第50話
金曜投稿です。
「神子、わたしは帝国貴族だ。下級騎士より、わたしを選べ」
「ほんに、人族は強欲よ。勇者の資質に貴賎はないわ。ただ、人族を選らばなならぬ、忌ま忌ましい掟があるのみ」
ほえ。
そうなのですか。
勇者の資質は、人族のみが持ちうるのでしたか。
それでしたら、アッシュ君が省かれるのも分かります。
最大戦力はアッシュ君にあります。
次点でリーゼちゃんとラーズ君です。
私は二人に比べて、持久力が足りませんので最初から除害です。
「仮初めの力で妾を、制圧下に、おこうとする気概は一人前よ。しかし、選択権は妾にある。其方は、嫌じゃ」
あー。
お母さまに論破されました聖女さんのお兄さんは、顔を赤く染めました。
怒り心頭といった処ですかね。
「『誰か、拘束を解け。神子を奪え』」
言霊の魔法が発動しました。
指示がないまま、放心して座り込んでいた、聖女騎士団が動き出しました。
虚を衝かれた帝国騎士の押さえの手を払い、お兄さんとお母さまの元に群がります。
「止せ、伯爵。神子を守れ」
「構わぬ。鼠の児戯に遊んでやろう」
庇おうとした死神さんを払い除け、お母さまは迫る聖女騎士団の似非騎士に囚われました。
すると、一人の似非騎士に黒色の首輪を嵌められたお母さまです。
全く危機感がありません。
遊んでやろうって、大丈夫なのか心配します。
アッシュ君も静観していますし、どうなるか知りませんよ。
「なんじゃ。隷属の首輪か。つまらぬ」
「はは。これで、皇帝陛下に功績を認められる。おい、妖精姫も、嵌めておけ。邪神の下僕だ、幾らでも使い道がある」
私にまで飛び火しました。
ラーズ君とリーゼちゃんが、私を背に庇います。
拘束を解かれたお兄さん、面倒くさくなりましたので伯爵と呼びます。
伯爵は、余裕を取り戻してきています。
私を勧誘していた頃の笑みではなく、優越に浸る嫌な笑みをしています。
「抵抗は無駄だ。我が手に神子を掌中に修めたのだからな。役立たずの聖女や勇者に阿ねる必要が無くなった。わたしが勇者となり、皇帝を継ぐのだ」
高らかに嗤う伯爵ですが、誇大妄想もここまでいくと愚かしいです。
隷属の首輪には、欠点があります。
それは、人族や魔力の薄い獣人には適応されますが、魔力豊富な魔族や天人族には、効き目がありません。
ましてや、神族のお母さまにもです。
帝国が狭い大海のなかで井の中の蛙となっている証です。
「神子、わたしを勇者と認めて力を寄越せ。実りの女神を解放してやろうではないか。そして、新たな聖女を配して、わたしが帝位を継ぐのだ」
高らかに悦に入る笑い声をあげています。
こういうのが、下克上というヤツですかね。
「断る。ハーヴェイ。はよう、女神を救出してたもれ」
「い、いいのか。隷属の首輪には、逆らえば首が絞まり窒息するぞ」
「これかが? ふむ。大して効いておらなんだが、邪魔とみえるな。外して見せたら、封ずる水晶体を壊すかや」
「あ、ああ」
伯爵を無視して交わされる会話です。
言質を取ったお母さまは、黒色の首輪に手を当てました。
武骨な首輪は、ぱきりと音を立て崩れ果てていきました。
「あ?」
「何だと、不良品を掴まされたか」
「いや、不良品ではないぞ。魔力は封じ、意思を白濁とする機能は働いておったが。妾の神力までは押さえ切れなんだだけじゃ」
「くっ。妖精姫を狙え」
神子を囚えられないど、判断されたら私にお鉢が回ってきました。
しかし、私には頼りになるお兄ちゃん、お姉ちゃんがいます。
襲いかかる似非騎士は、投げられ、蹴飛ばされていきました。
そうして守られていますと、背後から悪意が迫って来ていました。
くるりと振り返りましたら、すぐ側に伯爵がいました。
【隠形】と【姿隠し】を重ねてにじりよってきていました。
危険察知の警告のままに、距離をあけようとして、リーゼちゃんにぶつかりました。
しまった。
動揺し過ぎです。
