『ジャガイモ警察に絡まれたとき、作者はどう思考すればいいか?』 作者 K
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一言:エッセイは書きませんが、呟きならよくします。
1
ソゴロフの一人娘であるアーシャは、今日も華奢な体に似合わない大きな桶をもって川の水をくんでいた。
タンスケット村の男は家畜の世話や狩猟で忙しいため、華奢な体であってもできるだけ多くの水を女がくまなければいけない。アーシャの年齢は十三であり、村の中ではまだ若い方であったが、二十を超える女たちと同じ仕事が与えられていた。
だがアーシャに不満は一つもなかった。むしろ不快を思い出せないほどの幸福が彼女にはあり、そこには神の恩寵すら感じていた。役割を与えられたことは大人に近づいたことの証左であり、一人前の女性として仕事を与えられ、村あるいは家に毎日役立てることには誇りと生きがいをアーシャは覚えた。
それに今のところは、流行り病も戦争も魔物も、タンスケット村を襲っていない。記憶に留まる不幸が周囲にないこともまた、幸福の証だった。
さらに奇跡的な幸運の到来として、魔王討伐のため旅をしている勇者一向が来るという知らせがタンスケット村には入っていた。そのため村全体が祭りのように浮かれ、大人ですら子どものようにはしゃぐ姿が度々目撃された。
アーシャはそんな村や家のために今日も水をくんでいる。
村に伝わる『野菜たちのタンゴ』を陽気に歌いつつ――
「タンゴ、タンゴ、野菜たちのタンゴ、タンゴ。
ニンジンは赤く燃えー、タマネギはなみだするー。
ビート、ニンニク、ジャガイモ、キャベツ、みんなタンゴで踊り出す。
タンゴ、タンゴ、野菜たちのタンゴ、タンゴ――」
「ちょっと待った、お嬢さん。いまなんと?」
「タン……え?」
アーシャは桶をそっと置いて立ち上がった。目の前には見慣れぬ服を着た男がいた。
少なくともその男は鎧を身にまとった城の騎士などではなかった。素材は分からないが、青い服を着ているだけだった。ただ、だからといって弱々しさはなく、むしろ険しい表情からは騎士以上の闘争本能をうかがうことができる。その本能は、ごくまれに村へとやってくる暴漢や夜盗の類に似ていた。
「えっ、ではない。いまなんと言った?」
「タンゴ、タンゴ、野菜の――」
「そのあと」
「ニンジンは――」
「そのあと」
「ビート、ニンニク、ジャガイモ」
「それだ。ジャガイモだよ。お嬢ちゃんも運がなかったようだね。」
アーシャは動揺が隠せなかった。目が泳ぐ。どういうことなの、という言葉が喉元にまで出てきていた。
しかし青い服の男はアーシャの動揺をよそに、言葉を続けた。
「ここの世界観は中世ヨーロッパ風で、この物語は勇者と剣と魔法が交わる古めのテンプレファンタジーであり、今は数話前のエピソードの舞台となったタンスケット村である。ここまではいいかな?」
よくはなかった。男の言葉をアーニャは理解ができない。まるで異国の言葉を聞いているかのようだ。
「実は過去回で私たちは偶然ジャガイモの記述を見つけてしまったんだ。このあとお嬢さんは勇者一向にジャガイモ料理を振るまうことになっている。この中世ヨーロッパ風の世界観でだ。おかしな話だろ?」
「何がおかしいのか、よくわからないのですが……」
「作中人物であるお嬢さんにはよくわからくても当然か。だが、作者のこのミスを私が見過ごすわけにはいかないんだ。」
「……えっと、あなたは何をするんですか?」
「正義の執行者だ。つまり警察だ。害悪なジャガイモの記述を、これ以上野放しにはできない。だがどのぐらい害悪がはびこっているかよくわからないので、この村を見せてもらってもいいか?」
アーシャは首肯してしまった。心の奥底では首肯することを拒んでいたが、それ以上に、この男に逆らうことの恐怖があった。
2
U.N.S.C.歴1243年35月28日泡曜日L時R分。
暗黒の空間にフワフワと浮かぶ超次元物語管理連合第壹支部ꄽ課の建物の中で一人の男、カイトはつぶやいた。
「暇だ……」
カイトは仕事用のノートパソコンでパチパチとタイプする。画面には艦隊の擬人化ゲームが映し出されていた。
