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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
124/197

第16話

月曜投稿です。


 只今、こっそりと召喚者を観察中です。

 人物鑑定の結果は、ラーズ君とリーゼちゃんに報告しました。

 外見は、人族の十代後半位の少年。

 黒髪黒目で中肉中背。

 顔の美醜は、整っているのではないですか?

 妖精族(エルフ)の私には、人族の美醜は分かりませんけど。

 芝居小屋で主役をはる顔立ちなのは確かです。

 少年は無駄にキラキラしい出立ちで、周囲を見渡します。

 玄関ホールは、レンダルク家の私兵とヴェルサス家の護衛が睨みあっています。


「マリアベルは下がって。レベッカは支援魔法でぼくを強化して」

「はい」

「分かりました。ユイト」


 少年の声を聴いただけで、鳥肌がたちました。

 聖女さんの時と同じ嫌悪感は、魅了魔法によるものだと気付きました。

 竜人族のレンダルク家の令嬢と、人族のお付きの女性神官を従えていますが、信用していないのか隷属具合いは深度が深そうです。


「もう一度言うからな。獣人の兄妹を不当に拘束して、邪悪な儀式の生贄にしようとしているのは、調査で分かっているんだぞ。直ちに、解放して、自由にするんだ」


 随分と自信家な発言をしていますね。

 私達が拘束されているとの事実はありません。

 邪悪な儀式とやらは、何処から持ち出された嘘なのでしょうか。

 それに、何だか芝居がかかった身振りと口調です。

 対応している家人や護衛の方々も、どう反応して良いのか分かっていません。


「あー。何だって?」

「無断で侵入して来ておいて、何かと思えば芝居の披露か?」

「私兵まで連れてか? それなら、芝居小屋にでも行きな」


 呆れ返る護衛さん達。

 無理もありません。

 私でもそう思いました。

 だって、台詞を言った少年は、どや顔で決めポーズをしているのです。

 令嬢と神官は何故か、笑顔で拍手をしています。

 レンダルク家の私兵も、呆れた様子で成り行きを見ているだけです。

 緊迫した空気が台無しになっているのを、早く気付いたらと思いました。


 〔頭、弛い?〕

 〔どうなのでしょう。神官の命を代償に召喚された者が、道化だとは思えませんが〕

 〔こちらの戦意を奪う目的でしたお芝居とか〕

 〔セーラには、あれが芝居には見えましたか?〕

 〔……すみません。興味は失せました〕

 〔実は、僕もです。なので、早々に撃退しましょう〕


 ある意味、私達の戦意は消失しました。

 神国の召喚者を、警戒し過ぎていました。

 セイ少年に、もっと詳しく教えて貰うべきでした。

 まさか、召喚者が残念な人だとは、思いもしりませんでした。


「だ、誰が芝居をしているか‼ ぼくを愚弄するな」

「貴方達。ユイト様を侮辱なさらないで頂戴。ユイト様の敵は我がレンダルク家の敵ですわ」

「そうです。ユイトは、神国並びに大陸に名を馳せる勇者ですよ。地に頭を付けて謝罪しなさい」

「マリアベル。レベッカ」


 またもや芝居が始まりました。

 出鼻を挫かれました。

 少年は擁護の声をあげる令嬢と神官を、感極まった眼差しで見つめています。

 いわば敵地に乗り込んできておいて、三人だけの世界に浸るのは、残念というよりお馬鹿さんなのでしょうか。

 私達、これを相手にしないといけないのですか。

 関わりたくはなくなりましたよ。

 思わず、私達は顔を見合わせてしまいました。

 溜め息が溢れます。


「お前達は、何をしておる」


 あまりの阿呆らしさに、隠蔽しているのが恥ずかしくなってきました。

 解除して立ちあがりましたら、背後からお爺さんに声をかけられました。


