受付生活1 異世界の始まりと受付嬢
残業を終え、自宅であるマンションにやっと帰ってきた。と、思ったら死んでた。
神様? が言うには、
「飛び降り自殺者にぶつかって死ぬ、とかマジウケル。しかも、飛び降りた方は生き残ってるって…プフー、どんな確率なのよ」ということらしい。
えぇ……、運悪すぎない俺? 何なのその死因。
自殺者は生き残ってるってのがマジウケルわー。
で、運がある意味で良すぎるということと、久しぶりに笑わせてもらったから、と言う理由で剣と魔法の異世界に転生させてくれるみたいだ。
若い体じゃないと不便だろうから、という理由で三十路のおっさんだった俺は、18歳の銀髪イケメンに生まれ変わった。
身長や体重、体型は三十路の俺のまま、らしい。
髪の色と顔を変えたのは、神様の趣味だそうだ。俺の元々の顔は好みじゃない? 地味に酷いなオイ。
「あ、『異世界人セット』と特殊スキルを1つあげるわ。はい、『超幸運スキル』冒険者でもして頑張って」だってさ。
なんだかなぁ。ま、ラッキー? なのかな。ってかアレだな。かなりラッキーだよな。本来死んでたはずなのに、ニューゲームが出来るってことなんだから。ぶっちゃけ社畜ライフは飽き飽きしていたんだ。
異世界の生活超楽しみ!
そんな感じで、異世界に来たわけだけど、早速詰んだ。
だってさ、金が無いんだよ。
街の外に出た瞬間、通行料的な意味で死ぬ。二度と街に入れない状態で魔物が闊歩する外に出るわけないじゃん?
ついでに、身分証が無いので働けない。
冒険者登録? 無理だよ。俺、一文無しだぜ? 登録料払えないよ。
異世界の街に来て、半日もしないうちに異世界の厳しさで心が折れそうです。
と、思ってたら何やかんやで冒険者ギルドの職員になれた。
職員になれた理由。
1、文字が読める&書ける。
これは、異世界人セットに「全言語完全理解」ってスキルが付いてたおかげだ。ありがとう神様。
2、社畜生活で鍛えた真面目そうな雰囲気。そして、最近受付が一人辞めたらしい。
要するにいいタイミングだったらしい。ありがとう、今までの社畜生活。
3、無一文であり、記憶喪失という設定のおかげで同情した冒険者のおっさんが俺を冒険者のギルド職員に押し付けた。
いや、押し付けてくれた。ここ重要。たとえメチャ笑われながらの紹介だとしても!
たとえ職員の苦笑いが俺の心に深刻なダメージを与えたとしても! 結果が全てだ!
ありがとうございます。心優しい冒険者さん。
クッソ、いつか見返してやる。
まぁ、要するに同情した冒険者ギルドが、雇ってくれるらしい。うん。俺って、超幸運だわ。
で、こんな感じで冒険者ギルドの職員になったわけだ。でもさ、違うよな?
なんで異世界に来てまで、こんな社畜ライフを送らなきゃならんの?
冒険者ギルドの職員って違うよなぁ?
ここは普通、異世界人補正がかかって『異世界ヒャーッハー』じゃね?
超幸運スキルを駆使して、『ハーレムヤッター』じゃないのん?
俺だってそういうのしたいやん?
……いや、そうでもないかも?
