『そして全ては芋になる』 作者 えくぼ
一言
祈れよ人類
芋は万物の霊長にして、万能である。
芋を栽培しているのではない。芋が栽培させていて、芋を栽培させてもらっているのだ。
ひれ伏せ!全ては芋の名のもとに!
魔物が現れた。
二足歩行の獣の姿をしており、不気味な鳴き声と共に食らいつこうと襲いかかってくる。飛びかかってきたそれを男が盾で食い止めた。
攻撃は防いだ。だが勢いと力は拮抗した。瞬間、その横から鋼の刃が首を刈り取る。木の枝でもはらうかのように滑らかな剣の軌跡を血飛沫が追いかけた。
仲間が死んだことで、さらに牙と怒りをむき出しにした魔物たち。
体勢が崩れたことで、持ち直そうと試みる前衛二人、それを支えんとする後衛二人。
今まさに攻防が決定付けられようとしていた。
「下がって!」
呪文の詠唱を終えた魔法使いが、両手を前にかざす。詠唱は光によって構築され、彼女の周りへと具現化する。手の前に魔力が渦巻き、炎が生まれる。
炎は意思を持つかのように広がり、伸びて魔物たちを焼いた。
魔物たちは慣れぬ痛みに苦悶の叫びをあげた。鋭い爪が今ばかりは苦痛から逃れるための自傷行為に使われる。魔物の爪が自身の顔にくい込み、鮮血と肉の焦げる匂いが広がった。
「よし!」
小さめの盾をもった戦士によって、一刀両断。肩からばっさりと切り捨てられ、燃えながら地へと倒れる。
「大丈夫だった? バレイ」
「なんともねーよ」
男二人が声をかけ合い、片手を打ち合わせる。
「みなさん、お怪我はありませんか?」
「いーのよキャサ。あんなのか擦り傷よ。ねえ、ハッシュ?」
「まあね」
「おうよ」
前衛を気にかけるのは、治癒術師の女だった。白を基調とした儀礼用かと見紛う服に、金の装飾品を身につけている。手には空色の宝石をあしらったルーンスタッフを握りしめていた。
一方、ローブをまとい、帽子をかぶった魔法使い――ヤムは軽く流した。手には魔法陣の刻まれたガントレットをつけている。
それでもなお、キャサと呼ばれた彼女は杖をきゅうと握りしめた。
心配性な回復役を安心させようと、爽やかにそして強気に笑いかける。
「それに、こんな敵に手こずるようでは魔王を倒せないからね」
背にたなびく青いマント、その中央に刻まれた紋章の意味は『第一級神託認定者』――国と、教会が勇者と認めた証だ。
魔王を倒すための旅。
そう聞くと世の人々は、艱難辛苦が待ち受けるようなものを想像しがちだ。
だが彼らの旅は他の旅人とそう大きく変わりはない。人よりも魔物相手の戦いに優れているだけで、日が暮れると火を炊き、街があれば寄って、そうして休みをとりながらの旅路である。
そんな彼らに、決定的に違うことがあるとするならば――
「お疲れ様、芋神様」
「いつも私たちを見守りいただきありがとうございます」
そう、この存在である。
どういう理屈か、カバンの中からどういう飛び出して空中に浮かんでいるのは、どう見ても……ジャガイモであった。
無言でくるりと円を描き、労うように震えた。
「私たちの実力だって? まあね! 私たちも強くなってきたんじゃないかしら!」
「油断大敵だぞ、メイ」
「いや、そうは言うがハッシュ。あの魔物は確か三等級だったはずだ」
等級。それは人類において敵性生物の危険度を表す指標である。その中でも三等級というのは一体相手に、正規の訓練を受けた兵士の小隊が出てくる危険度だ。
言われて気がつく。それをたった四人で危なげなく討伐し、平然としていたことに。
しかしそれは強くなったということであり、あっさりと受け入れて流してしまう。
「ああ、お疲れ芋神様。いつもポケットの中でごめんね」
「人々を驚かせてはならないという心遣い、まことに嬉しく存じます。せめて、人里離れた道であれば出ても良いのではありませんか?」
「そうね、あんたも立派に旅の仲間なんだから」
「ちっと申し訳ねえか」
四人が皆、当たり前のように芋に話しかける。
それどころか敬意と好意をもって、気遣い、仲間として受け入れていた。
「やはりそのお体は芋なのでしょうか?」
四人が視線を向けるその芋は、芋神様、と呼ばれていた。
