第12話
月曜投稿です。
「お前がベルナール殿の娘か」
老齢な竜人族の男性は、リーゼちゃんを見やるなり、そう切り出しました。
その声には張りがなく、何処と無く病んでいる印象を受けました。
リーゼちゃんが突撃した警備隊の方に、リーゼちゃんの実家に当たるヴェルサス家に案内された私達。
門番や屋敷の家令らしき竜人族の方々に、充分な説明を無しに、屋敷の主と会えてしまいました。
リーゼちゃんの第六感、半端なしです。
警備隊の方は、ヴェルサス家縁の方でした。
執務室には本棚が並び、陽があまり射し込まない位置にデスクが有りました。
痩せた身体に合わない大きめな椅子は、お爺さんが大柄であった証しでしょうか。
「そう。ベルナールとライラの娘」
「大叔父上。これを」
眼光鋭くリーゼちゃんを監察するお爺さんに、リーゼちゃんのお父様の形見が渡されました。
返して貰って無かったのですよね。
そこのところ、ちゃっかりしていると言えば良いのか、疑い深いのか判断がつきません。
「確かに、ベルナール殿の物であるな。だが、お前が盗んだとも限らん」
「父、死亡。家系図に載る。事実」
「ふん。知識はあるか」
「当然。父、実家喋る。真贋、魔導具で判明」
審判の魔導具があると、言ってましたね。
リーゼちゃんの身の証しが立てられれば、対応も違ってくるのでしょうか。
ラーズ君と二人。
リーゼちゃんの後ろ姿を見守っているだけなのが、心苦しいです。
交渉役のラーズ君も、沈黙するしかありません。
「ジェイナス。あれを持って来い」
「はっ。叔父上」
人払いがされた執務室には家令の姿はなく、警備隊の方のみが入室されています。
ジェイナスさんが、指示を受けて出ていかれました。
そう言えば、警備のお仕事は放棄して良かったのでしょうか。
今更ながら、思い付いてしまいました。
職務放棄をさせてしまいました。
怒られなければ良いのですが。
「ベルナール殿の娘」
「リーゼ」
「……リーゼか。愛称だな」
「本名言わない」
「ライラアディラ殿と一緒だな」
「母、知る?」
「ああ。お前が見た目通りではないのもな」
驚きました。
竜族は、他人に真名を教えません。
知るのは伴侶か親ぐらいです。
私はリーゼちゃんと、召喚契約をしていますから、知っています。
ですが、許しなく発言は出来ません。
お爺さんは、リーゼちゃんのご両親の事情に明るい方の模様です。
正直に言いますと、私はリーゼちゃんの身内探しに懐疑的でした。
何故ならば、竜族のリーゼちゃんは竜人族よりも寿命が永く、成長も緩やかです。
外見年齢と実年齢とは違います。
また、竜族が婚姻しても子供が産まれるのにも時を重ねます。
幻獣種最強な種族は繁殖力が低いのです。
故に、竜人族が数百年生きるとしましても、実際に関わりがある方はいないのでは、と思っていました。
それが、覆されましたよ。
「ベルナール殿は、儂の義兄だ。このヴェルサス家の正統な後継者だった。それが、婿に収まる。大層な醜聞になったものだ。何しろ、王家の姫君が降嫁される。名誉ある出来事が、何処とも知らぬ女に邪魔された。一族は、憤慨した」
ヴェルサス家は思っている以上に、重要なお家みたいです。
王家の姫君が降嫁なんて、そうそうあることではありません。
政略的にも、王家が取り込みたいお家柄。
どういったお家か知るのが、恐くなってきました。
「一族と王家が女を排除しようと試みたが、女はまるで気にした様子は見せなんだ。そうであろう。儂等の行為は児戯にも等しい物であったからな。終いには、竜種の怒りを買った王家と、精霊に祝福を得たヴェルサス家が残った。何故に、ヴェルサス家が精霊の祝福を受けたかは、知らん。以降、王家はヴェルサス家を疎ましく思いながらも、徴用し続けた。最近は、レンダルク家の登用が多いがな」
「精霊、母の仕業。ヴェルサス家、迷惑かけた。だけど、今、風澱んでる」
「理由は分かる。儂が呪われているのだそうだ」
「何故、放置」
「ライラアディラ殿の盟約を、破ったからだと思ったからだ」
「母、違う。別の因子」
「どうして、分かる」
「澱む風。王家、流れる」
リーゼちゃんには、澱んでる風が流れる方向を感知できていました。
私もリーゼちゃんに言われて、視てみました。
確かに、空気が重いと感じています。
流入する方角も一定しています。
西から流れて来ています。
「リオン、リーナ。謝る。呪い返しする」
「リーゼさんは、僕とリーナを巻き込むのを、謝ると言っていますか?」
「ん。肯定」
「なら、お門違いです。僕等は、一蓮托生ですよ」
「お兄様の言う通りです。リーゼさんのやりたいことをしてくださいな」
「感謝」
「……? 何をする?」
リーゼちゃんに問われるまでもありません。
ドラグースに付いて来ましたのも、リーゼちゃんの身内である竜族の叔父さんの依頼があったからです。
例え依頼がなくても、リーゼちゃんの頼みは無下にはしません。
私に出来る限りの支援はします。
「呪いによる体調不良は任せてください」
「ん。風払う」
リーゼちゃんから、竜気と魔力が溢れ出します。
私の瞳には、きらきら輝く竜気が弱る精霊に活力を与え、魔力が澱んでる空気を払拭していきます。
執務室に唯一ある窓が開き、風が流れて行きます。
