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最終話 エピローグ

 何かが体にコツコツと何度も当たっている。くすぐったさに沈んでいた意識が呼び起こされテツヒコは意識を取り戻す。


「起きたか?」

「お、おう……。アキヅキか?」

「他の何かに見えるならまだ休んでいた方が良い」

「なっ!」

 

 いたわるようなキョウマの態度にテツヒコは驚きを覚える。が、すぐにその思考を打ち消した。キョウマの手にしている木刀に目が行く。自分を突き起こした正体を知ると少し腹が立った。


「て、てめぇ……」

「お仲間も無事みたいだ。今はまだ寝ている。起きたんだったら様子を見に行ったらどうだ?」

「全部終わったのか?」

「終わったさ。全部」

「そっか」


 周囲の地形はすっかり変わっている。魔王城もなければ辺りはクレータやら、大地が大きく削れた跡やらが目立ち激戦を物語っていた。静かに寝息を立てる様子の仲間達を見つけてテツヒコは安堵する。途中、すれ違ったメイド服姿のリナと二竜にも礼を述べた。


「終わったかぁ」


 大の字にテツヒコは横になる。空を眺めていると影が差した。その正体はキョウマだった。


「一つ頼みがある」

「な、なんだぁ? もしかして金かぁ?」

「いや、違う」


 キョウマの望みはお金ではないらしい。テツヒコの不安は寧ろ募る。案の定、キョウマから特大の爆弾が投下された。


「魔王とか倒したの全部、お前ってことにして欲しい」

「……は?」

「だから全部、そっちの手柄ってことにして欲しい」

「はあああああああっ!? アキヅキ! お前、何を言ってやがる!」

「そのままの意味だって。名誉とか手柄とかメンドイし柄じゃない。仮に僕がやったって言ったって信じてもらえると思えない。それをきっかけに厄介なことになる未来しか思いつかない」

「いや、そんなこと言ってもよお……」

「そこをなんとか頼む。この通りだ」

「わたしからもお願い」

「アキヅキ妹、お前もか」


 キョウマとリナ、そろって深く頭を下げる。テツヒコが首を縦に振るまで、顔を上げることはなかった。二人の態度にテツヒコは折れ「ちっ、しゃあねぇなぁ」と渋々頷く運びとなった。


 仲間達が起きるまでその場に止まるテツヒコに別れを告げ、キョウマ達はその場を去った。何せ激戦の跡だ。しばらくは警戒して襲って来る魔物もいないだろう。


「リナ、少し話さないか」

「う、うん」


 全員疲労はピークに達している。本来であれば転移門(ゲート)で拠点に戻りすぐに休むのが正しい。キョウマがあまりにも真剣な目で見つめてくるためリナはその提案を受けることにした。それにリナとしてもキョウマと少し話したいというのも本音としてあった。

 肩を並べる二人の間をそっと風が通り抜ける。キョウマは一歩前に進み振り返った。自然とリナと向き合う形となる。


「リナ。僕はリナのことが好きだ。血は繋がっていないけど兄妹みたいに過ごしてさ。仲良くやってきたと僕は思う。それでも僕はもうそれだけでは満足できないんだ。ずっと好きだった。もう我慢できないんだ。一人の女の子としてリナのことが好きなんだ」

「……」


 突然の告白にリナはピシャリと固まった。無反応のリナにキョウマは慌てふためく。


「ご、ごめん。本当ならムードとかそういうの気にしたり、プレゼントを用意したりとかするのが正しいんだろうけどさ。今、言わないとそういうことを理由にして“好きだ”って言うの先延ばしにしそうで……。自分の都合だけで言って本当にごめん。でも、この気持ちは本当だから……」

「いいよ。もう謝らなくていいよ」


 しどろもどろな今のキョウマに先程まで激戦を繰り広げていた戦士の面影はない。キョウマの言葉を打ち切ったリナの頬は朱色に染まっている。でも、どこか瞳に影を差しているのをキョウマは見過ごさなかった。


「リナ?」


 不安げにしているキョウマに気付いたリナは深呼吸を一つする。大きく息を吐くと、キョウマの瞳をじっと見つめる。


「わたしも……。ううん。わたしは兄さんが好き。兄としてだけではなく一人の男の人として好き。ずっと前から好きでした。本当はもっとロマンティックなムードの時に言いたかったんだけどなぁ……」