「先輩、またゲームで遊んでるんですね」
ひょこっとカイトのパソコンをのぞきこんだのは、カイトの部下であるポルカだった。ポルカは自慢のツインテールをくりくりと指で触っている。
「俺が遊んだら悪いのか?」
「いえ、暇ですからねーしょうがないと思いますーポルカも遊ぶですよー」
ポルカはPSVITAを起動する。
「お仕事したいなー」
ポルカはツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら言う。
それに対してカイトが答えた。
「お仕事したくねえ」
その時だった。
部屋の中のブザーが鳴った。ビービービーという音と同時に、カイトのパソコンに図が映し出された。
ポルカはすぐさま自分の席に戻って、ノートパソコンをタイプした。
「炎上警報ですねー。物語住所code/300XXX/……タイプは『ハイファンタジー』です!」
「またか」
「またです」
「詳細は?」
「ジャガイモ警察ですねーしつこい奴らです。被害は軽微、作者のツイッターの言動は怪しいですが、ツイッターでの炎上はなさそうです。想定される被害状況はエターナルですかね」
「よし、じゃあ作者が活動報告で音を上げるまえになんとかするか!」
「はいですー」
そしてカイトたちは超次元物語管理連合第壹支部ꄽ課の建物の最下層までエレベーターでおり、デッキに入った。
広いデッキにあるのは仕事で使う愛機、デロリアンだけだ。
カイトとポルカの二人はデロリアンに乗り込み、定位置についた。運転をするのはカイトだ。
「準備はできたか?」
「はいですー」
「それじゃあ、ワープアウトだ!」
カイトはレバーを下げる。と、同時に車内音楽を流すためのミュージックボタンも押した。
車内に響き渡ったのはアラン・シルベストリ作曲の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だ。
「好きですねー」
「ワープするなら、やっぱりこの音楽を流さないとはじまらないな!」
そしてデロリアンは暗黒の空間へと出て、フワフワと浮かびながら、明るい閃光を放ち光速を超えはるか彼方へと飛んでいった。
3
タンスケット村に着くころには、なぜか青い服の男は一人から三人になっていた。顔が同じ三人は、みな闘争本能がむき出しになっていて、同じ険しい表情をしている。
いつの間に増えたのかアーシャにはまったく見当がつかなかった。最初は一人だったが振り返れば三人になっていた。スライムのように分裂したものかと考えたが、普通の人間は分裂するわけがなく、またあえて想像する気もなかった。
ただ一つ確実に感じとれるのは、この青い服の男たちは普通じゃないということだ。
「ここが村か。邪魔をするよ。」
案内をしていたアーシャをよそに、男たちは村を勝手に散策しはじめた。
「あの、ちょっと……!」
アーシャは男の一人を呼び止めようとした。しかし男はアーシャの方を振り向くことなく、足早に何かを探し、あたりを素早く見回してもいた。
男たちは本当にジャガイモを探しているのだろうか。なら盗賊だとでもいうのだろうか。
何もかもがわからない。
「アーシャ、こいつらは何者なんだ?」
アーシャの父、ソゴロフがやってきた。急いでやってきたからか、ソゴロフは肩で息をしている。
「私にもわからない。突然現れて、私は警察だと言ってきたの」
「そんなわけのわからない奴らを村に入れたのか?」
「ゴメンなさい。断ったら何をされるかわからなくて……」
「そうか……詳しくはあとで聞く。こいつらは俺が追い払おう」
ソゴロフは男の一人にうしろから駆け寄ろうとした。
だがその時、別の男が「ここだ、あったぞ!」と叫んだことで、その男はソゴロフのまえから走り去ってしまった。
ソゴロフは男を追いかけた。アーシャもまた、男のもとへと走っていった。
青い服の男が三人集まっていたその場所は、なんの変哲もないジャガイモ畑だった。
まさか本当にジャガイモ畑を探していたとは。
「ジャガイモ畑がどうしてここにある? 説明できるものはいるか?」