そう、このジャガイモこそがハッシュを勇者であると人々が認定するに至った「神託」と呼ばれる高位の存在の言葉を伝える依り代である。
そして同時に、彼らの旅路を助ける道標のような存在でもあった。
装備品と手持ち品以外の大きな持ち物を収納し、大まかな方角を指し示す。彼らの強さを正確に把握して逐一教え、そうやって彼らを導いてきた。
もともと、祭壇に祀られ教会や国の上層部のみが接触できていたような相手であり、最初はぎこちなかった彼ら四人も今ではすっかり慣れてこの通りである。
そのように重要な地位を占めていたこの芋が外に出られたのは大きく分けて二つの理由があった。
一つは、直接そうしたいと本芋からの言葉があったから。
二つは、本体を祭壇に、分身を増やしたことでこちらがどうなっても大丈夫だからということであった。
それに、勇者たる彼らが死ぬ恐れを思えば保険としては十分その必要性はあった。
分身が話したことは未だない。
「俺らは気楽でいいけどさ、魔王を倒すなんつー重要な使命に俺ら四人でいいのか?」
「さあね。教会には教会の考えがあるのかも」
焚き火を前に芋を持つ様はどう見ても今から焼きそうなものではあるが、彼らは間違ってもそんなことはしない。
ただ、何気ないその疑問に芋は抗議をするかのようにブルブルと震える。
「芋神様が頼んだって?」
「どういうこと? あんたのせいで私たちが苦労してるってこと?」
「いや、違うんじゃないかな。勇者とその仲間しか魔王を倒せない。ということは、僕らが未熟なうちに兵士さんに頼ってちゃダメだってことだよ」
「……どうかな」
「どうしました? バレイさん」
「いや、俺たちが強くなりすぎる、っつーことはねえか?」
「そんなことが……」
「ほらよ、さっきの魔物が三等級っつーことはよ、俺たちは一体で一個小隊を相手にできるバケモノをたった四人で三匹も倒したってことになる」
「そういえば、芋神様の加護を受けた者は魔物を倒すとその強さの一部を引き継ぐように強くなる、と聞いたことがあります」
「つまり……兵士さんが僕達についてこれなくなる、ってこと?」
確かにそうだった。
人では辿り着けない強さにやすやすと辿り着いてしまっている。先程流してしまった微かな違和感は、彼らの中にふとよぎる。
しかし、四人にとってそれの何が悪いというのか。魔物を倒して感謝され、敵を倒すための力がつく。自分たちが信じる神の、その神託が保証しているのだ。
故に彼らは気づかない。
芋神が彼らに何も教えぬままに旅が始まり、続いているその違和感に。
◇
ハッシュたちの旅は野をこえ山をこえ、国を渡って続けられた。各地で人々を助け、人に仇なす魔物を討伐しながらその名声を高めていった。
勇者一行がある街についた時、人々は緊張に包まれていた。
「どうされたのですか?」
ハッシュが街の人へと問いかけた。
話しかけられた老人は一度肩をびくりと震わせたが、声をかけたのがハッシュと見るやその警戒を僅かに緩めた。
「旅の者か。悪いことは言わぬ。すぐに出ていくと良い……」
勇者は、見逃せぬとばかりに話を聞き出した。
どうやらここには定期的に下級魔族が来るらしい。
そのたびに、街の代表の話をさせろ、と要求してくるのだと言う。
街の代表を洗脳して街を乗っとるのだとか、殺して混乱に陥らせようとしているのだとか、そのような噂がまことしやかに囁かれており、人々は頑なに代表はいないと言い張っているが、そろそろ限界が来るのではないか、と。
そしてその魔族が来る日が今日だという。
勇者一行は老人の忠告を無視して、街へと残った。
下級魔族の登場を待ったのだ。
そして現れる魔族。
街の人々は険しい顔つきでその魔族を迎えた。
「久しぶりです、皆様。代表の方を出していただけませんか?」
その言葉に人々はやはりいないと答える。
代表は、私が出ていくと主張しているのを、この日はいつも周りの人々に止められて監禁されている。
今頃屋敷で騒いでいることだろう。
「貴様を待っていた、魔族よ」
勇者が名乗りをあげた。
