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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
126/197

第18話

 私が竜王を喚べる。

 暴露された事実に、ヴェルサス家は見逃してはくれませんでした。

 当主に忠誠を誓う護衛さん方は、招かざる客人を追い出した後に私達を囲み、リーゼちゃんの不興を買いました。

 一触即発な雰囲気を壊したのは、当主のお爺さんでした。


「お前たち、やめんか。そこにいる竜人の少女はベルナール殿の娘で、竜王姫の加護を持つ。連れの少年少女は、リーゼの身内だ。怒りを買えば、ヴェルサス家も凋落するだろう」

「ですが、野に放てばレンダルク家が取り込むやも知れません」

「分かっとる。リーゼ」

「リーナ、手出し厳禁」


 リーゼちゃんは、周囲の護衛さんを威嚇しています。

 ラーズ君は背後に回り、自然体に見せ掛けて隙を窺っています。

 此方に、敵対する意思はないのですが、私利私欲の為に拘束しようとするのでしたら、一戦交えるのもやむなしです。


「ヴェルサス家当主として、約束する。召喚士には、手をださん。だが、リーゼには儀式に出て貰う」

「竜召の儀式とやら、ですか。結局は、リーゼさんを当てにして、名誉回復を企みますか」


 口下手なリーゼちゃんに代わり、ラーズ君が剣呑な空気を纏いました。

 態と怒らせて、本音を引き出そうとしているのです。

 交渉役の本領発揮です。


「何とでも言え。儂は、ヴェルサス家の当主だ。一族を導かねばならん」

「その割りには、身内に反旗を翻されていたようですが?」


 家令さんの一件は、ヴェルサス家が揺れていることを教えてくれました。

 お爺さん自身が婿入りした立場で本流筋ではないことと、直系のベルナール氏が出奔した裏で行われていた、王家とレンダルク家の不祥事。

 最後の竜騎士となってしまわれた、リーゼちゃんのお父様は何を思って家を捨ててしまわれたのか。

 リーゼちゃんに聴いてみたいですが、今は不謹慎ですね。


「あれを見られている以上は、何も言えん。が、ヴェルサス家に留まったのは、お前たちの方だ。手を借りるのも厭わんことにした」

「心情はお察しします。けれども、リーゼさんが竜王を喚んで、終わりになるとは思えません」

「だろうな。詳しくは、執務室で話す。着いて来るがいい」


 確かに、玄関ホールでする話ではないですね。

 誰が聴いているか分かりません。

 追い出した客人が、置き土産を配置しているかもです。

 盗聴の魔導具らしき、魔力の塊が見えます。

 ヴェルサス家の皆さんは、気付いた様子はありません。

 私も指摘していいのやら、判断がつきません。

 ラーズ君に念話で確認してみます。


 〔ラーズ君は、盗聴に気付いていますか〕

