そのスキルは幸運を呼び寄せる3 逃走
とりあえずはオークの名前が「グレイオーク」となっている所には突っ込みを入れたい。
そこはグレイトオークじゃないのか、と。
普段なら、このまま誰かが俺を探しに来るってのを待ち続けていたと思うんだが、今日の俺には無理だ。
何故かと問われれば、俺、昨日からずっと。いや、もしかしたら一昨日になってるかもしれないけど、寝てないんだよ。
キノコ狩りの前準備のせいな。
…………はぁ、また俺の行動が自分の首を絞めてる。
そもそも、今日いつもより早く森に入った理由は早く用事を済ませて寝る為だったのに、どうして少し遠回りとかしちゃったんだろうな。
あぁ、そんなことしないでとっとと寝とけよアホ、ってのはナシな。
毎日夜の狩りをしていた俺の体は、今では夜に狩りをしないと寝れない体になってるんだわ。
なんかすげぇ一文になってる気がするけど気にしたら負けな。要するに習慣になってる行動を済ませないと眠れないんだわ。
まぁ、結局何が言いたいかって言うとさ。
今、すっごく眠いんだよね。
あとちょっとだけ頭痛い。
ずっと気を張ってたんだけど、鑑定内容のNDKを見てたらなんか気が緩んだ。
小便の時は今までの人生で一番真剣に小便をして、その後もメッチャ集中出来てたのになぁ。
あ、またなんか凄い一文になってるけど汚いとか思うなよ?
パンツ履いてる状態で小便をしたけど、すぐさまアイテムボックス先輩が回収してくれてたから別に汚くねぇから。
まぁ、ともかく。
そろそろ覚悟決めないといけないみたいだから行動に移そうか。
俺だってここ数時間、小便のこととか、クソガキの末路とか、ギルマスのことばかりを考えていた訳ではない。
最悪、戦闘をしなければならないとなった時の行動ぐらい考えていたさ。
ま、といってもやることは毒殺なんだけどな。
というわけで、いつも用意していたが利用する機会が一向になかったものを壺ごとオークに投擲してみる。
「グガァ!?」
よっし、後頭部にぶちまけることに成功した。後は場所の移動を――。
うん? 来ないのかよ。いや、来ない方が良いんだけどね。
わざわざ逃げなくて済むならこっちの方がはるかに良い。
ちなみに投擲したのは毒矢に塗る為の毒液な。
毒キノコをベースに作ってみたんだが、強力過ぎて手にかかった時に皮膚が爛れたからそれ以降使ってない。毒矢を使うたびに手が爛れるとかやってらんねぇよ。服着てても染み込んでくるしさ。
そういう訳で利用機会がなかった猛毒だ。
毒に苦しんで死んでくれ。
「ガァアアアア!!」
オークが大声を上げて暴れている。
どうやらあの猛毒はオークの肌にも効果があったようだ。
そのまま息絶えてくれると助かる。
っと、今のうちに出来るだけ遠くに逃げてみましょうかね。
とりあえず罠をセットして、っと。
…………
………
ここにも置いてこ。
……
…
「ガァアアアアアアアアア!!」
うっわ、追いかけて来てるよなぁこれ。
しつけぇなマジで。
あ、ここら辺にもばら撒いておこ。
あぁ、罠として設置したのは毒入り弁当だ。
ウルフたちの為に用意したけど食べてもらえなかった奴な。
魔物の好みに合わせて肉だ。
毒キノコとか、毒液とかをアクセントに加えた一品だ。
あいつも腹が減ってるだろうし、今なら食ってくれるんじゃないかな?