「リナ!」


 喜ぶキョウマの口元にリナは「でもね」と人差し指を立てる。リナの表情がクシャリと歪む。


「ダメなの……。わたしではダメなの!!」

「だ、ダメなんてことはない。リナは僕には勿体ないくらい魅力的な女の子だ。ダメなんて要素は一つもない」

「そうじゃない。そうじゃないの……」


 リナはイヤイヤと(かぶり)を振る。瞳を濡らし嗚咽を漏らす。キョウマはそっとリナの背に腕を回し昔からするように優しく撫でた。


「あのね? わたし、知ってるの。気付いてるの」

「リナ?」

「この世界に来て……、兄さんはその身を盾にして傷ついた。そして乗り越えてきた」

「ああ。リナが傍にいてくれたから頑張れた」

「うん。知ってる。そして兄さんの身に起こったことも知ってるの」

「あ……」

「気付いた? 兄さんは何年……。ううん、あと何百年、何千年生きられるの?」


 揺れる瞳のままリナはキョウマを見上げる。キョウマには答えられない。それはキョウマ自身も分からなかったからだ。ただ、人と異なる時間を生きることになることだけは気付いていた。


「ずっと一緒にいるって……。兄さんを独りにしないって……。そう思っていたのに! 誓ったのに!! わたしじゃ守れないの……。わたし、ずっと兄さんといられないの……。ごめんね。ごめんね、兄さん」


 リナの頬を大粒の涙が伝う。かける言葉が見つからない。


―それでも、その時が来るまで一緒にいて欲しい


違う。


―なんとかする方法を見つけてみせる


違う


―生まれ変わったリナのことを何度でも見つけてみせる。好きだって何度でも言う


違う。


 どんな言葉も軽すぎる。リナには届かない。


 リナの涙が止まるまで、ただじっと抱きしめることしかキョウマにできることは何もなかった。


「ごめんね。もう、大丈夫だから」


 目元を払いぎこちない笑みをリナは浮かべる。とても大丈夫そうには見えない。


「きゅー」

「がー」


 それまで二人の成り行きを見守っていたどらごん達が動き出す。とてとてとリナの側に寄り甘えた声で鳴く。


「えっと、ごめんね。心配させちゃったね」

「キュィッ! キュィッ! キュィー」

「慰めてくれてるのかな?」


 近頃、どらごん達の言いたいことが何となく分かるようになってきた自覚がリナにはある。とは言っても何かを訴えかけてきているところまでは分かっても完全ではない。思念のようなものが伝わって相互理解できた場面もこれまでにあったがこの場では上手くいかなかった。今も尚、小さな手足に身振り手振りを加え子竜は何かを訴えかけている。言葉を完全に理解できるキョウマは考え込む仕草を見せた。


「そっか……。それならそうと早く言ってくれれば良いのに、って何々。タイミングがズレたし二人の世界に割り込めなかったって?」

「キュー」

「わかったって。ありがとな、ハク」

「キュィッ」


 どうやら話はまとまったらしい。キョウマはハクを抱きかかえリナに向き合う。


「リナ、どうやら問題は解決済みらしい」

「えっと……、それってどういうこと?」

「ハクが言うにはリナは僕と同じ時を生きるようになっている(・・・・・)らしい」

「えっ?」


 リナはポカンと口を開ける。先程まで無力感に打ちひしがれていたキョウマはバツが悪そうにしている。


「リナ、少し前にハクから何かもらわなかったか? 飴玉みたいなの」

「う、うん。もらったよ。甘くてとっても美味しかった」

「それ、竜達の秘宝らしいぞ」

「えっ?」

「体内に取り込むと体が創り変わるらしい。今のリナは寿命が僕と同じだってさ」

「それじゃあ、わたしは……」

「僕とずっと一緒にいられるってこと」

「あっ、えっ……」


 乾いたはずの涙が再び溢れる。キョウマはリナをそっと抱きしめた。


「僕の寿命が変わったことをハク達も気にしていたらしい。それでリナにまで人間を辞めさせてしまったのは、引っかかるけど……」

「うん、うん……」

「一緒に行こう、二人で。いつまでも、どこまでも」


 リナは泣きじゃくったまま、キョウマを強く抱きしめることで同意を示した。しばらくして二人は歩みを始める。


「えっと、ちょっと恥ずかしいね。に……じゃなかった。キ、キョウ君」

「”キョウ君”!?」

「う、うん。り、両想いってことだし、これからは恋人……になるわけだから呼び方変えてみたけど……」


「ダメかな」と上目遣いで見つめるリナは反則的に可愛く映った。その破壊力は凄まじくキョウマは顔どころか全身が赤く熱を帯びる。


「い、いいよ。その呼び方で」

「うん、わかった。大好きだよ、キョウ君」

「お、おう。僕もリナが好きだ」

「うん。でもね、わたし達まだ未成年だからエッチなのはダメなんだからね」

「あっ、ああ。分かってるって」


「”めっ”だからね」と叱るリナも可愛かった。とキョウマはあえて口にしない。リナはコテンと首を傾けキョウマに身を預ける。青く澄んだ空を見上げる二人の手は自然と繋がれていた。



