第52話
水曜投稿です。
森を抜けまして、カズバル村に戻って来ました。
そうしましたら、忘れていたことを思いだしました。
「何か忘れていると思いましたら、これをどうします?」
「あー。放置は、駄目か。建物を壊されたりしていたから、迷惑料がわりに貰ったらいいんじゃないか」
目の前には鎮座する、帝国の物資の山です。
聖女さん一行が持ちこみました大量な荷物が、消費されることなく残されていました。
けれども、人の気配が全くありません。
専属料理人や身の回りを世話する侍女さんや、非戦闘員を警護していたはずの帝国騎士が見当たりません。
何処にいかれたのでしょう。
「神気が残されているな。実りが連れて行ったかな」
「それならば、良いのですが。不測な事態に陥っていましたら、捜索しないといけなくなります」
「それか、トールが連れて行ったかな」
「そちらな方が、有り得るかも知れませんね」
「ん。先生なら考える」
厄介な人員をフランレティアに残されても、私達では対処が出来ません。
トール君が配慮して、連れて行きましたのに期待したいです。
「リーゼちゃんは、人の気配が近くにあるのが分かりますか?」
「否定。近くに、人いない」
「リーゼの感知にいないのならば、一安心ですね。取り敢えずは、この物資を集合小屋にでも仕舞って起きましょう」
そうですね。
野晒しは、食糧が腐って仕舞います。
一旦、無限収納に収納しまして、集合小屋に置き直しましょう。
他者がいませんから、気にせずに使用が出来ます。
「セーラ」
「はい? 何でしょうか」
みゃあ。
呼び止められまして振り返ると、アッシュ君の掌にジェス君が掴まれていました。
〔セーラちゃあん。ジェス、お利口にしていたよ〕
遺跡が廃墟と化し魔素溜りがなくなり、瘴気が薄れて来ていますからか、ジェス君を自由にしても良くなりました。
ジェス君を狙っていました聖女さんも、いなくなりましたしね。
「ジェス君。お利口さんでしたね」
〔にゃん。ジェス、お利口さんだから、セーラちゃんに、甘えるの〕
軽やかにジェス君が、私の肩に飛び乗りました。
頬に、暖かな毛並みが擦り付けられました。
身体を撫でると、ごろごろ喉を鳴らします。
癒されます。
遺跡では、苦手な昆虫と遭遇してしまいました。
瘴気がなければ、もっと早くにジェス君に癒されていましたね。
恨めしいです。
「セーラ、物資をお願いします」
「あっ、はい」
ラーズ君に促されませんでしたら、何時までもジェス君を堪能していました。
いけません。
邪神討伐が終了したとは言え、まだ後始末が残されています。
ミラルカに戻るまでは、緩めてはいけないですね。
物資を無限収納に収納して、集合小屋の扉を開けました。
「あら」
「これは、掃除しないと駄目ですね」
小屋内は嵐にあったかの様に騒然としていました。
帝国騎士が寝泊まりした痕が処狭しとあり、策戦を練っていた折り畳み式の机と椅子がありました。
机上には紙やインク壷が、そのままになっています。
「簡単に帰還を、という訳にはいかなくなりましたね」
「ん。面倒。物資、持って帰る」
「そうした方が、良くなりましたね」
「日保ちがしない食糧は持って帰り、生活雑貨は置いて行け」
そうしたいのは山々ですが、寝泊まりした痕に直接物資を置いて行くのは、如何なものかと思案します。
ある程度は掃除をしないと、住居を壊された住人が生活しないといけないですよ。
宿屋も、同様に改築しないといけない筈です。
帝国の方々は後の事を考えずに、行動していましたから。
「少し時間をください」
〔ジェス、お手伝いする〕
ジェス君が、前足をあげました。
と、寝具が片隅に積み上げられていきます。
ジェス君の重力魔法です。
随分と扱いが上手くなりました。
少々、雑になりますが。
見事に寝具を集めています。
「ジェス、上手」
「はい。重力魔法は便利なのですね。聖女さんが、欲しがる筈です」
「本当です。だけど、率先して魔法を使用するのと、強制して魔法を使用するのとは違います。僕達も、便利だからと頻繁に利用するのは、やめましょう」
「はい、分かっています。ジェス君は、便利アイテムではありません。うちの、末っ子です」
「ん。アイテム扱い、聖女と一緒」
〔ジェス、お手伝いするの、駄目?〕
重力魔法に感嘆していましたら、上目遣いでうるうるお目々のジェス君がいました。
ジェス君が悪いのではなく、聖女さんのアイテム扱いに言及していたのですよ。
「お手伝いは、有り難いのですが。頼り過ぎなのは駄目だと、話しているのですよ。ジェスは、悪くないです」
〔ジェス、役に立つ。ラーズ君、リーゼちゃん、セーラちゃん。喜ぶ〕
「ん。ジェス、可愛い」
「ジェス君は、側にいてくださるだけでも、嬉しいですよ。でも、お手伝いは、程々にしましょうね」
〔……はあい〕
ジェス君は、納得がいかない様子です。
ですが、私達が気をつけていないと、お手伝いに頑張り過ぎて、当たり前になってしまいます。
これは、幼い私達にも、言いくるめられていました。
保護者様の役に立てば、捨てられないだろうと、考えたのです。
杞憂に終わりましたが、いつ見捨てられるか怯えた日々を過ごしていたのです。
