4話 未知
「だから、本当にいたんですよ!!ヒューマンの女の子が!!」
「はいはい、美桜ちゃんも頑固だなぁ。こんなところに俺たち以外のヒューマンなんていねーよ」
湖の少女と会ってから一夜明け、私達は再び高速で走る馬に乗り込んでいた。
湖から帰ってきてすぐその事を皆んなに伝えたのだが、幻覚やら見間違いやらと言い、まともに相手をしてもらえなかった。私だってにわかに信じがたいが、事実なものは事実なのだから否定されても彼女がいた事には変わりない。
私が湖から出た後男性たちが水浴びをしに行ったが、もうそのときすでに彼女の姿は無かったようだ。
「ちゃんとお話して、虹色の実も頂いたのですよ!」
「へぇ、それはよかったな〜」
気の抜けた返事に、こちらの力が抜けてくる。
ヒューマン族は、様々な場所に集落があり、その土地で収穫出来る作物などを献上して暮らしている。
私達の集落はクローランの端にあるが、ケットシーの領地などにも囚われているのだ。
しかし、この付近に他の集落は存在しないのでここにヒューマンがいるはずがない。これが平助さんの主張だった。
「…この森が美しい理由を知っているか?」
急に話題を逸らされたが、これまた興味のあるものだったので素直に返答する。
「わ、わからないです」
相変わらず美しいこの森もうすぐ抜けるようだ。朝のはずなのに日光が一切入らず、植物の幻想的な光が森を照らしているのは昨日と一切変わらない。
「この森には、ダンジョンが存在するんだ」
「ダンジョン…」
集落の住民が話していたのを聞いたことがある。当時幼かった私は、様々な財宝が眠るというダンジョンに興味をもち、大人たちに問いただしたところ「おとぎ話だよ」とはぐらかされてしまった。
その事を伝えると、平助さんはうーんと唸った。
「あながちそれも間違いじゃねーんだよ。『世界の物語』って古書があるだろ」
私たちの集落に昔ながらある厚みの無い本だ。所々汚れて見えなかったり、虫食われたりしている。『世界の物語』は種族や世界の成り立ちなど、様々な事を簡潔に記されている。
エルフが魔女を滅ぼした後に各種属性に1冊づつ配られたこの本は、各種族から代々語り継がれる事実だったり、明らかに現実とかけ離れた空想だったりもする。
その中でダンジョンの項目は最も情報量が少なく、ダンジョンの核心に迫るものは一切記述されていない。
「近年になりあの本はクローランで大量に複製され、それによりダンジョンに興味を持つ者が増えてきたんだ。昔はおとぎ話とされていたダンジョンだが、この森は行方不明者が多くてクローランから調査隊が調べにきたそーだ。だが、次々と隊員が失踪していき、この森には誰も近寄らなくなったって訳だ。まぁ、あくまで噂だがな!あ、調査隊が来たのは本当だ!!」
そう言うと口を開けて笑い出す。そんな恐ろしい場所にいたなんて知りもしなかった。しかも、気を使ってくれたとはいえ湖で一人にされていたなんて…。
心遣いは本当にありがたいし、私も他の皆んなも消えなかったのだから平助さんを責める理由はない。
だが、先に言ってくれたら皆んなと離れて湖なんかに行かなかったのに。そう思ってしまうのは、平助さんへの甘えでもあり自分の我儘だと頭ではわかっているのだが、どうも納得がいかない。
しかし、あの少女に会えたのも平助さん達のおかげでもあるのだ。信じてくれないけど。
「でも、今の話おかしいと思います。ダンジョンって、様々なモンスターが住んでいるのでしょう?昨日からモンスターと出会ってないですよ」
「そう、そこが問題なんだ。隊員は次々と消えていくが、ここがダンジョンだと裏付ける証拠がない。実際、オレも十五を過ぎてから毎年ここを通ってるが、モンスターに出会ったことも人が消えた事は一度も無いどうだ、面白いだろ?」
そう言われても全く面白さがわからない。ここがダンジョンだと言われればもちろん心躍るが、今の話を聞く限り
人が消える嫌な場所としか考えられない。
「そうだ、あの虹色の実を食べた者はダンジョンに迷いこむって噂があるんだよ。去年の献上のとき、城下町で小耳に挟んでな」
「そうなんですか…!でも、どうしてあの女の子は私に実を渡したのでしょう?」
平助さんから聞かされる噂話が実話だった試しがない。
「さあ…?実は、美桜ちゃんがあった子ってダンジョンのモンスターだったりして?」
茶化しながら言われると、やはりヒューマンがいた事を信じてもらえてないのだと実感する。しかし、平助さんの言うモンスターも一理あるのでないだろうか。
いろんな人に否定された結果、自分でも本当にヒューマンを見たのか自信がなくなってくる。
「怒ったら頬を膨らます癖、相変わらずだな。ほら、出口が見えてきたぜ」
子供っぽいからと一生懸命直すように努力してきた事を、あっさりと指摘されてしまった。
平助さんはちょっとばかり無神経だと思う。たしかに平助さんは小さい頃から私にとって歳上のお兄さんだったし、平助さんにはっとっても今も私は歳下の妹なのだろう。
それ自体に全く不満はないのだが、さすがに私も年頃の女の子なので妹としてでなく、一人の人間として見て欲しい。
出口から見える光は馬が足音を立てるたびに近づいていき、とうとう私の全身が包み込まれた。
太陽の光を浴びるのはとても気持ちよく、すごく安心する。
後ろを振り返ると先ほどまで通っていたはずの森が、大分離れたところに見える。初日と同じように重力を感じなくなった馬は、ありえないスピードで走り続けており、術をかけたフードを被っているケットシーも最後尾から私たちの列を監視している。
「今から休憩をとる!!」
他のケットシーが大声で全ての荷馬車に伝えると、馬は減速した後に止まった。
前方から「今回はいつもより休憩が多いな…。いつもはもっと厳しいのだが」という住民の声が聞こえてくる。
それを聞き、私の頭の中に一つの考えが浮かぶ。そう考えれば今回の献上に休憩が多いのも納得がいく。
嫌な予感がする……。
その予感が数日後に的中する事を、私はまだ知らない。