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超幸運スキル持ちだけど、俺は本当に運が良いのだろうか?  作者: ぬぬぬぬぬ
第一章 俺、自身の運の良さを再確認する
3/22

受付生活3 受付の終わり、冒険者の始まり。それと大金。

「キミ、ちょっと良いかい? 話があるんだけど」


 受付カウンターでボケーっとしていた俺に声がかかる。

 ぶっちゃけ、昼過ぎの受付カウンターは暇すぎてヤバイ。

 最近はアイテムボックスの枠をどうするか考える時間になっているので、個人的にはいいのだが。


「はい。なんです?」


 おっぱいさん。

 もとい、ギルマスに声をかけられる。

 俺の雇い主だ。


「ここじゃ、ちょっと……私の部屋に行こうか」


 お?

 なんだ、何だ?

 遂にアレか、俺の思いが届いたのか?

 他人が見ているこの場所では出来ない話って一体なんだい?

 基本的に人が来ないギルドマスターの部屋でナニをしようと言うんだい?


 ワクワクしながら、ギルマスの部屋に入る。

 うーん。ここに来るのもひさしぶりだな。

 相変わらず、謎の安心感がある空間だ。

 この部屋の住人になりたい。


「ほら、突っ立てないでとりあえず座りたまえ」


 とりあえず言われるがままに座った。

 おっぱいさんの提案を断る理由が俺には無い。


「その、キミが受付を辞めて冒険者になるって話だけど……」


 引き止めか。

 まぁ、俺は『冒険者ギルドの受付として』はかなり優秀な部類だからな。

 うむ、世話になったおっぱいさんの頼みだ。

 良いだろう。2~3ヶ月程度で良いなら聞いてやろうではないか。

 おっぱいさんの頼みだからな!


「少し早めて貰っても良いだろうか?」


 あっれー? 逆なの?

 俺が受付になってから、他の受付のクエスト達成率がかなり下がったんだよなぁ。

 確か、40%切ったって言ってたっけ?

 まぁ、優秀な冒険者が俺に流れて、成功しやすそうな依頼を俺が独占するからなんだけど。


 ここの支部は結果だけ見たら、実際の達成率は平均よりちょい上だけど、ほとんど俺一人の結果だ。

 引き止められる覚悟はしていたけど、まさか逆とは思わんかった。

 実はおっぱいさんに嫌われてたのん?


「何故でしょうか? 何か俺に問題がありましたか?」


 というかアレだな。

 自分で言っといてアレだけど、俺はむしろ問題しか起こしてない気がするわ。

 同僚の仕事を奪って、やる気をなくさせるようなことばっかしてるもんなぁ。

 朝のクエスト選びの時とか特にな。


「あー、そういうわけではないんだけど……」


 そういうわけではないんですか。

 じゃぁ、どうして歯切れが悪いんですかねぇ?


「先日、本部から連絡があってね。視察に来るんだよ」


 ?


「本部の職員が、ってことですか?」

「うん。冒険者ギルドの本部職員が」


 ???


「それ、何かマズいんですか?」

「キミにとってはマズイだろうさ。だって、冒険者になりたいんだろう?」

「……本部の職員に見つかったら受付の仕事を辞められなくなる、と?」

「あー、受付って言うより本部勤めになるんじゃないかな。鑑定スキルを持っているキミは、ね。まぁ、そんな訳だから、もう明日から来なくていいよ。いや、今から帰って貰って構わない。はい。これが今日までのキミの給料だ。受け取りたまえ」


 金貨の入っているだろう袋を手渡される。


 うぉう。

 何だろうこの感じ。

 遠回しなクビ宣告じゃねーのこれって。

 悲しい。

 そこそこ頑張って働いてきたはずなのに。

 こんな終わり方かよ……。

 悲しいなぁ……。




 んな訳ねぇだろ! ヤッタゼ!

 遂に、異世界の自由(ファンタジー)を満喫できるぜ!


「じゃ、俺、金貰ったんで帰りますね」


 すっと、立ち上がってスタスタと出口に向かう。


「え? ……あ、あぁ、うん……」


 ハッハッハ、予想していた反応と違うかい?

 当然だ。

 もう、俺は自由なんだからな。


「今までお世話になりました」


 さらば、おっぱい。

 未婚だとしたらほぼ間違いなく求婚していたであろう人よ。

 たくさん親切にしてくれて本当にありがとう。


 俺はスキップしそうになる気持ちを抑えながら部屋を出る。

 ヒャッハー! 俺のファンタジーがやっと始まんぜー。


 とりあえず、家に帰って準備して、そっから簡単なクエスト受けてやんよ!