と・に・か・く。
冒険者になりたかった俺は、一週間だけ働いたのちに。
冒険者ギルドの職員改め、Fランクの冒険者になった。
冒険者のランクは、Fから始めて最後がSだ。しかし、最後が何故Sになるのか、コレガワカラナイ。
まぁ、初戦から超レアモンスターに遭遇してクエストを失敗、その日の内に職員に復職するんだけどね。凶悪なモンスターに追われ、超怖い思いをした俺を助けてくれたのは、あの冒険者だった。
ありがとうございます! 心優しい冒険者さん。俺、一生ついて行きます! と誓った瞬間である。
これが世間一般に言うところの手のひらクルーと言うやつなんだろうな。
そんなことがあった後なので、少し冷静になった俺は『せめて3年は戦闘訓練をする』と言う目標を持って受付生活を続ける決意をした。
せっかくもう一度生きるチャンスを貰えたのに、すぐに死ぬなんて御免だ。
というか、俺はチートな異世界人じゃないのかよ。
最弱モンスターのゴブリンに負けるとか、俺、弱すぎんよ。
朝、体力作りの為に走る。
昼、職員の仕事&資料室でひたすら冒険者の知識を蓄える。
夕、クエストを終えた心優しき冒険者達による戦闘指南。有料。
夜、筋トレ。これは初戦闘の時、剣と鎧がメチャ重くてまともに動けなかったからな。
これが俺の異世界での暮らしだ。
ぶっちゃけ、日本に居た時よりも圧倒的ホワイトな職場である。
残業とか、休日出勤とかが無いだけで人ってこんなに自由になれるんだな。
正直この生活に俺は満足していた。
給料は良いし、客の冒険者たちは意外に優しいし、異世界の生活は最高じゃった。
で、そんな感じで順調にこの世界に馴染んできた俺にある問題が起きた。
受付嬢達による陰湿なイジメが始まったのである。
冒険者ギルドの受付、という仕事の給料は「基本給+歩合制」である。
要するに、受付の給料は、基本給の銀貨5枚+担当した冒険者のクエスト達成&素材買取時の何%かを足したものだ。
結構細かく設定されてるので具体的には言えないが、概ね3%~10%の間って具合だ。
大体の場合、銀貨5枚+銀貨1~2枚。ってのが冒険者ギルドの受付の収入になる。
ちなみに、この世界で一般的な月収は銀貨2枚~3枚程らしいので、ほぼ倍の額だ。
ギルド職員と言うのはかなりの高給取りである。
この制度は、『受付が真面目に働く為』に設定されている。
まぁ、気持ちはわかるよ?
確かにさ、毎回受付嬢をナンパしてくるおっさんの冒険者ってのはかなりウザいもんな。
情報をあえて与えないで『魔物に食われて死ね!』とか考えちゃうのもさ。
調子に乗ってるウザい冒険者に『ワザと難しい仕事をさせて失敗させてやる!』って思うのもさ。
わかるんだよ。気持ち的にはさ。
でもさ、そういうツライことに耐えるのが仕事やん?
社畜生活を、仕事を舐めてんの?
そんなの気が付けば無償で残業をする体質に強制調教される日本人にとっては超余裕だ。
無給残業、休日出勤、急な呼び出しの3つが無い職場なんてヌル過ぎるぜ!!
日本出身の俺はたとえ相手が鬱陶しいおっさんでも、オカマのおっさんにことあるごとに体を触られても、チョーウッザイ貴族出身の冒険者に嫌味を言われても、俺は平等に、かつ正確に情報を与え続けた。
もちろん、社畜生活で鍛えた社交辞令、にこやかな営業スマイルを添えることも忘れない。
更に、個人的に気になっている情報。森でオークが出たらしい。とかも忘れずに伝える。
こういう細かい気配りが円滑な関係を作りだすんですよ。
ストレスは溜まるけどな。
最初の頃は俺のところに来る冒険者は少なかった。
というか、男の俺より女の受付を選ぶ冒険者がほとんどだった。
まぁ、わからなくもないよ。
俺もどうせなら野郎より、女の受付の方が良いと思うからな。
流石にあの30分待ちのあの行列に毎日並びたいとは思わないけど。
俺は当初『時間効率を選ぶ冒険者担当受付』って感じだった。
一日の担当数は他の受付カウンターの1/10ってところだ。
当然、仕事なので全員丁寧に対応してやった。
一ヶ月経つと、俺の所に来る冒険者が少し増えた。
効率厨な彼らは、俺の忠告をマジメに聞いていてくれていた。
徐々に俺の担当した冒険者が成果を出し始めていたので、ちょっとだけ人が増えたのだ。
この時点で、俺は自分の同僚がいかに適当な受付をしているのかを実感した。
何でお前らはモンスターの異常湧きのこととか、薬草の買取値が上がったとかって情報を『一部』の冒険者にしかおろさないんだよ?
なんでも一部の冒険者を特別扱いすることでプレミア感? を演出して冒険者をやる気にさせているんだってさ。
新人は特別扱いされたくて頑張って、特別扱いされている奴らは受付嬢にデレデレしながら頑張るらしい。
……なんだかなぁ。俺にはそういうのは理解出来ないわ。
アレか、バレンタインデーに配るチョコが有能な人になるとランクが少し高くなってたりするアレなのか? 既婚者と独身者では扱いが違うアレなのか?
女って怖い。
アレ、わざとレシートとか入れて渡したりしてくるんだぜ?
