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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
125/197

第17話

 レンダルク家の司法官が、虚偽を述べた。

 真偽を裁定する神器のレプリカたる石板が、消失していきます。

 恐らく、神の手元に戻されたのでしょう。

 神罰により転げ回る司法官を、レンダルク家の私兵とお嬢さんは、目を見張り放心状態です。

 ユイト少年は事情が分からず、周囲を見渡しています。

 神国の神官は、事の重大さに恐れをなしています。

 神の言葉を汚したのです。

 信仰厚い神官にしてみれば、神から信仰を拒絶される出来事です。

 あってはならない事象になります。


「レンダルク家の。どう、後始末をつける」

「えっ⁉ あのぅ」

「ヴェルサス家に瑕疵は無し。神の言葉だ。主等が、ヴェルサス家を陥れしようとした神罰は降った」


 お爺さんが、レンダルク家の令嬢に問いただします。

 司法官一人の罰なら問題は大きくなりません。

 追放なりして、レンダルク家から切り放せばよいのですから。

 しかし、神罰はレンダルク家全体に及んでいます。

 今頃は、司法官の石板に異変が起きていることでしょう。

 司法を司る家が、役目を失う結果になりました。


「司法の一門が、要となる石板を扱う権限を失う。事の重大さに気付かんか」

「う、嘘だわ。ヴェルサス家に騙されているのよ。そうよ、そこの獣人を使って、何か企んでいるのでしょう!」

「企んでおるのは、レンダルク家だろうに」

「何を根拠に世迷言を言うのですか」

「儂等が知らんと思っておるのか。竜召の儀式には、細やかな約定がある。それを、破りレンダルク家単独で儀式に挑んだな。それも、失敗に終わったが」

「あれは、貴方達が協力しないのが、原因でしょう」


 レンダルク家の令嬢が、お爺さんに噛み付いています。

 儀式に話が及び、ユイト少年の表情が歪みました。

 失敗した儀式に関わっていたのでしょう。

 それも、当事者とみています。

 レンダルク家か、王家か、どちらが主動であったかはわかりませんが、ユイト少年が竜王を喚べると期待していたのでしょう。

 彼には召喚の技能(スキル)がありませんから、喚べるとは限りません。

 それとも、技能奪取(スキルイーター)を発動させる目論みでしたか。

 儀式にヴェルサス家の協力がなく、召喚技能を奪うことが出来ず、失敗に終わった。

 こんな、ところでしょう。


「竜召の儀式は竜人族の誉れ。誇りだ。それを、人族に委ねる。儂を、納得させる説明をしてくれ」

「ユイト様は、勇者となられるお方ですわ。竜王を従えるには相応しい力量をお持ちなのですわ」

「ならば、何故に竜召の儀式に失敗した」

「あ、あれは……」

「そんなの、分かりきっているじゃないか。ヴェルサス家に邪魔をされたんだ。ぼくは、間違っていない。それに、預言者が言ったぼくのパーティ仲間が揃っていなかったからだ」