男の一人が叫んだ。顔には笑みを浮かべている。獲物を捕まえた狩猟者とそっくりの笑みだ。
しかしアーシャの父であり、また村長でもあるソゴロフは、臆することなく叫ぶ男の前へと立って堂々と言った。
「俺は村長のソゴロフだ。その畑は昔からあるものだが、それがどうした?」
「どうした、ではない。ジャガイモが理由もなく中世ヨーロッパ風世界観に存在することはおかしいことだ。」
「お前の言っていることの方がおかしいと思うが……」
「そうか。ならジャガイモについて優しく丁寧に説明してやろう。ジャガイモはヨーロッパやアジアの植物ではなく、標高が高く乾燥地帯であったアンデス山脈に生息していた植物だった。あの山脈がジャガイモを生み出した。ところがこのタンスケット村はどうだろう? 過去回には『海に近い村』としてこの村の名前が記述され、さらにはこの周辺で雨の降る描写が何度もあった。この物語の主人公である勇者にとってつらい展開が続いていたから、雨も降りやすくなっていたのだろう。それは分かる。演出というやつだ。ただ、そんな湿潤地帯かつ標高の低い土地でどうしてジャガイモがあるのだろうか。昔からあった? いや、それはない。せめてアンデス山脈と同じ環境にするか、どこかから輸入をしている事実を記述してくれなければ、読者である私たちは納得できないし、そんな世界にリアリティーを感じない。ある程度は許容できても、守るべきラインを守らない小説は害悪だと私たち警察は思っている。そしてこの畑はやはり害悪だ。」
「相変わらず言っていることがほとんどわからないが、つまりジャガイモ畑をなくせばいいのか?」
「ジャガイモ問題はそれで解決するだろう。しかし、それだけで作者のクセが治るとも思わない。確信犯であれば別だが、探せば適当な部分はいくらでも出るはずだ。いまその記述を私たちは捜索しているところだが、そもそも、そんな小説に未来はないと思っている。」
「未来はない?」
「作者の時間は有限だ。こんな世界は消えてしまった方がマシだろう。」
「ああっ!? 貴様、俺たちに死ねと言ってるのかっ!」
ソゴロフは青い服の男の胸倉をつかんだ。
しかし青い服の男の笑みは一切崩れない。
「まあそうなる。だが心配はするな。スターシステムが適用されれば、学園モノやロボットモノの登場人物として転生することができるかもしれない。まあ、作者の書く気力が失われていなければの話だがな。」
「さっきから意味不明なことを言いやがって! おい、村のみんなでこいつを叩き出すぞ」
ソゴロフは近くにあったかまを持った。いつの間にか集まっていた他の男たちも、各々武器になりそうな農具を手にした。
しかし、それでも青い服の男の笑みは崩れない。
「やれやれ。次元のちがいを理解できていないらしい。いや、理解できるはずもないか。」
「何をごちゃごちゃ一人で喋ってるんだ!?」
「別に。私は君たちを恐れていないということを主張しているだけだ。ところでお前はその窯をもって戦うつもりなのか?」
「俺が持っているのは鎌だぞ、何を言って……ええ!?」
いつの間に鎌が窯と入れ替わったのか、アーシャには分からなかった。だが、確かにソゴロフの持っていたものは窯だった。鎌ではなかった。それどころか、村の男たちの持っていた農具はすべて別の物に変わっていた。
「お前、何をした?」
「この世界と次元の違う私たち警察は、こうやって文字に干渉することができる。作者に干渉できる私たちからすれば、造作もないことだよ。」
「う、うっぐ……」
ソゴロフは一歩後ろに退いた。アーシャから見ても、額に浮かぶ冷や汗が反射して見える。父であるソゴロフの冷や汗は大げさなほど出ていた。それは、村長であるソゴロフはこの青い服の男たちに恐怖していた。そして、村長が恐怖するのだから当然、村人たちにも恐怖が伝染し、顔が引きつり、血の気が引きはじめていた。
十三であるアーシャの頭には、今まで感じたこともない絶望の感情が渦巻きはじめていた。それは謝って崖から落ちそうになってしまう、あの死の恐怖に近かった。
そんなアーシャにできることは限られた。
祈りだ。
朝の日常的な祈り以上の力をこめて、神に懇願した。
――助けて!