意味わかんないわ。
女って、怖い。
三ヶ月経つと、俺が担当した冒険者のクエスト達成率が70%を超えた。
この辺りで、女冒険者。あぁ、この世界での女性は魔法が男より得意なので、それなりに数も多い。男女比4:1ぐらいだ。まぁ、その女性陣が俺に流れて来た。
何でも「新人の受付とか命に関わるしナイワー」だったのが「あれ? あいつが担当した冒険者の依頼成功率高くね?」ってことだったらしい。
そりゃ、俺だって三ヶ月も経てば冒険者の顔ぐらい覚える。
ついでにそいつの得意分野とか、そいつのやりたい依頼の種類とかもな。
そうなりゃ後は、そいつがやる気を出すような依頼を斡旋してやるだけだ。
自分の得意分野とか、やりたいことだったら結構楽しんで仕事もできるだろ?
クエストの成功率も上がるさ。
人間、結構単純なものだ。
ちなみに、他の受付のクエスト達成率は概ね60%だ。
まぁ、ここで差を付けたところで客単価が全然違うんだけどな。
俺が頑張って100人の冒険者を応対する横で、たった1人の冒険者であっさりとその差は埋まる。
ゴブリンの安い素材100個より、ドラゴンの高い素材1つの方が高額買取だから当然っちゃ、当然だけど。
ちなみにこの差が発生する理由は、腕利きのおっさん達が受付嬢を口説く為に必死にアピールするからだ。
ドラゴンを狩ってアピールするとかどこの原始人だよ。って感じだけどな。
ま、危険なことばっかするから大ケガして帰ってきたりするんだけど、その度に見舞いに行ってやるそうだ。
そして、勘違いしたおっさんは更に危険な冒険に行く。で、またケガをして良い素材を持ち帰ってくる、以下ループ。という好循環が発生する、と。
……こう考えると特別扱いってのも悪くないのか?
ま、俺は同じ手段はとれんから真似しないけど。
何処の世界に男の為に死ぬ気で狩りに行くおっさんが居るってんだよ。
あ、一部のオカマはおとなしくしてろよ?
俺、そういう趣味は無いんで。
女からのアピール? 一時期あったけど、色々あってすぐに収まったよ。
ま、それからは女冒険者にもだいぶ嫌われってっけどな。
六ヶ月経つと、男の冒険者も何人か俺の方に流れた。
この頃、俺の担当した冒険者のクエスト成功率は80%を超えていた。
六ヶ月も経てば、どの依頼が難易度の高い要求をしているのかがわかるようになった。
冒険者のレベルに合わせて依頼選びをしてあげるように変更しただけだが、効果はあったようだ。
幸い、俺の所に来るおっさんは必死にアピールする必要が無いからな。
俺の為に難易度の高い狩りを行わないことも理由の1つなんだろう。
うんうん。
ケガとかで回転数が落ちないおかげでやっと他の受付嬢と同じぐらいの給料になった。
最近、熱心に受付嬢にアピールしてたおっさんがフラれて、俺の受付カウンターを利用するようになったことが一番の理由な気もするがな。
あのおっさんは優秀だから、安心して高難度の依頼を押し付けられるんだぜ。
この辺りで、俺の私物が隠されたり、女性受付に睨まれたりし始めた。
まぁ、わからなくもないぞその気持ち。
自分の給料と言う名の冒険者が、目に見えて俺に奪われてるもんな。
俺はさぞ邪魔な存在だろうな。
まぁ、気持ちはわかったとしても、だ。
ムカついたし、腹が立った。
それに1人だけ明らかに殺気がこもってるが、俺を睨むくらいならあのおっさんと付き合ってやればよかったじゃねーか。
あん? そんなことしたら受付の人気が下がる? 常にフリーで居るから冒険者はアピールしてくるだって? お前の都合なんか知るかアホ。
理不尽だ。
ただの逆恨みじゃねーのかそれって。
イラッときた俺は受付嬢と関わるのを極力止めた。
俺はこの世界で『自由』を何よりも望んでいる。
なので、関わりたくない人はスルーすることにしたのだ。
日本と違って、嫌な奴と関わらなくても仕事ができる環境だったからな。
基本的に職員同士で協力しなきゃいけないって事が無い職場だったし。
その後も受付嬢による嫌がらせが続いたので、荷物は全て自分で管理するようにした。
『異世界人セット』の項目にあった、アイテムボックスである。
ちなみに、この能力に気が付いたのは俺がこの世界に来て、1ヶ月が過ぎた頃だ。
冒険者ギルドの資料室で、『ユニークスキルの1つ』と説明があった。
まぁ、物を四次元ポケット的なアレで色々と物を収納できるアレだ。
俺も使えないかな~、と思ったら使えた。
ユニークスキルというものは隠す物らしいので、俺だけの秘密だ。
1年経った。
俺の担当した冒険者の依頼成功率は70%~80%の間で落ち着いた。
多少成功率が下がったのは、新人がやたらと俺の所に来るからだ。
俺が冒険者達から『クエストの成功率が上がる受付』という評価を受けていたせいだと思う。
流石に何が得意かもわからない冒険者が成功しそうな依頼を選ぶってことは出来ないからな。
安全だから薬草集めしとけ、って言ってもケガして帰ってくることもあった。
え? ここの受付を選べば安全だって聞いたのに、大ケガをしただって?