街の人々から注目が集まる。
勇者はそれを気にもとめず、自らの聖剣をすらりと抜いた。
美しい刃の輝きと、覚悟を決めた立ち姿に人々は疑問や抗議の声すら忘れて見入った。
「俺らも忘れんなよ」
一人、先走りかける勇者の肩を軽く掴み、隣へと戦士が並び立つ。
後衛二人はその背後で構えている。
「戦うつもりは無いのですが――」
「問答無用!」
魔族は人を惑わすとされている。
美しい容姿であったり、甘い言葉で堕落させて意のままに操ってしまう、と。
故に一度魔族に出会ってしまえば、相手の言い分を聞かぬことこそが大切だ、と教えられる。
芋神の神託により敵とされ、変わることのないその一つの意識。勇者たちは当然、魔族の言葉を無視する。
羽を広げて飛び立つかと思いきや、逆に勇者の元へと突っ込んでくる。
勇者は驚き、怯みかけるもすぐに持ち直し、剣を交えようと突き出した。
交錯する瞬間、魔族はその耳元で囁いた。
「その強さ……あなたが勇者、ですか。私の主が会いたいとのことです。是非城まで来てもらいたい。明日、迎えを寄越します」
それだけいうと、剣をもろに体で受けた。
剣はそのまま魔族の肉体をすり抜け、魔族の肉体は塩へと変化して二つに分かれ、その後崩れて消えた。
「やったじゃない!」
「いいや……逃げられた」
まるで強さが見えなかった相手に、歯がゆい思いをした勇者は塩だらけの手のひらを強く握りしめた。
◇
魔王は魔王城にいる。
その城を魔族が警備している。魔族は身分が上級、中級、下級に、さらに細かく分けて全てで九つに分けられる。その上に魔王がいる。人々が知るのは概ね三つの区分までであるが、街の人々へと訪れることを告げたのは上級魔族であるという。
勇者たちは驚き、そして同時に使命感に燃えた。
魔王とは、魔物を生み出した邪悪なる存在であるとしている。代々その一族には魔物を統制する力を持つ存在が生まれ、そうでなかった者が一人特別なる魔王を守護する役目を持っている。そのように聖書により綴られている。
魔王に辿り着くまでの一つの壁として、魔族との戦いは避けられない。
ならば、ここで戦うのもまた運命なのではないか、と。
人々は勇者を歓待しようとした。その際、魔族を追い払うどころか、討ち滅ぼしたと称えた。
勇者はそれを否定しなかった。
歓待を受け、その席で人より話を集めたのだ。
何故なら、彼の中でその魔族は滅ぼすことが決まっていたからだ。わざわざ不安を煽ることを言わなくてもいいだろう。相手の狙いはどうやら自分たちらしい、と。
そして次の日、魔族が現れる場所で待ち構えた。
上級魔族よりも先に、中級魔族と下級魔族の集団が人間に話を通しにくるという。
そこを順番に迎え撃つ作戦だった。
計画そのものはうまくいった。下級魔族は見事に打ち倒し、次は中級魔族がやってくるという。
しかし、次に現れた中級魔族たった八人に見事に苦戦していた。
勇者は、甘かった。
理想を見て旅をして、それが叶えられるだけの物理的な力を得てしまっていた。敵であれば倒してきた。味方であれば守れていた。
だから、魔族の力を甘く見ていた。
本来ならば狙われるはずの無い魔法使いのメイが真っ先に打ち倒される。魔法詠唱の隙を狙われた。緩慢にも見える動作だが、後衛の彼女には避ける術もない攻撃。吹き飛ばされた彼女は強かに背中を打ち付ける。
自らを無視して、虚を突かれて仲間を先にやられた事で激怒した戦士バレイが次にやられた。取り囲まれて、不利な状況へと持ち込まれた。
その間、補助を行おうとしていた治癒術師キャサは阻害のために呪文を細かく打ち込まれ、それを勇者が防ぎつつ攻めるという構図であった。
だが仲間が二人やられ、もはや勇者は防戦一方になってしまう。
「このままでは……」
「神よ……お助けください……!!」
最後の要たる勇者が叩きつけられて気を失う。
脳裏に浮かぶのは敗北の二文字。その絶望に、最後に残された治癒術師が無我夢中で叫びを上げようとした。
その時のことである。
カバンの中にしまいこまれていたジャガイモが飛び出して、地面に落ちた。