頑張り過ぎて、熱を出すのが日常になってしまい、何度もお説教されたものです。
苦い思い出です。
ジェス君には、そんな思いを味あわせたくはありません。
幼いジェス君には、分かり辛いかも知れませんが、経験者は語るです。
「はは。まるで、幼い頃のお前達を見ているようだ」
むう。
アッシュ君に、笑われました。
此方にも経験者がいました。
毎回、お説教をした人を忘れていました。
私達は思わず顔を見合せ、ばつが悪い思いで肩を竦めました。
「さあ、物資を片付けて帰りましょう」
「はい、です」
「ん。ジェスのお陰で、掃除、しなくて済んだ」
無限収納から生活雑貨を選び、置いていきました。
持ち込まれた物資の大半が、生活雑貨でした。
寝台に、お布団。
猫脚のバスタブが出てきて、驚きました。
引っ越し荷物ですか、と疑いたくなります。
衣服も何十着とあります。
果てには、お化粧道具に宝飾品まで。
一体、何をしに来たのか分からなくなりました。
邪神討伐ですよね。
「アッシュ君。泥棒さんに、注意しなくてはいけなくなりました」
「だな。全く、頭が痛い」
「貴重品は、フランレティア王宮に託した方が良さそうです」
「いや。おれが預かる」
「助かります」
魔素溜りが無くなりましたけれども、急激には環境が元に戻りはしません。
無人の村を狙う、夜盗や山賊の出現には注意を払わなくてはならなくなりました。
貴重品は、アッシュ君が預かってくれました。
亜空間に仕舞っていきます。
残りの食糧はフランレティア王宮に、捌いてもらいましょう。
どうせ、人気取りで運んで来ました食糧です。
フランレティアの住人のお腹を満たせるのですから、本望ですよね。
「では、兄さん。転移をお願いします」
小屋を施錠して、ラーズ君が頼みます。
念の為に、施錠の魔導具を所持していて良かったです。
小屋を魔法が包みます。
「なら、フランレティア王宮に戻るぞ」
アッシュ君の転移魔法が展開します。
直ぐに、フランレティア王宮に到着しました。
場所は会議室です。
いきなり現れた私達に、会議室は緊張の糸が張り詰めました。
「魔人殿? ああ、転移魔法ですか」
剣を抜きかけた副団長さんが、息を吐き出しました。
不審者丸出しの私達を、警戒した騎士が取り囲みます。
会議室には、国王陛下と宰相さんがおられました。
トール君が各国上層部に配置した、受信機型の魔導具が役目を終えて転がっていました。
「その魔導具なのだか、触っても大丈夫かな」
「? 大丈夫ですよ」
騎士の囲みを抜けて、ラーズ君が魔導具を拾います。
特別に細工はされていません。
只の受信機です。
「賢者殿が置いて行った魔導具を、触っても良いか判断をつけれなくてな、正直困っていた」
「それは、トールの説明不足だな。只の映像を受信する機能しかない」
あら。
トール君にしては、お粗末なやり方です。
他国も、どうして良いか悩ましていませんか。
分解されても知りませんよ。
「使い魔に、回収を命じる」
遺失技術は使われていませんが、アッシュ君は回収を望みました。
影や亜空間から、使い魔が飛び立ちます。
私達には慣れた行為でしたが、再び緊張の空気に包まれました。
「魔人殿。出来れば、陛下や宰相閣下のいない場所で、お願いしたい」
「ああ、配慮に至らなかったな。すまん」
副団長さんのお小言に、素直に謝罪するアッシュ君。
国王陛下と宰相さんが、苦笑しています。
狙ってやりましたか。
「先ずは、報告しておく。邪神討伐は恙無く終了した」
「存じております。賢者殿が置いていかれた魔導具が、一切を写し出しておりました」
「なら、詳しい事は言わん。あれが、真実だ」
「誠に、信じがたい出来事でございました。まさか、神子様が我が地にお出でなさったとは」
宰相さんの言葉に皆さんの視線が、私に集まります。
フランレティア王宮でも、私が神子だと信じられていたのですね。
トール君の策略と豊穣のお母さまの機転で、それが払拭されたかと思います。
「これで、うちの娘が間違われることは無くなった。それは、重畳だった」
「帝国は妖精姫殿が神子様だと、信じられておられました。我々も、危うく盲信する処でありました」
「トールは、それが世間に流された辺りから、神子に苦言していてな。それが、叶い、此方は大助かりだ」
大人な会話が続きます。
うっかり、話に乗りまして、ミバレするのは駄目です。
肩の上のジェス君の温もりに、集中しておきます。
にゃん。
ジェス君も、甘えて喉を鳴らします。
「処で、肝心の神子様と賢者殿は、どうされました」
「神子は箱庭に、帰還した。トールは、帝国に最終通告をしに行った」
「最終通告、ですか」
「そうだ。前々から、うちの娘を狙う勢力を支持してきたのは、帝国だ。神子とは別人だと分かる結末になったが、別の意味で狙われたら困るからな」
肌色の有無で闇の妖精族と断じて、一族郎党皆殺しにした帝国です。
神子とは別人だから、勧誘した事実も無くし、邪神の信者だと排斥するのが分かります。
アッシュ君も、暗殺を危惧しています。
箍が外れた帝国が、何をしてくるか。
これからは、今まで以上に帝国の動向に注視していかないとです。




