トボトボと過去を思い出し、スタスタと八つ当たりに向かう男
俺は街の中をトボトボと歩いていた。
ギルマスにメッチャ怒られた、ギルマスにメッチャ叱られた、ギルマスにメッチャ罰金の要求をされた。
ギルマスの娘にメッチャ罵られた、ギルマスの娘にメッチャ貶された、ギルマスの娘にメッチャジト目で見られた。ん? それはいつも通りだって? そうだな……、いつものジト目とさっきまでされていたジト目には言葉では言い表せない凄みがあったと言えばわかるか?
例えるなら、同じ『ぶち殺すぞ』という言葉でもそこに込められたものが、冗談によるものなのか、それとも殺意の乗った言葉通りの意味なのかって奴だ。
行動自体は同じだけど、その本質が違うみたいな感じな。
そんなことより、だ。
ギルマスに嫌われたギルマスに嫌われたギルマスに嫌われたギルマスに嫌われたギルマスに嫌われた怒ってるギルマス可愛いかったギルマスに嫌われたギルマスに嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたギルマスギルマスギルマスギルマスギルマスギルマスギルマスぎにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんんんんんんんんん。
さて、ふざけるのはこの辺りにして、そろそろ現実的に向き合わなければ。
え? ギルマスが俺のこと嫌いな訳ないじゃん。何だかんだで罰金だけで済んで、除名処分にならなかったんだぜ。
ギルマスが俺のこと嫌いな訳ないじゃん。
凄い額の罰金とか、珍しい素材とか、黒ローブとか要求されたけど、ギルマスが俺のこと嫌いな訳ないじゃん。
嫌いな訳、ないじゃん……。
だって俺、ギルマスの為に頑張ったんだぜ?
それで嫌われちゃうなんてありえないじゃん?
……じゃん?
などと考えながら、俺はトボトボトボトボ歩き続ける。
ギルマスの俺に対する評価が今どうなっているのかは非常に気になるところだが、本当の本当にそろそろ現実に向き合わなければ、もう、目的地に着いてしまう。
というか、着いてしまった。
「オッサン。……俺、金が無くなっちまってすっからかんなんだ。悪いけど、今日からこの店の弁当は高過ぎて買えねぇ。ごめんな」
「あぁ、今日も来たのかお前。ほら、そこにおいてあんのがお前の分……。何?」
「金が、その、色々あってなくなったんだ。だから今までみたいに毎日ここの高給弁当20個買うとか出来ない。ごめんな」
「たくっ、やっとか。で? 20個は無理でも何個かは買えるんだろ?」
「やっと?」
「ふん、その様子なら問題はないか。とりあえず5個は買え、金のないお前に同情して少しならまけてやる」
そう言ったオッサンを見て、いつものように客に対する態度じゃないよなそれ? 腕さえ良ければぶっきらぼうな対応でも許されると思ってるプライドの高い食い物屋の店主か何かなの? まぁ美味い料理を作る店だったら今の俺みたいに、そのまま通うようになるんだけどさ。と思いながらも俺は5個の高給弁当を買った。
…………
………
……
…
「お! 今日も来たな大食い野郎め。いつも通り全種類30本ずつ用意できてんぜ!」
「おっちゃん……俺、金が無くなっちまってすっからかんなんだ。悪いけど、今日からはその串焼きは買えねぇ。ごめんな」
本当に悪いと思ってるんだ。
毎日毎日、全種類30本買いなんて迷惑な買い方をして悪いと思ってる。
俺が毎日来るもんだからこの店の一日の入荷量が増えてるってことを知った時も悪いと思った。
そして、金が急に無くなった今、俺のせいで増えた入荷量はそのままこの屋台にとっての損失になるだろうことを考えると、俺はなんとも言えない申し訳なさで胸がいっぱいだった。
俺が何にも知らない高校生のままだったら、あるいは、1人の冒険者のままで居られたのならこんなところまで気を回さなくても済んだのかもしれない。
でも、俺は知っているんだ。
冒険者ギルドで働いたことのある俺はドラゴン肉の出荷先を知っている。
ドラゴン肉が好きな俺がギルマスに頼んでギルド職員時代に個人的にドラゴン肉を買っていたから自然と覚えた。
そして、ドラゴンが倒されたと聞けばギルマスに肉を売ってくれるように頼みに行く俺は、知っているんだ。
ある日を境に冒険者に倒されたドラゴンの肉の大半を目の前のおっちゃんが買い込んでいることを俺は知っている。
全長15mほどもあるドラゴンの肉の大半を、だ。
なんでそんなことを目の前のおっちゃんがしていたのかなんて、屋台の端に置かれている箱を見ればわかる。
この屋台に串焼きを求める客は屋台の端に置かれている箱に対して何の関心も持たないだろう、
だが他の客がわからなくとも、俺だけはわかる。俺だけは知っている。
あれは迷惑な串焼きの買い方をする、俺の為の箱だ。
「ん? そうか、お前にもその時が来たか……」
「その時?」
