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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
129/197

第21話

 竜召の儀式が行われる祭場は、峻嶺な山々が連なる合間の崖の上にありました。

 リーゼちゃんと二人、降り立ちました。

 直径三メートルの円形の床は人工的に作られ、複雑な召喚呪文が描かれています。

 崖っぷちには祭壇があり、陽の光を反射する宝玉が鎮座しています。

 宝玉に魔力を流すと、床の召喚呪文が反応する仕組みになっていました。

 ですが、気になるのがひとつありました。


 〔にゃんか、変な匂いがする~〕

 〔はい、でしゅの~。嫌な匂いでしゅの~〕


 ポーチから顔を出したジェス君とエフィちゃんが、鼻を抑えています。

 リーゼちゃんも不快な表情を隠してはいません。


「エルギラ。竜避けの植物」

「ですね。召喚の場には不似合いな植物です。これでは、竜は喚べません」


 祭場の周囲と、至る階段の両脇に、ところ狭しと植えられたエルギラ。

 通年、枯れる事なく咲き乱れる深紅の花。

 人族には感じられない独特な匂いが充満していました。

 竜召と竜避け。

 相反する祭場の有り様に、どなたも異論は唱えなかったのでしょうか。

 エルギラの匂いは、飛竜(ワイバーン)の理性を狂わせます。

 祭場近隣に飛竜の姿が見えないのも道理です。

 これでは、竜召の儀式が失敗するはずです。


「他者の悪意を感じますね」


 エルギラの数は無数にあります。

 一年や二年そこらで、自生したとは思えない数があります。

 また、等間隔に植えられています。

 人の手が入っているのは、一目瞭然でした。


「焼き尽くす?」

「どうでしょうか。エルギラ事態には害はありません」

「可哀想?」

「はい。出来るなら、環境に適した場所に植え替えてあげたいです」


 森の妖精族(フォレエルフ)の血が、ざわめいています。

 植物が焼かれる痛みは、身に染みます。

 リーゼちゃんの提案通りに、焼き尽くすのは簡単です。

 エルギラの影響が払拭されれば、飛竜も飛び回り、竜騎士が誕生するでしょう。

 けれども、排除して終わりとはいかないと思います。

 何故に、祭場にエルギラを植えたのか。

 誰の指示によるものなのか。

 調べないとならないといけません。


「リーゼさんなら、エルギラの影響を受けない飛竜を喚べますか?」

「多分、喚べる。此方、窺う飛竜いる」

「それは、竜王姫の眷属になります?」

「肯定。気配、近い」


 要は、エルギラの匂いが無くなればよい訳です。

 風魔法で匂いを散らして薄くしてあげれば、他の候補者でも竜騎士に選ばれる機会を得られます。

 そうなれば、ヴェルサス家には有利にことが運びます。

 ヴェルサス家と対立するレンダルク家や、王家の鼻を明かす機会に恵まれます。


「リーナ」

「はい」


 思考の海に落ちる私をリーゼちゃんが呼びます。

 険を孕んだ声音に、注意が散漫になっていたのを、理解しました。

 いけません。

 ここは、禁則地でした。

 侵入者なのは、私達の方です。

 リーゼちゃんが階段側に回り、私を背に庇います。

 ポーチを軽く叩いて、ジェス君とエフィちゃんに合図をします。

 おとなしく、身を潜めました。

 待つこと数分。

 一人の竜人男性が、姿を見せました。

 その腕に、エルギラの苗木を手にしています。


「おや。ここは、一本道。入口の門番は、誰か通したと報告がなかったけどね。何処から、来たのかな」

「教えない」

「まあ、わたしには関係がないか」


 竜人男性は、無気力な様子で警戒する私達を見据えています。

 身体つきが細身の男性は、悠々と歩いて近付いてきます。

 ジェス君とエフィちゃんの警告がありません。

 敵対する意思はなさそうです。