「静かになったで、お前達が対応に出ていったかと思えば、何をしとるんだ」

「えーと。小芝居を見てました」

「芝居をか? 何だ、それは」

「有り体に言えば、見たくもな……」

「あー‼ 見つけた。やっぱり、いるじゃんか」


 静かになった原因を作った張本人が叫びました。

 敵対視しするヴェルサス家の当主の登場に、レンダルク家の私兵には緊張感が走って行きます。

 当主の傍らには、悪事を表沙汰にする証人の獣人族の兄妹がいます。

 注目の的になっています。


「ヴェルサス家当主。そこの獣人族の兄妹を不当に拘束し、王家に対する呪詛の生贄にする悪事は、レンダルク家が確と見届けた。王家に仇なす逆賊とみなして断罪する」

「ほう。そうか。レンダルク家は、儂等ヴェルサス家を逆賊と潰しよるか」


 少年の前に出てきたのは、レンダルク家の司法官です。

 その手には、司法官が所持する真偽を問う石版があります。

 法と真偽を司る神の神器のレプリカですね。

 丁度良い機会です。

 レプリカとは言え、真偽を問うには充分なアイテムですから、利用しない訳にはいきません。

 ラーズ君が、お爺さんに耳打ちします。


「ほう。面白そうだの」

「はい、効果は覿面です」


 何やら、悪どい表情をしていますよ。

 身の潔白を証明するのですよね。

 狡猾なラーズ君は、一体何をお話したのやら。

 ラーズ君とお爺さんの親密な様子に、司法官の顔が曇りました。

 恐らく、自分が想像していた事柄と、当てはまらない事態に戸惑っているみたいです。

 ラーズ君とお爺さんは仲良く笑っていますし、拘束されている筈の獣人族の兄妹は自由に振る舞っていますからね。


「し、証人たる獣人族の兄妹は、此方に来なさい。洗脳されている節が身受けられます」


 あら、そちらに受けとりましたか。

 自分の都合の良い解釈をしましたね。

 ラーズ君が、リーゼちゃんに念話で指示を出します。

 呼ばれているのは私とラーズ君です。

 付いて来ようとするリーゼちゃんを、ラーズ君は止めます。


 〔嫌〕

 〔嫌でも、我慢しなさい〕

 〔う~。あいつ、セーラ見てる〕

 〔少しは辛抱しなさい〕


 叫んでから少年の視線は、私から離れてはくれません。

 リーゼちゃんの警戒度は最高潮に達しています。

 埒が明かないので、リーゼちゃんの手を繋いで階段を降りました。

 ラーズ君も続きます。

 司法官は、竜人族のリーゼちゃんを訝しげに見やりました。


「リーゼさんは、僕等の依頼人です。年長者として、妹のリーナの身を案じてくれているのです」

「ヴェルサス家に所縁が有るのか?」

「違う。ミラルカ、クロス工房、従業員」

「クロス工房の従業員が、何故にヴェルサス家にいる」

「依頼内容を知りたいのなら、冒険者ギルドに問い合わせてください。守秘義務があります」

「あっ、そうだな。失念していた。謝罪する」


 仮にも司法官ですから、冒険者ギルドの規約が法と真偽を司る神の恩恵を受けているのは、理解されていました。

 守秘義務を無理に聞き出そうとすると、神罰が降ります。


「そ、それでは、証人はレンダルク家が保護をする。君達は、安心して……」

「司法官に告げます。法と真偽を司る神の採択を望みます」

「はっ? はあ、受諾致します」


 ラーズ君が、司法官に宣告しました。

 にこやかに笑って、司法官を逃しません。

 法と真偽を司る神の神器のレプリカを所持している司法官は、神の採択を望まれると拒むことは出来ません。

 規定の金貨三枚をお布施して、石板に触れます。


「僕、リオンは自らの意思でヴェルサス家を訪ねて参りました。ご当主との面談に拘束されたいわれはなく、また洗脳もされてはいません」


 ざわりと、周囲が騒がしくなりました。

 レンダルク家にしましたら、ヴェルサス家に乗り込んできた大義名分がなくなったのです。

 狼狽えるのは当然です。


「か、か、彼の宣誓に偽り無し。真実である」


