第17話
レンダルク家の司法官が、虚偽を述べた。
真偽を裁定する神器のレプリカたる石板が、消失していきます。
恐らく、神の手元に戻されたのでしょう。
神罰により転げ回る司法官を、レンダルク家の私兵とお嬢さんは、目を見張り放心状態です。
ユイト少年は事情が分からず、周囲を見渡しています。
神国の神官は、事の重大さに恐れをなしています。
神の言葉を汚したのです。
信仰厚い神官にしてみれば、神から信仰を拒絶される出来事です。
あってはならない事象になります。
「レンダルク家の。どう、後始末をつける」
「えっ⁉ あのぅ」
「ヴェルサス家に瑕疵は無し。神の言葉だ。主等が、ヴェルサス家を陥れしようとした神罰は降った」
お爺さんが、レンダルク家の令嬢に問いただします。
司法官一人の罰なら問題は大きくなりません。
追放なりして、レンダルク家から切り放せばよいのですから。
しかし、神罰はレンダルク家全体に及んでいます。
今頃は、司法官の石板に異変が起きていることでしょう。
司法を司る家が、役目を失う結果になりました。
「司法の一門が、要となる石板を扱う権限を失う。事の重大さに気付かんか」
「う、嘘だわ。ヴェルサス家に騙されているのよ。そうよ、そこの獣人を使って、何か企んでいるのでしょう!」
「企んでおるのは、レンダルク家だろうに」
「何を根拠に世迷言を言うのですか」
「儂等が知らんと思っておるのか。竜召の儀式には、細やかな約定がある。それを、破りレンダルク家単独で儀式に挑んだな。それも、失敗に終わったが」
「あれは、貴方達が協力しないのが、原因でしょう」
レンダルク家の令嬢が、お爺さんに噛み付いています。
儀式に話が及び、ユイト少年の表情が歪みました。
失敗した儀式に関わっていたのでしょう。
それも、当事者とみています。
レンダルク家か、王家か、どちらが主動であったかはわかりませんが、ユイト少年が竜王を喚べると期待していたのでしょう。
彼には召喚の技能がありませんから、喚べるとは限りません。
それとも、技能奪取を発動させる目論みでしたか。
儀式にヴェルサス家の協力がなく、召喚技能を奪うことが出来ず、失敗に終わった。
こんな、ところでしょう。
「竜召の儀式は竜人族の誉れ。誇りだ。それを、人族に委ねる。儂を、納得させる説明をしてくれ」
「ユイト様は、勇者となられるお方ですわ。竜王を従えるには相応しい力量をお持ちなのですわ」
「ならば、何故に竜召の儀式に失敗した」
「あ、あれは……」
「そんなの、分かりきっているじゃないか。ヴェルサス家に邪魔をされたんだ。ぼくは、間違っていない。それに、預言者が言ったぼくのパーティ仲間が揃っていなかったからだ」
空気を読めないユイト少年が、口を挟んできました。
私とラーズ君を指差して、睨んできます。
味方になった訳ではありませんので、沈黙します。
リーゼちゃんが、私を背に庇います。
静かに冷気を漂わせています。
「そうですわ。獣人の少女が竜王を喚び、ユイト様が支配する。預言者の言葉は絶対なのですわ」
「マリアベル‼」
令嬢の失言に、周囲がざわめきました。
神官が慌てて注意を促しましたが、遅すぎました。
彼女は、はっきりと私が竜王を喚ぶと、断言をしました。
竜人族ではない、獣人族に擬装した私が。
「成る程。レンダルク家が、僕と妹に固執する理由が分かりました。リーナの召喚技能を欲している訳ですか」
「ほう。妹は、召喚士か。それなら、なおのことレンダルク家に渡せんな」
「リーナ、技能目当て。許せない」
リーゼちゃんの威圧が周囲を威嚇します。
レンダルク家どころか、ヴェルサス家にとっても、喉から手が出る程必要な召喚士という人材は、両刃之剣です。
私を利用する駒扱いには、ラーズ君、リーゼちゃんだけでなく、過保護なトール君やアッシュ君がお怒りになります。
〔むう。周りが黒くなってきた〕
〔はい、でしゅの~。皆さん、セーラしゃまを狙っていましゅの~〕
さりげなく、私の周りに人垣が出来ています。
レンダルク家から守るのではなく、逃がさない様にする為でしょう。
私を利用すれは、竜を喚べる。
竜騎士になれる。
皆さん、思うことは一緒の様です。
「駄目だぞ。竜王を従えるのは、ぼくだ。リーナ、ぼくの元に来い」
自分の魅了魔法が有効であると、過信しているのでしょう。
ユイト少年が、手を伸ばしてきます。
全く、効いてはいないです。
私の状態異常耐性は、魔導具もあわせて、人外レベルなのです。
生半可な魅了魔法は、児戯にも等しいです。
「先程、お断り致しました。貴方に、関わりたくはありません」
「な、何でだよ。くそっ。魔法が効いてないのか」
「残念ですが。初対面の相手に、無断で魅了魔法や隷属魔法をかけてくる礼儀知らずの輩に、唯唯諾諾と従う義理はありません」
「煩い。いいから、言うことを聴け、リーナ」
真名を縛る隷属魔法は、愛称では縛れません。
それに、私の真名はとても長いのです。
セラフィリナ以外にも、豊穣のお母様がくださった名があります。
例え、セーラと呼ばれても安心ではありましたけども、リーゼちゃんやラーズ君が呼んでくれる愛称を、卑劣な輩には呼ばれたくはありませんでした。
愚かですね。
幾ら愛称を呼ばれても、応えはしません。