「でも、一応は忠告しておくよ。この場所は、王家の庭とも繋がっている。君達が、賊とは思えないけど、わたしが降りたら兵を差し向けるよ」


 すれ違い様に垣間見た男性の瞳には、私達を映してはいませんでした。

 覇気がない自然体で、エルギラの苗木を祭場の一画に植えようとしています。


「貴方は、何故にその植物を植えるのですか」

「? 可笑しなことを聞くね。祭場に植えるのだから、竜を喚ぶ為だよ」

「可笑しいのは貴方の方です。エルギラは、竜避けの植物です。竜を喚ぶべき場所に、相反する植物を植えているのに、気が付いていないのですか?」

「エルギラ? ユリギラではないのかい?」


 男性が振り返りました。

 その表情を見る限り、嘘は吐いてはいないです。

 庇うリーゼちゃんの背中から、半歩右に逸れて対峙してみました。

 竜人男性の身形は雑に見えて、質のよい衣服を身に纏っています。

 門番が通したのであるなら、王族に当たるかと推測できます。

 ですが、私達を見返す瞳には力がありません。

 無気力さが現れていました。


「ユリギラではなくエルギラです」

「ん。間違いなし」


 ユリギラはエルギラと似た名前ですが、科目は違います。

 葉の形、花の色、咲く時期。

 ひとつひとつ挙げていけば、違いがはっきりとします。

 ですが、強いて言うのならば、どちらも竜と関わりがある植物なのです。

 エルギラは竜避け。

 ユリギラは甘い蜜を含む甘味。

 とりわけ、飛竜が好みます。


「ユリギラの花は、淡い黄色をしています。深紅の花はエルギラです。エルギラの花の匂いを飛竜は毛嫌いしています。ですから、どれだけの実力者が喚ぼうとも、飛竜は応えません」

「その話が事実なら、わたしは無駄な行為に何年も費やしたことになる」

「貴方がどうやって、苗を手にいれたのかは聞かないでおきます。けれども、エルギラが自生しているのは、帝国領です」

「君の言う通りだよ。わたしは、帝国の知人からユリギラとして譲り受けていた。竜召の儀式を手助けする一因になればと思い、ユリギラを植え続けていた」

「その方に騙されていますね。こんなに、エルギラが咲いてしまっていれば、匂いによる竜避けの効果が発揮してしまいます。儀式が失敗するはずです」

「間違いないんだね」

「貴方がいつ、エルギラを植えたのか知りませんが。植え始めてから、一度でも成功しましたか?」

「……」


 沈黙は肯定ととります。

 竜人男性の腕から、苗木が落とされました。

 無気力だった竜人男性の顔が、憎い仇を見る眼差しに変わっていきます。


「ははは。愚かしい行為をわたしは、何年も信じてきたのか。大叔母の事を笑えないな」


 自棄になる人は、どうして物に当たるのでしょうか。

 竜人男性はエルギラの苗木を、何度も踏み躙ります。

 苗木には罪はありません。

 止めようとする私を、リーゼちゃんが制します。


 〔駄目〕

 〔苗木が可哀想です。悲鳴をあげています〕

 〔駄目。じきに、狂気変わる〕


 苗木を踏み躙るのに飽きたのか、竜人男性が徐に火炎の魔法を行使しました。


「燃やしたら駄目です‼ 異臭が酷くなるだけです」


 私の忠告は遅かったです。

 苗木は炎に包まれて、紫色の煙を産み出しました。


 〔ふにゃあ。お鼻が~〕

 〔息苦しいでしゅの~〕


 花の匂いを百倍は濃縮した悪臭が、祭場に充満していきます。

 すかさず、リーゼちゃんが風を支配して、悪臭が広がらないようにしてくれました。

 エルギラは燃やされると、悪臭の煙を発生させます。

 リーゼちゃんが竜体になり、高温の竜の吐息(ドラゴンブレス)で一瞬の内に焼き尽くすのなら、被害はでなかったでしょう。

 魔法による火炎では、エルギラの耐性が強すぎて、悪臭が撒き散らされるだけに終わります。


「ごほっ。な、何が……」

「エルギラは火炎耐性が強く、燃焼率が悪いのです。中途半端な火炎では、悪臭を産み出してしまいます。また、煙を浴びたら適切に処置しないと、飛竜や竜に害意を向けられます」

