第8話
月曜投稿です。
「では、此方の宝物を対価に薬をいただけますか」
洞窟内から最初に接待されました広間に戻りました。
新たにお茶を提供されて、一息ついていましたところへ、長さんが切り出しました。
テーブルに置かれましたのは、三個の宝物です。
「此方は、秘匿された錬金術のレシピ集です。此方は、携帯用の調薬釜です。何でも、聖霊が宿るそうです。最後のひとつは、最上級クラスの看破でも見破れない、擬装を施す神器です」
差し出されましたのは、順に見事な装丁がされている革製の本。
精霊銀の地に大降りな精霊石が嵌められ、蔦の模様が装飾されている釜。
三連の細い白金の鎖に親指の爪程の大きさな、紅玉、蒼玉、緑玉が留められています腕輪。
が、並んでいます。
薬の対価にしては、釣り合いがとれてはいません。
高価すぎています。
あっ。
もしかして、この三個の宝物から選べと言うことですかね。
ならば、レシピ集をいただけますか。
錬金術と調薬は似て非なる技術ですが、新しい発見があるかもしれません。
「いえ。宝物は三個とも納めてください。でなければ、竜族が罰せられてしまいます」
「ん? 何でだ?」
「詳しい理由は申し上げられませんが、親神さまの神託に依るものだと理解していただけますか」
神託ですか。
長さんの依頼の薬は、緊急を有する品ではありませんでした。
ただ、素材の竜血草を扱いうには、骨がおれるのは確かです。
竜と名がつくだけありまして、中々に魔力を吸いとられるのです。
調薬の途中で魔力回復ポーションを飲んでしまうと、極端に効果が落ちてしまいます。
調薬師泣かせの薬です。
「神託ですか。最近は神託に悩ませられる案件が多いです」
「だな。神界も荒れていそうだ」
「親神様も、大変な騒動が起きやしないかと心配されていました」
神界が揺れてしまえば、地界も荒れてしまいます。
第二の代理戦争が勃発しないといいのですが。
こればかりは、神のみぞ知るですね。
光を司る神族が失脚し、実りを司る自称女神も神格を落とされたと聴きます。
地上に生きる人族の行く末に、どれだけの悪影響が与えられるのか、全く予測がつきません。
「暫くは静観するしかないな。俺もフランレティアでやり過ぎた。今、アッシュが跡始末に追われてるのも、俺の責任だしなぁ」
「そうなのですか」
「ああ。じい様に呼び出されて、魔素の歪みを調律しに行っている」
「兄さんが、調律ですか。何だか、人材を間違えていませんか」
「ん。兄さん。細かいの苦手」
「歪みが大きなのは、帝国領土なんだと。天人族は目立つし、アッシュが適任なんだとさ」
至高神を騙っていました神族の加護が失われた帝国領土ですから、魔素の歪みが出てきてしまうのも納得です。
帝国の教義な唯一神ではありませんでしたが、悉く神格を落とされています。
天人族を見かけようなら、すがり付く人族が殺到するのは目に見えています。
その点、アッシュ君一人なら身軽に動けます。
特徴的な魔角と色彩を隠してしまえばいいだけです。
帝国には聖者さんがいるのですが、元騎士のあの人では魔素の調律は不向きですね。
きっと、陰で暗躍していることでしょう。
少々、アッシュ君の調律の仕方は荒っぽいものがありますけど。
程ほどに、手を抜いてやりとげますね。
「ところで、話は変わります。皆様にある依頼をしたいのですが、冒険者ギルドを通せば良いのでしょうか」
「ん? 内容に依るけどな、ドラグースには冒険者ギルドなんてないだろう」
「この地のドラグースにはありませんが、竜人族の王国にはあります」
「あー。あっちのドラグースな」
はて?