 冒険者生活の、自由な生活の始まりだー!



 俺は、宿泊している宿で冒険者カバンだけを装備してギルドに戻ることにした。

 冷静に考えたら、昼からクエスト受けるのは移動時間的な意味で現実的じゃなかったわ。

 ひとまず、俺がこの3年間でため込み続けた素材の納品作業をしてやる。

 今まで納品しないようにしてたレア物たちをな。

 レア物の納品は、冒険者ポイントが美味いからな。

 あぁ、冒険者ポイントってのは一定以上たまるとランク昇格試験が受けられるようになるポイントだ。

 経験値を大量入手したらレベルアップの権利が貰えるってことな。

 そんな訳でランクを上げたい時用にわざわざ保管してた。

 お、あれは……。


「随分と早い再開だったね。キミ」

「いやいや、何言ってんすか。エルさんが受付してたら来るに決まってんじゃないすか」


 俺、他の受付にどんだけ嫌われてると思ってんの?

 そんなの俺の居た席(空いた席)で受付してるおっぱいさんの所に行くに決まってんだろ!

 あぁ、エルさんってのはおっぱいさん、もといギルマスの名前な。

 

 ってか今更だけど、男の受付が居ないのは何でなの?

 まぁ、多分需要が無いからなんだろうけど。

 本当に、俺を雇ってくれていた目の前の人には感謝しないとな。


「てっきりキミはこの街を出ていくと思っていたよ」

「いやいや、ここは自分みたいな初心者にとっては天国ですから。少なくともCランクに上がるまで絶対にこの街にいますよ」


 それが今の俺の目標だからな。


 それに本当にこの街は平和だ。

 何なら死ぬまでこの街で生きても良いと思っている。

 どのくらい平和かと聞かれたら、エルさんがギルドマスターとしての仕事をサボって、受付を出来るぐらい平和だ。

 俺が受付の仕事を始めた3年前から一度も緊急クエストが無かったぐらい平和だ。

 ちなみに緊急クエストってのは、Cランク以上の冒険者への強制参加クエストの事だ。

 もっとも表向きは、だけど。


 他の街では「ドラゴンが出たとなれば、緊急クエスト扱い」だけど、この街の場合「ドラゴンが出た? よっしゃ大金が手に入るぜ!」って感じだ。

 ドラゴンの扱いが非常に軽い。

 他の街で凄腕と呼ばれる冒険者を50人近く集めても負けるかもしれないドラゴンが、だ。


「ドラゴンの討伐クエスト!? よっしゃ、その依頼受けるぜ!」ってぐらい軽い。

 その後、ドラゴンの討伐クエストの取り合いが発生するぐらい軽い。

 ドラゴンという名の報酬が美味しい依頼を巡ってケンカが起こったりするのは、この街の冒険者にとってはただの日常の一コマだ。

 

 ほぼ毎月ドラゴンの討伐クエスト2~3回は出るような街なんだよねココ。

 山の方を眺めたら、ワイバーンっていう、ドラゴンの下位種を目撃できるような街だ。

 俺も、それが普通なんだと思ってた。

 この世界で俺は、この街のことしか知らないからね。


 理由は良く分かっていないが、この街の近くの魔物は強い……らしい。

 必然的にこの街に集まる冒険者のレベルは高い……みたいだ。

 同じDランクの冒険者でも、この街と他の街のDランクの冒険者では、まったくの別物である。

 この街の一般人は、違う場所では冒険者のDランクに匹敵するとかなんとか……。

 実際、外から来た冒険者に会ったことはあるけど、超弱いんだよなぁ。

 Bランクの冒険者に訓練の相手をしてもらったら、俺が楽勝できる程度のレベルだ。

 あ、言って無かったかもしれないけど、俺の冒険者のランクはDな。


 この時、調子に乗った俺がこの街のおっさん達に勝負を挑んでボロ負けしたのは言うまでもない。

 だって、自分が強くなったんだと勘違いするやん?

 あれ? Bランクに余裕で勝てるとか俺、強くね? っておもうやん?

