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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
123/197

第15話

金曜投稿です。


 私とラーズ君を狙う、神国の召喚者。

 ヴェルサス家に乗り込んできた招かざるお客様は、私兵を連れて来ていました。

 多勢に無勢なのか、ヴェルサス家が揺れているせいでしょうか、玄関ホールまで入り込まれていました。

 あちら側には穏便に交渉をする気がないのが、気にくわないです。

 怒声が遠く離れた執務室まで、響いて来ました。

 リーゼちゃんの風魔法によって届けられ声にて、司法官が不当拘束の罪状を滔々と述べているのが分かりました。

 護衛の方が、執務室を出ていかれます。

 場を収めにいかれたのでしょう。

 私達を残していかれましたが、お爺さんの警護は良いのでしょうか。

 重い息を吐き出してお爺さんが、緩やかに立ちあがります。

 失神している家令さんを放り出し、執事さんが介助されました。


「リーナ、薬」

「はい、リーゼさん」


 リーゼちゃんの差し出された掌に、万能毒消しと体力回復薬のポーションを乗せました。

 先ずは、お爺さんの回復を優先しましょう。

 リーゼちゃんがヴェルサス家を継ぐ意思がありませんので、お爺さんには適切な後継者を選び出していただかないとなりません。

 それには、健康な身体を取り戻して貰わないとです。


「薬、飲んで」

「リーゼさん、省略し過ぎです。ご当主。毒消しと体力を回復する薬です。貴方には、長生きしてもらわないとなりません」

「儂が、毒に気が付いていないとでも」

「強がりはなさらないでください。毒消しが、盛られた毒に適応していないですよ。安心してください。私に、お爺さんを毒殺する益はありませんから」

「リーナの薬。良く効く。飲んで」


 他種族のラーズ君と私とで、お爺さんを説得するには分が悪いかと思われましたが、義理の姪の言葉には反応をされました。

 クロス工房製と表に出せないのが、歯痒いですね。


「ヴェルサス家には興味がない割りに、何故に肩入れする」

「旦那様。ここは、素直に受け取るのが宜しゅうございます。リーゼ様が、可愛くて困らせたくなるのは分かります」

「ふん。黙っとれ」

「いいえ。旦那様の分かりづらい愛情は、リーゼ様を困惑させるだけです。大方、裏口からリーゼ様方を逃して、矢面に立たれるおつもりでしょう。皆の手前、リーゼ様を儀式に出されると口にされましたが、実際はそうされる気はないのでしょう」

