第20話
真下に見下ろすのは、昨夜突如崩壊した王宮の尖塔です。
夜が明けきる前に、リーゼちゃんと仲良くヴェルサス家を脱け出しました。
お爺さんには、残ったラーズ君が説明してくれる手筈になっています。
〔やっぱり、変〕
雲の上でリーゼちゃんが、首を捻っています。
私達の周りには風が渦巻いて足場を作り、天空に二人して立っている状態です。
あっ。
ジェス君とエフィちゃんは、ポーチの中です。
エフィちゃんの光魔法で私達の姿は、下からは見えなくしてあります。
当初は、竜体のリーゼちゃんと行動する予定でした。
待ったをかけたのは、ラーズ君です。
昨夜の爆発騒ぎに、ヴェルサス家も異常事態には気がつきました。
お爺さんは、真っ先に私達の在室を確認に来ました。
何か仕出かしたか問われましたが、私達は揃って否定しました。
だって、仕出かしたのは王宮の誰かさんです。
私達ではありません。
非難される謂れはありません。
ですが、お爺さんが納得されていないのは、確かでした。
監視の目が、三倍になりました。
すぐにリーゼちゃんが、鬱陶しいと宣言して客室に結界を張りましたので、安心して仮眠を取りました。
そうして、窓から風魔法で天高く空へと移動したのです。
〔変と感じるのは、アッシュ君に似た気配の持ち主のことです?〕
〔肯定。エフィの反射、建物だけ破壊した。気配の主、依然健康体〕
空中にある為と、私達を攻撃した何某さんの探索を避ける為に、念話で会話をしています。
眼下には、忙しなく行来する兵士が辛うじて認識できます。
神子の恩恵による瞳の視認効果を最大限にした上での、認識です。
隣のリーゼちゃんは、竜眼を顕にしていますので、私より遥かに視力は高い状態です。
私には、兵士さんが動いているのは見えますが、個人を特定出来ません。
〔何某さんは、視認していますか?〕
〔否定。兵士ばかり。後、騎士〕
〔外には出てない様子ですね。王宮の中に紛れてしまっていますと、ラーズ君が頼りです〕
〔肯定〕
王宮にはラーズ君を同行させるつもりのお爺さんです。
私達を狙った何某さんの、炙りだしを期待しています。
〔セーラ〕
〔はい〕
〔百合が出てきた〕
リーゼちゃんの指差す方向に、白色のローブを纏う人物がいました。
風が百合の薫りを運んできました。
確かに百合を基調にした香水の匂いです。
ローブの人物は女性ですかね。
〔人物鑑定、できる?〕
〔少し距離が有りすぎです。固有技能を使用したら、分かるかと思います〕
〔ん。諦める〕
ラーズ君が不在ですから、リーゼちゃんは無理を言いません。
身体に負担がかかる固有技能は、ラーズ君がいたとしましても許可はおりないでしょう。
リーゼちゃんは、自分の竜眼の鑑定をすることにしたようです。
瞳孔が鋭くなりました。
獲物を狙う竜の眼に、白色のローブを映しています。
と、眼下で動きがありました。
ローブの人物が、此方を見上げたのです。
〔セーラ‼〕
リーゼちゃんに腕を掴まれ、勢い良く更なる高みに誘導されました。
下から、火魔法が追尾してきます。
攻撃されたのです。
〔反射しましゅの~〕
〔弾き返しは駄目です。自然に流してください〕
天空にて部外者がいるのを悟られます。
エフィちゃんの光魔法は、今も顕在しています。
私達の姿は認識はされていません。
火魔法も直撃コースではなく、私達の横を通りすぎていきます。
〔リーゼちゃん〕
〔ん。風魔法には気付いてなかった。竜眼の魔力に抵抗された〕
〔一瞬でしたが、鑑定できました。竜眼の首飾りと判りました〕
見る間に王宮から遠ざかる私達です。
儀式の祭場がある山の方向に向かっています。二撃目は、私達と反対方向に撃ちだされています。
魔力の質を垣間見て、リーゼちゃんがアッシュ君に似ていると言ったのも、理解できました。
白色のローブの人物は、人族にまちがいがありません。
ですが、竜族の魔力を含んでいました。
これ、如何に。
信じがたい気分がしてきました。
リーゼちゃんも気がついているはずです。
〔あいつ、敵だ〕
〔それも、特大の敵ですね〕
〔ラーズ。危ないかな〕
〔推測でしか、ありませんが。何某さんは、竜狩りの一団です。竜ではない、ラーズ君に手を出せば、加護を失います〕
白色のローブの背に、とある紋章があるのが見えました。
帝国すら袖にする、猟兵団。
竜殺しの名声を有する、竜狩りの一団。
彼等は名声だけに留まらず、狩り取った竜の遺骸にも手を出しました。
人族の身には劇薬となる血肉を食べたのです。
毒を克服し、竜の膨大な魔力と生命力を得た人であることを止めた、狂気の集団。
狙われたら帝国よりも、厄介な一団です。
飛竜を使役するドラグースにとっては、仲違いしているはずの一団がいる。
危機管理能力に適した飛竜が、儀式に応じないのも彼等を警戒しているからかもです。
〔猟兵団には、鉄の掟があります。竜以外の幻獣を害せば、死に至るのは彼等の方です〕
〔竜の呪い。ラーズを守る〕
〔はい。そうです。借り物の魔力でラーズ君の正体を看破しても、猟兵団には何かを仕出かすことは禁じられています〕
猟兵団が狂気の集団であっても、駆逐されないのは彼等が掟を遵守して竜以外の幻獣を狩らないからです。
冒険者ギルドとも、仲は良好とはいかないまでも、敵対はしていません。