 ついでに、この時ボロカスに負けた俺は『この街のおっさん達に一対一で相打ちに出来る程度には強くなる』という目標が出来た。

 達成できる見通しは、まだない。


 本当に俺は運が良い。

 最初に来たスタート地点が、この世界で『人外の住む街、ランゾ』と呼ばれていることが、だ。


 おかげで「ゴブリンにすら勝てない俺、弱すぎ……」って自信を喪失出来たからな。

 慎重になった結果、知識と戦闘経験を死ぬ気で学べた。

 それこそ、文字通り死にたくなかったって意味での死ぬ気で学べた。

 きっと他の町がスタート地点だったなら調子に乗って、強敵に挑んであっさりと死んでたんじゃなかろうか。

 なんせ俺は、この街の住人にはかなわないけれど、他の街から来たBランク冒険者に勝てる程度には強いのだから。

 他の街がスタート地点だったなら、引き際を見極めらずに死んでいた可能性が高い。


 この街の異常性に気が付いたのは本当につい最近だ。

 一ヶ月前まで、俺は自分のことを「やっとゴブリンの次に強いとされるウルフ系の魔物をなんとか2体同時でも無傷で倒せるようになったへっぽこ冒険者」だと思ってたんだ。

 信じられるか? ここまでに約3年もかかってるんだぜ?

 ギルドの資料室で見た、約3ヶ月で到達できるレベルに、だ。

 ま、まぁ、ついこないだまで一般社会人Aの日本人だったんだし、しょ、しょうがないし。

 って感じで自分に言い訳していた俺は、遂に見てしまったんだ……。


 帰り道で、この街の一般市民爺がウルフを素手で撲殺しているのを、な。

 俺が剣を使って2体倒すのに必死になっていたってのに、7体のウルフを楽々殺している姿を、な。


 その日、俺は少しだけ泣いた。

 あのさぁ……、「外を散歩してたらウルフに襲われたから殺したんじゃよ。あ、死体はやるぞい。達者でな」ってどういうことなの……。

 あと、銅貨3枚の死体を7つ。ありがとうございます……。


 本当に俺は運が良いぜ! 

 この街がスタート地点で本当に良かった。

 散歩してた爺さんにモンスターの死体が貰える街なんてここぐらいじゃないだろうか? 

 他の街がスタート地点でもそれなりにうまくやれていた自信はあるけどな。

 だって、俺はこの街から離れた途端「優秀な冒険者」になれる程度の実力が既にあるんだ。

 この街の一般散歩爺Aにすら劣る実力だけどな!

 はぁ、俺って本当に運が良いなぁ……。


 改めて言うが、現在の俺の冒険者ランクはDだ。

 一応緊急クエストを受けなくても良いランクで止めといた。


 昇格試験に6回連続で落ちてるのはそういう作戦だから。

 うん、そういうことにしておいてくれ。 


 はあああぁ、昇格試験難し過ぎるんやが……。

 試験内容は教官役の冒険者との戦闘で実力を示すことが条件。

 要するに模擬戦で、教官役の冒険者を唸らせることが出来ればCランクに昇格出来るってことだ。

 もっとも、勝つことはおろか、唸らせることもまったく出来ない訳だが。

 

「この街が初心者に優しいって……まぁ、キミからしたらそうなのかな?」


 うん。俺はこの街にめっちゃ優しくしてもらったからな。

 この、冒険者のレベルが基本的に高くて、近隣のモンスターは割と凶暴で、けれど優秀な冒険者が集まる街なおかげで表向きは平和なこの『ランゾ』って街は、いろんな意味で俺に超優しい。