ドラグースの地名が二つあるのでしょうか。
初耳でした。
リーゼちゃんが、眉根を寄せて頷いています。
珍しくお怒りです。
「ラーズ君は、知っていますか」
「セーラが知らないのに、驚いています。以前に話したと思っていました。竜王が治める竜王国が神国の隣に興ったのは、僕達が誕生する以前にです」
「竜人族の王国は、竜族の預かり知らぬうちに興りました。そして、国王が竜王を名乗る。ドラグースの国名まで騙り、我々も遺憾に思いました。けれども、よい目眩ましになってくれているおかげで、竜族の被害が減りました」
「だがなぁ。竜人族の王国は、神国寄りの思想だ。神国が、対帝国の盟主になれているのも、竜人族の手助けがあるからだ」
その割りには、ドラグースの名前に聞き覚えがないのですけど。
私が世間に疎いからでしょうか。
「一度、竜王を詐称する何某と神国には、お灸を据えました。暫くは大人しくしていたのですが、近ごろ怪しげな儀式をして、竜族を使役しようとしはじめています。皆様方には、背景を調べて欲しいのです」
竜人族が、竜族を使役しようとしている。
その事実に唖然としてしまいます。
竜人族は、謂わば竜族の眷族に近い種です。
主従の越えられない壁が立ちはだかっています。
無謀と言える行為に、頭が痛くなってきました。
「怪しげな儀式ねぇ。勇者召喚に関わりがありそうだな」
「セイの話には英雄願望の人間がいましたね。リーゼを好みの範疇だと言っていましたから、何かしら企てていそうです」
「もしくは、竜退治に発展するかもな」
私を脆弱だと断言した竜族の矜持は、すこぶる高いです。
人に使役されるのは、まずあり得ないことです。
使役される位なら、狩られるのを選ぶ位です。
「生きるのに飽いた老竜が、希に人に関わりを持ち、使役の真似事をしているのは良いのです。しかし、年端もゆかぬ幼い子供を選んで、強制するのは長として赦せません。竜人族のドラグースを排除するかで、長老衆と揉めているのが現状です」
幼い子供を狙うのは、悪意があると認識してよいかと思います。
竜族の方が動けないのも、確証がないのと、未だ被害に遭っている訳ではありませんから、竜族が竜人族の王国を壊滅させては、非難の鉾先が向けられてしまいます。
酷くなると、竜族の棲みかを暴かれ、虐殺に至るかも知れません。
竜殺しの名声を欲しがる輩に、大義名分を与えるようなものです。
私達に、依頼をするのも苦汁の選択であったかと。
「リーゼは、どうしますか? 同族の苦境に骨を折りますか?」
「ん。受けてもいい。ジーク叔父さんなら、受ける」
「私も、何処まで力になるか分かりませんけども、受けてもよいかと」
「なら、承諾しても良いですね」
私達、年少組には異論は有りませんでした。
私以上に世間に疎い、竜族の方が調査に乗り出しても、身バレしてしまうだけです。
「ありがとうございます。では、これが報酬になります」
三個の宝物の隣に、卵程の宝石が置かれました。
鑑定結果は、星蒼玉でした。
かなりの、お値段になります。
調査依頼にしては、破格な報酬になります。
「生憎と、人の世の金銭を渡せないのが、心苦しいです。それなら、対価に当てはまりますか?」
「充分どころか、可分な報酬になります」
「そうなのですか? ですが、受け取ってください。いずれ、必要になるはずです」
きっぱりと、押し付けられました。
こう確信を持って言われてしまうと、裏を読みたくなります。
調査依頼の他に、何事か起きるやもしれないですね。
長さんも、詳細な神託を受けていると思われます。
私達には言えないのも、それが関係していそうです。
「まあ、リーゼの身内が関わっているから、無茶はするなよとしか言えん。が、セーラを神国所縁の国に派遣して良いものか、どうか」
「それは、その擬装の神器が早速役立てられますね」
「ん。渡りに舟」
「外見は擬装できたとしましても、身分証が偽称できませんよ」
「そこは、イザベラに交渉してみるか。ドラグースの冒険者ギルド長は誰だったかな」
フランレティアでの映像が各国の上層部に出回りましたから、擬装していない私達の容姿は目立ちます。
特に、私は霊薬関連で目をつけられてしまいました。
なるべく、一般に溶け込まないと、調査は出来ません。
長さんが依頼報酬に、擬装の神器を出してきたのも、目立つ容姿を隠す為かと思います。
ラーズ君は自前の幻術で賄えるとして、リーゼちゃんはどうしますか。
「竜人族のドラグースには、当たり前に竜人族が棲んでいます。リーゼは、変に擬装しないほうが目立たないのでは?」
「ん。了承」
「なら、設定はリーゼの里帰りにしてだな。身内探しにするか」
トール君が、次々に設定を決めていきます。
嘘の中に、真実を織り混ぜます。
竜人族の両親が亡くなり、遺言に依ってリーゼちゃんが遺品を持って身内探しをしに、竜人族の王国に里帰り。
冒険者パーティを組んでいる幼馴染の私とラーズ君も、単身で里帰りするリーゼちゃんを案じて同行を申し出る。
と、言った具合いです。
パーティ名もクロス工房年少組ではなく、変更を余儀なくされました。
ですので、蒼穹の豪嵐と改めることになりました。
リーゼちゃんの二つ名を借りました。
トール君の無茶振りに、イザベラさんが私情にギルドを使うなと、お小言が来そうな気配がします。
盛りに盛った設定に、嘘がつけない私は戦々恐々しています。
交渉は弁が立つラーズ君に任せて、背後に控えるのが良さそうです。
「良し。何とかなりそうだ。んじゃあ、一度ミラルカに戻り、手配をしよう」
「お手数をおかけします。よろしくお願いいたします」
「ん。叔父さんの分まで、頑張る」
「頼もしい限りですが、無茶は駄目ですよ。竜王国では、精霊の加護が発露しやすい。竜人族の様に振る舞うなら、注意しておきなさい」
「分かった」
「皆さんも、精霊には気をつけてください。竜人族の中には、精霊の扱いに長けた者がいます。竜族の姪が上位とは言え、精霊が看破しないともいいきれません。そうなりましたら、調査は打ち切っても構いません」
精霊ですか。
それは、厄介です。
下級や中級の精霊は、リーゼちゃんの存在に恐れをなして、口をつぐみます。
けれども、上級の精霊は自由奔放です。
それに、悪戯好きな一面があります。
秘匿している情報を暴かれるのは、ご免被ります。
精霊対策もきっちりしないといけなくなりました。
身分証を発行してもらう間に、ヒューバートさんに、教授してもらわなくてはなりません。
お薬を長さんに渡して、ミラルカに戻りましょう。
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