「ええい。喧しい。分かっとるなら、リーゼを逃せ。ヴェルサス家に関わらせるな」


 お爺さんと執事さんのやり取りに、リーゼちゃんは目を瞬かせています。

 これは、驚いていますね。

 疑問符が飛び交っています。

 王家からの呪いと、一族からの毒を一身に浴びて、粛々と死に向かっていたのも、ヴェルサス家を守る為に必要だと思っていたのかもしれません。

 婿養子の立場で当主の座に着いたのも、奥様やお子様を庇う目的がなければ、王家やレンダルク家に断罪される家に固執する意味がありません。

 世間にはリーゼちゃんのお父様が出奔した理由も、お爺さんの策略と勘繰られていてもおかしくはないでしょう。

 そして、もし私達がドラグースから逃れるとしたら、一族の悲願を阻止した悪者を演じるのかもです。

 リーゼちゃんが竜王を喚んだら、絶対に王家やら一族やら手放してはくれなくなります。

 父親の実家だからと、身動きが取れなくなったリーゼちゃんを囲おうとする輩が、現れるのは必定です。

 逃げるのは簡単です。

 ですが、残されたヴェルサス家の方々を思うと、最善の策だとは思えません。

 それに、逃げ帰ってしまったら、トール君のお説教が待っています。

 確実に、状況を把握しているに決まっています。


 〔ここで、ヴェルサス家を見放すという選択はないですよね〕

 〔ええ。トール先生の描いた脚本には、撤退は有り得ません〕

 〔撤退?〕

 〔トール先生は、ヴェルサス家の窮状を知った上で、僕達を派遣したのですよ。序でに、竜王さんの悩みも解決して、召喚者の退場願う。そんなところだと思いますよ〕

 〔ならば、やることは一択あるのみ、です〕


 ラーズ君も思い付いていました。

 今頃は、私達を上手く誘導できたと、ほくそえんでいることでしょう。

 いいでしょう。

 索に乗りましょう。

 リーゼちゃんの平穏の為にも頑張りましょう。


 〔ラーズ君。ごーです〕

 〔はい、はい〕


 私の合図に、ラーズ君が応えます。

 リーゼちゃんがやや付いてこれていませんが、私達は動き出します。


「ご当主」

「何だ、小僧」

「諦めて薬を飲んでください。さもないと、リーゼさんに竜王を今すぐ喚んで貰います」

「なっ⁉」

「竜召の儀式には、儀式の間に行かねばならないのですが」

「ご当主は、リーゼさんが儀式に関係なく竜王を喚べるのはご存知ですよね」

「旦那様!」

「知らんわ」


 ラーズ君がにっこりと笑みを浮かべます。

 爆弾発言に、執事さんはお爺さんに詰め寄ります。

 お爺さんは、知らんぷりです。

 顔を背けます。


「リーゼさん。召喚の準備を」

「ん。了承」

「やめんか。ええい。飲めばいいんじゃろ」


 追及の手は止めません。

 此方が本気であると悟ったお爺さんは、リーゼちゃんから薬を奪いました。

 街中に竜王を喚んでしまったら、隠蔽は無理ですからね。


「赤と翠の順に飲んでくださいね」

「分かった」


 お爺さんは、渋々と分かる態度でポーションを飲み干されました。

 本当は、間隔を開けて欲しいところでしたが、贅沢は言えません。

 飲んでくれただけでも、有りがたいです。


「旦那様?」

「大丈夫だ」


 お爺さんがよろめきました。

 毒消しが効果を発揮しているのです。

 お腹を抑えて、顔を歪めています。

 座ることを推奨します。


「さあ、薬は飲んだ。お前達は出ていくがいい」

「何のことです? 僕は薬を飲まないなら、と言いました。飲んだら、出ていくとは約束していません」

「……小僧が、儂を嵌めるか」

「狡猾なのが、種族性ですよ」

「お前も、見た目通りの年齢ではないな」

「ご想像にお任せします」


 ラーズ君に言いくるめられたお爺さんは、悔しげに睨みつけてきます。

 竜人族の威圧を放っています。

 惜しむらくは、長い期間毒を盛られた身体では、私達を圧倒するのは出来ていません。


「もういい。儂の忠告は無駄なだけか」

「残念ながら、そうです」

「言いおるわ。儂の代で、ヴェルサス家は斜陽の一途を辿るかと思ったがな。竜騎士を輩出出来ぬ当主には付いていけぬ、と若い者は儂を侮り離反していきおる。王家は、到底納得出来ぬ無理難題を言いおる。レンダルク家は、ヴェルサス家を潰しにきおる。そんな折りに、竜王姫の竜騎士の娘が訪ねて来た。野心溢れる輩に利用されるだけの、未来しか見えんわ」

「そうでしょうか。リーゼさんを見くびらない方が良いですよ。こう見えましても、割りと頑固で融通は利きません」

「そうです。お爺さんはリーゼさんを甘く見すぎです。では、お兄様、次に行きましょう」

「そうですね。次が待っていしたね」

「「次?」」


 リーゼちゃんとお爺さんがハモりました。

 ええ。

 次です。

 まだ、問題が残してありますよ。

 私も、にっこりと笑います。


「招いていないお客様が、待っています」

「レンダルク家のことか」

「はい。私とお兄様を探しておられる神国からの、お客様です。レンダルク家を担ぎ出してまで、ご所望の様子。私達が対応するのが、適格かと」

「止めておけ。自ら罠に入る愚か者になりたいか」

「それこそ、杞憂です。僕も、一度は見ておきたかったのですよね。神国の召喚者」

「何のご用か知りませんが、お断りは直接しないと効果はありませんから」


 ラーズ君の瞳は、獲物を見つけた猛獣の様に鋭くなりました。

 私も、意地の悪い笑顔をしていると思いますよ。


「リオン、リーナ、ヤル気だ」

「リーゼにも、止められんか?」

「ん。駄目。鼠をいたぶる獣。常識、なし」


 むう。

 リーゼちゃんに言われてしまいました。

 擬態の獣人の種族性に、気持ちがひかれていますかね。

 神器の使用には副作用が、ついているのかも知れません。

 使いどころが難しいです。

 安全地帯では擬態を解かないと、本来の私の自我にも影響が出てきそうです。


「リーナ?」

「何でもありません。お兄様。少し、気分が高揚して来ました」

「相手は、どう出てくるかわかりません。気を引き締めておきなさい」

「はい。お兄様」


 神器の副作用については、後でラーズ君に相談しましょう。

 今は、召喚者について警戒をしなければ。

 レンダルク家を全面に出し、ヴェルサス家に不当な理由をでっち上げてまで、私とラーズ君を欲する。

 獣人の兄妹と名指ししています。

 私達がドラグースに滞在して数日のうちに、探している獣人の兄妹だと断定したのには、神の思惑が透けて見えます。

 どの様な神族が関わるのを良しとしたのか。

 豊穣のお母様と対立的な神族になるのか、探るには良い機会です。

 さあ、召喚者さん。

 語って貰います。


「だから、貴方では話になりません。当主又は拘束している獣人族に会わせなさい」

「確かに、獣人族の兄妹は訪ねて来たが、自由を奪うことはしていない。ご当主と、接見中だ」

「日を改めて来てくれ」

「言質は取りました。獣人族はいるのですね」

「マリアベル。いいよ。俺が突破する。何としても、ヴェルサス家の悪事を表沙汰にしよう」


 玄関ホールに近づく過程で、隠蔽と認識阻害の魔導具を起動させました。

 ラーズ君は、幻惑を掛けて追従します。

 リーゼちゃんは竜人族ですから、巣のまま自然体です。

 階段の手摺に身を隠して、召喚者を観察します。


 〔あれが、召喚者。セーラ。人物鑑定を〕

 〔はい〕


 夜戦には向かない白銀の鎧を身に纏い、宝石が装飾された長剣を履いた黒髪の少年。


 ▽ 名前  アマハラ=ユイト

 種族  人種

 年齢  16

 状態  健康

 称号  聖騎士の卵

 技能  隷属魔法 技能奪取(スキルイーター)  光魔法  魅了魔法


 随分と厄介な技能(スキル)を所持しています。

 魅了魔法で捕らえて隷属させる。

 レンダルク家の令嬢を意のままに操っていますね。

 呆れるどころか虫酸が走ります。

 見目麗しい異性を虜にした聖女さんと、やっていることは変わりがありません。

 異世界の人間は、皆さん地元民の意思を何だと思っているのでしょう。

 レンダルク家の令嬢とお付きの神官は、がっつりと隷属されています。

 私とラーズ君も、標的になっているのですよね。

 全力で抗らって見せます。

 人族に零落する私達ではありません。

 格の違いを見せてあげます。



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