 クソ雑魚認定されてる俺のことを、この街のおっさん冒険者達が何かあったら助けてくれるから危険な狩場でも安全だ。

 この間も、採取クエストの最中に遭遇したレアモンスターから助けてもらったりした。


「そうですよ。薬草がよく採れる森もありますしね。あ、常時採取クエストの依頼と、なんか採取クエストください」

「採取クエストね、……これとか、どうかな?」


 言いながら、おっぱいさんがニヤッと笑う。


 採取クエスト

 ◆ランク:D以上

 依頼内容:上毒草の納品

 報酬:一本銀貨三枚

 数量:制限なし

 備考:無し


 お、昨日の絶対にこの時期には採取出来ない、地雷採取クエストじゃねーか。

 ……もう、とっておく必要は無いよな。

 ヒャッハー!俺のアイテムボックス先輩の力を見せてやるぜっ。


「受けます。そして納品です」


 俺はカバンに手を入れて、アイテムボックスのスキルを起動させる。

 上毒草を三本、カウンターに乗せる。


「…………あぁっ! 元から持っていたって事かい? ちょっと待ってて、今品質の確認を……」


 言いながらおっぱいさんが上毒草を凝視する。

 鑑定スキル持ちって、傍から見るとシュールだな。

 俺はヒマなので、おっぱいさんのおっぱいさんを凝視することにした。

 うむ、立派だな。品質は特上だ。

 間違いない。


「それなりに状態はいいはずなんですけどね」


 なんせ俺のアイテムボックスで眠っていた上毒草だ。

 採取してから10秒も経過してない超新鮮な状態だから、これで品質が悪いとか言われたらキレるぞ。

 これ以上に状態の良い上毒草なんて、この世界にあるはずがない。

 採取したのは確か1年以上も前だけどな。


「……驚いた、この状態なら何も問題はないかな。……どこで取って来たんだい? 上毒草は今の時期取れないはずなんだけどね」

「秘密の狩場です。教えませんよ」


 言いながら、追加で三本上毒草を出す。

 あと、性格悪いっすねおっぱいさん。

 今の時期に上毒草が採取出来ないの知ってて、俺にその依頼出したんですね。

 まぁ、ニヤッと笑ってるおっぱいさんを見られて個人的には得した気分だけど。


「……いくつ持ってるんだい?」

「あと50本ぐらいですかね?……あぁ、56本ですねー」


 俺のアイテムボックスのここが凄い! その1

 俺のアイテムボックス先輩は、どのアイテムがいくつ入っているかが集中すると分かる。

 重量換算でも可。


「ふふ、大仕事だね。……全部納品するんだよね?」


 何だかおっぱいさんから黒いオーラを感じる。

 ハッ、まさかおっぱいさんのおっぱいさんを凝視していたことがバレたのか?

 いや、バレていたのか……。

 これは断れんな。

 なんせ、おっぱいさんの頼みだし!

 ただ……。


「全部納品しても良いんですか? ……銀貨180枚ですよ?」


 銀貨3枚×60で180枚の銀貨である。

 えっと、金貨18枚っつたら、5年、いや6年は遊んで暮らせる額だろ?

 ……ごめん、今のは俺基準の計算だったからやっぱりナシ。

 この街の平均的な暮らしで考えたら、10年は余裕で生きられる額だわ。

 そんな大金を一日で動かして大丈夫なのか?


「良いに決まってるじゃないか。納品上限を設定しなかった依頼主、薬剤ギルドが悪いのさ」


 ふふふ、とおっぱいさんが笑っている。

 うーん。もしかして、冒険者ギルドと薬剤ギルドが仲が悪いって噂は本当じゃったか。

 主にポーション関係でもめるって聞いてたけど、一般職員Aをしていた俺には分からんかったぜ。


「薬剤ギルドの人と、仲、悪いんですか?」

「いやいや、そんなのはただの噂さ、で、当然全部納品するんだよねぇ? ついでに、もう少し、あと2、3本でもいいから追加で採取してきてくれないかい? 報酬は払う。いや、絶対に払わせるよ」


 うん。断れんなこれは。

 なんせおっぱいさんの頼みだからな!


「じゃぁ、これ、置いていきますね」


 言って、俺は上毒草56本をカウンターに置く。


 さて、宿に戻るか。

 一応、採取に行ったフリだけでもしとかないとな。

 上毒草はまだまだたくさん持ってるんだけどさ。

 あ、恒常採取クエスト受けるの忘れた……。

 明日で良いか。


 ◆


「追加でーす」


 言いながら、おっぱいさんの頼みだった、上毒草をカウンターに置く。

 ちなみに、遅くまでアイテムボックス先輩から、カバンに移すという作業をしていたので、今はもう夕方になってしまった。

 あと、屋台を回って買い食いとかしてたら遅くなった。


「何本あるんだい?」

「キリの良いところで終わらせたかったので、140本あります」


 昼頃に納品したのと合わせて丁度200本だ。

 ホントは後300本近く持ってるけど、流石にこれは出さないよ。

 上毒草大先輩は、貧弱な俺にとっては切り札になる予定だからな。

 主に『毒矢』的な意味で。


「ふふふ。全部で200本か……。やったねキミ! これであのタヌキの困った顔を見られるね!」


 うん。おっぱいさんが喜んでくれたみたいで俺も嬉しいよ。

 あと、薬剤ギルドのおっさんは、タヌキ面という認識で良いのかい?


「でも、こんなにたくさんの上素材を『今』納品しても良いのかい?」


 うん。

 もう、良いんだ。


「Cランクに上がるまで、まだ時間がかかりそうなのでしょうがないですよ」

「そうかい? ……勿体無いね。これだけの量があれば、Cランクに上がった後、すぐにBランク昇格試験を受けられるはずなのにね」


 うん。

 俺もね?