「助けにきたよー」
願いはそんなに早く届くものなのか。
いつ現れたのかわからなかったが、だがまたも不思議な服装を着た人間がやってきた。それも今回は二人もいた。
「俺の名前はカイト。このツインテールはポルカ。超次元物語管理連合第壹支部ꄽ課の人間で、物語にわき出すジャガイモ警察どもを駆除しにきた物語の味方だ」
4
カイトは久しぶりに警察の顔を見て、瞬時に胸糞が悪くなった。
だが仕事だ、と割り切って警察の顔をにらみつけた。
カイトがにらみつけたあと、警察の一人が言った。
「なっ…またお前らか!」
「それはこっちのセリフだ警察野郎。飽きもせずに揚げ足ばかり取りやがって!」
「なにを言うか。我々警察は物語の整合性を判断し、クオリティーの低すぎる物語を排除することで、世に放たれる作品の性質を高めることに貢献している。それをお前らが放置をするから、最近のアニメはダメだ、漫画はダメだという低次元の論調に発展していき、ジャンルも衰退、ブランドの価値も減退していk――」
カイトは手にしたビームライフルを警察に打ち込んだ。
すると喋っていた警察は
苟 攵 言 宀 夕 又 示
に爆散した。
「喋っている最中に攻撃なんて汚い。物語のセオリーを知らないのか!?」
二人の警察から野次が飛ぶ。
しかしカイトは耳を貸そうとしなかった。
「いや、だってジャガイモ豆知識みたいに長々と意味のないセリフを読まされたらつらいし、読者だってツイッターで聞き飽きたようなことを今さら聞きたくもないだろう。それにブランド意識もジャンル衰退も、俺にとってはどうでもいい」
「きゅ、急にメタな発言をするな!」
「この小説自体がメタだから気にするなよ。それにセオリーとかも俺はどうでもいいと思っている。面白さがまず絶対で、セオリーはあとからついてくればいい。むしろ面白さがセオリーを作りだせばいいと思うし、その裏をかくのも面白さの一つだろう。まあこういった形式の小説で飯を食っているわけじゃないんだから、ほとんどはくだらなくてもいいとは思うがな」
「独善的すぎる考え方だな。」
「確かに独善的だな。でもお前らだって、本音を言えば自分の意見を押し通したいだけだろ? とあるユーチューバーの名言を引用させてもらうと、『アンチは、嫉妬でアンチコメをしてる』というだけであって、つまり、嫌なら読むな」
生き残った警察の二人がひそひそと話し合う。
そんな中、カイトはあくびをした。いつも通りの展開で退屈でしかなかった。しかしビームライフルのトリガーには指をかけたままにしておいた。いつでも攻撃や反撃をするためだ。
「しかしだ、それでも私はこの小説のジャガイモの存在を許してはいけないと考える。存在が許せないから看過もできない。それに、作者の無知が読者の知識に繋がることはもっとも不幸な出来事だと思う。その不幸を生み出すわけにもいかない。くわえて、お前の言う独善的な考え方は、考証をし、設定を一生懸命練っている人間に対して非常に失礼だ。よって、お前は消えてくれ。」
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン。
七発の銃声が聞こえた。
「先輩っ!」
カイトのそばで実はそわそわしていただけだったポルカが先輩に駆け寄った。
「ぐっ……」
「先輩、こんなところで死なないでください! あっ……手が真っ赤に!」
カイトの背中に回したポルカの手は真っ赤になった。どう見てもこれは、
「それはケチャップだ」カイトは苦悶の表情を浮かべながら言う。「なぜならいま撃った銃は考証的に偽物だからだ」
「は? お前は何を言ってるんだ?」
警察は自分の撃った銃をじろじろと見た。警察の持っていた銃はニューナンブM60。手でつかむグリップは茶色で、他は黒く光っている。ビジュアル的には紛れもない本物だった。
「ビジュアル的には本物だ。……だが、本物じゃない」
カイトは息も絶え絶えに言葉をつむぐ。
「どこにその証拠がある?」
