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『にくにくしい?』 作者 凪狐

URL https://mypage.syosetu.com/698067


 その時は突然やって来た。じゃがいもは、薄暗い場所から光溢れる眩い世界へ。木で造られたステージへと連れ出された。

 いいや、彼だけではなかった。

 ゴロゴロと乱雑に、それでいて労るように他のモノ達も。

 彼がそんな矛盾した気持ちを持ったのは、ありのままの現実を受け止めきれなかったからだ。


「……何が、何が起きている!」

「そんな事、分かるか!」

「誰か……誰か助けて!」

「俺達は、一体どうなってしま……うわあぁぁぁぁっ!?」


 彼らは訳が分からないままに体を掴まれると皮を剥かれ、銀の輝きを放つものでその身を抉られる。


「ぐがぁぁぁっ!?」


 そして、文字通り身を切り裂かれる。彼を真っ二つにした(やいば)は、彼に恨みがあるのだろうか。もう一度その身を垂直に下ろした。

 四つに切り裂かれた彼は激痛により意識が朦朧とした状態。だがそんな事はお構いなしにと、流れるような動きで流れ落ちる滝の中に入れられる。


 今しがた皮を剥かれその身がバラバラになり、滝のような水圧を受ける彼は――


「くっ、染みる……だが、なんだ。この感覚は……!?」


 ――彼は、痛み以上の快感に戸惑いを隠せなかった。

 水は、彼の人生で程々の量があれば生きていける程度のものだった。

 しかし、なんだ。この激流を受ける事による未知の快感は。


「おい、大丈夫か!?」


 木のステージから彼を心配する声が聞こえる。

 若い声だ。彼は四つに別れた体の意識を束ねて一つとすると、渋いハスキーボイスで答えた。


「……意外と、イケる」

「アイツはもうダメだ……!」


 彼にとって、それは不本意な評価だった。だが、それでも抗えない程の快感に彼は嘘を吐くことが出来ないのも、また事実だったのだ。


 そうこうしている内にも一人。また一人と皮を剥かれて悲鳴をあげて。そうして彼が浸る快楽の滝坪に落とされる。


「こんな屈辱を……なのにこんな快感に……何故だ!?」

「悔しい……でも、感じちゃう!」


 残された一人は恐怖を感じていた。それはくしくも、始めに彼を心配したモノだった。若い、と言えどその体は他のモノ達とも引けを取らないほどに鍛え上げられていた。


 その彼が。


 ついさっき出会ったばかりだと言うのに感じた仲間意識は、呆気なく崩れさり、今にも逃げたくなった。

 しかし、彼は逃げることを許されなかった。

 目を背けると、そこには茶色くも透き通った皮。だが、彼等とは違う皮。


 足がすくんだ。彼は自分の運命を悟ったからだ。

 と、同時に自分はこれからどのように弄ばれるのかが楽しみになった。


 思えば、暗い地の生まれだった。来る日も来る日も、決して自身は日の光を浴びる事なく、与えられるものを食らい尽くしていく日々だった。

 そんな生活が二、三ヶ月程続いた頃だったか。その日も暖かくも暗い部屋でその身を肥やしていた。だが、少し日が昇り出したと言うところで無理矢理その身を暗い部屋から引きずり出された。


