『収穫の朝は早い』 作者 零夜
ベルンテ家の一人娘、セイカは料理を食べながら思った。いつも食している瑞々しい野菜。特に大好きなお芋はどこで収穫しているのだろうと。特別な場所から収穫しているという話を、聞いていたので言ってみたいと父親にねだる。
その場所が危ない場所と知っている父親は収穫する場所と仕事風景を彼女に魅せることにした。
白羽の矢が立ったのは、芋収穫担当者ナイテだった。
「さー、お仕事始めますか!」
気合を入れるようにナイテは声を上げた。
彼の目の前には重厚な扉がそびえたっている。夜明けの光を受けてもそれはただ静かに、ナイテとその先にある場所を隔てていた。
ちらりと背後見てとあるものを確認してから、一歩踏み出しかけ止まった。
「チェック、忘れてた」
ナイテは、自分の服装を見下ろす。
ベージュ色のオーバーオールに、肘まで覆う手袋、防水性のあるゴムの靴。どこにも穴がないことを確認し頷く。頭に手をやればこつんとヘルメットが鳴った。
次に、両手に持っていた荷物を下ろす。
ナイテの身長の半分ほどはあるシャベルをもつと、彼は素振りをするように何度か振るう。ヒュンと風をきる音が夜明け前の空気に響く。
柄にはめ込まれた赤い宝石がキラキラと輝く。ナイテがそこに触れると、シャベルの全体が赤く発光した。もう一度触れて光を消す。
「よしよし。シャベルに問題はなし」
タイルで舗装された道の上にシャベルを置き、他の道具を点検する。
鉄製のバケツの中には、畳まれた布袋と液体の入った小瓶、透明の立方体が収まっていた。一つ一つを目の高さにまで持ち上げる。
布袋は広げて、穴がないことを確認。
小瓶はふたを開け軽くにおいをかぎ、立方体は手のひらで何度か弾ませる。
「よーし、問題なーし!」
バケツの中にしまいなおすと、それは左手にシャベルを右手に持ち、彼は扉と向き直る。
「突撃ー!」
一度お辞儀をしてから彼は扉へと体当たりをした。勢いよくぶつかれば扉はきしみながら内側へと開いていく。徐々に広がっていく隙間をみつめ、自分が通れるほどの幅になるのを待つ。
隙間からは朝のすがすがしい空気がひゅうっと流れてきて、ナイテの前髪や頬を撫でながら駆け抜けていく。
風が吹いていることは分かるが、扉の反対側はなにもない。
「いつみても、怖いなここ。向こう側はあるはずだけど見えない」
正確には、一面の闇が広がっていて何があるかわからないのだ。目を細めてじっと観察してみても、光の粒すら見えてこない。
ある程度開いたところで、扉はズシンと音を立てて止まった。
相変わらず何も見えないが、吹き付けてくる風に乗ってドン! ドン! と何かが爆発する音が聞こえてくる。
その音を聞いたナイテは眉をぎゅっと寄せた。
「えー、今日ってもしかして噴出の日か?」
だから俺になったのかな、とぼやく。
彼はシャベルを引きずりながら、扉の中へと足を踏み入れる。完全に入る前にナイテは目を閉じた。
閉じたまま一歩、二歩、先へ進む。バタンと扉が背後でしまる音がした。
同時に、
「今日は、芋!」
彼は叫ぶ。
芋! という声がワンワンと響きながら広がる。
ひゅうっとまた風が吹いた。ナイテはまだ目を開けない。ゆっくりと呼吸をしながら、その時が来るのを待つ。
何度目かの息を吐いた瞬間、空気が変わったことにナイテは気づいた。
固い地面から、ふかふかとした足を包み込むような土へ。
ツンと冷たかった空気が柔らかさと温かみをもち、叩くような勢いから抱擁するようにゆったりと流れ始める。
「おおー」
そっと目を開けたナイテは感嘆の声を漏らした。
目の前に広がるのは、芋、芋、芋。山のようにそびえたつ紫の芋や、コロンコロンところがっていくどんぐりのように小さな茶色の芋。まだ熟していない緑色や、食べることをためらわせる青や白など、大きさも種類も様々な芋の楽園がそこにはあった。
地面は一歩踏み出せば、ふかふかと音がする。濃い茶色の土の上には、鮮やかな緑の蔓がまるで血管のように伸びていた。
軽く掘れば、ゴロゴロと成長途中の芋が顔を出す。大きさを確認してから土をかけなおす。
「よし、無事に芋畑世界に来れたぞー。えーと、今日収穫する芋は」