一瞬の出来事に何が起きたのかもわからず、キャサは呆然として芋神を見た。かくん、とキャサの体から力が失われる。これにより勇者一行は誰一人として意識を残した者がおらず、全滅と呼べる窮地に追い込まれた。
そのように、見えた。
魔法陣が形成される。漆黒に紫の光が走り、闇が現れる。歪な歯を噛み合わせたようなものが地面に生まれた。
ぎぎぎぎ、と立て付けの悪い扉を開けるような音があたりに響く。歪な口から現れたのは棺桶だった。蓋の外側には十字架のほどこされた、人一人がまるまる入る巨大な棺桶が四つ。蓋がひとりでに開き、中から黒洞々たる深淵の腕が飛び出して来る。意思を持ち、一つの棺につき勇者一行の一人を中へと引きずり込む。四人がその中へと消え、蓋は乱暴に閉まった。わずか二秒にも満たぬ間の出来事である。
「なんだ……あれは……!」
魔族は決して油断しなかった。
注意深くその動向を観察し、見落とさぬように見つめ続けていた。
しかし誰が予想できようか。
地面に落ちた芋がぶるぶると震えだし、地面に半分ほど埋まるなどと。
ぼこり、ぼこりと増えたかと思うとその芋から放射状に根が伸び、網のように彼らを捕らえるなどと、誰が予想できただろうか。
たとえ予想できたとしても避けることの出来ない、無数の根にある者は捕えられ、ある者は貫かれた。
「燃やせ!」
「逃げろ!」
避けたもの、切り払って逃れたものには次の魔手が伸びる。そうやって追撃の嵐が繰り返され、指示を出す暇もなく追い詰められていく。
魔法で燃やそうとも、剣で断ち切ろうと無限に増えて一帯を埋め尽くしていく。気がつけば、あたり一面が芋畑のようになっていた。
「ひいっ……や、やめっ!」
死への恐怖から怯えて命乞いをしようとした魔族の口に芋が詰め込まれた。瞬間、その魔族は物言わぬ死体となり、白目をむいた。
次々と地面に引きずり倒され、悲鳴が一瞬聞こえてはすぐに聞こえなくなる。死への恐怖がないと言われる魔族が、情けない姿で逃げ惑う。芋は四肢の自由を奪い、身体の中へと入り込んでいく。
蹂躙劇は永遠と続くかと思われたが、そのような事はなかった。
百を数えるまでもなく、音がしなくなったのだ。
その光景は惨状の一言に尽きた。
魔族と呼ばれた彼らは一人残らず息絶えており、その肉体は植物の触手のようなツルにより雁字搦めにされていた。穴を穿たれ、侵食され、弄ばれた亡骸を弔う者は誰もいない。ただ苦悶に満ちた表情で助けを求めて手を伸ばしている。
ただ芋だけがそこにはあった。
だがその静寂を打ち破る者がいた。
遥か彼方、魔王城と人が呼ぶ城から一人の援軍がやってきた。本来、あの街へと訪れるはずだった上級魔族である。
巨大な翼を悠々と広げて、大空の支配者が如く振舞っていた。
音も無くその惨劇の跡に降り立つと、ぐるりと見渡してその中に芋神を見つける。
そして一度目をとじて、開いたあと――
「出てこい、悪魔よ」
忌々しげにそう呼びかけたのであった。
◇
大天使が悪魔を睨みつけた。
そのガラス細工のような透明感のある美しい顔を、嫌悪感に歪ませて吐き捨てる。
けたけたけたと、笑い声がした。一つではない、芋畑になってしまったそこら中から一斉に聴こえてくる。禍々しくも、けたたましい嘲笑である。
芋は芋のままに、先程までの殺戮の名残をさらに強めた。
「やはり、貴様が関わっていたか、アマイモン」
芋の中で嗤うのはアマイモン。
北方を支配した、地を司る大悪魔である。
「芋だぞ、気がつけよ」
「その作物が悪魔の作物と呼ばれたのは遥か昔の話だ。先人たちの奮闘により、もはやその作物は救世主とさえ呼ばれていたはず」
「だから楽だったぜ? 芋が喋りだしたら、神の化身だのなんだのと。俺が奴らを倒せと言えば、それを神託のように信じ込んだ」
芋が自身で火を生んだ。我が身を焼きつつ、その中で笑い続ける。
そしてそのままかじりつつ、皮肉げに笑った。共喰いであった。芋が芋を齧り、喰らいあい、その数を減らす。
悪魔アマイモンはかつて一度、神との闘争に負けた。
しかしそれにより神は大きく力を失い、そして地上へと引きずり下ろされた。
