第87話 竜帝の力。そしてその先
戦場に眩い閃光が走る。その光に視界を奪われた翼の勇者、魔神竜の両陣営は強制的に戦闘を中断せざるを得なかった。
「グォォ……」
魔神竜は光の奔流に目を細め忌々し気に睨む。対してリナは体の内から湧き上がる感情に胸が高鳴る一方だ。両者は視線を光の中心へと辿らせる。自然とその位置はキョウマのいる地点と重なった。
(兄さんだ。やっぱり無事だったんだね。そうだよね)
信じてはいた。あのキョウマがこのまま終わるはずはない、と。それでも実際に目の当たりにするまで不安は尽きることはない。リナの目頭は熱を帯びる。
「兄さん……」
弾け飛ぶ力の波動の元、リナの待ち人ともいえる戦士がそこにいた。その身に纏う白銀の鎧は以前の丸みを帯びた箇所が鋭利な意匠に洗練されている。組んだ腕を解き軽く拳を握る。その体の内から湧き上がる力はこれまでにない程力強い。
「またせた。すぐに終わらせるから」
「うん……。うん!」
キョウマがリナに向けた眼差しはどこまでも柔らかく優しい。目元を払うリナから魔神竜へと視線を切り替える。キョウマの眼光が別人と言ってもよいほどの鋭さに変わる。瞬間、キョウマの姿がその場にいた全ての者の視界から消える。
―ドラグ・アクセル・ウイング
「ぐふぉ!」
リナが驚きに眉をひそめると、鈍い音と同時に魔神竜の呻き声が耳に届いた。気付けば、魔神竜の頭部右の角が折れクルクルと宙を舞っている。砕けた一部の破片がパラパラと降る向こうで、拳を振り抜くキョウマが映った。その背には光の翼を宿している。光の粒子が空を舞った。
「まだだっ!」
またしてもキョウマが消える。今度は魔神竜の左翼が斬り飛ばされていた。キョウマの手には竜魂の剣が握られている。「ギシャァアアアアアア」と魔神竜の叫びを背景にどす黒い血飛沫が吹き荒れた。
「「二度と“竜”などと名乗れぬよう竜たらしめるもの全て打ち砕いてやる」」
眼前に交差した腕をキョウマは勢いよく振りほどく。左右の腕より解放された膨大なエネルギーが周囲を満たす。幾重にも重なる竜爪圧壊が魔神竜を襲った。上下左右のどこにも逃げ場などない。残る角を砕くのを合図に全ての牙、そして爪までをも砕く。
「凄い……」
ただ一言、リナは漏らす。一方的で戦いなどとは呼べない蹂躙劇。魔神竜も抵抗せんと魔力を集めているがキョウマの攻撃によって集まり切る前に全て封殺されている。「が~」の鳴き声に目を向けるとじゅ~べ~は星竜化を解いていた。いつもの丸っこいヌイグルミじみた外見に戻っている。その横にリナはそっと降り立つ。傷口へ回復魔法をかけ頭をそっと撫でた。
「兄さんとハクちゃんの意志が重なってる?」
「じゅ~べ~ちゃんは分かる?」とリナが隊長どらごんに水を向けると「が~」とだけ返って来た。じゅ~べ~の瞳を覗くと「若、立派になって……」と言わんばかりに震えている。リナは肯定として受け止めた。
『二度と“竜”などと名乗れぬよう竜たらしめるもの全て打ち砕いてくれる』
リナはサッカーボールくらいの大きさの普段のハクの姿を思い浮かべる。丸っこい愛くるしい外見に反して時折、過激な主張をしていた場面が思い出された。首を大きく反らし呻ぎ声を上げる魔神竜が視界に映る。リナにはハクの……、どらごん全体の怒りが重なって見えた。
「終わりだ」
―蒼葉光刃心月流 蒼刃乱舞
キョウマが冷淡に終わりを宣告する。蒼の斬撃が世界を塗りつぶす。残る翼が千切れ、鱗という鱗が削れ斬り飛ばされる。
「グギャァァァァァァァッ!!!」