「銃声の数だ。七発の銃声はおかしい。なぜなら、ニューナンブM60の装弾数は五発。空砲を入れても六発分の『パン』しかならないはずだ。ところがお前のソレは七発も鳴った。本気でやれば十発以上撃つつもりだったんじゃないか? さあ、どうする? 考証的な間違いを貫けば、本物の弾を食らった俺は死ぬ。ポルカの手についた赤色は、今のところ、まだ血とケチャップのどちらか、結果は収束していない。ただ、考証に正しさを求めれば俺は死なずに背中がケチャップまみれになるだけですむ。銃撃もなかったことになる。……さあ、どうする!? どちらの記述を選ぶ?」
「ぐぐぐ……」
「こんなところで時間を稼ぐなよ。もうこの空間はメタになっているんだ。地の文がどれだけ記述を重ねようが、時間の長さには比例しない。お前らのメンツを取るか、俺の命を取るか、どちらかだ。簡単だ。早くしろ」
「……わかった。こういう小説だと我々は不利らしい。素直に間違いを認めるよ」
「よっしゃ!」
するとカイトは、何事もなかったかのようにすっくと立ちあがった。背中のケチャップはポルカからもらったタオルですぐにふきとった。
そしてカイトはニヤリと笑みを浮かべた。
闘争本能がむき出しの嫌らしい笑みだ。
「さあ、じゃあこっちのターンだ。攻撃されかけたからには、こちらも本気でいかせてもらうぞ!」
「ビームライフルがくるぞ、身を隠せ。」
二人の警察はササッと塀を盾に、身を隠した。
しかしカイトは動こうとしなかった。
カイトの攻撃の手段には既にビームライフルという選択肢はなかった。
「え、ビームライフルを撃たないのか? じゃあ何で攻めるつもりだ?」
「というか今、何かが聞こえた気がするんだが、誰だ? 俺たちに見えてなかった記述が見えはじめたのか? 今さらなぜ?」
カイトはすでに武器を準備していた。
武器はすでに記述されていたのだ。
「一つ目だ。お前らは『確信犯』という言葉を使ったな?」
「記憶にないな。」
「いや、記述はある。分かりやすいように『・』で強調しておいたが、この言葉、お前らは故意犯の意味合いで使ったようだな? それは誤りだ。最近ではこの誤用がメジャーになりつつあるが、正しくは『社会が間違っていると強く思って犯す罪』のことを『確信犯』と呼ぶんだ。揚げ足取るならそれぐらい知っておけ」
「くそっ…今すぐ記述の変更を――」
「まだあるぞ。二つ目。三点リーダーがなんで一つになっている? お前らのセリフ、この小説だと全部『……』じゃなくて『…』になってるぞ?」
「ぐぐっ…」
「まあ俺はどっちでもいいんだけどな。芥川賞候補にもなったことのある舞城王太郎の小説なんかは『…』で書かれているやつもある。『ディスコ探偵水曜日』と『阿修羅ガール』がそうだったな。だがお前らは舞城王太郎とちがって大好きなセオリーを知らずにやってそうだよな? ははははははは」
「くそう、くそう、くそう!」
「キャラ崩壊か? それはまだ早いぜ。もう一つ、セリフの『 」 』のあとにお前ら律儀に句点をつけてるよな? 『 。」 』 あれはなんだ? お前らの好き好き大好きセオリーだとそれはアウトじゃなかったか? でもまあこれも安心してくれ。最近刊行された直木賞作家の西加奈子の『 i 』はセリフの末尾に句点がついてある。今ならどこの本屋にも並んでいるから、すぐに確認できるはずだ。あと二十三歳という若い歳で芥川賞を取った平野啓一郎の『ドーン』や『空白を満たしなさい』にも句点が使われている。こういうのは作家というより、出版社によりけりなのか? まあ小学館系列の漫画のセリフに句点と読点が使われていることはあまりにも有名だから、俺は出版社説が濃厚だと思っているが、これでもまだお前らはセオリーを重視して、セオリー外の小説や作家を叩き潰してこの世から消す作業に勤しむのか? お前らだってセオリーをたいして知らないクセに?」
喋りおえるころには、二人の警察はいなくなっていた。
最初から誰もいなかったかのように。
「論破!」
「いえー……たぶんドン引きしたんだと思いますよ。あそこまで言われると近寄りがたいです」
「そうか?」
「ですー。先輩、たまにそういう空気出すんで、気をつけた方がいいですよ」
「わかった」
カイトは胸ポケットの中に入れてあったタバコに一本火をつけて、倒木に腰かけた。
「それにしても先輩が死ななくてよかったです」
「まあ死なないだろうなっていう気はしていたからな」
「どういうことです?」
