そのスキルは幸運を呼び寄せる4 戦闘
ま、一瞬で終わらせてやるなんて、かっこいいこと言ってるけど、実際は『うまくいっても、いかなくても一瞬で終わる』が正しいんだろうね。
うまくいったら俺はそのまま逃げる、うまくいかなかったら俺はこのまま死ぬ。それだけ。
だから勝負は一瞬で終わる。
要するに、俺の攻撃が成功するか、オークの迎撃が成功するか、それだけ。
俺は、ゆったりとこちらに向かって歩いてくるオークを警戒しながら、アイテムボックス先輩から武器を取り出す。槍だ。
先端が鋭く、真っすぐに伸びた3メートルほどある槍で、非常に重い。
ドレアスっていう【何故かどこからか現れる、親切な冒険者さん同盟】に参加してるおっさんで、俺に槍を教えてくれたおっさんで、最初の頃によく世話になったおっさんで、俺に槍の才能がないことを教えてくれたおっさんで、それ以降は若干疎遠になって【何故かどこからか現れる、親切な冒険者さん同盟】にも気が付いたら参加していたようなおっさんで、槍以外の武器で頑張ると告げた時にこの槍を俺にくれたおっさんだ。
槍ってのは重い。振り回すのも非力な俺ではうまく行かない。だから使うのをやめた。
この槍をくれた時ドレアスは「この槍が振れるようになったらまた習いにこい」とか言ってたけど、俺は早々に自身が戦闘向きでないことを悟り、オレンに斥候技術を学ぶ道を選んだ。だから今だって槍なんて振れない。
けど、この状況で恐らく一番役にたつ武器だ。
俺の貧弱な筋肉で、オークに傷をつけようと考えたら突破力の面から見て槍一択である。
生きて帰れることが出来たらこの槍をくれたお礼を言わないとだな。
それに、クソガキの仕事をオレンに押し付けられたのもドレアスのおかげだ。
昔一緒のパーティーだったとか聞いたし、今となっては色々と話をしてみたい相手だ。
オークとはまだまだ距離がある。先程の追いかけっこは、オークを疲労から歩かせる程度には意味があったようだ。
え? 俺のことをナメているから、ゆったり歩いてくれてるだけだって? ならそれでも良いや。
俺は、アイテムボックス先輩から草を取り出す。
先程大量に採取した三日月草だ。
この上なく苦いが、むしゃむしゃとむしゃってやった。
俺は、アイテムボックス先輩から武器を取り出す。安物の剣だ。
特筆すべきことはないただの剣だ。
それを左腕に布でぐるぐると縛り付け装備すると、毒液で槍の先端を濡らし、距離を詰めてきたオークに向かって毒壺を投擲する。
槍の先端から、右手にまで垂れてきた毒で右手に激しい痛みを感じるが、三日月草を食べた今なら毒が回っても死にはしない、と自分に言い聞かせて耐える。大丈夫大丈夫。こんなん左腕に比べたら軽症だし。
毒液を入れた壺はまたしてもオークの棍棒によって粉砕される。が、それが毒だとはわかっているようで、オークは体を動かし毒を避けていく。
今回は体に浴びた量が少なかった。
そのまま腹が毒まみれにでもなってくれると助かったんだがな。
どうやらオークは馬鹿ではないらしい。クソガキさんとは大違いだ。
もしかしたらオークの方がクソガキなんかよりも賢いかもしれん。
壺を投げつけられたことに腹をたてたのか、オークがやかましく吠える。
「ガァアアアアアア「うるせえんだよオーク如きがあアァあああアアアあアあああぁああああああアァあああああっ!!」」
吠えながらこちらに向かってくるオークを見て、槍を右手に強く握り、構える。
オークの声に気圧されないように、こちらも社蓄生活によって鍛えられた発声方法を実践しながら、木を蹴り、頭からオークに向かって飛び込んでいく。
「アアアアアアアアアアア!!」
