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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第53話

金曜投稿です。

「そうだ。帝国の置き土産が、残されているが。迷惑料代りに貰っておくか?」

「……いえ。出来れば、送り返して頂けないでしょうか。帝国との属国を解消する為にも、後の禍根となる問題はないほうがいいでしょうから」


 あら。

 では、カズバル村に残してきた物資を、回収してこなければならないですね。

 二度手間になりました。

 貰っておいても罰は当たらないと思いますが、(まつりごと)に明るくない私達には分からない事情もあるのでしょう。

 転移魔法が使えるアッシュ君に、回収はお願いしておきましょう。


「なら、後日回収して送り返しておく。そろそろ、本拠地の工房が気になるので、子供達はミラルカに帰す。何か、意見はあるか」


 邪神討伐も終わりました。

 私達が後始末に駆り出されるのは、良しとされないのですね。

 フランレティアにいても、役にはたたないですから、帰還を促されました。

 何時までも、お客様扱いは遠慮したいです。

 浮島の薬草園が気になりだしてきました。

 魔導人形(ゴーレム)では手入れが行き届かない、希少な薬草は駄目になっていることかと思います。

 種子は保管していますから、また一から栽培していかないといけません。

 暫くは、上級ポーションの供給が不足しますね。

 改良型上級ポーションで、代用するしかなさそうです。


「それでは、一つ確認したいことがございます」


 宰相さんの視線が、私に向きます。

 すかさず、リーゼちゃんの背に庇われました。

 背後はラーズ君が、警戒しています。


「実は、妖精姫殿にお訊きしたいことがございます。妖精姫殿は、勇者殿を回復させたポーションは、まだお持ちでしょうか」

「ポーションですか。各種一揃えしていますが、何方かご病気ですか?」

「では、石化熱を回復する薬品をお持ちでしょうか」


 石化熱?

 呼んで字の如く、身体が石の様に硬くなる病です。

 高熱を発して厄介な病で、万能薬が効かない特殊な薬が必要です。

 調薬にも神経を使う危険な薬草を使用します。

 調薬師の免状を取得する試験にも、必ず出てきます。


「所持していますよ」


 答えを返すと問われた宰相さんではなく、国王陛下が安堵の息を吐き出しました。

 心なしか、会議室にホッとした雰囲気が出てきました。


「済まない。対価は支払う。一つ譲って貰えないか」

「病人がおられるのでしたら、そうしたいのは山々です。しかしながら、石化熱の浸食具合によって、薬草の配合率が変わってしまいます」

「承知しておるよ。我が国の調薬師や医師も、丁寧に説明してくれた。だがな、何故だか初期段階から息子には薬が効かないのだ」

「……薬が効かない。なら、考えられるのは、石化熱ではないのかも知れません」


 思い至るのは、石化熱に酷似した病です。

 と、なりましたら、事態は深刻です。

 何故ならば、石化熱の薬品が、病を進行させていく糧になるからです。


「じかに、拝見していませんので、確実に申しあげられませんが。その、病は鉱石病です。翡翠の万能薬を使用してください」

「鉱石病? 翡翠の万能薬?」


 疑問符が飛び交うのでしたら、フランレティアの医師も存じてはいないのですね。

 鉱石病は石化熱と酷似して、高熱が出て身体が石化した様に硬くなります。

 ですが、鉱石病は身体の内側である内臓が、石化していく恐ろしい病です。

 初期段階で治療しないと、石化した内臓は元には戻りません。

 重要な内臓が石化した場合は、死に至ります。

 そう、説明しますと、国王陛下の顔色が蒼白になりました。

 もう、初期段階を越えていると、見ました。


「妖精姫殿。中期だと思われる鉱石病患者に、翡翠の万能薬はいかほどに効く」

「中期ですと、半々です。末期の場合ですと、霊薬のエリキサークラスの万能薬が必要です。が、私は作製できません」


 翡翠の万能薬が効力を発揮するかは、石化した内臓の重要度によります。

 中期だと難しいかも知れません。

 私が作製出来るのは、霊薬どまりです。

 翡翠の万能薬と、霊薬を小型ポーチから取り出します。

 