 〔神官が魔導具をほうりだしたのは、見ていました〕

 〔ん。感知した。捨てる〕

 〔放っておきなさい。捨てるのも、放置しておくのも、判断するのはヴェルサス家にあります。リーゼは、干渉し過ぎです〕

 〔あう〕


 ラーズ君は、リーゼちゃんの専横に横槍を入れました。

 私も、リーゼちゃんが張り切りすぎているのを、感じていました。

 お父様の実家だからと、魔法を行使して対処するのは、如何なものかと。

 今は、レンダルク家とのいざござが起きたばかりで、リーゼちゃんに注意を払っていませんが。

 落ち着いてくると、リーゼちゃんの魔法が他者より優れているのが分かってきます。

 きっと、利用する目的の接触が多くなると思われます。


 〔リーゼ。魔法を行使するのは控えなさい。欲に眼が眩んだ輩の餌食になるだけです〕

 〔肯定。ラーズ、ごめんなさい〕


 眉根がよるリーゼちゃんは、肩を落としています。

 心配されるのは、仕方がありません。

 私とラーズ君も、リーゼちゃんの身内がドラグースで名門だとは知りませんでした。

 まさか、王家と共に難題を抱えているとは。

 トール君は私達が問題解決に誘うのを、了承しているのでしょうか。

 てっとり早いやり方は、リーゼちゃんが竜王を喚ぶことです。

 その場合、リーゼちゃんが竜王の騎士になるのでしょうか。

 竜騎士は、女性でもなれるでしょうか。

 案外、見届け人が茶々を入れて、リーゼちゃんから竜騎士の称号を奪い合いするかもです。

 それよりも、婚姻を持ち出して、囲い込みそうです。


 〔当主のお爺さんに、リーゼちゃんと釣り合うお年頃の異性がいたら、どうします?〕

 〔問答無用で、ぶち壊します〕

 〔竜人、興味なし〕


 突拍子のない質問に、ラーズ君は切り捨て、リーゼちゃんは無関心でした。

 一番有り得そうな、組合わせだと思うのですが。

 まあ、リーゼちゃんの種族は竜族でしたから、他種族は端から候補に上がりません。

 無駄な質問でした。


「そちらに、座れ」


 執務室に移動した私達を、お爺さんはソファを薦めました。

 伸された家令さんと、呆然自失していたジェイナス氏はいませんでした。

 家令さんは牢屋として、ジェイナス氏の行方が気になります。

 ラーズ君に負けて、実力不足を露呈したジェイナス氏が、善からぬ反撃をしてこないとも限りません。

 注意を怠らないようにしておきます。


「さて、リーゼの竜召の儀式だがな。儂は、明日にでも王宮に伺候して奏上してくる。同時に、リーゼの出自を世間に流す。正統なヴェルサス家の令嬢がおるとな」

「それは、厄介なやんごとなき方々に、リーゼさんが狙われます」

「分かっておる。王家には、第一、第二王子がおるでな。ヴェルサス家を追い落としたい王家が、婿入りして乗っ取る腹づもりだろうて。その手段は、儂の孫娘からリーゼに乗り換える気だろう」