オークが右腕に持った棍棒を外側から俺に向かって振るう。 このまま俺を地面に向かって叩きつけるつもりなのだろう。 俺は重力に従って落ちている最中だ。 避けられるはずもない。 それを、左腕を振り上げ、受ける。 アレンとかいう大剣を使う筋肉馬鹿にどつきまわされている俺は、力のこもった一撃を受ける方法を知っている。 受け止めようとするのは無理だ。 腕ごと持っていかれるだけ。 避けるのがベストだが、今の状況ではそれは無理。 では、どうするのか? と聞かれれば、答えは簡単。 受けた上で、力の流れる方向をかえてやれば良い。 その方法を痛い思いを散々して俺は習得している。 体をねじるように動かし、力の流れを右腕に伝える。 左腕からはオークの力が常に伝わってくる。 左腕が痛みで悲鳴を上げている気がする、尋常じゃない痛みとともに剣が砕ける音を聞いた気がする。 それでも、オークの攻撃は終わっていない。 砕けた剣の破片が腕に突き刺ささったようで、血が流れ始めた。 痛ぇ。痛みがこのタイミングで戻ってきやがった。いっそこのままちぎれてしまえ、と思う程の激痛だ。 左腕の痛みを掻き消すように俺は声をあげる。
「あああああああああああああああ!!」
踏ん張りがきかない。 当然だが今の俺は力の入るような体制じゃない。 だがそれは、今、オークの放った攻撃の全てが俺の体を通った先には力の逃げ道がないということだ。 俺は自身の重さとオークの攻撃で数秒後には地面に叩きつけられるのだろう。 だが、その前に刺す。 オークの右腕から伝わった力を、俺の左腕から全身を使って、右腕に持った槍に伝わっている。 それをオークの腹に向かって突き刺す。 よし、刺さった!
「アアアアアアアアアアアアアアア!!」
今のオークは『俺』を通して自分の力で自分の腹に槍を突き立てているようなものだ。 非力な人間の力では傷などつかないのだろう肌を、俺の持った槍は貫いていく。 槍が貫通し、地面に突き刺さる感触と同時に手を放し、そのまま空中で反転、俺はオークを押し倒すようにして背中からオークの腹に向かって落ちる。 その後素早く右腕から地面に着地し、勢いのまま転がるようにしてオークから離れる。 あぁ、くっそ。 着地に失敗しちまった。多分右手の指が今ので何本かイカれた。 地面にうつ伏せに倒れたまま顔を上げると、オークは人一人が木の上から腹に落ちて来たというのに、一歩も動くことも無くこちらを見据えていた。 転がっている最中に攻撃をされなかった結果から見て、あの腹に刺さった槍は一時的に杭として機能してくれたようだ。
俺の『一瞬の勝負』はうまくいった。
ここからどうなるのかは運しだいだが、俺は運が良いらしいし、多分俺の勝ちだ。
なんせ俺は超幸運だからな。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
騒ぎながら、あっさりと槍を自身から引きぬくオーク。
そのまま何事もなかったかのように、オークは俺に向かってふらふらと歩き出す。
逃げ出そうにも、先ほどの攻防で既に俺は瀕死の状態だ。
このままオークにぶちのめされるとしたら、俺に運がなかったというだけのこと。
ゆっくりとオークの傷が塞がっていくのを見ながら、どうなったのかを見守る。
ふらふらとこちらに向かっていたオークが、俺から数歩手前で膝をつく。が、すぐに立ち上がってこちらに向かって歩き出す。
俺は引きつったような笑みを浮かべながら、内心では焦りと安堵の両方の気持ちが湧き出ていた。
オークは毒が回り始めている。
更に数歩、オークがこちらに向かって歩く。
うつ伏せの体制のまま、ゆっくりとオークが近づいてくるのを眺める。
眠い。早く家に帰って寝てしまいたい気分だ。
だが、まだだ、こういう時は家に帰るまでが遠足だ。
オークが一歩進むことで、俺の死が近づいているんだなぁ。とぼんやりと思いながら、俺は、その瞬間がくるのを待つ。
オークが俺の元に到達する。
お互いに息が荒いが、自分の足で立っているし、オークの方がまだまだ元気だ。
オークが棍棒を振り上げるのを見て、俺はころころと地面を転がる。
転がるときに、脇腹がズキズキと痛んだりもしたが、気にしないようにして、ころころと転がる。その後、ズドン! と、近くで音がした気がするが、俺はまだ生きているようだし、何も問題はない。
