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華と愛と砦。  作者: 柚樹真琴
【第1章】桜舞い散る集落
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7話 初めての接触

森を抜けて数日が経った今日も、何もない草原を駆け抜けていた。

ポツポツと曇天の空から落ちてくる雨は、集落にとって貴重な資源だが、今となっては厄介なものに過ぎない。

私たちが草原を走るのを中止するには弱いし、かといって全く害なく進めるような雨でもなく、地面は濡れ、馬のスピードは若干落ちている。

ほとんどの時間を共に過ごしている御者代には、屋根が備え付けられているが、次々と落ちてくる雨を全てしのぎ切れるはずもなく、裾が随分濡れてしまっている。

馬が地面を蹴る度にとびあがる泥は、着々と私の袴を茶色に染めてゆく。ここ数日間は、今までの献上で知った事を面白おかしく話してくれていた平助さんだが、そろそろ話題も尽きてきたようだった。

クローランを騒がしている暗殺者であったり、奇跡の錬金術士であったり、真実なのか虚偽なのか検討もつかないのだが、面白ければそれは二の次だ。

個人的に聞きたかった話については、クローランの城下町で掲示板に貼られていた「空と地面対立する種族」という記事の題名以外何も知らないらしい。


「一昨日話してた錬金術士の事、オレも詳しく知りたいんだけど。遠くて内容まで聴き取れなかったから」


隣の荷馬車から声をかけてきたのは、十一歳の少年だった。彼の横に腰掛けているのは、強面で筋肉質なあの人だった。


「うちの子が凄く亜子さんにお世話になって、本当に感謝しています」


手綱を私に預け、深々とお辞儀する平助さん。私に関しては、献上のために操縦の基礎は、前々から叩き込んでいたのだが、実際に道を走るとなるとどうも上手くいかない。


「いえいえ、困った時はお互い様だから」


彼は亜子さんの旦那さんだ。外見に反して、この人の性格は柔和で集落中の男性から憧れの的となっている。低音の声も落ち着く、柔らかなものだ。

十一歳の少年は、両親の良いところを存分に引き継いだ外見をしている。瞳は亜子さんに似て大きく、くっきりとした眉は、瞳のあどけなさとは裏腹に鋭い印象を与えている。茶髪は一切絡まっておらず、肌もみずみずしい。父似で彫りが深く、気怠げな表情をしているが、正に美少年だった。


「ねぇ、早く教えてよ」


平助さんに上から言うこの子は、集落でも生意気だと有名だった。しかし誰よりも一生懸命働くし、馬術も相当なものだ。根はとても優しく、皆んなから可愛がられている。

当然の事ながら平助さんもこの少年、一真(かずま)の事は大のお気に入りだ。


「あるところに、ひとりの錬金術士がいまし…」


「ちょっと、そーゆーのはいいから、事実だけを話してよ」


平助さんの言葉が言い終わらない内に口を挟む一真君。平助さんは昔から、面白いと思ったものなら空想でも織り交ぜて話す癖がある。その事は、一真君も承知の上だったのだろう。


「子供の癖に愛嬌ない奴だなぁ」


と、ヘソを曲げて言う平助さんに、一真君は冷ややかな目で言葉を返した。


「平助さんは大人の癖に周りが見えてないね、さっきから美桜が寒がってたの知ってた?」


いきなり私の名前を出され反応に遅れていると、上からバサリと何かが降ってきた。それは冷たい雨などではなく、暖かみのある布だった。

布よりも、一真の気遣いのお陰で温かくなる。


「ありがとうございます。凄く、嬉しいです」


歳下の少年微笑みかけながらそう言うと、顔を逸らされた。


「べつに、平助さんに言い返したかっただけだし」


そうぶっきらぼうに呟く。

平助さんは、私に「気付かなくてごめんよぉぉぉ!」と泣き付き、一真の父は何故か「若いなあ」と、によによしながらこちらを眺めていた。

自分も寒いはずなのに、寒くないふりをしているところは、やっぱり男の子なんだなと思う。一真の二つ年上の姉とは馬が合わないようで、小さい頃はよく、お姉ちゃんと私の跡をついて来ていたのはつい最近のように感じる。いつの間にか美桜と呼び捨てになっていて、見下ろしていた筈の身長も、今ではほとんど差がなくなっている。

この間も、私が持つのに奮闘していた薪を、一気に軽々と持ち上げ運搬してくれた。お礼をいっても、やはり「べつに、のろくて邪魔だったから」と素っ気なく返されていた。私は何もしてあげれていないのに、一真君にはもう何度も救われている。

平助さんの創作を取り除いた錬金術士の話は、錬金術士の目的がわからなかったり、人物像がはっきりしなっかたりと、かなりちぐはぐした内容だった。

それでも一真君は興味深そうに聞いていたのだが、私には昨日聞いた錬金術士が冒険する話しの方がよっぽど面白かった。ほとんどが平助さんの創作だったけれど。


「しばし休憩するぞ!!」


雨の勢いおさまってきた頃、初日から先頭を走っている滄波の声が響き、馬を停止させる。一昨日は停止方法がわからず、私が操縦していた荷馬車は、他の荷馬車より遠く離れたところでしか停車出来なかったのだ。