「ご当主には、後継の男性はいないのですか?」


 ラーズ君が気になる質問を返しました。

 どこの世も、後継者は男性が優先されます。

 女性しかいない場合には、お爺さんの様に婿入りします。

 リーゼちゃんの情報が世間に流布されましたら、邪な男性が近寄ってきますね。


「儂の一人息子は、死んだ」


 簡潔な一言に、詮索を許さない態度をとられました。

 この話題は禁句だった様です。

 ラーズ君は、頭を下げました。

 私達にも詮索無用な情報がありますから、素直に引き下がります。


「後継者候補の筆頭が、ジェイナスであった。が、竜を喚べんヴェルサス家に、王家は口を出してきた。第二王子を養子にしないかとな」

「第二王子は、ヴェルサス家と所縁があるのですか?」

「ない。第二王子の後見はレンダルク家だ」


 それは、確実に家を乗っ取りにかかっていますね。

 ここまで、ヴェルサス家を目の敵にする、理由が分かりません。

 ベルナールさん絡みでしょうか。

 王家とレンダルク家の癒着振りに、悩まされます。


「リーゼ。ジェイナスは竜を喚べるか?」

「条件次第。飛竜(ワイバーン)は来る」

「飛竜か。竜王姫の眷属か」

「多分、そう。だけど、今は駄目」


 リーゼちゃんが、窓の外を見やりました。

 釣られて、私達も外を警戒しました。


「嫌な風。また、纏いつく」

「何処から吹くか、分かるか?」

「北。何かある」

「王宮だな」

「違う。もっと、奥」

「王宮の背後には、儀式に使われる禁域があるが」

「分かった。明日、偵察する」

「簡単に言うな。儀式以外には、門は開かん」


 お爺さんは忘れていますが、リーゼちゃんは竜です。

 自前の翼で、空から偵察ができます。

 リーゼちゃんが自発的に行動するのは、滅多にありません。

 いつもは、ラーズ君に言われて行動に移します。

 それだけ、ヴェルサス家の現状を憂いているのでしょう。


「大丈夫。裏技使う」

「リーゼさんを、信頼してあげてください。勿論、僕達も一緒に行動します」

「ん。三人一緒」


 ポーチに、ジェス君とエフィちゃんがいますから、実質は三人だけではありません。

 ヴェルサス家を信頼している訳にはいきませんから、単独行動は厳禁です。

 お留守番なぞしていましたら、無理難題を言われるだけだと思います。


「兄だけ、置いていけ。そのまま、ベルナール殿の様に出奔されたらかなわん」

「妹と言わないだけ、分別がおありですね」

「ふん。出来るなら妹が望ましい。が、留守中に妹に何かあれば、ヴェルサス家は終わりなのは推測できる」

「ん。リーナは、渡さない」


 リーゼちゃんに横から抱きつかれました。

 私に不測の事態が起きれば、竜体のリーゼちゃんと天狐のラーズ君が大暴れするのは、目に見えています。

 私とて黙したまま、追従するつもりはありません。

 アッシュ君に手解きされた体術を、披露してあげます。

 まあ、その前に過保護な兄姉と、保護者様が登場するでしょうけど。


「兄の心配はせぬのか」

「ん。リオンは強い。リーナも強い、集団戦向かないけど」


 対人戦と言わないのは、私が敵対者には容赦しないからです。

 攻撃してくる相手に、慈悲はいりません。

 やり返されるのは当然です。

 集団戦に向かないのは、只攻撃手段が限られてくるからです。

 魔法を行使出来ないのが、悔やまれます。

 私はどちらかと言いますと、後方支援の役割を担います。

 ラーズ君とリーゼちゃんが前衛ですから、自ずと役割分担がつきました。

 長戦斧(バルディシュ)での攻撃手段は、隠し玉のようなものです。

 背後からの強襲に、対処する目的で習いました。

 召喚術は、最後の奥の手です。

 強力過ぎて、アッシュ君に禁じられています。

 ラーズ君とリーゼちゃんが、対処出来ない敵が現れるまで、お休みしていて貰います。


「まあ、いい。お前たちの身柄は、ヴェルサス家が預かる。レンダルク家と勇者擬きが、再び接触してこんとも限らん。なるだけ、諍は避けねばならんからな」

「此方としましても、不満はありません。ですが、ヴェルサス家の名を免罪符にして、無理難題を吹っ掛けてくるのは、容赦願います」

「一族も一枚岩ではない。儂の抑えが効かん年寄もおる。そいつらは、リーゼとジェイナスを婚姻させ次代の後見について、ヴェルサス家を牛耳ようとする輩だ。排除していい」

「ご当主にも協力する、つもりはありませんよ」

「何故だ。リーゼの安寧の為にならんか。奴等は、しつこいぞ」


 正直、お年寄りの方々には退場してもらいたいです。

 リーゼちゃんとジェイナス氏との婚姻は、あり得ないです。

 当のご本人は、無関心を貫いています。

 ジェイナス氏を見つけたのは、リーゼちゃんだと思います。

 率先して話し掛けましたよね。

 後で、問い質してみましょう。

 それにしましても、お爺さんも意地が悪いです。

 自分の采配で処断出来ない輩を、私達に排除して貰おうとは思いもしませんでした。

 汚れるのは、私達の手です。

 流石は、王家とも対立するヴェルサス家を守ってきた竜人(ひと)です。

 使えるものは、何でも使う主義ですか。

 潰しあいになってしまったら、どう結末をつけるつもりでしょう。

 ヴェルサス家の未来は、リーゼちゃんにかかっています。

 不興を買うのはよした方が、よいと思います。

 ラーズ君の気苦労が偲ばれます。

 決して、ヴェルサス家も味方ではないと、思い知らされました。


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