「この小説の記述、この世界にやってきてから俺には全部見えていたんだよ」
カイトはタバコを踏んで火を消した。
「踏んだタバコの銘柄までは書かれていないことも、最初の場面でアーシャが川辺で何をやってるかも、お前の性別がいまだに分からず、とりあえず髪型がツインテールだから読者には女の子認識されてそうだってことも、全部わかってた」
「え? 私が男っていうのはちょっと想像しにくいですねー」
「まあ、今のセリフで『ポルカが女』ということに収束したからもう想像しなくてもいいんだけどな」
「収束ですかー。なんかすごいですねー。小説って自由ですねー」
「ああ、情報の量を操作できるから、本当に自由なんだ。とくに自分で書いて自分で楽しむ分には何だっていいと俺は思ってる。他人に見せることを思うと少し配慮しなきゃいけないが、それでも商業作家よりこの場は自由であるべきだとすら思う。商業に足をツッコミたいとか、正統な評価を受けたいというのなら話は別だし、覚悟も根気も変わるだろうけどな。だからいたずらにさらし上げたり、叩いたりするのは、ちょっと不寛容というか、悲しいって思ってしまうんだ。人の楽しみを阻害しているだけだ」
夕日は落ちはじめ、タンスケット村のカラスが鳴き、コウモリは羽ばたきはじめた。
この作者は記述において詳しくそれらの生態を述べることをしてこなかった。そのためカラスは普通のカラスであり、コウモリは普通のコウモリだった。この普通がどのように定義されているかは読者の想像に一任されることになるが、あえて腹部の白いコクマルガラスや白く小さいシロヘラコウモリを想像するものはいない。そういった暗黙の了解と常識的知識の上で、作者と読者は記述によって繋がっている。作者はそう信じて書き進めている。
「カラスも鳴いているし、そろそろ帰るか」
「え、あー……先輩、今の長ったらしい説明には触れないんですか?」
「勝手に補足説明が入っただけだろう? 読者と作者は信頼とか信用で繋がっているっていうことだ」
「美しい話ですねー」
カイトたちはデロリアンに乗り込もうとした。
その時だった。
「その時ってなに? は? まだ何かあるのか?」
「先輩、上を見てください。何か大きいものがいますよー?」
「あれは、なんだ?」
太陽を背にして、巨大な何かがゆっくりと降りてきた。
それはこの世界には似合わない巨大な立方体で、すべての面にノイズが走っていた。
カイトはそのノイズの動きが何かの形に見えた。目を細めて凝視すると、そのノイズはすべて日本語で書かれた文字だった。
立法体の表面を、文章が踊っているのだ。
「なにか文章が書かれていますねー。私、読んでみますよー」
『ジャガイモ出すな出すな言われてる現状を知らんのか』『高校生が書いた小学生以下の文章』『感想欄荒れてて草』『こいつ書きながら俺カッケーとか思ってるんだろうな』『ブラバ余裕』『リゼロのパクリ』『くさそう』『五時が多い』『作者の頭の中で設定が決まってそう』『ガルパンはいいぞ』『テンプレばかりでつまらない』『主人公が――
「ポルカ、もういい。こいつの正体はもう分かった」
「わかったのですかー?」
「ああ、ここまで好き放題言うコミュニティーはそう多くはないだろう。正体はあれだ。あえて名前を伏せるが、さっきやっつけた警察の群体と言ってもいい。あいつら、立ち去ったあとにとんでもないものを呼び寄せてきたがったな……というか晒しやがったな!」
「先輩、どうしますかー」
「ちょっと待ってくれ。いや、ポルカも何か考えてくれ」
立方体は依然として降下し続けていた。
アーシェの顔も、ソゴロフの顔も、立方体の降下が進むにつれて悲壮感が増していった。そして希望の眼差しがカイトに向けられた。
カイトは頭を回転させた。『ゾコロフの一人娘――』から始まる記述をすべて頭の中で展開させた。文字と単語を整列させ、撹拌させ、さらに渦として自分の頭の中に取り込んだ。
アーシェはたまらず叫んだ。
「ああ、もうダメ!」
空全体を立方体が覆いはじめた、その時だった。
カイトは閃いた。
「あれを使うぞ!」
「あれってなんです?」
「ポルカ、ちょっとこい。操作は二人じゃないと無理だ」
「操作って一体……?」