私達は荷馬車から降り、軽く馬の手入れをしたり、違う車に乗り込んでいた者と雑談をしたり、各々時間を過ごしている。 おそらく、ここの使者達の頭取である滄波(ソウハ)は、これまたおそらく、城への地図を確認している。フードのケットシーは、最後尾で馬に跨ったまま微動だにしていないのは、今日始まった事では無い。

走るのから解放された馬達は、草原の草と雨水を口に含んでゆく。よっぽどお腹が空いていたのであろうが、この状況は奇妙だと一真君は言った。


「前回の献上でも、こんな馬の行動は見た事が無い。むしろ、水場に連れて行っても気分次第で、飲まずに苦労していたんだ」


「確かに、私達が降りた途端一斉に食べだしましたもんね…。他の誰かには伝えましたか?」


正直、馬に関してはど素人の私である。世話は男達の担当だし、側で目にするのは餌やりを頼まれたときくらいだ。馬などの生物は勿論好きだが、日中にゆったり触れ合う暇などなかったのだ。


「だめ。親父と平助さんにも言ったけど、そんな気分のときもあるさって言いくるめられた。馬と共に成長してきたオレが言ってるのに、赤ん坊の話で盛り上がっててまともに聞いてもらえなかった」


今では完全に雨が止んでおり、風もそう強くは無いが、湿度は高く空の色も暗い。気持ちまでじめじめしている。

一真が乗っていた荷馬車を引く二頭の馬は、一真が産まれたのと同じ年に誕生した。二頭は惹かれるように一真に懐き、まだ三つの一真が、厳しい寒さの日にいないと騒ぎになったときには、馬小屋で二頭と寄り添いながら眠っていた。捜している最中、どれだけ私達が懸念したことか。


「というか、この間の停車はちょっと酷かったよ」


私が荷馬車を停めるのに失敗した事だ。痛いところを突かれ、通常運転の毒舌に、つい言い返してしまう。


「だ、だって初めてだったんですよ……?仕方ないじゃ無いですか。ね?」


一真君の顔を覗き込みながら言うと、今度は毒舌だけでなく溜息も返ってきた。


「オレは最初から出来たけどね。アンタは変な所で不器用だし」


「一真君が特別天才なんですよっ!それに私は不器用じゃないです、衣類を織るのも得意だし、お料理だってそれなりに…」


「料理っていっても、千切る専門じゃん。それに誰かさんは掃除しようとして逆に散らかしてなかったっけ?」


「うっ…。そ、それは……」


今度は一真君が此方を覗いている。意地悪な笑みは、不快感を表すようなものではなく、遠く離れた場所で、集落と同じよう接してくれていてとても安心する。いつものように、いつもの喧嘩をする。いつもと異なるのは場所だけ。

私の知っている日常からかけ離れていても、変わらないモノはたくさんある。一真君もその一つだと思うと、嬉しくなってくる。


「ふふっ」


「何?いきなり笑い出して。頭おかしくなったの?」


じとっと一真君を睨む。そうすると一真も小さく笑みを零した。


「オレより歳上なのに子どもっぽすぎ。頬膨らますクセ、まだなおってないじゃん」


「それ、平助さんさんにも言われました。自分では全く意識して無いのですけどね」


「それだよ。無意識でやってるんなら、意識してやめていかないと」


「…一真君って、本当に歳下ですか?」


冷静沈着で、大人びている一真君は私の事をどう思っているのだろうか。からかうと面白いお姉ちゃん?むしろ、歳上とすら思われてなさそうな気がする。

私勝手な妄想で悄然としていると、不意に一真君の様子が一変した。私の背後、少し遠くをじっと見つめている。取り乱しこそし無いものの、驚いたように目を見開いている。周りにいた男達も同様で、さらにはケットシー達も硬直している。

段々と接近してきた獣の足音は、馬の軽やかなものではなく、重い体を最大限に生かした生物のようだ。

異様なまでの胸騒ぎが、後ろを振り向くのを躊躇させる。そんな胸中を誤魔化すように振り向いた先にいたのは奇妙な生物だった。

それはデコボコとして茶色い皮を被り、短い足で馬には劣るが、結構な速度で此方へ向かってきている。その細長い体と頭、そしてちらりと見える尻尾は、蜥蜴そのものだった。

しかしただの蜥蜴ではない。一匹ならまだしも、私達の荷馬車に匹敵する数である。そして、最大の相違点、それは大きさだった。体高は馬の半分程で、体長は倍にも匹敵するであろう

そして、その巨体に跨り操縦する種族がいた。蜥蜴一体につき二人が乗じおり、それはヒューマンでもケットシーでもなかった。片方の手には剣が握られており、私達に向ける闘争心は隠そうともしていなかった。



「逃げろ!!!」


そう叫んだのかは、誰だったのだろうか。そんな事気にする暇もないまま、一時の安らぎを得ていた住民達は、状況が飲み込め無いまま荷馬車に飛び乗る。本来の私が乗っていた荷馬車は既に他の人が腰を下ろしており、一真君に手を引かれるまま、近くにあった荷馬車に二人で乗り込んだ。

