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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
ドラグース編
121/197

第13話

金曜投稿です。

 リーゼちゃんが宝珠に触れました。

 淡い光を放ち、宝珠に込められていた魔法が、リーゼちゃんを包みます。

 数秒間、精査していた魔法が収まりますと、空中に家系図が浮かび上がりました。

 連名と続く家系図の一角に、ベルナールの文字を見つけました。

 リーゼちゃんのお父様は、本筋の家系でした。

 その横に、お母様の名前とリーゼちゃんの愛称が並びました。


「おおう。誠にベルナール様の遺児であります」

「これで、分家も黙るだろう」


 家令さんとお爺さんが、安堵の息を吐き出されました。

 反対に、リーゼちゃんは記載された兄妹の名前を痛ましく見つめています。

 灰色の文字は故人の様です。

 見える限り、本家筋の生存者が少なく記載されています。

 呪いと関連があるのかも知れません。


「早速、分家を呼びましょう。リーゼ様の継承権を……」

「待ってください。リーゼさんは、ヴェルサス家には戻りませんよ」

「黙れ。獣人風情が、名誉あるヴェルサス家に口を挟むな」


 家令さんの勇み足に、ラーズ君が待ったをかけます。

 しかし、竜人族の気質が表れる家令さんに、怒気を向けられました。

 竜人族も、実力主義でありますから、能力的に劣る獣人族を見下す傾向にあります。

 帝国の人族主義と何ら変わらないと、理解しているのでしょうか。

 かちんと、きたのは私だけではありませんでした。


「リーゼ様は、ヴェルサス家には無くては為らない方におなりだ。リーゼ様を、ドラグースにお連れした功には報いる。だが、只今からは、薄汚いお前達とは、縁が切れた。即刻、出ていきなさい」

「ワイズ。黙るのは、お前の方だ」

「何を言われますか。正統な後継者たるリーゼ様を、蔑ろにするおつもりですか? 輝かしいリーゼ様の経歴に汚点を残されるのは、我慢なりません」

「ワイズ。リーゼに、ヴェルサス家は相応しくはない」

「何故です」


 お爺さんは、リーゼちゃんの本性を知っていますが、家令さんには知らされていないのですね。

 当主のみに伝承する口伝でしたかね。

 それにしましても、家令さんが発言する度に、リーゼちゃんがお怒りになっているのが分からないのですか。

 ラーズ君が念話で抑えていなければ、血の雨が降りますよ。


「分家筆頭の貴方の立場を脅かすリーゼ様を、在野に追い出す気ですか?」

「そうではない」

「では、何です。正統な後継者がお戻り頂けたのです。レンダルク家が成せなかった、儀式にお出になれば成功は約束されるのです」


 儀式。

 ぶつぶつと呟いているジェイナス氏が、肩を揺らします。

 何かと、正統な後継者を連呼する家令さんです。

 家令の立場で、意見するのはでしゃばり過ぎです。

 当主のお爺さんとは、仲は良好ではなさそうです。

 好々爺とした見ために反して、好戦的な印象を覚えました。


「儂は、リーゼを儀式に出すつもりはないし、ヴェルサス家と内情に関わらせる気もない。お前達屋敷の使用人が、儂を影で嫌っているのは承知しておる。儂は、婿だからな。しかし、儂が当主なのは、先代が決めた。気に入らぬのなら、出ていけ」

「! では、リーゼ様は、わたしが別邸にお連れします。精々、お悔やみになればよいのです。さあ、リーゼ様。参りましょう」

「否定。断る」

「なっ⁉」


 差し出される手を、リーゼちゃんは拒みます。

 当たり前です。

 何処に、リーゼちゃんの意思を確認もせず、自分勝手な理論を押し付ける方に、着いていきますか。

 リーゼちゃんは、きっぱりと否定します。

 私の姉を利用しようとする悪巧みには、ラーズ君が気付いていました。

 家の為にと喚いていましたが、所詮は自分の見栄の為に理由を知らない遺児が必要なだけです。

 本来なら、先ずは御披露目でしょう。

 それなのに、いきなり儀式とやらを持ち出す。

 不審がるのは当然です。


「リーゼ様。貴女は、このヴェルサス家の正統な後継者なのです。正統な権利を行使する義務があるのです」

「家。いらない。父、産まれた家、見て見たかった」

「何故に、分からないのですか。ヴェルサス家には……」

「いい加減にしてください。リーゼさんは、ヴェルサス家には入らない。貴方の都合の良い駒では、ありません」

「黙れ、獣人」


 只人なら、気絶物な竜人族の怒気が発せられます。

 ラーズ君は、平素で対峙しています。

 私にも、効いてはいません。

 家令さんよりも怖い殺気には慣れっこですからね。

 アッシュ君は鍛練においても、手加減はしてくれません。

 本気で抵抗しなければ、蹂躙されてしまいます。

 毎回悔し涙にくれる結果ですが、必ずや一矢は報いてやります。


「貴方の言葉の端々からは、リーゼさんを利用して、後見人に収まろうとする野心しか見えません。大方、家令の立場を逆手にとり、使用人に虚言を流しているのではないのですか」

「ぐっ。何を根拠に」


 これは、リーゼちゃんからの情報です。

 リーゼちゃんが屋敷の空気を一掃しましたから、精霊がこぞって集まってきています。

 精霊は、家令さんに向かって、皆一様に嘘付きであると、進言しているのです。

 狡猾な一面を話してくれています。


「使用人の給金を横領している。屋敷の調度品を買い換える振りをして、業者と手を組み贋作に変えて、私腹を肥やしている。主のサインを偽造して、領地の税を上げている。数えたらキリがないですね」