「セーラ‼」
異変を察知したリーゼちゃんが、間に入ります。
けれども、遅すぎました。
伯爵に右腕を握られ、なにか嵌められました。
「それは、妖精姫用の特別製だ。死ぬまで外れんぞ」
高らかに宣言した伯爵を、リーゼちゃんが殴り付けました。
伯爵は、手加減を忘れたリーゼちゃんによって、壁際まで吹き飛びました。
「ははは、やった。妖精姫を捕らえたぞ」
ごふっと血反吐を吐き出し、気を喪いました。
リーゼちゃんが、力任せに嵌められた腕輪を破壊しようとしています。
ですが、壊れません。
竜族でも壊れない腕輪を鑑定して見ました。
▽ 追従の腕輪(呪具)
主従の誓いの腕輪
主人の腕輪の持ち主に逆らえない
「むう。壊れない」
「兄さん。外れないです」
「ほう。奥の手か」
「納得してないで、外すのを手伝ってください」
外れない腕輪にラーズ君は、焦っています。
伯爵が回復したら、なにを命じられるか心配してくれています。
「セーラ、おれが怒られた。さっさと無効にしておけ」
「はあい。ラーズ君、リーゼちゃん、心配かけてすみません。アッシュ君にも、言われましたので、破壊します」
「セーラ?」
肌に密着する腕輪に、魔力を流し入れます。
ぴきぴきと、腕輪に亀裂が入ります。
皆様、忘れていますが、私が本物の神子なのです。
神力は保有していませんが、理力は保有しています。
それに、魔力放出障害がありましても、物に魔力を込めるのは大得意なのです。
呪具とどちらかが上回りますか、勝負です。
「セーラ、魔力回復薬いる?」
「大丈夫ですよ。少し手強いですが、ほら、外れました」
腕輪は、正味数十秒で外れました。
重い音を立てて、床に落ちていきます。
うーん。
でも、腕輪が嵌められた場所は呪具に抵抗しましたのか、赤く腫れ上がっていました。
「セーラ。治療をしてください。見てる僕も痛そうです」
「そうですね。少し痺れています。」
肌に着色料で紋様が描かれています。
呪具の、術式ですね。
腕輪は、転写の機能も有していたようです。
リーゼちゃんの眉が下がっています。
すぐに、治療をしましょう。
小型ポーチから、軟膏万能薬と霊薬のエリキサーを取り出します。
万能薬を紋様の箇所に塗り立てていきます。
リーゼちゃんにも手伝って貰い、邪な呪術式が痛みを放ちます。
それから、エリキサーを飲み干しました。
一気に熱が右腕に集り呪術を駆逐していきます。
ぎりと、奥歯を噛み締めます。
まだ、悲鳴まではいきません。
それほど、柔ではないと自負します。
「お待たせしました。死神さん、女神様の封印はまだ解かれてないのですか?」
「小心物よ。さっさと、済ましておればよいのにな」
「帝国騎士が泣くぞ」
「くそっ、言いたい放題言いやがる。こちらは、勇者教や至高神の教義に反する事をやらされているんだ。躊躇うわ‼」
「其方、それで騎士を名乗るわ、名折れであろう。帝国にて幅を利かせておる自称の女神は、世界神の承認がないまま、実りの女神と詐称しておるゆえな。いずれは、神罰が降るやもしれぬ。となると、帝国は、不作間違いなしであろう」
「うっ。どうしろと言うんだ」
「なに、簡単よ。帝国の騎士が実りの女神を救うのだ。女神が解放の礼に、祝福をくれるやもしれぬし、正しき女神が慈悲を与えるであろうよ」
「諦めろ死神。どうせ、死地に赴いたのは貴様だ。帝国を救う英雄になってみろ」
「ああ、もう。どうにでもなれ」
アッシュ君とお母さまに発奮をかけられました、死神さんは水晶体に近寄り、段上から剣を降り下ろしました。
剣はバターを斬るかの様に容易く、水晶体をふたつに分解しました。
お見事です。
中の女神様には傷ひとつ見当たりません。
「ほれ、序でに鎖も斬るがよい」
お母さまの次なる指示に、素直に鎖を断ち切ります。
ふよふよと浮いています女神様の身体が、鎖が断ち切られるごとに、床に近付いていきます。