その後も、オークは俺の元に到達すると棍棒を振り上げる。
その間に俺は転がる。ズドンと音が鳴る、ということを何度か繰り返す。
ころころころころズドン、ころころころころころころズドン、ころころころころころころ……。
ズドンが来ない。
が、気を抜くのはまだだ、あと二回転がって少しでも距離を稼ごう。
ころころ。
そして、顔を動かしオークを見やる。
「やっと毒が回りきったのか」
オークは俺と同じように地面に倒れていた。
違う点があるとするなら、俺は今、背中が痛まないようにうつ伏せになっているが、あいつはあおむけで倒れているという事と、その口から泡を吹いている所が違った。
ピクピクと動いてはいるので、恐らくまだ生きているのだろう。
が、少なくとももう動けないだろう事は確実だ。
ごろごろとしていたおかげで、なんとか体を動かすことは出来そうだ。
ゆっくりと立ち上がり、ポーションをがぶがぶと3本飲み干す。
うん、多少楽にはなった。左腕に巻いた布を取り去り、剣の破片をぱらぱらと落とし、アイテムボックス先輩に収納していく。
その後、適当な枝を拾い上げ、もう一度腕を固定した。
この間、痛みらしい痛みを感じることがなかったので、もしかしなくとも俺の左腕はもうダメかもしれない。
一瞬痛みが戻ってきたと感じたのはどうやら勘違いだったようだ。
そのまま、ふらふらと歩き、槍を回収する、ついでにオークの傍に転がっていた棍棒も回収する。
そして、俺はアイテムボックス先輩から武器を取り出す。
大剣だ。
アレンに勧められて買ったものの、一向に使いこなせる気がしない一品である。
ただし、振り上げてそれをおろす程度なら出来る。
とはいえ、死に際の獣が一番恐ろしい。
俺だって、このままだとどうせ死ぬから、という理由で戦闘を挑んだのであり、冷静な頭で居られたのならそもそもオークに戦いを挑むなんて馬鹿な真似はしていない筈である。
冷静に考えて、石を投げるだけで俺を吹っ飛ばせるような奴に自分から飛び込むとか正気じゃねぇわ。
何とかうまくいったから良いけど、オークの棍棒の振り方一つで余裕で死ねる行動だったからな、あれ。
少なくとも、内側から外に振る動きで棍棒を振られてたらその時点で死んでる。
他の振り方は、木の上に登ったことで制限されているとは言っても、やはり正気と言えるような行動ではない。
壺の弾きかたを考えたら、内側から弾くように棍棒を振られていたかもしれないのだ。
もう一度やれとか言われても絶対に嫌だ。
とりあえず、オークが暴れ出す可能性を考慮して、すぐに逃げられる位置から切ろう。
ひとまずオークの足を狙って振り下ろすがキイィイン、とハンマーで鉄を叩いたような音をだして終わった。
オークが手足をジタバタさせ始めたので、急いで離れる。
…………どうやら立ち上がって襲ってくるなんてことはないようだ。
ってかなんだよあの硬さは?
振り下ろしただけっつても、この大剣30キロ超えてるメッチャ重い奴だぞ。
ん? どうやって振り下ろしたのかだって? 鍛えてるからな、それぐらいは……あれ? 今気が付いたんだが、俺って今右手だけで振り下ろしてたよな?
しかも指が痛いからきちんと握ってた訳でもない。いつもは両手使ってやっとなのになぁ。
アレかな、火事場の馬鹿力的な何かが働いてるのかもしれない。
そう言えば、体の痛みが鈍いのはアドレナリン? のおかげなのかな。どっかで聞いたことのある知識だから正確なことは何も知らないけど。
いずれにしても少し急いだほうが良いな。
今の若干ハイになってるテンションじゃなかったら、このオークにトドメをさせない。
手足バタバタしか出来ないなら首を直接狙った方が良いだろう。
というわけでオークの動きに警戒をしながら、もう一度大剣を振り上げてオークの首に打ちおろす。
地面でも切ったような、鈍いドスッという音を立ててオークの首はあっさりと切断された。
どうやら、オークの首はそれ程硬くないらしい。
なんでだろうな?