「ここに、翡翠の万能薬と、霊薬が有ります。翡翠の万能薬は、秘薬のエリキサークラスの万能薬ではありません。完治に至るかも分からない薬に、対価を支払いますか?」


 万能薬は、大金貨1枚、100万ジル。

 霊薬は、虹晶貨1枚、1億ジル。

 おいそれと、手を出せない価格です。

 無料報酬には出来ません。

 きちんと、対価は支払って貰います。

 帝国は支払っていませんが、後で正当な対価を請求しますよ。

 暫し、熟考に入られます国王陛下と宰相さん。

 何方かご病気か教えられてはいないまま、時が過ぎます。


「宰相。対価を用意してくれ」

「はっ。暫くお待ちください」


 重い溜め息を吐かれた、国王陛下が指示されます。

 宰相さんは護衛を伴い、会議室を出て行かれました。


「亜人の調薬師にすがってでも、対価を支払う病人は王太子か」

「その通りです。我々も手は尽くしましたが、一向に回復に至りませんでした。賢者殿が、一度妖精姫殿に話してみては、と仰いました」

「トールの聖魔法では、病人は癒せないからな。邪神討伐の前にでも、相談したら良かったのではないか?」

「王妃の暴走で、妖精姫殿を不快に思わせのではないか。思案致しました」


 そんなことも、有りましたね。

 ですが、病人がいたのならば、不快に思っていたとしても、治療には引きずらなかったかと。

 鉱石病の中期だとしましたら、かなりの痛みを伴う発熱をしています。

 麻酔薬を使用していても、効果は期待できません。

 もっと早くに、相談して欲しかったです。

 愚痴は言えませんが、苦言は言っても良いですよね。

 トール君も、病人がいたのならば教えてくれても良かったです。

 トール君の聖魔法は、攻撃、支援に特化していますので、回復効果はないに等しいのです。

 ですから、怪我人や病人を癒せません。

 治療は、専らポーション頼りにならざる負えません。

 私から、各種ポーションを買い求めていましたが、今回は役には立たなかったです。

 手強い病に、難航したと思われます。

 むう。

 我慢我慢です。

 私が騒いでいい場ではありません。


 にゃあん。


 ささくれ立つ私の心情を看破したであろう、ジェス君がもふもふな毛並みを刷り寄せてくれました。

 警戒を緩めたリーゼちゃんも、頭を撫でてくれます。

 宰相さんの、戻りが遅いです。

 商売人の鉄則がなければ、今直ぐにでもポーションを譲れましたのに。

 対価を支払えなければ、品物を渡してはならない。

 商売人を守る法が、今は怨めしいです。


「お待たせ致しました。此方が対価になります」


 やっと、宰相さんが戻られました。

 背後に、財務担当の大臣さんを引き連れていました。

 大金ですから、使用目的を探りにこられたかなと思います。

 対価は、宰相さん自ら持参して来られました。

 先ずは、国王陛下の前の机に置かれます。

 銀製のトレーの上には、見慣れない大金貨と虹晶貨が各1枚乗っていました。


「うむ。では、妖精姫殿。対価を支払わせて貰う」

「確かに、確認しました。此方が、翡翠の万能薬と、霊薬です」


 対価の横に、二種類の薬品を乗せます。

 国王陛下は薬品を握り絞めて、立ち上りました。


「済まぬ。一刻も早く、息子を解放してやりたい」

「万能薬の効果は直ぐには、現れません。一時間は猶予をみてから、霊薬を使用してください」

「了解した。申し訳ないが、ガイル。後の事は頼んだ。じきに、アレクが来るのでな」

「はっ。了解致しました」


 護衛を振りきって駆け出された国王陛下の背中に向けて、注意事項を述べましたが、聴こえていたでしょうか。

 念の為に、宰相さんも駆け出されました。

 一度に大量の薬品の摂取は、身体に悪いです。

 効果はなくとも、時間を開けてくださいね。

 慌ただしくお二人が消えていかれました。


「これ、帰れない?」

「多分、帰れませんね」

「ここで、帰りましたら、駄目ですよ」


 リーゼちゃんが、呆れた様子で呟きました。

 私は2枚目の虹晶貨を、恐る恐る1枚目が眠る袋に仕舞いました。

 大金貨は、お財布いきです。

 ミラルカに帰りましたら、自室の金庫か無限収納(インベントリ)に仕舞いましょう。

 小市民には大金過ぎて、使い道がありません。


「……そうか、やっと王太子殿下も救われるのか。妖精姫殿、ありがとうございます」

「まだ、薬が効力を発揮するかは、分かりませんよ。それに、石化熱と鉱石病は似ています。初期の段階では、誤診は仕方がないのです」

「それでも、霊薬エリキサーを譲ってくれた。希少な薬品を惜し気もなく、出してくれたんだ。頭が下がる」


 副団長さんが頭を下げると、会議室にいた騎士さんも頭を下げられました。

 如何に、王太子殿下が慕われているか分かります。

 国王陛下や宰相さんも、すっとんで行かれましたし。

 愛されていますね。


「失礼します。宰相閣下に呼ばれました」

「ああ、アレク。お客人をもてなしてくれ。陛下と宰相閣下には、王太子殿下の元へ行かれた」

「お客様を置き去りにですか? それは、礼儀に反しますね。伯母上に、お叱りを頂かないと」


 宰相補佐官さんの言葉に、副団長さんは渋い表情をされました。

 何と、礼儀に厳しい女官長さんが宰相さんの奥様で、国王陛下の従姉妹にあたる方だそうです。

 影の実力者と、裏では言われているとの情報が入りました。


「そう永いこと、世話になる気はないのだがな」

「アッシュ君。私は作製者として、王太子殿下の容態が気になります」

「だが、王太子の容態が回復したら、煩くなるだろう」


 ああ、アッシュ君は調薬師の私の周りが煩わしくなるのを、危惧しているのですね。

 対価を支払って頂かないと、回復薬は渡しませんよ。

 くれくれ、攻撃に晒されたとしましても、リーゼちゃんの鉄壁な防御と、ラーズ君の舌戦に煙に巻かれるだけです。

 今回は、フランレティア王宮に滞在した、迷惑料がわりと思えば良いのです。


「適正な対価を支払わない輩には、決して渡しません」

「ん。セーラ、守る」

「商売人としましては、無料で強請る愚か者には容赦しませんよ」

「まあ、大丈夫か。ラーズとリーゼが付いていれば、悪徳貴族も近寄れないか」

「出来れば、排除されます前に、ご一報ください」


 宰相補佐官さんが、被害の拡大を予想しましたのか、疲れた様子で声をかけてきました。

 騎士の皆様も、頷かれています。

 嫌ですね。

 何もフランレティア貴族を、揶揄したつもりはなかったです。

 身分を嵩に無茶振りをしてきます王公貴人は、各国にいます。

 態々、ミラルカに来てまで、嫌がらせに来るお客様もいます。

 大抵は、トール君とアッシュ君に叩き伸されます。

 二人に権力は通用しないですからね。

 賢者や最凶の二つ名は、伊達ではありません。

 私達年少組は、庇護されているばかりではいけません。

 そのうちに、並び称される弟子になりたいものです。


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