最後の鎖が断ち切りましたら、女神様は地に降り立ちました。
そして、ゆっくりと瞳を開けました。
「まあ、ありがとうございます。勇者様。お陰さまで、うん数千年振りに、解放されましたわ。勇者様は何をお望みかしら」
お母さま似な容姿をされています実りの女神様は、茶目っ気たっぷりに死神さんを翻弄しています。
もしかしましたら、ホールでのやり取りは見聞きしておられたのかもです。
「貴女は、実りの女神だと言うが、帝国には実りの女神が存在する。どうしてだ」
「あら、簡単よ。あの子は、田畑の実りは約束できても、それ以外の作物は干渉できなくて、わたくしは、全ての作物に干渉できるのよ。例えば、人の手入れがない森の果実や薬草といった具合にね」
「では、豊穣の女神はどうだ」
「お姉さまは、特別だわ。ありとあらゆる植物系の実りを干渉できるわ。不毛の大地に緑の息吹をもたらすほどに。逸れこそ、奇跡ね」
「なら、あんたでいい。帝国に実りを約束してくれ。昨今は、敵対する国が豊穣の女神に神罰を食らった。そのせいか、流民や移民が流入している。彼等が飢えない未来が欲しい」
「いいわよ。だけど、その約定には期限を設けるわ。貴方が存命中は、実り豊かな恵みを約束するわ。わたくしは、実りの女神。約定者は、替えが効かないと伝えなさい」
鋭い眼差しが、死神さんを居抜きます。
邪神討伐は、失敗に終わりました。
帝国の実りの女神は、自分の地位を脅かす先代の実りの女神を亡きものとしたがって、神託を降ろしました。
けれども、蓋を開けてみれば、封じられていました女神は解放され、元気に約定を交わしています。
勇者教推薦の勇者は戦意を喪失して、魔物一匹も退治していません。
どころか、帝国騎士が勇者役を演じる羽目になりました。
密かに口封じされないといいのですが。
先代の実りの女神さまも、慮り約定を決めたのだと思います。
「それより、帝国に直に乗り込んだ方がよいかしら」
「はっ?」
「あら、貴女はわたくしの代弁者にして、聖者に認定するわ。帝国の思惑通りにはしないから、そのつもりでね」
「ちょっと待て。本当に待て」
「いやぁよ。決めたら一直線なんだから。ああ、安心して、部下や役立たずも連れ帰るから」
「安心できるか。おい、本当に自分の話を聴け」
死神さん。
諦めましょう。
基本、神々は地上に生きる民を、思入れし過ぎて暴走します。
私達は、封じられていたにしては、アグレッシブな女神様には逆らいません。
柔らかな光が舞うなかで、死神さんに手を振ります。
頑張ってください。
主導権は死神さんに、あるはずです。
はい。
そう思いたいです。
光が収まりますと、ホールには私達ミラルカ組が残されていました。
「ふむ。どうにかなったな。あれは、ちいと、猪突猛進な癖がある」
「ええと、神子様と呼べばいいのですか?」
「ふむ。賢者、どうであるか」
「おおう。バッチリだ。もういいぞ」
トール君?
天井付近からトール君が天翼を翻して降り立ちました。
「妾の方も限界です。説明は賢者殿に聴いて起きなさい」
いつもの、お母さまの語り口です。
妙に懐かしく思います。
「お母さま、助けてくださり、ありがとうございます」
「娘を守るのは母の務め。大したことはしてはいません。穏やかに、健やかに、暮らしていなさい」
「はい、お母さま」
頬に触れた手の感触が冷たい陶磁器になりました。
神降しが効力を喪ったのです。
倒れかかる人形の肢体をトール君が、慌てずに回収します。
「さて、一件落着したし、フランレティア王宮に戻るか」
「賛成です」
「ん。了承」
「はい、帰ります」
事後報告して、カズバル村を再建したら、ミラルカに帰りましょう。
後、少しです。
でも、なにか忘れている気が、しないでもないのですが。
気のせいかな。
ブックマーク登録ありがとうございます。
ま、間違えたぁ~。
教えてくださり、ありがとうございます。




