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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
101/197

第50話

金曜投稿です。


「神子、わたしは帝国貴族だ。下級騎士より、わたしを選べ」

「ほんに、人族は強欲よ。勇者の資質に貴賎はないわ。ただ、人族を選らばなならぬ、忌ま忌ましい掟があるのみ」


ほえ。

そうなのですか。

勇者の資質は、人族のみが持ちうるのでしたか。

それでしたら、アッシュ君が省かれるのも分かります。

最大戦力はアッシュ君にあります。

次点でリーゼちゃんとラーズ君です。

私は二人に比べて、持久力が足りませんので最初から除害です。


「仮初めの力で(わたくし)を、制圧下に、おこうとする気概は一人前よ。しかし、選択権は妾にある。其方は、嫌じゃ」


あー。

お母さまに論破されました聖女さんのお兄さんは、顔を赤く染めました。

怒り心頭といった処ですかね。


「『誰か、拘束を解け。神子を奪え』」


言霊の魔法が発動しました。

指示がないまま、放心して座り込んでいた、聖女騎士団が動き出しました。

虚を衝かれた帝国騎士の押さえの手を払い、お兄さんとお母さまの元に群がります。


「止せ、伯爵。神子を守れ」

「構わぬ。鼠の児戯に遊んでやろう」


庇おうとした死神さんを払い除け、お母さまは迫る聖女騎士団の似非騎士に囚われました。

すると、一人の似非騎士に黒色の首輪を嵌められたお母さまです。

全く危機感がありません。

遊んでやろうって、大丈夫なのか心配します。

アッシュ君も静観していますし、どうなるか知りませんよ。


「なんじゃ。隷属の首輪か。つまらぬ」

「はは。これで、皇帝陛下に功績を認められる。おい、妖精姫も、嵌めておけ。邪神の下僕だ、幾らでも使い道がある」


私にまで飛び火しました。

ラーズ君とリーゼちゃんが、私を背に庇います。

拘束を解かれたお兄さん、面倒くさくなりましたので伯爵と呼びます。

伯爵は、余裕を取り戻してきています。

私を勧誘していた頃の笑みではなく、優越に浸る嫌な笑みをしています。


「抵抗は無駄だ。我が手に神子を掌中に修めたのだからな。役立たずの聖女や勇者に阿ねる必要が無くなった。わたしが勇者となり、皇帝を継ぐのだ」


高らかに嗤う伯爵ですが、誇大妄想もここまでいくと愚かしいです。

隷属の首輪には、欠点があります。

それは、人族や魔力の薄い獣人には適応されますが、魔力豊富な魔族や天人族には、効き目がありません。

ましてや、神族のお母さまにもです。

帝国が狭い大海のなかで井の中の蛙となっている証です。


「神子、わたしを勇者と認めて力を寄越せ。実りの女神を解放してやろうではないか。そして、新たな聖女を配して、わたしが帝位を継ぐのだ」


高らかに悦に入る笑い声をあげています。

こういうのが、下克上というヤツですかね。


「断る。ハーヴェイ。はよう、女神を救出してたもれ」

「い、いいのか。隷属の首輪には、逆らえば首が絞まり窒息するぞ」

「これかが? ふむ。大して効いておらなんだが、邪魔とみえるな。外して見せたら、封ずる水晶体を壊すかや」

「あ、ああ」


伯爵を無視して交わされる会話です。

言質を取ったお母さまは、黒色の首輪に手を当てました。

武骨な首輪は、ぱきりと音を立て崩れ果てていきました。


「あ?」

「何だと、不良品を掴まされたか」

「いや、不良品ではないぞ。魔力は封じ、意思を白濁とする機能は働いておったが。妾の神力までは押さえ切れなんだだけじゃ」

「くっ。妖精姫を狙え」


神子を囚えられないど、判断されたら私にお鉢が回ってきました。

