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第86話 最終決戦 開幕!

 決着の瞬間、敗北を悟った魔王は意識を傾ける。


(見ていたのだろう?)

(……)


 魔王の語りかけに答える者はいない。ただ、気配のみが佇んでいる。気配を感じさせた者の沈黙を魔王は肯定と受け取ることにした。


(本来であれば、今の貴様のようにお前達が争う様を見物するはずが……。予定が狂ってしまった)

(……)

(まあいい。我は敗れた。それが事実だ)

(……)

(ダンマリか……。それもまあいい……。が、このまま人間如きの好きにさせるのも面白くない。我の……我等の全てをくれてやる。持って行け!!)


―グゥォォォオオオオオオオッ!!!


魔王の全てを飲み込み何者かの咆哮だけが残った。



「一体……、何が起こったの……?」


 リナはうつ伏せから顔を起こし乱れた髪を後ろに払う。地面に手をつき(かぶり)を振って、ほんのわずかの間の記憶を探る。呻ぎ声に気付き意識を向けるとテツヒコ達一行がうつ伏せに倒れていた。どうやら命に別状はない(・・・・・・・)らしい。


「兄さん! 兄さんはどこ?」


 ぼんやりとした意識のまま前方に視線を向けリナは「嘘……」と漏らす。悪寒が胸の内から溢れ全身を駆け巡る。リナ達を守るように半径五メートル程の円を描く魔力障壁が覆っている一方、その外側は何かに削られ……というより消滅していたからだ。魔王の居城の残滓は最早、障壁の内側にしか残されていない。


「嘘……だよね……」


 徐々に鮮明になる視界にキョウマの姿はどこにもない。リナの脳裏に嫌な感情、想像したくない未来がどうしても浮かぶ。


「無事……か。良かった……」

「えっ? きゃっ!?」


 頭上の声にリナは気付く。同時にドサリと隣に倒れる声の主。


「い、いやぁ……」


 目頭が熱くなる。聞き分けのない子どものように(かぶり)を振るリナの声は蚊の鳴くように弱々しい。


「兄さん……。いやぁ……。いやだよ……」


 横たわるキョウマは何も答えない。全身至る所に火傷を負い、息すらもしているかどうか怪しい。銀色の鎧は砕け防具としての役目を終えている。キョウマがリナ達全員をその身を盾に守ったことは明らかだ。

 回復魔法(ヒール)を何度もかけるがキョウマに変化はない。やがて銀色の鎧だったものが徐々に薄れて霧散する。気付けば、真っ白な身体を煤だらけにした子竜がキョウマに寄り添っていた。つぶらな瞳は閉じられたまま。サッカーボール位の大きさの体が元気にはしゃぐいつもの仕草は鳴りを潜め動く気配がまるでない。目の前の絶望を必死に否定したいリナの衝動を現実がことごとく打ち砕いた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


……

…………

………………



 天に響く後悔の果て。辺りは何もなかったように静かになっていた。


―何も見えない。

―何も聞こえない。

―何もない。


 心が世界の何もかもが暗闇に覆われ黒く塗りつぶされていく。そのまま、全てを委ねれば何もかも楽になる。悲しみに暮れ涙を流すこともなければ、胸を痛めることもない。


―それでいいの?


 闇だけの上も下もない虚無だけの空間。膝を抱え漂うだけだったリナは俯いた姿勢から、ゆっくりと顔を上げる。


―本当に何もないの?


 一滴の光がリナの頬を照らす。冷たくなっていた体が徐々に温かくなっていく。全身を巡る熱に意識を向ける。『リナ』と自分を呼ぶキョウマの声と重なった。


『違う……。そんなことない!』


 闇の中、リナは立ち上がり虚空に叫ぶ。瞬間、キョウマとの思い出が無数に溢れ暗闇を塗り替える。


兄さんとおしゃべりするのが好きだった。

兄さんとの冒険は楽しかった。嬉しかった。

兄さんに料理を作る時間は心がいつもぽかぽかとして幸せだった。少し照れた顔で「美味しい」って言ってくれるのは凄く嬉しかった。


『何もないなんて……ない!』


兄さんともっと一緒にいたかった。

そうじゃない。過去形(いたかった)じゃない。

もっと一緒にいたい! 今日も明日も明後日も!

そして……。兄さんに「好き」って気持ちを伝えたい。


―だったら……ここから早く出ないとね?