カイトはポルカの手をつかみ、足早にある方向へと向かった。
「俺たちが乗ったデロリアンは車じゃない」
「え? でも私たち、あの車内で映画のテーマソングも聞きましたけどー?」
「ああ、確かに車内でテーマソングは聞いたさ。そして車内という言葉は何度も記述された。しかし、タイヤやハンドルやサイドミラーといった単語は一切記述されていない。ポルカはツインテールだからといって、女と書かれていない以上、女か男か途中まで収束していなかったよな。お前が自ら男じゃないと言うことで、女に収束した。今度はその性質を俺たちが利用する。だから俺がデロリアンの形を収束させるまで、デロリアンの形状を口にせず、そして思い出すな!」
「はいー」
そしてカイトたちはデロリアンのもとへと戻ってきた。
「こういう時のためにデロリアンはカール自走臼砲の形をしていたんだ。こんな形だがこの世界にはない技術を使って物語間次元航行や飛行もできる」
「……ああ、そうでしたねー。デロリアンがこんなに物騒な形をしていること、ずっと疑問だったんですよねー。映画のリスペクト感ゼロですが」
「お、音楽は好きだから流していただけだ」
「そうでしたねー」
デロリアンが持つ六十センチ超大口径臼砲は空を向いていた。本来なら狭い射程範囲だが、空を覆う立方体は的としては大きすぎたため、的を外すことの方がむしろ今は難しい。
「よし、じゃあ乗り込んで攻撃準備をするぞ」
カイトはそう言ってデロリアンに乗り込んだ。
「でも私、これ操作したことないようなー……」
「いやいや、デロリアンは仕事で使っている愛機だぞ? 操作方法が分からなくてどうするんだ?」
「そうですねー失礼しました。全部わかります。何だか最初からわかっていたようですよー」
「うん、その調子だ。ということで装填」
「はい」
「発射」
「はい」
ドオオウウウウンと大きな音が響き、地面を揺らし、周囲は土煙が巻き上がり、そして立方体の一部が爆発した。
立方体は風にあおられでもしたのか、バランスを崩しはじめた。
「装填」
「はい」
「発射」
「はい」
カイトとポルカは無駄のない動きで攻撃を続けた。攻撃が繰り返されるたびに、警察の群体である立方体は形を崩し、文字のチリを雨のように降らせた。
そして撃ち続けて十分。
立方体は完全に空から消え去り、地面には 辶 や 冫 や 丿 といった漢字の破片しか落ちていなかった。ひらがなとカタカナは画数が少なかったからか、すぐにチリになったらしい。
ともかく、後付けのように出てきたカール自走臼砲による激しい砲撃のまえでは、一文字の耐久力も、群れを成した警察の言論も、紙切れ同然だった。
「あ、ありがとうございます。助かりました。なんてお礼をしたらいいのか……」
ソゴロフはデロリアンのまえにあって、深々と頭を下げた。
「お礼とかいいよ。これが俺たちの仕事だから」
「そうですか。あ、じゃあジャガイモ料理とかはいりませんか?」
「それはいらない。というかもうジャガイモに固執するのはやめた方がいい」
「……それはどういうことでしょう?」
「正直、登場人物であるお前らに言ってもしょうがないとは思うが、今後も似たような姿勢で創作を続けていると、また別の警察がやってくるかもしれない。生物学警察とか地誌学警察とかSF警察とか、警察はまだたくさんいる。それに俺は『面白ければ何でもいい』と言ったが、俺のような考え方を持つ人間がたくさんいるかというとそうでもない。村上春樹もエッセイで言っているが、全員が自分の作品を好きになってくれるわけじゃない。つまり、個人の趣向はそれぞれという話であって、白黒簡単に正しいとか間違っているとか言えはしない。だからどうすればいいかと言うと、俺みたいな極端な考えの人間を見て安心するんじゃなくて、少しは頭を使って、もっと多くの人に好かれるような作品を書いた方がいい。正しいとか間違いとかそういう次元の話ではなく、最適解を目指す方が無難で心が安らぐという話だ。こんな小説の中じゃ説得量は皆無かもしれないが、エッセイがあまり書きたくなかったから、こういう形になったらしい。
まあ、今回のこのジャガイモの一件は少し高い勉強代だった。
――というオチでどうだろうか、作者諸君?」