しかし、私には頼りになるお兄ちゃん、お姉ちゃんがいます。

襲いかかる似非騎士は、投げられ、蹴飛ばされていきました。

そうして守られていますと、背後から悪意が迫って来ていました。

くるりと振り返りましたら、すぐ側に伯爵がいました。

隠形(ハインド)】と【姿隠し(ステルス)】を重ねてにじりよってきていました。

危険察知の警告のままに、距離をあけようとして、リーゼちゃんにぶつかりました。

しまった。

動揺し過ぎです。


「セーラ‼」


異変を察知したリーゼちゃんが、間に入ります。

けれども、遅すぎました。

伯爵に右腕を握られ、なにか嵌められました。


「それは、妖精姫用の特別製だ。死ぬまで外れんぞ」


高らかに宣言した伯爵を、リーゼちゃんが殴り付けました。

伯爵は、手加減を忘れたリーゼちゃんによって、壁際まで吹き飛びました。


「ははは、やった。妖精姫を捕らえたぞ」


ごふっと血反吐を吐き出し、気を喪いました。

リーゼちゃんが、力任せに嵌められた腕輪を破壊しようとしています。

ですが、壊れません。

竜族でも壊れない腕輪を鑑定して見ました。


▽  追従の腕輪(呪具)  

   

   主従の誓いの腕輪

   主人の腕輪の持ち主に逆らえない

   

「むう。壊れない」

「兄さん。外れないです」

「ほう。奥の手か」

「納得してないで、外すのを手伝ってください」


外れない腕輪にラーズ君は、焦っています。

伯爵が回復したら、なにを命じられるか心配してくれています。


「セーラ、おれが怒られた。さっさと無効にしておけ」

「はあい。ラーズ君、リーゼちゃん、心配かけてすみません。アッシュ君にも、言われましたので、破壊します」

「セーラ?」


肌に密着する腕輪に、魔力を流し入れます。

ぴきぴきと、腕輪に亀裂が入ります。

皆様、忘れていますが、私が本物の神子なのです。

神力は保有していませんが、理力は保有しています。

それに、魔力放出障害がありましても、物に魔力を込めるのは大得意なのです。

呪具とどちらかが上回りますか、勝負です。


「セーラ、魔力回復薬(マナポーション)いる?」

「大丈夫ですよ。少し手強いですが、ほら、外れました」


腕輪は、正味数十秒で外れました。

重い音を立てて、床に落ちていきます。

うーん。

でも、腕輪が嵌められた場所は呪具に抵抗しましたのか、赤く腫れ上がっていました。


「セーラ。治療をしてください。見てる僕も痛そうです」

「そうですね。少し痺れています。」


肌に着色料で紋様が描かれています。

呪具の、術式ですね。

腕輪は、転写の機能も有していたようです。

リーゼちゃんの眉が下がっています。

すぐに、治療をしましょう。

小型ポーチから、軟膏万能薬と霊薬のエリキサーを取り出します。

万能薬を紋様の箇所に塗り立てていきます。

リーゼちゃんにも手伝って貰い、邪な呪術式が痛みを放ちます。

それから、エリキサーを飲み干しました。

一気に熱が右腕に集り呪術を駆逐していきます。

ぎりと、奥歯を噛み締めます。

まだ、悲鳴まではいきません。

それほど、柔ではないと自負します。


「お待たせしました。死神さん、女神様の封印はまだ解かれてないのですか?」

「小心物よ。さっさと、済ましておればよいのにな」

「帝国騎士が泣くぞ」

「くそっ、言いたい放題言いやがる。こちらは、勇者教や至高神の教義に反する事をやらされているんだ。躊躇うわ‼」

「其方、それで騎士を名乗るわ、名折れであろう。帝国にて幅を利かせておる自称の女神は、世界神の承認がないまま、実りの女神と詐称しておるゆえな。いずれは、神罰が降るやもしれぬ。となると、帝国は、不作間違いなしであろう」

