『天候・芋降る日』 作者 crow
芋。芋。芋。右も左も。前も後ろも、見渡す限り芋しかない。足元には芋が散らばり、空からは芋が降って来る。しかもそれは一種類ではなく、タロイモ、サツマイモ、ジャガイモ、多分芋であろう根菜がぼろぼろと。
たかが芋、されど芋。雨とは比べ物にならない質量が天から降って来るならその破壊力は、直撃を受ければ痛いでは済まない。開いた傘はぼんぼんと耳に快い音を響かせるが、地面に落ちた芋はグシャリと耳障りな音を響かせる。おまけに持ち続ける取っ手には質量相応の衝撃が襲うし、そろそろ手放したくなる。しかし手放せばどうなるかは、ついさっきまで談笑していた友人だったものが教えてくれた。
降水確率20%、その数字と空模様を見て雨は降らないと踏んだ彼は、傘を持ってこず、雨と共に落ちてきた芋の直撃を頭にもらい、そのまま意識を失って倒れ。そして本格的に降り注いできた芋の雨に全身を打たれ……生きているだろうか。生きていると願いたい。赤の他人ならいざ知らず、親友の死因が芋の雨による全身打撲なんて、おかしすぎる死因だがあまり笑えない。
そして私もなかなか運が悪い。芋の雨が降り注ぐこの場所は建物のない平地。ちょいと散歩にと歩いてに十分ほどのコンビニまで出かけたはいいものの、そこまでは建物らしい建物が一切ない。歩けば残り10分といらずに辿り着ける距離でも、目的地までびっしり敷き詰められた芋屑が足取りを遅くさせる。ただの雨であれば気にせず進むのだが、芋だ。不均一な形に砕けたそれの上を不用意に走れば確実にすっころび、芋に埋もれた友人と同じく全身打撲でお陀仏だろう……しまった、死んでないと思いたいのに死んでると決めつけてしまった。すまない友よ、私にできるのは死後の安らぎを祈ることだけだ。
普段の食事に大いに役立つ芋。どんな種類であっても私は大好きだった。煮物に、揚げ物に、炒め物に。どんな料理にも合い、時には主食にもなる芋。それが凶器として空から降って来る狂気的な事態にもなれば、評価は反転する。今私は、芋が大嫌いだ。
しかし、なぜこんな事態になったのか。考えるまでもなく思い当たった。似たような例は、世界でいくつも報告されている。ファフロツキーズ、だったか。空から魚が降って来たとかいう。これは魚がイモになっただけで、まさにそれだろう。原因は、竜巻というのが主な論だが。
どこかの畑で竜巻が起きて、それがこの場に降ってきた。私たちと同じく不幸な畑の主に同情する。理不尽な自然現象によって作物が台無しになり、多大な損害を被った挙句、一切非がないにも関わらず私含む心無い人々により理不尽な叱責を受けることになるのだから。それともその前に首をくくるだろうか。死なれては困る、死なれたらこの胸に湧いた苛立ちをどこへぶつければよいのだ。
芋か。足元に隙間なく転がるこの芋にぶつければいいのか。砕けた芋のかけらに、さらに足を振り下ろす。
グシャッ
物言わぬ野菜に当たっても空しくなるだけだ。それに食べ物で遊ぶのは良くない。ゆっくり帰ろう、友人の二の轍を踏まぬように。
そして、いつもの三倍ほど時間をかけて帰宅。丁度午後三時、おやつの時間だったのか、食欲をそそる香りが家の奥から漂ってくる。大きく「ただいま」と声をかけると、「おかえりなさい! ポテトが揚がってるよ!」と母が元気に返事をしてくれた。
フライドポテト。ああ、私の好物だ。これはうれしいな。
「ところで、一緒に出掛けたお友達は?」
「多分生きてる」
「あらそう」
それにしても、やはり芋はいいものだと思う。こうして揚げたての芋に塩を振って食べれば、嫌な感情など一瞬で吹き飛んでしまうのだから。芋が大嫌い? はて何のことやら。私にはさっぱりわかりませぬ。
自室にこもってネット小説を読んでいたら、午後五時を知らせるサイレンと共に、来客を知らせるベルが鳴った。あまり来客がない我が家で、この時間に人が来るとしたら宅配便くらいだが、私は通販でなにか頼んだ覚えはない。とすれば母だろうか。