悪魔は依代に芋を使い、人々を唆した。地上にいる神を魔物を生み出した邪悪なる存在――魔王である、と。
決して全てが嘘ではない。今城にいる神は、造物主であり、人も作ったという点を教えなかっただけで。
神の力は信仰によって決定される。信仰が高ければ高いほどに、力は増大する。つまり魔王として恐れられ、敵対視された神はいつまでたってもその力を取り戻すこと叶わず、地上へと縛り付けられた。
「傑作だ! なんつう皮肉だ! 人を作り出した造物主、その高貴なる身が地に縛られて魔族と蔑まれ、こうして人と話をしようとする度に殺し合いになろうとは!」
「よくも我らを……!」
そういう彼の翼は、純白であった。
魔族と呼ばれてはいるが、本来は天使という存在である。地に縛り付けられた自らの主を守り、助けるために今も共に地にある。城を守護する大天使だ。
人々はその白い羽をして、魔族の邪悪なる翼だと口を揃える。それらは全て、悪魔アマイモンの所業であった。
「その人間たちは……」
「なあに、てめえに会わせるにはまだ早いみたいだ。ちょっと連れて帰るさ。出直しだな」
「入れ込んでいるものだ。貴様とあろうものが」
「自分でやりゃあ早いのをバレねえためだけにちまちまこいつらに力注いで育てるのも大変なんだぞ?」
悪魔は適性のある人に力を与え、魂の道を繋ぐことで眷属を作り出した。
他の命を奪うほどに、その魂を取り込む。取り込むほどにその肉体は人から離れて強くなっていく。そのように作り替えたと言ってもいい。
もともと魂により契約を結ぶのが悪魔だとすれば、その力もまた悪魔のそれにほかならない。
そして命を奪う罪悪感を、神の言葉で上書きして誤魔化し、麻痺させる。
それは全て、目立つうちに総軍勢を送り込まれて滅ぼされない為だ。人を隠れ蓑に、少しずつ力を奪い、弱ったところを歪に力を注いだ人の手によって殺させる。神殺しの英雄譚の出来上がりだ。
神を殺すのに数は意味を成さない。
アマイモンが目指すは最高傑作のみ。
言葉から、その仕組みを理解してしまった上級天使は一言、反吐が出るな、と吐き捨てた。
「貴様、無事に帰れるとでも?」
「おいおい、勘違いすんなよ。俺が見逃してやってんだぜ。たかが天使ごときが俺を相手に勝てるなんて思っちゃいないだろ?」
「いや、貴様こそ足でまといの棺を抱えて其の姿で力が出せるとでも?」
「それでも負けるつもりはねーよ」
両者はしばし睨み合う。
「はっ……やめておこう。私も確実に仕留められるとは限らない。ここで消えては貴様を消す機会が無くなる。帰って主に告げることを優先しよう」
諦めた上級天使。
それほどまでに両者の間には実力差があった。
「いい子ちゃんなこって」
緊張がとけ、天使は天へと羽ばたく。
悪魔はジャガイモの姿のまま、ズルズルと棺桶を無言で引きずっていった。
死体には、花が咲いていた。
◇
人々は驚いた。
教会に届けられた棺桶。それを開けると、ありとあらゆる魔物を一蹴し、ものともしない生ける伝説がそこにはいたのだから。死んでいるのかとさえ危ぶまれた彼らは命に別状はなく、しばらく教会の寝室にて寝かされていた。
勇者たちが全員目を覚ましたのは、二日後の朝だった。
最初にハッシュが、次にキャサが。二人は互いの無事を確認し、そしてバレイとメイを探しにいった。
全員が無事であるとわかり、喜びそして訝しんだ。
「なあ、あの時俺たちは死んだんじゃねえのか?」
バレイが真っ先にその疑問を口にした。
魔法は神の力を行使すると言われる。故に魔法使いや聖職者、術師に属する者は信心深いものが多い。
しかし戦士はその対極で、神の力を行使しないからこそこうして懐疑的な者が多くなる。
「でも生きてるよ?」
「棺桶に入って届けられたと聞きますが……」
「聞いたことがある。勇者の加護を受けたものは死ぬことはなく、そのようなことがあれば訪れたことのある教会にて目を覚ます、と……」
「もしかして……」
四人は黙って旅の仲間である芋を見た。
芋は答えることなく無言でふるふると震えたのであった。
その姿は、あまりにもいつもと変わらなかった。