魔物が居る外で安全もクソもないだろ。
流石にそこまでは責任持てんよ。
あぁ、そういう新人は他の受付に流れて一週間も経たないうちに死んだりする。
生き残った奴らは、なんかすっごい勢いで俺に突っかかってくるようになってた。
あからさまな営業妨害を受けたこともある。
俺のとこで依頼を受けてワザと失敗して帰ってくるみたいな感じな。
なんだかなぁ。
受付同士のいざこざに新人を巻き込むの止めない? 女ってほんと陰険だなぁ。
当然そういう輩は無視するようにした。
あんまり酷い場合は上司にチクって、冒険者ランクの降格処分とかやってもらった。
そんなこんなで、受付の仕事に慣れて来た頃。俺の第三の眼と言うべき鑑定スキルが開眼した。
毎日、魔物の素材とか、薬草の状態とかを確認していたからだな。
と、思ってここのギルドマスターに話したら「おぉう……。マジかい?じゃぁ、この紙に手を……うん。マジだね」って言われた。
どういうこった? と思っていたら俺の基本給がその月から金貨2枚に跳ね上がった。
どうも、手をかざすとその人のスキルが分かる道具『スキル盤』で確認したところ、俺の鑑定はスキル3つあったらしい。
植物鑑定/魔物鑑定/アイテム鑑定。の3つだ。
他にも、魔獣鑑定や人物鑑定。変わった所ではスキル鑑定って言うスキルもあるらしい。
この世界、無駄に多いな鑑定スキル。
で、俺の基本鑑定スキルと言われる3つを揃えた状態だと給料は金貨2枚になるらしい。
ちなみに金貨1枚は銀貨10枚と同等の価値だ。要するに基本給4倍になった。
何でも「鑑定スキル持ちの者は給料を上げなくてはならない」という規則があるそうだ。
まぁ、このスキルがあると色々と便利だもんな。
少なくとも不良品をつかまされたり、偽造品をつかまされることがなくなるわけだし。
用は『給料上げて囲い込め!』って事のようだ。
ちなみにギルドマスターってのは俺の上司な。
ギルマスは綺麗な女の人で、胸がデカい。
あと、俺みたいなのを雇ってくれるようないい人だ。
そんで胸がデカい。
日本で考えるなら、コンビニの店長みたいな感じかな。
冒険者ギルド本部、ってのが本社。
各街に存在する『冒険者ギルド』がコンビニの店舗ってイメージ。
全国のどこにもあって、基本24時間営業なところとかそっくりだ。
まぁ、コンビニと違って、店長の権限が街の会議に参加出来るレベルで大きいけどな。
あと経営方法もちがうな、本社にあれこれ言われなくて済む。
……あんま良い例えじゃなかったかも。
そんなこんなで俺は基本給だけで、この冒険者ギルドで一番給料を貰ってる受付になった。
ますます、他の受付嬢は俺に殺気を放つようになった。
もっとも、普段から超機嫌が悪かったのが悪化しただけだが。
その巻き添えをもろに浴びてしまった冒険者達が、にこやかな対応を心掛けている俺を選ぶようになり、更に受付嬢の機嫌が悪くなる。という負のスパイラルが完成した瞬間でもある。
ざまぁ。ま、このスパイラルに関しては完全に自業自得だろ?
悔しかったらアンタらも鑑定スキルに目覚めろよ。
◆
さて、何だかんだで俺がこの異世界に来てからもうすぐ3年目だ。
色々とあったが、異世界での暮らしは実に良い物だった。
この街のメシは美味いし、残業は無いし、給料も良い。先月は基本給の金貨二枚と追加で銀貨四枚貰えた。
俺は日課のランニングを終え、受付の仕事をすべく準備を整える。
顔を水で洗い、体を水で濡らした布で良く拭く。
休憩時間と夕方に振る為の木刀を用意する。
朝食を食べ、宿屋のおばさんにいつものようにお礼を言って宿を出る。
そして、俺の受付ライフが今日も始まる。
俺が受付を辞めて冒険者になるまで、あと3ヶ月だ。