一真君は素早く手綱を操り、荷馬車を出発させた。他の車も同様に発車しており、その中に平助さんと一真君の父が同じ馬車に乗り込んでいる事も確認できた。


「何が起こっているのです!?」


頭の回転が早い一真君でもまだ状況を理解してい無いようで、私の叫びに反応を示さず、ただただ険しい顔で車を運転していた。


「奴らは近年結成された過激派の盗賊団、ユナイドスだ!」


ケットシーの一人が走行しながら怒鳴る。他のケットシーも「最悪タイミングだ…!」と、嘆いている。

今まで以上の速度で走る馬車は、ギシギシと悲鳴をあげていた。時々石に乗り上げてしまい、大きく荷馬車全体が弾む。その乗り心地の悪さに気持ち悪くなり、吐き気を催すが、なんとかグッとこらえる事に成功した。


「盗賊団!?どうしてこいつらが!!」


向こうの馬車で平助さんがそう叫ぶ。集落の住民は皆、同様の疑問を抱いているだろう。

逃れる事が出来無いはずの絶対支配者、「エルフ族」で結成された盗賊団だなんて。

蜥蜴に跨るのは、特徴的な濃い金髪をなびかせ、尖った耳をしている紛れもなくエルフの特徴だ。高貴そうな顔立ちとは裏腹に、私達と似た、古びれた服とも言えぬ状態の布を着用している。

その生活ぶりは、私たちと同じ、もしくはそれ以下であるのが窺える。しかし、エルフ族はエルフ全体が汚れるのを最も恐れており、その証拠にヒューマンと直接関わる姿はケットシーであるし、エルフを目撃するのはこれが初めてだ。

そんなエルフが、なぜ格下であるはずの私達を襲撃するのか…。


「お前らは魔法使えるんだろ!!はやく攻撃しろよ、このままだと洒落にならねーぞ!向こうから攻撃されて皆んな撃沈だ……!!!」


平助さんの言葉を聞き、急に現実味が帯びてくる。荷物を奪って逃走するだけの可能性も十分あるのに、それを否定するように、獰猛な彼らの瞳がそれだけでは済ま無いと語ってくる。


「口を慎め、ヒューマン!!我々の組織は、エルフ族に一切手を出せ無い決まりになっている!下手すれば国家問題になりうるのだ!!」


と、下っ端であろうケットシーが声をあげる。


「今はそんな事言っている場合じゃないだろーが!!」


「し、しかし、ユナイドスは魔術が乏しいエルフの集団だ!追いつかれ無い限り死ぬ心配は…」


フード有りがかけたエアレイトが持続している中、馬のよりも足が遅い蜥蜴が追いついてくるわけがないし、奴らは剣しか扱わないので攻撃されることはない。というのがケットシーの言い分だった。

しかし、その言い分は即座に崩れることとなった。


「っ…!どうした!?」


隣にいる一真君が急に声を上げる。他の荷馬車からも絶望的な声が上がっている。


「馬が…止まった!?!?」


ここにきて、馬の疲労が最高潮に達したのである。しかし、たくさんの休憩を取りながらここまで来たのだ。いくらなんでも早過ぎるというの空気が充満する。

しかし、ただ一人私はこの状況に納得していたのだ。あぁ、初日に感じた違和感はこれだったのか、と。

ケットシーは、変換術が得意で、有るものを無いものとする事が出来る。この場合は重力。荷馬車全体の重力を無いものとし、重さをほぼ無にする事で馬は異常な速度で走り続けていた。

しかし、重力を無くすわけではなく、あくまで無いように感じさせる術である。ゆえに、エアレイトにかかっている私自身が重量がないからといって宙に浮かぶ事もない。つまり馬は、実際には荷馬車の重さがあるのにそれを感じず、ずっと高速で走り続けていたのだ。馬への負担は半端ではないだろうし、身体への疲労は勿論あっただろうが、頻繁に休憩をしていたため私たちはその事に気づけなかったのだ。そしてついに今、限界訪れてしまったのだろう。

私が結論にたどり着いたその時。


「危ないッ!!!」


世界がゆっくりに見えた。


「ぐっ…」


私は壮大な音を立てて地面に落下した。強く尻餅をつき、痛みが鋭く走るがそれどころではなかった。

先程まで私がいた荷馬車の上にいる、私を突き落とした張本人と、ピタリと視線がかち合う。びっくりするほど大人びた微笑みは、今までの彼より何倍も美しく見えた。滴り落ちてきた雫は、荷馬車の屋根の水滴か、はたまた彼の瞳から溢れてきたものなのか。

息つく暇もないまま、エルフが私の頭上を弧を描きながら通過し、軽やかに荷馬車へと着地した。

ほんの一瞬の筈なのに、絶望感に溢れた私にとどめを刺すかのように、酷く緩やかに時が流れてゆく。

反射的に手を伸ばすものの、自分の動きすらも悠々としているし、明らかに届く筈のない彼の元までは到達し得ない。

エルフは腰から剣を抜くと、彼の腹部へと沈めていった。






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