第1話
「ここは、何処でしょうか」
私セラフィリナことセーラは、今とても困った状況にあります。
本日は三ヶ月に一度の、神殿でのお務めの日です。
大地母神の長子で豊穣を司どる女神の祝福持ちである私は、神子の装束に着替え儀式に臨む処でした。
白地に金糸で精緻を極めた刺繍が施された、裾の長いロングドレスとベールで全身を覆い隠した衣装に身を包んだ私は、控え室から儀式の間へと転ばないよう気を付けて進んでいました。
その途中軽い地揺れと共に襲われた酩酊感から回復したと思ったら、鬱蒼と木々が生い繁る森の中に建てられた祠跡に一人佇んでいました。
祠は天井が抜け落ち、支柱となる柱も朽ちて、石造りの土台のみが残されています。
永年人の手が入っていないことが、荒れ果てた様を表しています。
いったい、何がどうなったのか。
思い当たるのは、他者による強制転移です。
儀式を妨害し神殿の権威を地に落としたい対抗勢力か、ハーフエルフ種の神子を認めようとしないエーデルトラウト帝国の仕業でしょうか。
はい、私は森の妖精族と、海の妖精族との混血です。
ドレスとベールの中にて、藤を帯びた白金の髪、薄桃と翠玉の色違いの瞳、日に焼けた小麦色の肌をした、外見年歳12・3才程の容姿を隠しています。
勇者教を信仰する帝国は、肌の色が濃いエルフ種を闇の妖精族と呼び、迫害や討伐対象に認定しています。
ですので、帝国とその属国とは極力関わらないよう気を付けていました。
けれども、数年前帝国側に実りの聖女が誕生してから、かの国が版図を拡大していくのを危惧した神殿の総本山たる神国が、秘匿していた格の高い神子の存在を公にしてしまいました。
その結果大陸は、帝国派と神国派とに分かたれてしまったのです。
私は儀式には神子としてお務めしますが、旗頭になる気はありません。
何の為の秘匿だったのか、と両親亡きあと保護者になって下さった保護者様方が、猛然と抗議して詳細な情報は流出はしませんでした。
そして、神子の安全を考慮しない神国のやり方に、後見人様方は拠点を魔王領のフィグネリア大森林に程近い、商人と冒険者の街ミラルカへと移しました。
ミラルカは多種多様な種族が暮らす自治都市で、ハーフエルフも何人か居住していましたから、いい目眩ましとなりました。
神国も直ぐに私を見失い、保護者様方に泣きついてきては、情報管理には徹底して厳しくすると約束して下さいました。
いつまで効果があるか、判りませんが。
その様な事情で一刻も早く、状況把握と保護者様方に安否を知らせなくてはいかけないのです。
「その前に、着替えですね」
密生する木々の隙間からかろうじて届く陽射しが、それほど時間が過ぎていないことを教えてくれます。
昼の1時当たりだと思われます。
森の中は薄暗く、裾が長い衣装では足元が不安定な場所は歩けません。
手早く着替えるとしましょう。
帝国から常に狙われている身ですので、いつ不測の事態が起きてもいいように、対処は充分にしていました。
儀式の際にも唯一外さなかった左腕に着けていた、幅広の精霊銀で創られた腕輪。
重要なのは嵌め込まれている純度の高い魔晶石にあります。
その名も、無限収納。
無機物なら際限無く収納できてしまう、行商人や冒険者が喉から手が出る程求める逸品です。
噂では世に出したら長寿のハーフエルフの私が、一生遊んで暮らせる財産が築けてしまう位の価値があるそうです。
聴いてしまった瞬間に怖くなり、慌てて放り投げてしまい、保護者様方を随分と怒らせてしまいましたのは、いい思い出です。
勿論盗難避けに所有者登録してありますので、万が一盗まれても手元に戻ってきますし、私にしか扱えません。
現在では使い方さえ間違えなければ、なくてはならない大切な装備品です。
(アイテムリスト)
本人確認の為に念じながら魔晶石に魔力を流します。
すると半透明の情報板が目の前に浮かび上がり、リスト表が表示されました。このリスト表は所有者にしか見えない様に設定されています。
見覚えのない場所に強制転移してくれた誰かに出会わないよう、あまり時間を掛けないようにしなくてはいけませんね。