したのは、調薬師を拐かそうとしたから。
工房の代表たるトール先生と副団長との取決めで、猟兵団はクロス工房の従業員には牙を剥けない。
誓約が僕を守る。
だから、こちらは無事に過ごせる。
「旦那様。城門に着きました」
「うむ。検問か」
「はい。如何致しますか?」
「ヴェルサス家に疚しいことはない。受け入れろ」
「はっ」
検問か。
名門に対する態度ではないな。
慌ただしい鎧が擦れる音がする。
もしかしたら、昨夜の爆発騒ぎの犯人探しをしているのか。
エフィが反射した魔法の威力により、王宮の尖塔が破壊された。
自業自得だよな。
犯人なら、身内だろうに。
何処に、結末をつけるか見物だな。
「おい。無礼すぎるぞ」
徐に、馬車の扉が開けられた。
執事がご当主を庇う為に、進路を塞ぐ。
「何事だ。ヴェルサス家当主の馬車である。越権行為すぎるぞ」
「竜人以外を乗せている。それも、武装しているな」
「当主の客人を愚弄するのか」
「昨夜の騒動に関わりがあるとの情報がある。改めさせて貰う」
「喧しい」
執事と兵士の押し問答に、ご当主が口を挟む。
執事を退かして、国王からの書状が宙を飛んだ。
兵士が難なく受け取る。
「国王と宰相からの書状だ。取り急ぎ登城せよ、とある。邪魔するなら帰るぞ」
「お、お待ちください。我々も職務でして」
「喧しく、囀ずるな。ヴェルサス家の客人を疑うは、ヴェルサス家を疑うも同じ」
ご当主の気迫に押された兵士が狼狽える。
ヴェルサス家には、なんら瑕疵はないから強気だ。
忙しなく視線をさ迷わせて、馬車の車内を見やる。
武装した獣人を見つけるや、気色ばんで僕を降ろそうとした。
「そこの、獣人は王宮には入れません。此方で、待機して貰います」
「何度も言わせるな。ヴェルサス家の客人だ。ヴェルサス家が決める。登城させぬなら、知らん。馬車を屋敷に戻せ」
「畏まりました」
「お待ちください‼」
何時まで、茶番は続くのかな。
飽きてきた。
兵士も職務は分かるけど、臨機応変が出来ない対応に、王宮の練度が低いな。
ここは、身の内に取り込んで、騎士の監視をつければよいのに。
ご当主も飽きてきたのか帰ろうとするし、何だか混沌としてきた。
「おい、何をしている。陛下と閣下がお待ちだ」
一報が入ったのだろう。
役付きの兵士が走ってくる。
城門にてまごつく不手際に、慌てている。
「ですが、身分が分からぬ獣人が一緒です」
「新しい護衛だろう。一刻も早く謁見の間に案内しろ、との仰せだ。早く通せ」
「は、はい」
「失礼を致しました。お通りください」
馬車の扉が閉められた。
そして、馬車が動き出す。
城門を越えた辺りから、不快な匂いがしてきた。
百合と薔薇を体現する魔力の匂いだ。
魅了ではなく、自身の強さを見せ付ける為に垂れ流しているのだろう。
執事が瞬きを始めた。
「どうした」
「いえ、何かしらの魔法に抵抗した模様です」
「精神汚染系か?」
ご当主は執事ではなく、僕に問い質してきた。
狐の獣人は、精神系の魔法に強いからだろう。
「単なる、威嚇の魔力です。魔力事態には、精神異常をきたす目的はありません」
「はて、何の意味をなさないのは、誰の指示だがな」
「自己顕示欲の強い狂人の集団が、王宮に滞在しているようです。安心してください。ヴェルサス家には、関係がない集団です」
「狂人か。思い至るのは、ひとつしかしらんな」
「何故に王宮に滞在しているのか、理由は知りません。何処で、友誼を結べたのか。好奇心はありますが、率先して知ろうとはしませんよ」
本音である。
藪をつついて大蛇を出現させる気はない。
ドラグースの王家が、相反する集団を招き入れていたのには、情報規制がされていた。
一般市民に知られたくはないのだろうな。
反発しか産み出さない集団を、密かに滞在させているのには企みがあるとみた。
暴き出す気はないが、リーゼとセーラに害が及ぶなら、相応の報いはする。
甘くみないで欲しい。
「ふむ。魑魅魍魎が跋扈する王宮に、本物の化け物がおるか。王家も、腐ってきたな」
「旦那様。そろそろ、王宮でございます。お言葉にはお気をつけください」
「分かっとる。玉座に座る阿呆には、頭を垂れてやるわ」
馬車が止まり、扉が開けられた。
名門のヴェルサス家ならではの待遇で、王宮の正面玄関前にまで馬車は通されていた。
階段脇にはズラリと騎士が並ぶ。
馬車を降りたご当主は、前だけ向いて階段を登っていく。
執事は、王宮には入れない。
頭を下げて見送っている。
僕?
僕は、ご当主に続いている。
要らない厄介事は、起こさないことにする為に、幻惑を纏う。
認識阻害を誘発させる幻惑に、案内の騎士は気付いていない。
悠々と王宮内に入れた。
「ご当主。僕の姿は隠しますが、ご当主の背後に控えています」
「うむ。分かった」
小声で囁くと了承を得た。
ご当主も、頭の回転がきれる。
僕が何に対して警戒をしているのか、理解されているな。
余計な面倒はごめんだ。
セーラには派手に暴れるかもと言ったが、起こさないに越したことはない。
暫く、歩いていくと大きな扉前に着いた。
謁見の間に到着だ
扉越しに感じる魔力は、百合と薔薇の比ではない。
猟兵団の副団長クラスが待ち構えているな。
さて、どうなるやら。
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