「リーナ‼ おい。笑っていないで、応えろよ」
幼い子供の癇癪の様に喚き出したユイト少年は、顔を真っ赤に染めています。
私はメル先生に教えて貰った意地が悪い笑顔を、ユイト少年に返すのみです。
すでに、勧誘にはお断りをしています。
魅了と隷属魔法が効果がない相手がいることを、潔く理解するといいです。
「くそっ。なら、お前の召喚技能を寄越せ」
魔力の糸が私に向かってきます。
持ち主の感情が反映して、気味が悪い魔力をしています。
醜悪な真っ黒です。
ジェス君とエフィちゃんが展開してくれた結界に阻まれて、霧散していきます。
「なっ⁉ 何で、効かないんだ」
「リーナ?」
「平気です。彼のスキルイーターの熟練度では、私の技能を奪い捕れません。リーゼさんとお兄さまのレベルも、彼より上ですから、安心してください」
「そうですか。なら、神国の神官に問います。神国の法律では、魅了魔法や隷属魔法と言った、他者を支配する行為は犯罪だと思いますが。何時から、合法になりましたか?」
「儂も、知らんな。神国は帝国の奴隷法は嫌っているはずだがな」
ラーズ君の問い掛けに、お爺さんが追従します。
神国は帝国の亜人種差別による奴隷法を、悪法だと謳っています。
ですが、反帝国同盟にも奴隷はいます。
主に犯罪者がなる犯罪奴隷、借金を返せなくなった借金奴隷等です。
愛玩奴隷や性奴隷は所持すると、犯罪となります。
ユイト少年が無造作に発動している隷属魔法は、瑕疵のない一般人を支配する行為です。
神国では、禁止魔法となっています。
先天的に魂に刻み込まれてしまっている人は、規制の意味を示す為に魔力を封じるか、無効の紋を身体に刻みます。
ユイト少年には、紋が見当たりません。
お付きの神官が、彼の技能を知らない筈がありません。
放置しているのには、神国の思惑があるからでしょう。
「何のことでしょう。ユイト様を、侮辱なさりたいのですか? 貴方方には、失望しました。神の雷が、貴方方に落ちることを祈ります」
神国の常套句です。
神の雷。
すなわち、神罰が降るから、黙れと言う意味を持ちます。
言葉に詰まったり、何か不利になると大概が言い出します。
信仰に厚い神国の住人や、信者なら有効ですが、おあいにく様です。
私は豊穣の神子です。
ラーズ君とリーゼちゃんとは召喚契約を交わしていますから、豊穣のお母様の加護があります。
お母様と対立してまで、神罰を落とそうとする神族はいません。
それに、私の守護には最果てに眠る神殺しの彼も、加わっています。
彼の目覚めに繋がる悪手には、神族も気を張っています。
「生憎と、そんな常套句で怯む僕達ではありません」
「ん。親神様、位階が高い」
「私達の師でもあり、保護者様は天人族です。見知らぬ神様より、保護者様の方が怖いです」
「罰当りな。ユイト。彼等は宗敵です。害悪です」
神官は憤ります。
私達に向けて、神杖を振り翳す。
法力を練り上げているように見えますが、ただの【束縛】の魔法を行使しました。
神の威光だと偽り、私達を強制的に膝まつかせる気でしょう。
私達の状態異常耐性が高いことは、立証済みです。
効果は発揮されません。
害はないと分かりきっていましたので放置しましたが、お怒りになったのはお爺さんでした。
「神国の一神官が協定を破るか。レンダルク家といい、神国もヴェルサス家を侮るか」
リーゼちゃんに勝る気迫で、怒気を顕にしています。
毒に苦しめられていた老人とは思えない威圧に、レンダルク家の私兵は後退り、武器に手を伸ばしています。
呼応する様に、ヴェルサス家の護衛達も剣呑な空気を纏いました。
「のう、神官。神国は、同盟国の屋敷で旁若無人に神の威光を振り翳す。それを、許しておるか?」
「言われるまでもありません。そこの、宗敵を匿うなら同罪です」
「審議を司る神は、ヴェルサス家に瑕疵はないと宣言しておるが。耳が悪いのか?」
「それは……」
「レンダルク家の。お前が仕出かした経緯は、レンダルク家の総意か?」
「……っ。違いますわ」
「勇者とやら。ヴェルサス家の客人に、随分と身勝手極まりない、ふざけた行いをしてくれおったな」
「あっ、あれは」
問われた三人はまともに浴びたお爺さんの威圧に、腰が引けています。
私兵と同じく後退りして、お爺さんから距離を取ります。
竜人族の本気の怒りは、半端なく強く身が引き締まります。
肌がピリピリときます。
「黙れ‼ ヴェルサス家を虚仮にしたことを、後悔するがいい。こやつらを、追い出せ‼」
「はっ、直ちに」
「ん、手伝う」
護衛さん達が動き出す前に、リーゼちゃんの風魔法がレンダルク家一行に襲いかかりました。
悲鳴をあげて、玄関ホールから追い出されていきました。
リーゼちゃんも、お怒りでしたね。
「ん。気分爽快」
「やや、豪快と言えなくないですが。まぁ、いいでしょう」
「リーゼさん。格好いいです」
リーゼちゃんは単純に追い出した訳ではなく、宙で回転させながら浮かしていました。
竜人離れした魔力操作を披露したのですが、称賛するのに忙しくて注意を忘れていました。
後日、噂に尾鰭がついて、リーゼちゃんが困ったことになるのを、私達は気付いていませんでした。
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