魔神竜の断末魔の叫びに救いの手を差し伸べる者はいない。切断された尾は宙をさ迷う。胴から離れた尾を魔神竜は求めるも、あっけなくキョウマによって細切れにされた。破片が闘気に焼かれ霧散する。勝敗は決した。
「オ、オノレェェェ……」
「……」
魔神竜が絞りだす恨みをキョウマは冷たく一瞥する。角、爪、牙、翼、そして尾。全てを無くし竜としての面影はそこにはない。
「今ハ負ケを認メヨウ……。ダガ!」
「……」
「ヤガテ蘇ル。ソノ時、キサマハ生キテハイマイ」
「負け惜しみ……ではないんだろうな」
「ククク……」
「やがてお前は復活する。その時、僕は寿命でこの世にいない。まあ、その手のパターンもある意味お約束だし想像はしていた。だから切り札を切らせてもらう」
「!?」
「とっておきだ。遠慮なく受け取ってくれ」
竜魂の剣をキョウマが掲げる。刃が輝き幾つも光の剣が虚空に浮かぶ。剣を振るうと光の剣は魔神竜へと降り注ぎ満身創痍の身を拘束した。
一つ息を吐いてキョウマは後ろに飛んだ。リナとじゅ~べ~に「二人も手伝ってくれ」と声をかける。リナはここでも何となく嫌な予感がした。そして、直感に間違いがなかったと知ることになる。
「ドラグ・ジェェェェェット! ドラグ・ターーーーンクゥッ! マッハ・ドラグーン! マシン緊急発進!!」
天を裂き現れるジェット機。魔王城へ乗り込む際にお披露目済みのためリナのツッコミはない。バイクのマッハ・ドラグーンも同様だ。
最後に地面をドリルで突き破って目の前に現れた初お披露目のドリル付戦車。「あ~、これもわたしが直したのかな?(覚えてないけど)」とリナは軽く流した。茶色の隊長どらごんがいそいそと短い手足をかけてよじ登る姿に和めたため帳消しとすることにした。ポテンと無事乗りこんだようで何よりだ。リナは半眼でキョウマを見上げ、キョウマは強く頷き返す。
(最終決戦でふざけているわけではないよね?)
(もちろんだ)
視線で会話を交わしキョウマはマッハ・ドラグーンに跨る。溜息一つ吐いたリナはキョウマの背に身を預けた。「キュィ」とする鳴き声がしたかと思えばキョウマの白銀の鎧が解かれる。クルリと空中で一回転した子竜がジェット機に乗り込んでいる。
「いくぞ!」
『キュィッ!』
『が~!』
バイクが地を駆ける。ジェット機は空を舞い、戦車のドリルが唸りを上げた。
「竜魂合体!!」
ジェット機の翼が折れ曲がり、機体から人型の腕と頭部が現れ上半身の形に変形する。ドリル付戦車の前後が伸び途中から左右に分かれ人型の下半身へと変形を遂げた。キョウマのバイクは球体に折れたたみ、ジェット機だった上半身部分に格納。続いて戦車だった下半身部分が接続。巨大ロボットへと合体する。真剣な眼差しのキョウマ。リナは終始ジト目のままキョウマの背に手をかけている。背中越しにキョウマの口角が若干吊り上がるのに気付いたのでその背を抓ることにした。ポーカーフェイスを崩さないキョウマは流石とも言える。
「おっしゃぁぁぁぁっ!!」
キョウマは叫び口上を上げる。機体を巧みに動かし、腕を伸ばしたりと色々とポージングをしている。
「機神竜帝! ゴッド・ドラグ・カイザーーーーーーーーッ!!」
「キュッ!」
「ががっ!」
(わたしは何も言わない……。兄さん、ノリすぎ……)
「ウィーン」と機械音を鳴らし座席シートが動く。コクピットにハクとじゅ~べ~の二竜が無事合流。リナもいつの間にかキョウマの背から隣の専用シートへと移動していた。リナは諦めて操縦桿を握る。すると操縦方法が頭に流れ込んで来た。キョウマが操縦のメイン。リナの役割は魔力供給及び照準補正の補助だ。