まあ、とりあえず出てみよう。スマートフォンをベッドに投げだし、部屋から出て、階段を下りて玄関へ。ドアスコープで誰が来たのかを見て、驚いた。
来客は、死んだと思っていた友人だ。雨の中地面に倒れていたせいで服が濡れ、泥で汚れているが、それが何よりの証拠。
「今開ける」
田舎だから、人が居るから、と基本我が家は鍵をかけていない。だから、ドアを開くだけで、彼を招き入れられる……のだけど、今日だけは、なぜか鍵がかかっていた。ガチャリ、とノブを回した。けれどドアは開かない。
ああ、鍵がかかっていたか。そう思って、手をノブから外すと。
「あ゛ア゛あぁぁぁけぇてえええ!」
ガチャガチャガチャ。ドンドンドンドン。狂ったようにうめき声をあげ、狂ったようにドアノブを回し、狂ったようにドアを叩き始めるる私の友人。心臓が跳ね上がる、跳ねたのは心臓だけでなく体もで、思考ではなく反射でその場を飛びのいた。
「な、なな、何事……!?」
悪ふざけにしては性質が悪い。そんなに強く叩いたら、うちはボロ家なんだから……――ベキッ――あ、穴が空いた。後で修理費請求しなきゃ。親しき中にも礼儀ありって言うよね。いくら親しい友人でも、家を壊されたら弁償してもらわなきゃね。
いや違う、そんなことを考えてる場合ではない。じゃあどんなことを考えるべき? よし、まずはそれから考えよう。
そのためには状況整理だ。
ここはどこ? 私はだあれ?
ここは愛しのマイホーム。私はさえない女子高生。どのくらい冴えないかというと、年齢=恋人いない歴。OK普通だ。
じゃあ、ドアの穴から中を覗くのは誰? というか覗いてるの、アレ。見えてるの、アレ。目がある部分からジャガイモの芽みたいなのが生えてるし。目じゃなくて触覚なの? というかそもそもこれは現実?
ほっぺをつねる。痛い。現実だ。
馬鹿な一人芝居をやっている間にも、ドアの破壊は少しずつ進行中。木の破片が散ってちょっと痛い。未だにどうするべきかは決まらない。しかし戸惑う間に脅威は少しずつ壁を壊して、私の聖域に乗り込むまであと少しでいる。
どうしよう、どうしよう。とりあえず目の前をぶらぶらする芋の芽が目障りなので(「め」だけに)、顔を突っ込んできたところを狙い両手で芽を掴み、引っこ抜く。
「ぎぃいぁぁぁぁぁ」
引っこ抜いたら、芽にくっついていたのは目玉じゃなくて芋だった。地じゃなくて、血にぬれた芋。でも、目の前の友人、だったものは人ならざる悲鳴を上げながら目を抑え、手の隙間からは血を流している。芋は切ったらでんぷんで白い液が出るけど、血液はちゃんと人間のものらしい。
なんだろう、血を見たせいか、ものすごく罪悪感。でも気にする必要はないよね、相手は人の家を壊すようなヒトデナシだし。うん、大丈夫大丈夫。根拠はないけど大丈夫。
友人だったものは、ひとしきりもがいた後家の外で倒れて動かなくなった。死んでしまったんだろうか。死んでしまったのだろうね。うん、でも私が殺したんじゃない、最初に芋の雨に打たれて全身打撲で死んだ。
ここに来たのは、助けなかった私を恨んでいるから、だろうか。って、んな非科学的な話があるかい。だいたい目から芋の芽をはやす幽霊なんて聞いたことがないわボケ。ホラー漫画で寄生虫が目からうにょんうにょんしてるのは見たことあるけどさ。
十秒ほど動かなくなった友人を観察して、ドアを開く。なんとなく気になったのだ、背中がどうなっているかが。仰向けにひっくり返った友人を、うつ伏せに。そして、息をのむ。
「なんてこと」
友人の背にはびっしりと芋が張り付き、根を張って、血がにじんでいた。芋は植物らしくなく、一個一個が心臓のように脈動し、その度にわずかずつ大きくなっているように見えた。実はこれは、芋ではなく芋に擬態した何かほかの生物だとしたら。
どこかで悲鳴が聞こえた。私は怖くなって、扉を閉めた。