 空気を読めないユイト少年が、口を挟んできました。

 私とラーズ君を指差して、睨んできます。

 味方になった訳ではありませんので、沈黙します。

 リーゼちゃんが、私を背に庇います。

 静かに冷気を漂わせています。


「そうですわ。獣人の少女が竜王を喚び、ユイト様が支配する。預言者の言葉は絶対なのですわ」

「マリアベル‼」


 令嬢の失言に、周囲がざわめきました。

 神官が慌てて注意を促しましたが、遅すぎました。

 彼女は、はっきりと私が竜王を喚ぶと、断言をしました。

 竜人族ではない、獣人族に擬装した私が。


「成る程。レンダルク家が、僕と妹に固執する理由が分かりました。リーナの召喚技能を欲している訳ですか」

「ほう。妹は、召喚士か。それなら、なおのことレンダルク家に渡せんな」

「リーナ、技能目当て。許せない」


 リーゼちゃんの威圧が周囲を威嚇します。

 レンダルク家どころか、ヴェルサス家にとっても、喉から手が出る程必要な召喚士という人材は、両刃之剣です。

 私を利用する駒扱いには、ラーズ君、リーゼちゃんだけでなく、過保護なトール君やアッシュ君がお怒りになります。


 〔むう。周りが黒くなってきた〕

 〔はい、でしゅの~。皆さん、セーラしゃまを狙っていましゅの~〕


 さりげなく、私の周りに人垣が出来ています。

 レンダルク家から守るのではなく、逃がさない様にする為でしょう。

 私を利用すれは、竜を喚べる。

 竜騎士になれる。

 皆さん、思うことは一緒の様です。


「駄目だぞ。竜王を従えるのは、ぼくだ。リーナ、ぼくの元に来い」


 自分の魅了魔法が有効であると、過信しているのでしょう。

 ユイト少年が、手を伸ばしてきます。

 全く、効いてはいないです。

 私の状態異常耐性は、魔導具もあわせて、人外レベルなのです。

 生半可な魅了魔法は、児戯にも等しいです。


「先程、お断り致しました。貴方に、関わりたくはありません」

「な、何でだよ。くそっ。魔法が効いてないのか」

「残念ですが。初対面の相手に、無断で魅了魔法や隷属魔法をかけてくる礼儀知らずの輩に、唯唯諾諾と従う義理はありません」

「煩い。いいから、言うことを聴け、リーナ」


 真名を縛る隷属魔法は、愛称では縛れません。

 それに、私の真名はとても長いのです。

 セラフィリナ以外にも、豊穣のお母様がくださった名があります。

 例え、セーラと呼ばれても安心ではありましたけども、リーゼちゃんやラーズ君が呼んでくれる愛称を、卑劣な輩には呼ばれたくはありませんでした。

 愚かですね。

 幾ら愛称を呼ばれても、応えはしません。


「リーナ‼ おい。笑っていないで、応えろよ」


 幼い子供の癇癪の様に喚き出したユイト少年は、顔を真っ赤に染めています。

 私はメル先生に教えて貰った意地が悪い笑顔を、ユイト少年に返すのみです。

 すでに、勧誘にはお断りをしています。

 魅了と隷属魔法が効果がない相手がいることを、潔く理解するといいです。


「くそっ。なら、お前の召喚技能を寄越せ」


 魔力の糸が私に向かってきます。

 持ち主の感情が反映して、気味が悪い魔力をしています。

 醜悪な真っ黒です。

 ジェス君とエフィちゃんが展開してくれた結界に阻まれて、霧散していきます。


「なっ⁉ 何で、効かないんだ」

「リーナ?」

「平気です。彼のスキルイーターの熟練度では、私の技能を奪い捕れません。リーゼさんとお兄さまのレベルも、彼より上ですから、安心してください」

「そうですか。なら、神国の神官に問います。神国の法律では、魅了魔法や隷属魔法と言った、他者を支配する行為は犯罪だと思いますが。何時から、合法になりましたか?」

「儂も、知らんな。神国は帝国の奴隷法は嫌っているはずだがな」


 ラーズ君の問い掛けに、お爺さんが追従します。

 神国は帝国の亜人種差別による奴隷法を、悪法だと謳っています。

 ですが、反帝国同盟にも奴隷はいます。

 主に犯罪者がなる犯罪奴隷、借金を返せなくなった借金奴隷等です。

 愛玩奴隷や性奴隷は所持すると、犯罪となります。

 ユイト少年が無造作に発動している隷属魔法は、瑕疵のない一般人を支配する行為です。

 神国では、禁止魔法となっています。

 先天的に魂に刻み込まれてしまっている人は、規制の意味を示す為に魔力を封じるか、無効の紋を身体に刻みます。

 ユイト少年には、紋が見当たりません。

 お付きの神官が、彼の技能を知らない筈がありません。

 放置しているのには、神国の思惑があるからでしょう。


「何のことでしょう。ユイト様を、侮辱なさりたいのですか? 貴方方には、失望しました。神の雷が、貴方方に落ちることを祈ります」


 神国の常套句です。

 神の雷。

 すなわち、神罰が降るから、黙れと言う意味を持ちます。

 言葉に詰まったり、何か不利になると大概が言い出します。

 信仰に厚い神国の住人や、信者なら有効ですが、おあいにく様です。

 私は豊穣の神子です。

 ラーズ君とリーゼちゃんとは召喚契約を交わしていますから、豊穣のお母様の加護があります。

 お母様と対立してまで、神罰を落とそうとする神族はいません。

 それに、私の守護には最果てに眠る神殺しの彼も、加わっています。

 彼の目覚めに繋がる悪手には、神族も気を張っています。


「生憎と、そんな常套句で怯む僕達ではありません」

「ん。親神様、位階が高い」

「私達の師でもあり、保護者様は天人族です。見知らぬ神様より、保護者様の方が怖いです」

「罰当りな。ユイト。彼等は宗敵です。害悪です」


 神官は憤ります。

 私達に向けて、神杖を振り翳す。

 法力を練り上げているように見えますが、ただの【束縛(バインド)】の魔法を行使しました。

 神の威光だと偽り、私達を強制的に膝まつかせる気でしょう。

 私達の状態異常耐性が高いことは、立証済みです。

 効果は発揮されません。

 害はないと分かりきっていましたので放置しましたが、お怒りになったのはお爺さんでした。


「神国の一神官が協定を破るか。レンダルク家といい、神国もヴェルサス家を侮るか」


 リーゼちゃんに勝る気迫で、怒気を顕にしています。

 毒に苦しめられていた老人とは思えない威圧に、レンダルク家の私兵は後退り、武器に手を伸ばしています。

 呼応する様に、ヴェルサス家の護衛達も剣呑な空気を纏いました。


「のう、神官。神国は、同盟国の屋敷で旁若無人に神の威光を振り翳す。それを、許しておるか?」

「言われるまでもありません。そこの、宗敵を匿うなら同罪です」

「審議を司る神は、ヴェルサス家に瑕疵はないと宣言しておるが。耳が悪いのか?」

「それは……」

「レンダルク家の。お前が仕出かした経緯は、レンダルク家の総意か?」

「……っ。違いますわ」

「勇者とやら。ヴェルサス家の客人に、随分と身勝手極まりない、ふざけた行いをしてくれおったな」

「あっ、あれは」


 問われた三人はまともに浴びたお爺さんの威圧に、腰が引けています。

 私兵と同じく後退りして、お爺さんから距離を取ります。

 竜人族の本気の怒りは、半端なく強く身が引き締まります。

 肌がピリピリときます。


「黙れ‼ ヴェルサス家を虚仮にしたことを、後悔するがいい。こやつらを、追い出せ‼」

「はっ、直ちに」

「ん、手伝う」


 護衛さん達が動き出す前に、リーゼちゃんの風魔法がレンダルク家一行に襲いかかりました。

 悲鳴をあげて、玄関ホールから追い出されていきました。

 リーゼちゃんも、お怒りでしたね。


「ん。気分爽快」

「やや、豪快と言えなくないですが。まぁ、いいでしょう」

「リーゼさん。格好いいです」


 リーゼちゃんは単純に追い出した訳ではなく、宙で回転させながら浮かしていました。

 竜人離れした魔力操作を披露したのですが、称賛するのに忙しくて注意を忘れていました。

 後日、噂に尾鰭がついて、リーゼちゃんが困ったことになるのを、私達は気付いていませんでした。


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