筋肉がそれ程首周りにはついてなかったのだろうか?
あ、そういえば首の筋肉の鍛え方ってかなり特殊なんだよね。
ラグビーやってた知り合いに聞いたことあるけど、普通は首の筋トレなんてしないわな。
知ってる? タオルを頭に巻くようにして片手に持ってさ、それを外側に引っ張りながら、頭は逆方向に力をいれて鍛えるんだぜあれ。
普通の生活してたら一生鍛えられないような方法だろ?
だからきっと、オークの首を切断できたのはそういうことなんだろう。知らんけど。
俺は『不燃ゴミ』カテゴリのアイテムを順番に取り出し、それを『道具』カテゴリに移していくという作業を終え、アイテムボックス先輩に新しく『死体』カテゴリを作った。
オークの死体と頭を『死体』カテゴリに収納して俺は街に向かって歩き出す。
多分、これはギルマスに見せた方が良いものだからな、分解せずにもってかえるさ。
はあああぁぁぁ。マジで収納出来て良かった。
アイテムボックスにしまえたって事は本当の本当にオークを殺せたって事だ。
ようやく自分がオークに勝って、生き残れたって実感がわいてきた。
ちなみに不燃ゴミってのは、折れた剣と、その破片たち。他には毒を入れてたら穴の開いた鍋とかを収納していたカテゴリだ。実質ゴミだけど、元道具って扱いでしまえるって事は知ってた。
え? 壊れた鍋はともかく剣の破片が道具扱いな理由? 知らないよ。出来るんだからなんだって良いだろ。細かいこと気にしてっとハゲんぞ。
なんで不燃ゴミをとっておいたんだよと聞かれれば、思い出の品たちだったので、捨てる気になれなかったというだけだ。
やっぱ、初めて折った剣とかは記念として持っておきたいじゃん?
それと、今日は俺の剣だったが、狩場に行くと時々そういうのが落ちてるんだよね。
だから適当に拾って集めてたのもあるぞ。
なんで? と聞かれたら、昔草集めしてる時にそういうので指を切ったことがあるからだな。
決して俺が綺麗好きな性格で、道端に落ちてる空き缶感覚で集めてたわけではない。
剣の破片とか、草の根かき分けてウサギ探してる時に指先に刺さってケガするし、マジで嫌い。
ホント、この世界のウサギって最悪だろ?
ホントにあいつら絶滅しないかな。
そんなことを考えながら、俺はフラフラと街に向かって歩き出した。
◆
だいぶ時間が過ぎ、そろそろ街に着くなぁという頃、なんとなく木に登った方が良い気がしたので木登りした。
いつもより若干時間をかけて、木に登りきる。今回は気を抜くことなく弓もきちんと用意する。
これで二体目のオークとかだったら確実に死ぬな、とか思っていると「ワンワンバウバウ、ワンバウウ」とウルフたちの鳴き声を聞こえてきた。
「なんで今このタイミングで来るんだよ、しかも明らかに複数だし」
と、自分で呟いてから、あぁ、もしかして今日ウルフを見かけなかったのは、オークが怖くって森の奥に引っ込んでたって事なのか。
んで、オークが死んだから戻って来たとかそんな感じか。と想像してみる。
「お前らが怖がってたオークをぶっ殺したのは俺なんだよ。だから見逃したりしてくれないか?」
俺の前に姿を現したウルフにむかって話かける。
うーん、目の前に3匹と……周りに6匹かな? なんとなくそんな気がする。
「ワンワンワン」
「えー、犬語とか俺喋れないんだけど」
犬じゃないって? 似たようなもんだろ。鳴き声もワンだし。
「バウバウバウバウ!」
「ゴメン、ウルフ語も無理だったわ」
俺が登っている木をガリガリと引っかいてくるウルフを撃退する為に、取り出していた弓を構えようとしたところで、あぁ、そう言えば痛くないから忘れてたけど左腕ダメになってんじゃん。と思い出す。
さっき片腕で木登りをしたときにでも気が付きそうなことなのに、弓を構えようとしてから気が付くとか、俺は本当にもうダメかもしれない。