一応、振り返って確認してみる。
これで罠にかかってなかったとしたら今後の俺の対応が変わる。
ふんふん。どうやらちゃんとオークはばら撒いた餌を食べてるようだ。
良かった、ウルフみたいにわずかな臭いで毒物だと判断するような賢さと嗅覚はないってことだな。
これで多少時間稼ぎ出来るし、何とかなりそうだな。
……………
…………
………
……
…
何度か同じことを繰り返し、再度オークを見るために振り返る。
すげぇ、あのオーク頭から煙出てやがる。
アレが超再生さんの力なんだろか。
ずっるいなぁ、もう。
ピンピンしてるじゃんあのオーク。
さっき投げた毒はオークを怒らせただけで終わってしまった。
凄いな超再生。マジであのオーク倒せる気がしない。
ま、知ってた。
どうせ死なないんだろうな~って思ってたよ。
ちょっ、なんで周りの木に八つ当たりしてくれてんの!? しかも、オークが棍棒を振り回すと木がなぎ倒されるとかマジ?
もしかしてさっきの投擲で俺が木登りしてたのバレたってことか?
いや、今は木登りしてないから良いんだけどね。
今の内に距離を稼がせてもらいますかね。
ふっ、ビビらせやがってクソオークめ。バーカ、バーッカ! その辺りに俺はいねぇよ。一生八つ当たりしてろ! しょせん魔物は獣並みの知力ってことだな。
っつ! 急にこっち見んじゃねえよ! ビビんだろうが! ハッ! そんなこと言ってる場合じゃねぇ!こっち来る! ゴメン、馬鹿にして悪かった。謝るからこっち来んな!
お前絶対にホントは俺の居る位置わかってんだろ!?
マズイマズイマズイマズイ。
適当にそこら辺に物を投げてオークの気を逸らしてやらないと、このまま真っすぐ突っ込まれたらすぐ死ぬって!
ヤバイヤバイヤバイ!
オークと追いかけっことか楽しくねぇんだよクッソ。
しかも負けが決まってる追いかけっこなら尚更だ。
ッ、今なんか俺の横を高速で通り抜けてったんだけど!
怖い怖い怖い怖い。
オレンと訓練してなかったら今の絶対当たってた!
ッツ、また飛んできたし! 何を投げてんだよあのオーク!
あ、通り過ぎた木に石がぶっ刺さってる。
アレなの? オークさんが投げた小石は木すら砕いちゃう感じなの?
っわ、やべぇこれいつか絶対当たる。
木登りしとくべきか!?
グッハァ!? オイ、かすっただけでメッチャ痛いんだけど! 脇腹をかすっただけで地面にぶっ飛ばされるとか色々ビックリなんですけど!
迷ってる場合じゃねぇな。血の匂いが腹からプンプンしてるけど、ウルフみたいい鼻が良いって訳ではなさそうだし、しばらくは大丈夫かもしれない。
ここは腹の治療をする為にも木登りしとくべきだな!
ッラァ、オレンに貰った煙玉っぽいなにかを喰らえっ。でもって木登り、あぁあああっ脇腹がいてぇ。
でも、こんなん冒険者のおっさん達にどつき回される痛みよりも何倍もマシッ。
よし、なんとか登りきった。ここで少し休んでから――。
って落ちる!? 煙モクモクしてる状況だってのに、当たり引くの早すぎんぞクッソ。
オラっ、これでもくらいやがれ。
脇腹を怪我してる状態で木から落ちながら物を投げるとか、俺、地味に超人化が進んでんな。
ッデェ!! 腕! 左腕折れてるんだけど!? 明らかに曲がっちゃいけない方向に腕がプラーンしてんだけど!