「魔神竜の奴、少し回復しているな」
(乗り物を呼び出して変形とか合体とかしてたら、誰だって回復の一つや二つする気がする……)
「キュッ! キュッ!」
「が~、ががっ!」
リナは内心ツッコミを入れ、二竜は「ちょこざいな。攻撃、攻撃!」と騒いでいる。
「まずは、これでも喰らえ! ドラグゥッ・ビーーーームッ!」
「ギャァァァァァッ」
機体の頭部の宝玉が煌く。ビームが放たれ再生し始めている魔神竜の皮膚を焼く。一部は貫通し遠くの雲を裂いた。魔神竜の断末魔の叫びが響く。
「これが本命! 竜の審判!!」
天空に幾何学模様を携えた巨大な魔法陣が浮かぶ。機体の右腕を空高く掲げると魔法陣が高速回転を始めた。流星の如き白銀の刃が魔神竜目掛けて降り注ぐ。
「兄さん、これが狙い?」
「リナも気付いたか。そうだ、機神竜帝の姿になったのはこのためなんだ」
「そっかぁ……。確かにこれなら終わらせられるね」
「ああ、伊達や酔狂で巨大ロボットを出したりとかする訳ないだろ?」
「ごめんなさい。結構、本気で色々疑いました」
「うぐっ」
空が晴れ白銀の雨が止む。ほぼ力を使い果たした結果、機神竜帝は合体を解除。キョウマ達全員を地に降ろした後、超マシンは全てその場から去った。
「ヌグゥ……。ナンダ? ナニモナイデハナイカ」
「本当にそう思うか?」
「うん。そうだね」
「自分のステータス。見てみるんだな」
「ナニッ!?」
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名前 へっぽこ とかげ
種族 よわっちい とかげ
職業 ずっとむしょく
年齢 しらない
LV 1(MAX)
HP 1
MP 0
STR 0
VIT 0
AGL 0
DEX 0
INT 0
MND 0
LUC -10000
≪称号≫
・おろかもの
身の程をわきまえず竜に逆らいし愚か者。
神の如き力によって、名前も力も何もかもを失なった。成長も見込めない。
永遠にLVを始め、全ステータス上昇不可。解除不能。
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「バ、バカナ!」
「真実だ。実際、お前の体も縮んでいるだろ?」
「!?」
かつて魔神竜だった者の体は僅か人間の拳大位の大きさまで縮小されていた。ハクとじゅ~べ~に見下ろされ委縮している。
「機械の体を器として竜と人の魂を一つに重ねた機神竜帝……」
「神様みたいなことができるようになるなんてね……」
「リナも見ただろ? ハク達の故郷であの壁画をさ」
「うん、覚えてるよ? あの時、『これ、巨大ロボットだったり……なんて』って言ってたけど実践するなんて思ってなかったし、まさかそれが正解だったなんてね……」
キョウマとリナはどらごんの里でのことを思い出す。この後、落ち着いてから報告を兼ねてお墓参りに行こうとも考えた。そのためにもこの場を終わらせなければいけない。
「こうなってしまえば、復活なんて大それたこともできないはず。これで本当に最後だ」
竜魂の剣をキョウマは振り下ろす。どらごん達も息攻撃を続けって放った。
「ア、アア、ソンナ……」
かつて魔神竜だった存在は灰となった後、塵も残さずこの世から姿を消した。
お読みいただきありがとうございました。
次話は最終話。エピローグです。