―数年後


 用意されたベッドの上、上半身を起こしたリナは笑みを浮かべる。慈愛の眼差しは自ら腕に抱く赤子へと向けられていた。産声を上げる赤子に向けて微笑むと笑みで返してくれる。リナにとって何よりも嬉しかった。


「リナ、身体は大丈夫か?」

「キョウ君、それって何度目? わたしは大丈夫だよ」


 狼狽えるキョウマが何だか微笑ましい。リナは呆れ顔を浮かべつつも内心は温かな感情で満ちていた。キョウマとリナ、今の二人は幸せの絶頂にある。幸せ具合ときたら限界等なく右肩上がりの一方だ。二人だけの世界を何度築いたか数えるのも馬鹿々々しい。だが、そんな二人の間に一石投じる者がいる。因みにそれはどらごん達ではない。彼らは今、食後のお昼寝中である。


「まあ、この私がいるのです。安心なさい」


 と口にするのはキョウマとリナを異世界へと誘った女神。かつて前世のリナを現実世界に転生させ異世界に呼び込むことでリナの命を救うことに一役買ったその人だ。黄金の髪をなびかせリナに負けず劣らず慈愛の笑みを浮かべている。


「ホント、なんでここにいるんだろ? まあ、凄く助かっているけど」


 半眼のキョウマに女神はクスクスと微笑む。この女神、実はリナの前世の実母だったりする。女神に至った経緯等は謎だが我が子可愛さ半分、孫への会いたさ半分で顕現したとのこと。リナが懐妊したと同時に二人の前へ現れアレコレと世話をしている。これにはキョウマとリナも大助かりだった。


「大変なのはこれからですよ。まだしばらくは、ここにいますから安心してね」

((女神って暇なのかな?))

「あなたたちが魔王、それから魔神竜を倒してくれましたからね。完膚なきまでに……。彼らの復活はないですからね。おかげで結構、融通が利くのですよ」


 キョウマとリナの心中のツッコミを察し女神がしれっと答える。二人は冷や汗を流した。


「あっ、そうだ。キョウ君、この子のこと解析で診たんだけどね」


 雲行きの怪しくなったリナは話題を変える。もっともそれは別の新たな頭痛の種ともなる。その事実をキョウマはすぐに知ることになる。


「この子、どうやら“勇者”みたい」

「えっ!?」

「だから、勇者なの」

「あ……、ははは……。そうか、勇者なのか……」

「あら、たとえ魔王はいなくても世界は希望を求めます。あなた達の子が勇者となったのもある意味必然でしょう」


 と語る女神はおどけた雰囲気を消している。もっとも息を一つ吐き出すと元のほんわかした空気を纏った。


「安心なさい。あなた達の子なのだからきっと大丈夫」

「うん、そうだね」


 リナもつられて微笑む。キョウマは考える仕草をとった。


「名前……。名前もそろそろ考えないと」

「そうだね。ちゃんとつけてあげないと」


 キョウマは自らの手の平を見つめ軽く握る。瞼を閉じればこれまでの出来事が次々と浮かぶ。


(翼の勇者であるリナ。リナを守るのが僕。そして、勇者として産まれた僕達の子を今度は守り育てていく)


―だから僕は勇者じゃない。勇者じゃなくていい。


「そうだな、この子の名は……」


 そうして新たな家族を迎え入れ彼らは幸せな毎日を過ごしていく。


 後の世、天災に人災、そして邪なるものによる陰謀。時代の節目、世が乱れるその時、竜の力を持つ戦士と白き翼を持つ天使が目撃されたと歴史は語る。

 彼らの物語は遠い未来も尚、続いていく……。

最後までお読みいただきありがとうございました。


仕事に体調不良の長期化と重なり最終話投稿まで時間を要しました。

最後にもう一度、ありがとうございました。

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