 凛と澄んで吐く息は白くその身を寒さで震わせた。彼にとっては体感した事のない経験だった。

 それでも彼はそんな体感なんかよりも、暖かい部屋にいつまでも閉じ籠っていたかった。

 そんな考えなど嘲笑うかのように、あれまあれまと言う内に、周りのモノ達と同じ部屋に連れ込まれた。


 ああ、暖かい……。


 彼は。彼等は、その身を寄せあって静かに意識を手放した。



「っがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 

 走馬灯が駆け巡っていた。懐かしい記憶。時間はあまり経ってはいなかったとしても、彼にとって生命の大半を占めた暗い部屋の生活は、決して忘れられないものだったのだ。


 抉られる。切られる。その流れでハスキーボイスの彼が居る、水の中へとダイビング。


「アッーーーー!」


 彼は二回目となる身震いを、絶叫と共に響かせた。



 しばらくした後に、彼等は心地よい快感からその身を苦痛と言う真逆の刺激にさらされる事になる。

 ジューと黒いステージは大きなお椀型。下から業火で熱され、油がパチパチと弾けている。その中には彼等と同様の形に切られたオレンジ色の体ニンジンが悲鳴をあげている。

 皆が皆、ここから今すぐにでも逃げ出したかった。

 しかしここでも逃げられない。


 罠にかけられていたのだ。


 さっきまでは水の浮力に身を任せ漂っていたが、気付けば網の中に居た。

 各々は悲鳴をあげている。

 だが非情にもその悲鳴は届かずに、熱せられた黒のステージに踊らされる事になった。


「助けてくれぇぇぇ!」


 誰もがそう叫んだ。


 お椀型のステージでは逃げることも許されず、更には火傷しそうな油が跳ねてはその身に襲いかかる。地獄だった。

 だが、彼等にとっての地獄は、まだ序章に過ぎなかったのだ。


「うおぉぉぉぉっ!」


 彼等が居るステージに、新たな生け贄(玉ねぎ)が宙から落ちてきた。

 その身は白く、細かった。美しい。そう思ったほどだ。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 だが、その美しさも次の瞬間には恐怖に変わった。分かれたのだ。その白く細く美しい体が。

 彼等はついさっき、皮を剥かれて切られた時の痛みを思い出した。それを思い出したと同時に、その傷口が油に触れて、鉄板に触れて焼き色がついてくる。


 そうこうしている内に、次に落ちてきたのはゴロゴロとした肉塊(牛肉)だ。生々しいピンク色に程よく脂身がのったそれは、彼等よりも長い月日をかけて成熟されたものだと分かる。


 痛みすら感じなくなってきた頃に、その身の何倍もある木のヘラが彼等をかき混ぜる。

 痛い。その言葉が出てこなかった。それどころか、もはや何も感じられなかった。


 意識が混濁としてきていたのだ。


 そこに、さっきとは違う、甘じょっぱい水が流れてきた。

 混濁とした意識は、その冷たさをもってまたしても現実へと引き戻した。


「もう……もう、やめてくれ……!」


 力を振り絞ったハスキーボイスが、その壮絶さを物語っていた。

 ボロボロながらも形をとどめているその身が。砂漠をさ迷いオアシスを探し求める者のように体から水気が飛んだその身が、注ぎ込まれた甘い水をどんどんと蓄える。


「あっ……あっ……!」

「うめぇ。うめぇ」

「こんな旨い水なんて、初めてだ!」


 気付けばその身に収まりきらない程の水を飲もうとしていた。無意識だった。だからこそ、気付かなかった。


 グツグツ。グツグツ。


 少し冷たかった水は、やがて湯気をたてていた。沸騰していたのだ。

 だがひょんな事に苦痛はなかった。もう、そんな事を感じる神経など、無かったのだ。

 それを手放しで喜ぶ事が出来たのは彼等にとって幸福な事だったのだろう。

 体から毒素灰汁が抜けていく。デトックス、と言うやつか。ハスキーボイスな彼は不敵に微笑んだ。


 水面に浮かんだ毒素が取られると、白い触手しらたきが静かに入れられた。ポチャンと言う音と共に。

 そうして再びかき混ぜられた。触手が体に絡み付く――なんて事はなく、お湯の中を流れにのって泳ぐ。


 痛覚が遮断された彼等に感じられるのは、快感。

 その身をその感覚に任して眠りに落ちていく。明るい空は、何かによって覆われて、もう何も思う事など、なくなったのだ。



「さて、これで煮詰めればいいかな」

「ただいまー! お母さん、今日のごはんなーに?」


 黒いランドセルを背負った子供が、とてとてと走る。

 その先には白いエプロンを身に付けた女性。笑って答えた。


「おかえり。今日は肉じゃがよ。さ、手を洗ったら宿題終わらせて来なさい。お父さんとお姉ちゃんが帰って来たらみんなで食べようか」

「うん!」


 その夜。彼等は少年らによって残さず美味しく食べられた。彩りよく盛り付けられた肉じゃがは既に綺麗に無くなっていた。


 お腹一杯になって笑いあう四人。

 仕事でくたびれた様子ながらも、優しい笑みを浮かべる父親。そんな夫を見詰め、そして二人の子供を見守る母親。中学生という多感な時期ながらも好物につられた少女。そんな姉同様に肉じゃがが好物で無邪気に笑う少年。そんな家族の供養の言葉はたった一つ。


「ごちそうさまでした」




 完。

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