 石板を通じて、神の採択を司法官は、言葉にだします。

 ここで、虚言を言おう物なら、神の言葉を曲げた神罰が司法官を襲います。

 司法官の身体には汗が吹き上がってきています。

 次は私の番です。

 お布施を払い、石板に触れます。


「私、リーナはお兄様と同じくヴェルサス家を訪れました。邪法の儀式などの生贄ではなく、客人として、招かれました。また、洗脳されていません」

「か、彼の宣誓に偽り無し。真実である」

「嘘だ。君は、ヴェルサス家に嘘を植付けられているんだよ。可哀想に、助けてあげるよ」


 勇者を他称する少年が、司法官を突き飛ばして、私の腕を取りました。

 さすがは、異世界の住人です。

 自分が仕出かした失態に気付いてはいません。

 神の採択を嘘呼ばわり。

 これで、少年は法と真偽を司る神の機嫌を損ねました。

 加護は獲られません。


「君は、ぼくのパーティ仲間になるんだ。これからは、仲良くやっていこう。あっ、お兄さんもだったね。ぼくはアマハラ=ユイト。よろしくね」

「……」

 〔危険でしゅの~。魅了、隷属魔法発動でしゅの~〕

 〔うん。次元結界、反転結界なの〕


 腕を掴む少年の瞳が私を映しました。

 リィン、リィン。

 パリン、パリン。

 魅了魔法と隷属魔法に抵抗するのは、私が身に纏う装飾品です。

 状態異常耐性が軒並み上がっていきます。

 エフィちゃんとジェス君の多重結界が、私を包み込みます。

 リーゼちゃんが、少年の腕を掴み捻りあげました。


「痛い痛い」


 私から少年の腕が離れると、軽く令嬢側に押し出しました。

 リーゼちゃんは、私の小型ポーチから中級ポーションを取り出して、掴まれていた腕にかけました。

 消毒ですかね。


「何で、邪魔をするんだ。彼女はぼくのパーティ仲間なんだぞ」

「大変恐縮ですが、お断り致します」

「へっ?」

「以降、勧誘の付き纏いは、止めてください」

「なっ、なんでだよ! ぼくは勇者になるんだ。君は、勇者パーティの仲間に選ばれた栄誉を何だと思っている」

「迷惑以外の何物でもありません」


 にっこり、笑って見せました。

 少年の中では、私は拒否を選択する訳もなく、意気揚々と従うと思っていたのでしょう。

 魅了魔法と隷属魔法の重ねがけによる、意思のない人形が欲しい我が儘に、応える必要は見当たりません。

 初対面の相手に、えげつない真似をして、ばれてはいない優越感を満たす役者は、ほかで見繕っていただきましょう。


「それで、司法官。儂は王家を呪詛する逆賊か。ヴェルサス家当主が問う。我がヴェルサス家は逆賊か。司法官が告げた内容は真実か」


 階段をゆっくりと降りてきたお爺さんも、お布施を払い石板に触れました。


「か、彼の宣誓に偽り、あ。ぎゃあああ」


 司法官が石板を取り落として、転げ回りました。

 偽りを述べようとしたのです。

 神の神罰が降りました。

 ボキボキと骨が折れていく音が響きます。


 〔神の審判を虚言によって歪めた者有り〕


 石板に神の意思が宿りました。

 七色に輝く神力に包まれた石板が宙に浮きます。


 〔先の宣誓に偽り無し。司法官の罪状こそ、偽り有り。よって、ヴェルサス家に瑕疵は無し。レンダルク家にこそ、罪は有り。罪には罰を与えん。レンダルク家に司法の裁定は委ねること無し〕


 神の意思を伝えた石板に異変が生じました。

 砂と、化したのです。

 司法の一族が拠りどころとしていた石板が、消失する。

 神の採択を偽ろうとした罰が降りました。

 ヴェルサス家ではなく、レンダルク家にこそ、家の名に傷が付いてしまいました。

 前代未聞なのではないでしょうか。


ブックマーク登録ありがとうございます。

次話は、来週月曜になります。


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