オーバーオールの胸ポケットからメモを取り出す。
四つ折りに畳んだメモを広げ、中身を確認するとがっくりと肩を落とした。
直後、彼の感情を表すように。
ドン! と地面を揺るがすような音が響き渡った。
ナイテがゴクリとつばを飲み込みながら、山のように大きな芋を見れば頂上付近から白い煙が、もうもうと立ち上っていた。
「あー……甘くておいしそうなにおい」
鼻をひくつかせて腹を押さえれば、ぐぅぅと腹の虫が鳴り響く。
きょろきょろと周囲を見回し目当てのものを見つけるシャベルの先端ですくうように小さな芋を拾い上げる。土を払いのけた後、宝石を撫でる。
先端部分だけがまた赤く輝き始め、軽く揺すって全体がその面に触れるようにする。
「まぁ、芋だったら焼くだけで食べれるからいいよな」
皮に焦げ目がついてきたので、宝石をなでると赤い光が収まった。芋を手に持ち、シャベルを地面に突き刺す。ジュウッと土が燃え白煙が立ち上った。
ナイテは気にせず、焦げ目のついた芋にかじりつく。めくれた皮の隙間から湯気がもわっとでてきて、顔にぶつかっては消える。
「あち、あちっ」
はふはふっと口の中で空気を含ませながら焼き立てを堪能する。焼き芋を食べている間にも、ドン! ドン! と数回、芋山から爆音が響く。煙は空間に広がっていく。それを眺めて、ナイテは遠い目をした。
「芋山の噴火、今日も絶好調だな」
周囲の甘いにおいは強くなっていく。芋山の噴火が続いているということだ。
ぺろりと口の端につけていた朝食の欠片をなめとって、パシンと頬をたたき気合を入れる。
「さー、美味しい芋を届けるために頑張るか」
土に足跡を刻みこみながら歩き出す。カタカタと鳴るバケツと、シャベルをお供に目指すのは噴火を続ける芋山だ。
行く手を阻むように伸びている芋たちの蔓をシャベルの先端で切り払い、甘い風になびく花たちを綺麗だなと眺める。
「芋山噴火の時にここに来るのは危ない。いつ芋の雨が降ってくるかわからないしなぁ。早くいかないと」
誰もいないので、陽気な声で独り言をつぶやきながら芋山との距離を近づける。道中、空を見上げてみれば、青空のキャンバスが広がっている。
そのキャンバスを埋めるように、芋の形をしたクリーム色の雲がぷかぷか浮かんでいた。
「どこもかしこも芋だらけの、芋畑世界。他の野菜畑世界もこうなのかな? 今度、聞いてみよ。……っと!?」
ドォン! と今まで一番大きな噴火音が轟いた。あまりの大きさにナイテは飛び上がる。そろりと麓が見えてきた芋山を見上げれば、白煙ではなく黒煙が空を埋め尽くそうと広がり始めていた。
「うそぉ……。芋雨が降ってくるじゃん」
呆然とした表情で空を見上げていたナイテのすぐそばにボトンと何かが落ちてきた。油の切れた人形のようにゆっくりとそれを見下ろせば、丸々と太った赤紫色の芋が転がっている。
それを皮切りに、無数の芋が空から雨のように降ってきた。
「わー!?」
ナイテは絶叫し、スコップを放り出す。慌ててバケツから小さな立方体を取り出すと自分の頭上へと投げた。
「収穫当番、三種の神器が一つ! 動かせるシェルター!」
大声で叫ぶと同時に、ドスンと巨大化した立方体がナイテを覆い隠す。
間一髪、かぶさると同時に芋の雨が彼へ無数に降り注いだ。銃弾のような鈍い音が響くがナイテに被害はない。
「ふーあぶなかった」
シェルターの中で、ほっと息を吐くと押して前へと進みはじめる。最初の勢いはなくなったが、まだまだ芋の雨は降り注いでいる。
「これ作業できるかな。あ、蔓にひっかかった」
グッ、グッ、とおしても目の前にある蔓はシェルターの動きを阻む。がっちりと絡み合ったそれは、一本が縄のように太い。
周囲を見回せば、顔よりも大きな葉の下にちらりと赤紫色の芋が見えた。
「んー、本当は黄金芋の所にまで行きたかったけど。噴火してるから無理だったというか」
バケツをその場に置き、またシャベルの宝石を撫でる。全体が赤々とまるで燃えているように輝きだした。
「収穫当番、三種の神器が二つ目ー。焼ける、切れる、掘れるが一度でこれ一本! の特別シャベル」