「何だって?」

「嗅覚が優れた飛竜に迂闊に近付いて、殺害される可能性が高いと言っているのです」


 薬品が入った小型ポーチから、中和剤を取り出します。

 専用の中和剤ではないので、焼け石に水でしかありませんが、しないよりかはましです。

 煙を浴びない様に気をつけながら、中和剤を撒いていきます。

 ここで、やってはいけないのは、水を掛けることです。

 水を掛けてしまったら、一気に爆発します。

 厄介な植物なのです。


 〔ふにゃあ。ジェス、耐えられない。セーラちゃん。ごめんなさい〕

 〔ジェス君?〕


 にゃあ。


 ジェス君が鳴くと、煙を吐き出す苗木が浮き上がり、四角い空間に切り取られました。

 ジェス君の空間魔法です。

 さりげなく、リーゼちゃんが煙を誘導して、竜人男性から目隠しします。

 切り取られた空間は、一気に圧縮され消失しました。


 〔リーゼちゃん。このまま、退避です〕

 〔了承〕


 リーゼちゃんの腕が腰に回ります。

 軽く跳ねると、上昇していきます。

 煙が晴れたら、私達の姿は遥か高見にありました。

 真下では、竜人男性が私達を探しているのが見えました。


「リーゼちゃん。声を伝えてください」

「ん。了承」

「エルギラの煙を浴びたら、二月は飛竜や竜の前に姿を見せないでくださいね。匂いは湯浴みしても残ります。貴方がどうなろうとも、私達への責任転嫁はやめてください。忠告はしました。それから、エルギラをユリギラと称して渡してくる相手とは、縁を切られた方が身のためです」


 姿は見えず声だけ聞こえる状態に、竜人男性は辺りを見回しています。

 まさか、天高く空にいるとは思えないでしょう。

 本当は、縁を切れとまで忠告する気はなかったのです。

 事情は窺いませんでしたが、王宮には猟兵団がいました。

 おそらく、彼等辺りから手に入れたのだと思います。

 神国所縁のドラグースにおいて、帝国領から持ち出すことが出来るのは猟兵団ぐらいしかいません。

 竜を狩るのを至上とする猟兵団が、竜避けの植物を知らないはずがありません。

 その魂胆が何処にあるのかは、図りしれません。

 エルギラの植えられた数から、かなりの年月を費やしているのが窺えます。

 もしかしたら、王家のどなたかは竜王姫の呪いによる竜召の儀式の失敗を、エルギラを植えることで、名誉を守ろうとしていたのかもです。

 それが、ヴェルサス家をも貶める行為に繋がっている。

 根が深そうです。

 王宮に同行したラーズ君が、持ちかえる情報が待ち遠しいです。


 〔セーラ、薔薇が来た〕

 〔光魔法発動しましゅの~〕


 眼下に、深紅のローブを纏う人影が現れました。

 エフィちゃんが、光りの屈折を利用した姿を見えなくする魔法を展開します。

 なにやら、眼下では言い争いが始まっています。

 エルギラとユリギラの違いを問い質しているようすです。


 〔薔薇さんは、猟兵団ですよね〕

 〔肯定。猟兵団、紋章見える〕

 〔儀式の斎場にまで、入りこめることができるのですね〕

 〔ん。仲、良好〕


 斎場にまで出入りしている。

 王家の信頼無くしては、出来ない行為です。

 ヴェルサス家の竜召の儀式も、猟兵団がでばってくるのは目に見えています。

 リーゼちゃんが飛竜ではなく竜王を召喚したら、竜狩りを狙う目的でしょうか。

 どれだけの人数の猟兵団が滞在しているのか、気になってきました。

 王宮のラーズ君が心配です。

 帰宅を急ぎましょう。

 リーゼちゃんを急かして、風に乗りました。



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