……受け身ぐらいとれれば良かったんだろうけど、投げるのに集中しててそれどころじゃなかった。
あぁ、俺、マジでヤバくない? 体がすっごい痛いんだけど。
全然俺の超人化なんて進んでなかったわ。
「グガアァ!?」
よっし、投げた物は当たっていたようだ。
いや、当たったっていうよりは投げつけたものを弾こうとしたオークさんの顔面に中身がぶちまけられたって感じだけどな。チラっと見えた。
オークさんがマヌケで怪力な魔物のおかげで助かった。
普通に避けられてたらこうはならなかっただろうからな。
これで数秒は稼げる。
ってか、投げられた壺を手で弾こうとして砕くって、どんな怪力だよ。
マジで近寄りたくねぇ。
オークの視界が塞がってる今の内にポーション飲んでおくか。
メチャマズイ緑色の一番効果が良い奴な。こんな時に出し惜しみしてたら死ぬし、自重せずに使っていく。
ぷっは、マジでこの味は無理。なんでこんなにまっずいんだよこれ。
傷口にも浴びせとかないと。ッソ、脇腹にメチャ染みてイテェ。
あと腕は……フンッ、だぁぁああああああっ!! メチャクチャいてえけど、何とかあるべき位置に戻せた。
適当にそこら辺の枝とローブで固定して、ここにもポーションかけてっと。
もうマジで無理、何で逃げてるだけなのにもうこんなボロボロにされてんだ。
こんなん、戦おうと思った瞬間に殺されんだろ。
ちなみに、今投擲したのはゴブリンの血+毒な。
一向に使い道がないゴブリンの血をどうにか有効活用すべく、毒と混ぜた奴な。
血を投げつけた理由? ちっと気になることがあったからその確認だ。
「ゴォアアアアアァ!!」
立ち直んのはっや、さっきので毒に耐性でも出来てんのか。
それともやっぱ、治ったって言ってもあの猛毒は結構効果的だったのだろうか?
さて、逃げる前にこれも体に浴びないとな。
うぅ、わかっていたとは言え、あんま良いもんじゃないな。
うっぐ、若干ねばねばしてるんだなゴブリンの血液って。
準備できたし、逃げないとな。
………
……
…
「ガアァッ!!」
っとと、追いかけてくんのも早えなオイ。
ま、血を投げつけただけだし、こんなもんだよな。
よし、この辺りにも適当に捨ててくか。
どんだけ時間稼ぎになるかわからんけどな。
……………
…………
ここにも捨てていこ。
………
……
…
逃げてる最中に後ろで騒いでんのが聞こえたから、多少は誤魔化せたみたいだけど。
あぁ、そろそろ追いついて来るな。適当に木登り木登りと。
こうしとかないと、アイツを上から殴れないからな。
少しでも生き残る確率を考えたら、結局これしかないわ。
丁度俺が木に登り終わったと同時に、俺を見てオークが吠える。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
あぁ、マジで怖え。
だいぶ怒らせてしまったみたいだ。
目が血走ってらっしゃる。
まぁ、なんていうかここまでは予想通りで助かった。
思ったより距離も稼げたしな。
でも――。
「もう手詰まりなんだよな……」
つか対応策をポンポン思いついてたらさっさと行動に移してるって話なんだよね。
ここまでにやったことは3つだ。
1、毒薬をぶちまけて逃げる。
2、毒餌をまいて、その間に距離を稼ぐ。
3、ゴブリンの血をオークにぶちまけて、自分もゴブリンの血を頭からかぶる、その後適当にゴブリンの血をそこら辺にばら撒くことで時間を稼ぐ。
最後のは逃げてる最中に思いつきでやってみたことだが、思いのほかうまくいった。
ちなみに確認したかったことってのは、あのオークが何を基準に俺の位置を確認してるのかってことな。
鑑定で見た探索スキルには、正確な位置はわからないみたいなこと書いてあったのに、さっき木に登った時はメッチャ正確に突っ込んでくるんだもんあのオーク。何であんなに正確に位置を捕捉されていたのか気になったので確認した。
あのオークは十中八九、嗅覚で俺の位置を特定してる。
最初は身じろぎをしただけでバレそうになったから聴覚かとも思ったが、多分最初のはただの偶然だったのだろう。ビビらせやがってクソ。
脇腹をかすった後に、一発で登ってる木を粉砕されたのが決め手だった。