「なに、気にすんなこっちの話さ。それで? そんなことを言う為にわざわざ今日は来たのか?」
「あぁ……、悪いなおっちゃん」
「なんで謝ってんのか知らねぇけど、冒険者との約束なんてそんなもんさ。毎日買いに来るって言ってた奴が急に来なくなって、それからしばらくしてソイツが死んだってことを客から聞くなんてことは店をやってる側からしたら珍しいことじゃねぇさ。それより、せっかく来たんだドラゴンもってけ。ドラゴン。それにな、生きてりゃ良いこともあるんだから元気だせ。ちっと待ってろ、今から新しいの焼いてやるから」
そう言って俺に笑いかけるおっちゃんを見て、俺は申し訳ないな、と思いながらドラゴン串を貰った。
気のせいかもしれないが、今日のドラゴン串は少し肉が大きい気がする。
毎日のように迷惑な大人買いをしていた店を一通り回って謝って来た。
いつもより早く狩りを切り上げたからなのか、まだ日は高く、冒険者ギルドに行くにはまだ早いと感じた俺は、この街の広場でベンチに座り噴水を眺めていた。
というか、今の不機嫌なレーナに会いたくない。
マジで怖いんだ今のアイツ。
店を回ってわかったことは、どの店も今日俺が買う量の商品を用意していたことと、やっとか、とか、ついにか、と言った趣旨の言葉を言われることだった。
最初は何のことだ? もしや、迷惑な客だから俺の金が尽きるのを待っていたって意味なのか? ギルマスに嫌われたかもしれないって時にこの仕打ちとか泣くぞ。良い歳した三十路のおっさんが町中で泣き出すぞ! と考えてマジで泣き出しそうだったのだが、今ならどういう意味だったのか理解出来る。
今更だが、この世界での冒険者に対する認識を俺は理解した。
中には、俺の冒険者仲間が死んだのか? とか、どこか大けがでもして失業になったのか? とか聞いてくる人までいた。もちろん違うと答えた。
働き先がないなら雇ってやるなんて言い出す人も1人いた。何言ってるんだ? と返しといた。
俺の体をべたべたと触り出した店主を思わず殴りそうになったりもした。
何かを勘違いして、金は要らないからこれ食って元気だせ! とか言ってくれる人までいる始末だ。え? タダでくれるって言うから喜んで貰っといたに決まってんだろ。やったね!
だが、串焼き屋のおっちゃんに言われたことが頭の中をぐるぐると回っている今となっては、そんな軽い気持ちで物を受け取っていた自分をぶん殴りたい気分だった。
俺が毎日のように街に買い出しにでる習慣が出来たのは冒険者達に話を聞き、この街の外に興味を持った頃、大体今から約2年前の話になる。
冒険者は最初の3年をこえることが出来れば、ベテランと呼ばれるのだと、どこかで聞いたことがある。
実際、俺がこの街に来てからも俺の知り合いの冒険者はもう何人も何人も何人も死んでいる。
それこそ、ギルドの受付時代の最初の一ヶ月で死んだ冒険者の数を数えるのを止めたぐらいに死んでいる。
それなのに、俺は未だにこの世界の冒険者の立ち位置を正しく理解出来ていなかったみたいだ。
この世界の冒険者は、死ぬ。
そんなことはわかってるって?
いいや、本当の意味をきっと俺はわかっていなかった。
少なくとも、その事実を知っていた俺は彼らの言葉の意味を最初勘違いして、拗ねて、泣き出しそうになっていたどうしようもない男だ。
彼らの言葉の意味を、俺は串焼きの屋台をやっているおっちゃんに言われてようやく理解した。
一番罪悪感を感じている相手だったから最後に行くことにしたんだが、こんなことになるなら一番最初に行けばよかった。
……いや、最初に行ってたら色々思い出してマジで街中で泣いてたかもしれないし、逆に良かったかもな。
さっき貰ったばかりの串焼きを取り出して、食べる。
あぁ……、やっぱドラゴンの串焼きはうめぇなぁ。
毎日食ってるのに全然飽きねぇ。
神様に笑われるとわかっていても、ドラゴンのうまさに泣きだしそうだ。
俺、ギルマスに叱られたせいで涙脆くなったかもしれねぇ。
俺は今までに死んでいった冒険者のことを思い出して、泣きそうだった。
いつもは一口で食べていたドラゴンの肉が口に入りきらず、屋台のおっちゃんの優しさに泣かされそうだった。
多分、あのおっちゃんに言われてなかったら俺はここまで落ち込んだりしなかったはずだ。
でも、あのおっちゃんに言われたからこそ、あの言葉は俺に刺さった。
そうだよな、おっちゃん。
冒険者との約束なんて、そんなもんだよな。
俺はドラゴンの味を教えてくれた冒険者のことを思い出して、少し泣きそうに――。
って! 金が無くなったってだけで何で俺は泣かされそうになってんだ! ふざけんな! これも全部あのクソガキのせいかよ! 最悪だなあのクソガキ! よし、いい感じに八つ当たりしたい気分だし、いっちょクソガキをボコりに行くか!
ヒャッハー! 八つ当たりの時間だー!
俺は、さっきまでとは違いスタスタと冒険者ギルドに向かって歩き出した。