バタン、と大小様々な音がします。
屋敷中の扉や窓が開いて、新鮮な空気が行き渡って行きます。
「大叔父上。大丈夫ですか!」
「旦那様!」
運が悪い時に、ジェイナスさんが魔導具を抱えて戻ってきました。
主の一大事に家令の姿も見えます。
ジェイナスさんは、抱えていた魔導具を家令に渡して剣を抜きました。
「何をしている。今すぐに止めろ」
「それは、出来ません。リーゼさんの邪魔はさせないですよ」
「邪魔はそちらだ。退け‼」
ラーズ君が、リーゼちゃんを庇います。
まあ、大丈夫なのですけどね。
お兄ちゃんとしましては、妹の邪魔は見過ごせないのですよ。
ジェイナスさんも、頭に血が昇りやすい方と見て取れます。
室内での抜剣は、長剣では不利です。
払い退けようとする長剣を、ラーズ君は短剣で受け止め、横に流します。
技量はラーズ君の方が上ですね。
「くっ。大叔父上に何をする」
「強いて言えば、害虫駆除ですね」
「何を言っている」
「ジェイナス。止めろ。剣を仕舞え」
「大叔父上?」
「すぐに、剣に訴える。その癖がある限りは、ヴェルサス家の当主にはなれん」
ジェイナスさんは、当主候補でありましたか。
通りで融通が効き、我が物顔をしていると思いました。
「では、王家の言いなりになられると」
「まさか、そんな訳にはいかん」
「では、そこのベルナール殿の遺児を当主に?」
「ふむ。そうするかな」
「いらない」
粗方、風が通り抜けた屋敷の空気が一新しました。
清浄な風が室内を満たします。
バリン、と何かを砕く音が聴こえてきました。
呪いを跳ね除けた様子です。
リーゼちゃんの額に汗が浮き上がりました。
屋敷を壊さない様に、細やかな注意を払っての呪い返しは、リーゼちゃんにも負担がかかっていました。
ですが、屋敷内の空気が一新しました。
私の瞳にも、精霊が喜んでいるのが映ります。
また、バタンと扉や窓が閉まっていきます。
リーゼちゃんも竜気と魔力を放出するのを止めました。
「まあ、そう言うだろうな」
「旦那様。此方のお嬢様は、ベルナール様のご息女なのですか?」
「ああ。審判の魔導具に頼らなくても、判明した。誠に、ベルナール殿の遺児だ」
「おおう。やはり、ベルナール様に似通っておられます。これで、ヴェルサス家も安泰でございます」
「だから、いらない」
家令さんは、感極まって涙ぐんでいます。
リーゼちゃんの拒否を聴いてはいません。
ジェイナスさんは、放心中。
手の中の剣を見つめています。
ラーズ君に受け流されたのが、堪えた様に見えます。
「疑り深い一族もおる。念の為に、魔導具の判定をしてもらおうか」
「む。審判、受ける。家は、いらない」
「はい。直ちに準備致します」
ジェイナスさんが放心中な為に、家令さんが抱えていた魔導具を執務室のデスクに置きました。
箱から出されたのは、翠色の宝珠です。
少し、リーゼちゃんに危険がないか、鑑定して見ました。
▽ 審判の魔導具
ヴェルサス家の血筋を判定する。
ある因子を探る。
トール=クローヴィス謹製
あら?
作製者がトール君と情報がでました。
うーん。
作為的な物が横切ります。
トール君はヴェルサス家が、リーゼちゃんの実家だと分かっていたのですね。
アッシュ君ではありませんが、探らせていたに違いありません。
これは、断固抗議がしたいです。
変だと思っていたのです。
アッシュ君とトール君の多重結界が張られている工房に、竜族の転移魔法が表れるなんて。
実力差は、ありありと隔たりがあります。
何と言いましても、賢者様と最凶な英雄様です。
許しなく転移魔法が表れるとは思えません。
むぅ。
こう、掌で泳がされている感じがして、なりません。
「リーナ?」
「どうしました?」
思案していましたら、心配されてしまいました。
「いえ。何でもありません。ご免なさい」
「そう言えば、連れの獣人族は兄妹の擬装か?」
「否定。父、母、兄妹、帝国に殺された。リオン、リーナ、同じ孤児」
「どういう意味だ」
「意味、そのまま」
「会話に入る無礼をお許しください。リーゼさんのご両親と兄妹は、帝国に狩られました。僕とリーナの両親もそうです」
「帝国の、異種族排斥か?」
「そうです」
リーゼちゃんの説明では、伝わりにくいでした。
ラーズ君が、割って入ります。
先ずは、一礼してラーズ君は語ります。
真実の中に嘘を混ぜて。
お爺さんには、リーゼちゃんの本性が判明しているみたいですが、私とラーズ君の事情は秘匿します。
只の獣人族だと思わせておいた方が、ヴェルサス家の為にもなります。
ドラグースは神国派でありますから、帝国に情報が渡るとは思いません。
しかし、私は神国にも秘匿される神子です。
自衛はしなくてはなりません。
私事で、ヴェルサス家が神国に睨まれないのを忌避しなくてはならないと、ラーズ君は念話で伝えてきています。
私も同意します。
その辺りの事情に疎いリーゼちゃんも、ラーズ君に一任しました。
嘘をつけない私は、ラーズ君とリーゼちゃんの後ろで待機です。
家令さんの横で、ぶつぶつ呟くジェイナスさんに注意を払いながら、密かに息を潜めました。
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