 俺もそのつもりだったんだ。

 だから、レア物の素材は納品しないで持っておくことにしたんだ。

 でも、さ。

 俺、後5年ぐらいはCランクに上がれる気がしないんだよ。

 だって俺、この街の一般散歩爺よりも弱いんだぜ?


 だから、もう、良いんだ。


「冒険者のポイントを貯め込むとか、次に持ち越すとかはできないんですよね?」

「うん、もしそんなことが出来たら、ドラゴン一匹倒すだけでみんなBランクまで上がれちゃうからね。この街の場合、駆け出しの冒険者が単身でドラゴンを狩ってくる、なんてことも時々あるしね」


 なんなのその人外。

 本当に俺と同じ人間ですか?

 へこむんだが。


「まぁ、キミの場合は記憶喪失って事もあるし仕方ないさ。間違いなくこの街の出身じゃないだろうしね。はい、報酬だ」


 俺が落ち込んでいる間に清算を終わらせたらしい。

 相変わらず仕事の出来る人だな。

 あとその発言は遠回しに「この街の出身じゃない雑魚なんだから気にするなよ」って意味?

 ますますへこむわ。

 

 落ち込んでいる俺を励ましながら、おっぱいさんが俺に寄ってくる。

 おぉう!? なんだ、ナンダ?

 あ、良い匂いがする。


「大金だから家に帰ってから確認するんだよ」

「ひゃい!」


 耳元でささやかれるのって、こんなにテンション上がる物なんだな。

 変な声が出ちまったぜ!


「ふふ、じゃぁ。お疲れ」


 あぁ、おっぱいさんがスキップしながらカウンターの奥に行ってしまった……。

 おっぱいさんが居た席には、小さな袋だけが残っている。


「帰るか」


 俺はクエスト報酬の入っている袋を持って――。

 ん? 軽いな。

 ……気になる。が、宿に帰ってから見ないと。

 おっぱいさんの頼みだからな!




 俺は妙に軽い報酬袋を開きたい欲望を抑えながら家に帰った。


 途中から、早く宿に帰って報酬袋を開けたかったのか、気が付くと俺は走っていた。

 いや、走って宿に帰った理由はもう一つあったな。

 俺は、年甲斐もなくはしゃいでいるんだ。


 明日は俺にとっての『初めての遠足』だ。

 いや、これからはきっと毎日が『遠足』になる。

 というか、そうする。


 その為に。

 受付業務を経験したことで、『クエスト選びの基準』を学び、

 戦闘訓練を経験したことで、『自分の今の実力』を体で学び、

 資料室に入り浸ったことで、『この世界の事』を学んだのだから。


 これから先の生活は、俺にとっては未知の世界で、

 これから先の自由は、俺にとっては最高の時間で、

 これから先の冒険は、俺にとっては驚きの連続で、

 小学生の遠足のような、「ワクワク」がなければ意味がない。


 俺がこの異世界で求めるのはただひたすらに『自由』だ。


 毎日決まった行動をしていたあの頃には戻りたくない。


 朝起きて、会社に行き、

 昼は外で取引先に赴き、

 夜は書類整理に追われ、

 仕事が終わらないのを理由に残業を繰り返し、

 休日は疲れをとる為にただひたすらに眠る。


 無論、楽しいこともあった。

 美人な妻を得られたことは俺にとって幸いだった。

 子供の成長を見ているのは嬉しいものだった。


 もっとも、一時期の事ではあるのだが……。


 もう、生きる為に生きていたのか、仕事をするために生きていたのか、生きているために仕事をするのか、わからなくなる生活には戻りたくない。

 あんな死に方をするために俺は真面目に働いていたのか?

 ――と、自問自答したくなるような生き方には、もう、うんざりなんだ。


 今度こそ俺は、自分の死にざまにキチンと納得できるような生活をしなければならない(・・・・・・・・・)

 でなければ、死んでしまった意味がない。


 今度こそ俺は、身勝手に生きる。

 今度こそ俺は、自由に生きる。

 でなければ、きっと、俺はまた自問自答をしてしまう。


 俺が欲しいのは安定した収入ではなく、自由だ。

 もう、誰にも束縛されたくない。自分の事は自分で決める。

 俺の金は俺の為に使う。俺の時間は俺の為に使う。


 その為の準備は、もう出来ている。


 毎日が遠足のような冒険者の生活(ファンタジー)が遂に始まる。

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