シャベルでシェルターの天井を叩けば、ボフンと煙を立てながら小さく戻る。地面に転がったそれを拾い上げ、バケツの中に放り込んでおく。
空を見上げる。黒煙は薄くなっており、空から落ちてくる芋はほとんどない。
これなら作業ができると、ほっと胸をなでおろす。
「早めに戻らないと怒られちまう」
両手で持ったシャベルを振り回せば、葉や蔓が舞い上がっては落ちる。その下からは空から降ってくる芋とは比べ物にならないくらい、丸々と太った芋の先端が顔を出す。
「あいた!?」
ゴン! と芋がナイテの頭に落ちてきた。あまりの痛みに両手を抱えて地面にうずくまる。ぼろぼろと涙をこぼしながらしばらくうめく。
うーんうーんとうめいていれば、焦げ臭いにおいが。
「わー!?」
地面に散らばっていた葉にシャベルの熱が伝わり燃え上がっていた。慌てて土をかけて、鎮火させる。転がっていた芋もこんがり焼けたがきにしない。
「おいしそうなんだけど。芋雨の芋はまっっずいんし、腹壊すんだよな」
昔、食べて痛い目にあった。ザクザクと埋まっている芋を傷つけないように、掘り返す。蔓と芋を切り離し、地面に手を突っ込んでは大きな芋を収穫していく。
額から汗が何粒も落ちるくらいに繰り返した後、宝石をなでて熱を消す。
「最後の道具は、伸びる袋。どれだけ入れても破けません!」
バケツから取り出した袋をばさっと広げ、収穫した芋を無造作に中へと詰めていく。小さかった袋がナイテの背丈の倍以上にまで、膨らんだ。パンパンに詰まっていても破ける様子は見せない。
「最後の一仕事」
汗を腕でぬぐい、またシャベルをもつと切り離した蔓と葉をバケツの中へと詰めていく。
ぎゅうぎゅうとこれでもかと詰めていく。バケツからバきっと嫌な音が聞こえても詰める手はとめない。
「よし、こんなものか。あ」
詰めたものをひっくり返して一度地面へとぶちまける。最後に堕ちてきた小瓶を宙でキャッチ、胸ポケットへとしまいまたつめなおす。メキィとヒビが広がったが気にしない。
「よし、かえろう!」
ナイテは、バケツと袋の前にシャベルを突き刺しなおす。小瓶のふたを開けると三つの周囲に円を描くようにまきはじめた。
調子はずれの鼻歌を歌いながら、青く発光する液体を地面にながす。
「忘れ物なーし」
空になった瓶を胸ポケットにしまいなおしながら、芋の詰まった袋、葉と蔓でパンパンのバケツ、特別性のシャベルが円の中にあることを指さし確認。
最後に自分が中に入り、地面をけると青い光が天を衝くように立ち上った。
「眩し……うお!」
光が消えると同時にナイテは尻餅をついた。
いつのまにか地面は固いタイルに覆わている。そこらじゅうにあった芋は消え、目の前には重厚な扉が鎮座していた。
「帰ってきたなぁ」
尻餅をついて空を見上げる。
行く前は暗かった空は、日が昇り先ほどいた芋畑世界と同じ青に染まっていた。
ごろんとタイルの上に転がり、ナイテは自分の背後をぷかぷかと飛んでいた球体に視線を飛ばす。
「これが俺たちの仕事ですけど。お嬢様、満足しましたかー?」
球体に向けて言葉をかける。
それはふわりナイテの頭上にまで飛んでくると、澄んだ声を発した。
『ええ、満足したわ。私が毎日食べている野菜はこうやって収穫してきていたのね』
「そうですよ。リアルタイムで見たいと言い出したときは、びっくりしましたけどね」
大あくびをしながらヘルメットを外す。ちょっとだけへこんでいた。
駆けてくる振動が全身に伝わってくるのに気付きつつも、ナイテはそのまま寝転がっている。
「畑世界は危険な場所なので、もう行きたいなんて言わないで下さいよ?」
『いいえ、逆に行きたくなったわ』
「え?」
『カラフルな芋を実際に見てみたいし、お芋の甘いにおいも味わってみたい。黄金芋? もあるのでしょう。きになるわ』
「聞こえていたんですね……」
『ええ、だから連れて行ってね。ナイテ』
「検討しておきますー」
深々とした溜息を吐いて、答えをはぐらかすが楽しげな笑い声がその場に響き渡る。
それにつられるようにしてナイテも苦笑を浮かべた。
ベルンテ家の一人娘、セイカを連れてナイテが芋畑世界へ行くのはそう遠くない未来である。