「うっ。どうしろと言うんだ」

「なに、簡単よ。帝国の騎士が実りの女神を救うのだ。女神が解放の礼に、祝福をくれるやもしれぬし、正しき女神が慈悲を与えるであろうよ」

「諦めろ死神。どうせ、死地に赴いたのは貴様だ。帝国を救う英雄になってみろ」

「ああ、もう。どうにでもなれ」


アッシュ君とお母さまに発奮をかけられました、死神さんは水晶体に近寄り、段上から剣を降り下ろしました。

剣はバターを斬るかの様に容易く、水晶体をふたつに分解しました。

お見事です。

中の女神様には傷ひとつ見当たりません。


「ほれ、序でに鎖も斬るがよい」


お母さまの次なる指示に、素直に鎖を断ち切ります。

ふよふよと浮いています女神様の身体が、鎖が断ち切られるごとに、床に近付いていきます。

最後の鎖が断ち切りましたら、女神様は地に降り立ちました。

そして、ゆっくりと瞳を開けました。


「まあ、ありがとうございます。勇者様。お陰さまで、うん数千年振りに、解放されましたわ。勇者様は何をお望みかしら」


お母さま似な容姿をされています実りの女神様は、茶目っ気たっぷりに死神さんを翻弄しています。

もしかしましたら、ホールでのやり取りは見聞きしておられたのかもです。


「貴女は、実りの女神だと言うが、帝国には実りの女神が存在する。どうしてだ」

「あら、簡単よ。あの子は、田畑の実りは約束できても、それ以外の作物は干渉できなくて、わたくしは、全ての作物に干渉できるのよ。例えば、人の手入れがない森の果実や薬草といった具合にね」

「では、豊穣の女神はどうだ」

「お姉さまは、特別だわ。ありとあらゆる植物系の実りを干渉できるわ。不毛の大地に緑の息吹をもたらすほどに。逸れこそ、奇跡ね」

「なら、あんたでいい。帝国に実りを約束してくれ。昨今は、敵対する国が豊穣の女神に神罰を食らった。そのせいか、流民や移民が流入している。彼等が飢えない未来が欲しい」

「いいわよ。だけど、その約定には期限を設けるわ。貴方が存命中は、実り豊かな恵みを約束するわ。わたくしは、実りの女神。約定者は、替えが効かないと伝えなさい」


鋭い眼差しが、死神さんを居抜きます。

邪神討伐は、失敗に終わりました。

帝国の実りの女神は、自分の地位を脅かす先代の実りの女神を亡きものとしたがって、神託を降ろしました。

けれども、蓋を開けてみれば、封じられていました女神は解放され、元気に約定を交わしています。

勇者教推薦の勇者は戦意を喪失して、魔物一匹も退治していません。

どころか、帝国騎士が勇者役を演じる羽目になりました。

密かに口封じされないといいのですが。

先代の実りの女神さまも、慮り約定を決めたのだと思います。


「それより、帝国に直に乗り込んだ方がよいかしら」

「はっ?」

「あら、貴女はわたくしの代弁者にして、聖者に認定するわ。帝国の思惑通りにはしないから、そのつもりでね」

「ちょっと待て。本当に待て」

「いやぁよ。決めたら一直線なんだから。ああ、安心して、部下や役立たずも連れ帰るから」

「安心できるか。おい、本当に自分の話を聴け」


死神さん。

諦めましょう。

基本、神々は地上に生きる民を、思入れし過ぎて暴走します。

私達は、封じられていたにしては、アグレッシブな女神様には逆らいません。

柔らかな光が舞うなかで、死神さんに手を振ります。

頑張ってください。

主導権は死神さんに、あるはずです。

はい。

そう思いたいです。

光が収まりますと、ホールには私達ミラルカ組が残されていました。


「ふむ。どうにかなったな。あれは、ちいと、猪突猛進な癖がある」

「ええと、神子様と呼べばいいのですか?」

「ふむ。賢者、どうであるか」

「おおう。バッチリだ。もういいぞ」


トール君?

天井付近からトール君が天翼を翻して降り立ちました。


「妾の方も限界です。説明は賢者殿に聴いて起きなさい」


いつもの、お母さまの語り口です。

妙に懐かしく思います。


「お母さま、助けてくださり、ありがとうございます」

「娘を守るのは母の務め。大したことはしてはいません。穏やかに、健やかに、暮らしていなさい」

「はい、お母さま」


頬に触れた手の感触が冷たい陶磁器になりました。

神降しが効力を喪ったのです。

倒れかかる人形の肢体をトール君が、慌てずに回収します。


「さて、一件落着したし、フランレティア王宮に戻るか」

「賛成です」

「ん。了承」

「はい、帰ります」


事後報告して、カズバル村を再建したら、ミラルカに帰りましょう。

後、少しです。

でも、なにか忘れている気が、しないでもないのですが。

気のせいかな。

   

ブックマーク登録ありがとうございます。

ま、間違えたぁ~。

教えてくださり、ありがとうございます。

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