「ワイズ。誠か」

「う、嘘に決まっております。獣人風情の、虚言を信じるのですか?」

「ああ、そうだ。ご当主。手渡される薬はお飲みにならない方が、身の為です。このままでは、毒殺されますよ」

「……そうか。残念だ」


 思うことがあったのか、お爺さんが苦い息を吐き出されました。

 家令さんは暴露されて、顔色を無くして身体を震わせています。

 逃れる術を探しているのか、視線がうろうろしています。

 行き当たったのが、私にです。

 か弱い獣人の小娘。

 人質には持ってこいな存在。

 にたあっと、嫌な笑いが浮かびます。

 老いているとはいえ、竜人族の全力な速度についてはこれまい。

 そう考えたのか、一気に私に走りよります。


「リーナ」

「ワイズ。止すんだ」


 喉元に手がかかろうとしています。

 反対の手には、白銀の光が煌めきますから、ナイフでも忍ばせていたようです。

 そうですか。

 与しやすそうに、見えましたか。

 ならば、その思い上がった矜持を折ってさしあげましょう。

 ラーズ君が、やり過ぎを懸念して声をあげましたけど、手加減は無用です。

 家令さんの速度は、ラーズ君に及びません。

 難なく視認できます。

 魔力を内側に巡らせます。

 身体強化を施して、伸びてくる腕を払いました。

 骨が折れる音が響きます。

 竜人族にしましては、柔ですね。


「があっ‼」


 続いてナイフを握る腕を蹴ります。

 此方も、骨が折れました。

 ナイフが床に落ちました。


「ぎやぁっ」


 終いに、回転してお腹を横薙ぎに蹴り抜きます。

 綺麗に壁に叩きつけました。

 家令さんは、悲鳴もなく崩れ落ちていきました。

 この方、弱いです。

 正直、竜人族の種族性を侮っていました。

 身体強化いりませんでした。

 やり過ぎた感が半端ありません。


「我ら、竜人族が獣人族に力負けした」


 ジェイナス氏が、目の前で起きたことについてはいけないでいます。

 実際は、幻獣種と妖精種ですけどね。


「旦那様、如何致しました」

「敵襲ですか? 客人が狼藉を働きましたか?」


 執務室で物音が発生しましたから、護衛やら使用人やらが雪崩込んできました。

 少し、遅すぎではありませんか?

 リーゼちゃんが風魔法を使用した時点で、駆け込むべきであったと思います。

 人払いしてあったとしましても、隣室か隠し部屋にて待機しているのが常識ではありませんか?


「ヘインズ。ワイズを牢に入れて置け」

「旦那様?」

「客人の話によれば、儂に毒を盛っているそうだ」

「なっ‼ あれほど、用心してくださいと申し上げましたのに」

「分かった。お前の説教は後で聴く。客人の前だ。不忠義者を捕らえよ」

「はっ。失礼致しました。して、ジェイナス様は如何致しましたか?」

「ふむ。所詮は己の自己満足でしか、なかったのを知らされたのだろう。ベルナール殿の再来と敬われて、天狗になっておったのを、鼻っぱしらを折られたわ」


 使用人の中から、お爺さんと同年代の執事さんが、気安く話し掛けてきました。

 当主に毒を盛った家令さんの、首筋を抑えて離しません。

 にこやかな笑顔が、寒々しいです。

 屋敷内で帯剣している護衛は、私達に敵意を向けてきています。

 私を狙った家令さんに対して、不機嫌真っ盛りのリーゼちゃんを警戒しています。

 威圧していますし、睨んでいます。

 まあ、護衛の方にしてみましたら、一見の客人より、家令さんの方に信はあります。

 排除されるのは、私達の方です。


「して、お客人には報酬を渡してお帰り頂きますか。只今、ヴェルサス家には厄介な案件がございますので」


 暗に、帰れと示唆されました。

 リーゼちゃんの身内には、会えました。

 ラーズ君が警告もしました。

 リーゼちゃんが、どう対処するのか気になります。


「リーゼ」

「なに?」

「ヴェルサス家は、いらんか?」

「旦那様?」

「いらない」

「そうか。いらんか。なら、早々に、賢者殿の元に帰るがよい」

「家、いらない。困るなら、力、貸す」

「それは、願ってやまない申し出だ」


 お爺さんが、重く息を吐き出されました。

 賢者殿の元に。

 リーゼちゃんがトール君の弟子であると、認識されています。

 やっぱり、トール君と繋がりがある様子です。


「ヴェルサス家は、王国開闢以来の武門の一族。代々、竜騎士を輩出してきた。それが、儂の義兄ベルナール殿以降、竜騎士はおらん。理由は単純に、王家が竜から嫌われた。だのに、竜召の儀式に竜を喚べん責をヴェルサス家に、押し付けておる。リーゼ、そなたならどうする」

「竜王、喚ぶ。王家、潰す」

「そうだな。そなたなら、秘境の竜王を喚べるか」

「旦那様。何をお話になっておられます。秘境の竜王を喚ぶ等と、誇大妄想は大概になさってください」

「ヘインズ。信じがたい話だが、リーゼなら喚べるだろう。何しろ、竜王姫を従えたベルナール殿の遺児だ」

「ベルナール様の⁉ 誠にですか?」

「然り。形見の品もある。審判の魔導具にも反応した。今頃は、家系の魔石にも刻まれているだろう」


 お爺さんが、暴露します。

 リーゼちゃんを、家とは関わらせないのではなかったでしょうか。

 いつ、方針を変えましたか。

 リーゼちゃんが、力を貸すと宣言したからですか。

 大人の考え方についてはいけない、私がいました。


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― 新着の感想 ―
[一言] どこかで正せばもっとマシなゴタゴタで終わったろうに、なんか最後まで怠惰の成れの果ての物語みたい。
2021/05/10 12:45 退会済み
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