ギルドが適正な金額で、対応出来ない害獣を駆除依頼することもあります。
イザベラさん曰く、猟兵団の団長は話が出来る悩筋を演じているそうです。
猟兵団の目的は竜殺しと掲げています。
竜が関わらなければ、おとなしい集団です。
それが、何故かドラグースに派遣されている。
この符牒に、トール君の思惑は何処にあるのか、分からなくなってきました。
〔取り敢えず、ラーズ君には猟兵団のことは連絡しておきます〕
〔ん。まだ、念話は通じる〕
〔はい。今日は魔力で繋がっていますから、楽勝です〕
ドラグースの空には通信阻害の結界は築かれてはいません。
ですが、盗聴されるのは御免です。
念話で、起きた出来事を伝えます。
竜狩りの猟兵団が、王宮に滞在している。
猟兵団と王家の密約が何かは知ることはできませんでしたが、私達を狙ったのは彼等の指示によるかもしれません。
リーゼちゃんの竜眼に反応されたからには、竜の存在を感知されたかもです。
〔事情は判りました。猟兵団が儀式の山にいないとも限りません。警戒して損はありません〕
〔リーゼちゃんが伝えた百合と薔薇の薫りは、同族の魔力を感じ取った可能性が高いです。猟兵団の白色のローブを纏う人物は、竜眼をアクセサリーにして所持していました〕
〔となると、一番危険なのはリーゼですね〕
〔擬装の神器を、リーゼちゃんが使用したらどうでしょうか〕
〔それは、止めた方がいいです〕
〔ラーズに同意。セーラの身が危険〕
いいアイデアだと思いましたが、過保護な二人は否定してきます。
猟兵団に狙われるのは、リーゼちゃんです。
ラーズ君もリーゼちゃんが危険だと言いました。
私は狙われたりはしないです。
〔セーラ。リーゼの弱点はセーラです。猟兵団は、竜を狩る為には非情になります。セーラを捕らえて、囮に使う手段を彼等は平気で行います〕
〔ですが、竜以外の幻獣を狩らない。被害を出さないが、冒険者ギルドとの盟約ですよね〕
〔それは、建前です。毎年、幾人かのギルド員が犠牲になっています。竜の呪いが効果を発揮する最低のラインを、猟兵団は人員を使い潰して探り当てていますよ〕
それが事実なら、猟兵団の鉄の掟が揺らぐことになります。
狂人の集団が野放しになっている状態ではありませんか。
竜が関わらなければ平素は静かでも、関わりを持てば何をされるか、身を持って体験はしたくはありません。
やはり、リーゼちゃんを隠さないとなりません。
〔ラーズ君。私はリーゼちゃんを守りたいです〕
猟兵団がリーゼちゃんの正体を看破して、狙ってくるのでしたら、私は奥の手をだすのを辞さない覚悟です。
黒と白の騎士を召喚してでも、魔力枯渇になろうが、リーゼちゃんには手を出させません。
大切な姉を猟兵団の獲物にさせるものですか。
〔セーラ。要は、リーゼが竜だと判明しなければ、よいだけです。セーラが危険な目に遇い、リーゼが竜体になる事態を回避すればいい〕
〔相手は竜眼持ちです。看破されないですか?〕
〔リーゼや僕の変化の術は、トール先生謹製の魔導具を起点にしてあります。きちんと隠蔽もかけられています。それに、猟兵団がいきなりリーゼを攻撃する訳にはいきません〕
出会うなりの攻撃は、先程見舞われました。
回避をしなければ、当たっていました。
あれは、威嚇だったのでしょうか。
〔セーラ。僕達の保護者はクロス工房の皆さんです。猟兵団は、トール先生やアッシュ兄さんを怒らせたりはできないのですよ〕
工房の顧客に猟兵団の団員がいたでしょうか。
あまり、お店番に立たないので、冒険者の常連客しか知りません。
そもそも、不審なお客は工房に辿り着くことはないです。
紹介状や割り符がなければ、目眩ましに遇い工房の所在は判りにくくなっています。
今は、新人がお店にいます。
工房の守護は強化されています。
〔直接は僕達とは接触はありません。猟兵団との取引は、商業ギルドを通じていますから。特に、各種ポーションは欠かせません。セーラを囮にと言いましたが、擬装を止めれば安全なのですよ〕
〔それは、リーナなら危ういのですね〕
〔そうです。しかし、兄さんや先生の目が届かないこの地で、拉致は有り得るかもしれません〕
〔判りました。気をつけます。けど、ラーズ君が詳しいのは、私が猟兵団に付け狙われたのですか?〕
〔……兄さんが、団長と殺り合っています。先生とイザベラさんが取り成しましたが、不倶戴天の仲ですよ〕
本気のアッシュ君と殺り合って未だに健在ならば、団長さんの能力は私では太刀打ち出来ない実力を持っているのですね。
ラーズ君が後手に回ったのは痛いでしょう。
猟兵団の存在は、警戒してやまない相手です。
百合と薔薇。
最低でも、二人はいるのですよね。
竜を喰らって、人であることを止めた集団。
三人で相手どるには実力不足なのは、必定です。
人型に変化しているラーズ君とリーゼちゃんは、本来の実力を充分に発揮することはできません。
ですが、リーゼちゃんが竜体になるのは、避けなければなりません。
何だか、不安になってきました。
思わず、騎士型のチャームに触れていました。
トール君。
先行きが不透明になりました。
五体満足に帰れるのでしょうか。
碌でもない思考に襲われてしまいました。
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