ゴブリンの血をばら撒いただけで結構な時間を稼げたことからも、ほぼ間違いないだろう。
毒餌を食った理由? オークが馬鹿なだけって線もあるけど、あの時のオークって俺の投げた猛毒を頭から浴びてる状態だったんだよね。そりゃ、そんなときに目の前から毒の匂いのする肉が置いてあっても普通に食うわな。自分の頭からも同じ匂いしてるんだし、毒の匂いになんて気が付かんわ。
遅効性の毒だから、食った後にはすぐに苦しんだりもしないもん。そりゃ腹減ってたらバクバク食べますわ。
あぁ、オークが腹を空かせてるっていう推測はギルドの資料室で読んだ記述からな。
オークって、腹が空いてない状態だと絶対に狩りをしない魔物なんだってさ。
すっごいわかりやすく言うと、腹がいっぱいになってるオークは、こっちから手を出したり、不用意に近づいたりしない限りは無害ってことな。
正直、毒餌だけで満足してくれないかな、と期待もしていたんだが、怒らせまくってる今となっては関係ない感ある。
はぁ~、ファーストコンタクトミスったかも。
最初から永遠と毒餌投げとけばよかった。
いきなり猛毒を投げつけたもんなぁ俺。
クソガキさんのこと『初対面の重要性知らないの?』なんて馬鹿に出来ねぇわ。
俺もミスっちまったもん。
あ、目がメッチャクチャ良いって可能性は考えるだけ無駄な。
さっきは煙玉のモクモクした状態ですら俺の登ってる木を正確になぎ倒したんだ。
嗅覚がヤバ過ぎて、仮に目を潰せたとしても普通に追跡されるわ。
まぁ、そんな感じで自分の血の匂いを誤魔化すついでにゴブリンの血を体に浴びせた訳だが。
「そのせいで今も思いっきり場所バレてんだよね。まぁ、時間稼ぎの為にしたことだって割り切ればいいのかもしれないけどさ」
木の上にいる俺を見るオーク、そして、木の上からオークを見下ろす俺。
ほんと、自分の匂いを隠すために更なる匂いで上書きするとか、あの時の俺は何を考えてたんだろうね?
これじゃあ、もう木の上に登って隠れるって事は出来そうにない。
ま、あの時に何かしなかったらそもそも生き残れてなかった気もするから仕方ない気もするが。
どうせ何もしなくても、脇腹から流れる血の匂いで位置の特定とかされてそうだしな。
あと左腕な、骨折しただけじゃなくて血も結構出てた。
おぼろげな知識だが、酸素が骨? に入ると最悪その部分は切断しなきゃいけないとかなんとか。
そんな訳で、俺の左腕はもうダメかもしれん。異世界だから魔法で何とかなる可能性はあるけど。
「今日の俺はアレだな、自分で自分の首を絞め落としに来てるわ。んでもって、今は自分のせいでまじで首が落とされそうな状況になってるわ」
朝、キノコ狩りで睡眠不足になりに行く。そのせいで今は寝不足で頭が痛い。
昼、関わらなくても良いことに首を突っ込んでメッチャ罰金払わされる。そのせいで夜の狩りで欲がでる。
夜、予定通りに帰らず探索を続けて、オークに見つかる。そのせいで今、死にかけてる。
今、あいつ嗅覚ないんじゃね? と決めつけ、血を垂らしながら木登り、その後地面に叩きつけられて左腕を骨折。
結果、普段よりも何倍もヒドイ状況でオークと戦闘をするハメになった。
はぁ、思い返しただけでヒドイ一日だ。
これで死んだらあのクソガキを祟ろう。
え? 八つ当たりだよ。悪いか? そもそもあのクソガキが俺に八つ当たりさせてくれたらこんなことには――。
さて、そろそろ現実逃避の時間は終わりのようだ。
「ガァフゥ、ガフゥァ」
「ハッハ、ここまで追いかけて息切れでもしてるんか? オークってのはウルフみたいな声を出すんだな。ついでにウルフみたいな感じで210秒程で毒が体に回ってくれたりすると非常に助かるんだけどね」
いや、ほんとマジで。
それ以外に俺がオークに勝てる可能性とか無いからね。
ちなみに、オークさんが最初の毒餌を食ってから今までに400秒近く経ってるよ。
うん、こいつ、全然毒聞いてないわ。
マジで手詰まり感あるよね。
「ゴガガガガガガアアアアアアア!!」
そんな訳で、ここからは策も何もない恐怖の戦闘が始まるわけだ。
と言っても。
「いくぜ、一瞬で終わらせてやる」