 リナを照らした光が人の形を成す。その姿はリナの知らない……けれど誰よりもよく知る人物だった。


『あなたはわたし。かつての、そして今のわたし』


 光の人物とリナは両の掌を合わせる。穏やかな笑みを浮かべた人物は、淡い輝きを放ってリナへと重なり溶けていく。


『全部……、全部、思い出した。そう……! わたしは!!』


 滂沱の如く溢れていた涙が止んでいる。絶望だけだった心の闇は既に晴れた。体の内から力が溢れ上がっている。リナは指先を見つめ祈るように前に組む。黄金の輝きを纏う魔力が粒子となってリナを包む。埃に汚れた身は清められ、長い黒髪が黄金色へと変わる。背には純白の翼が顕現。翻した翼から散る無数の羽根はメイド服へと吸い込まれ白き鎧へと変化した。


「負けない! 諦めない! 今度はわたしが兄さんを守るんだから!!」


 リナの胸元から魔力が溢れる。新緑色の優し気な風を纏いキョウマの全身へと溶け込んでいった。光がキョウマを優しく癒していく。


―トクン!


 キョウマの命の鼓動をリナは確かに耳にした。「行ってくるね」と呟き白き翼を広げリナは飛び立つ。魔力障壁を抜けた先に待つものはまるで怪獣映画さながらの激闘が繰り広げられていた。


「じゅ~べ~ちゃん、先に戦って守ってくれていたんだね」


 片翼の星竜と対する闇色のドラゴンらしき巨大生物。数多の怨念を身の回りに漂わせ鱗の一部は気泡が弾けたかのようで気味悪さを引き立てている。リナには直感でソレが何なのか分かった。というより、何であるのか知っている(・・・・・)


「魔神竜……」


 リナは鞘から聖剣を振り抜く。柄を握る手が若干震えているのに気付く。震える手と剣の柄を見つめると青い宝珠を中心に翼を模した意匠をしていた。何となく見覚えのあるどこか懐かしい形。


「昔、使っていたとかで懐かしくて当然かな、って思っていたけど……。兄さんが好きな漫画とかにもこういうのがあったんだよね」


 口元に笑みが浮かぶ。気付けば震えは止まっていた。気負いはもうどこにもない。


「ここに来る時、兄さんは軽い調子だった。敗北なんて未来は考えてなかった。魔神竜なんて関係ない。兄さんは……。いいえ、わたし達は絶対に負けないんだから!」


 リナの眼前では星竜と魔神竜の息攻撃(ブレス)が衝突したところだった。互いに一歩も引かずお互い互角のまま弾け飛ぶ。リナが追撃を試みた時、聖剣が光を放ち姿が変わる。今ではもうすっかり手に馴染んだ某アニメさながらのライフル銃である。ビームや得体の知れないエネルギー光線が飛び出ても何ら不思議はない。


「いっけぇぇぇぇっ!」


 極太の光線が螺旋を描いて魔神竜に突き刺さる。何枚かの障壁を貫き着弾した様子をリナは見届ける。障壁は破ったが大きなダメージには至っていない。リナは星竜の側に下降する。


「おまたせ、じゅ~べ~ちゃん。わたしも戦うから!」

「……」


 星竜は言葉を返さない。それでもその瞳を覗きこむとリナには「が~」といつものように返事をしているように映った。その証拠に星竜の咢が重々しく開く。急激な魔力の塊をリナは感じる。じゅ~べ~の思惑はすぐに分かった。リナの破った障壁の隙間が閉じる前にすかさず息攻撃(ブレス)が放たれたからだ。


「グギギャァァァァァ!! オ、オノレ……、バハム……」

「ガーーーーーーーーッ、ガッ!」


 苦悶の叫びとともに、魔神竜はじゅ~べ~を忌々し気に睨む。言いかけた何かを星竜姿のじゅ~べ~が追撃の息攻撃(ブレス)を放ち遮った。リナにはじゅ~べ~が「その名は忘れた」と言っているように聞こえた。リナは「じゅ~べ~ちゃんって、もしかして凄く有名なドラゴンさん?」と呟くもそれ以上の追及はしないことにした。じゅ~べ~の無言の圧力に従い照準を合わせ引き金を引く。


「チョウシにノルナァァァァツ!」


 魔神竜は翼を広げて魔力を解放する。息攻撃(ブレス)もリナの放った銃撃もかき消されてしまった。縦長の瞳孔がリナを見据える。


「キサマモイタノカ? “翼の勇者セレスティナ”。ソノ身と魂、喰ラウテ我ガ糧トシヨウ」

「お断り……です!」


 身に纏わりつくような気味の悪い視線を振り払いリナは溜めた魔力を銃弾に変え撃ち放った。


(兄さん。わたし、頑張るから。今は休んでいてね)


横たわるキョウマから視線を外しリナは翼を翻す。舞い散った羽根の一つがキョウマの頬をそっと撫でた。


……

…………

……………………


……にアク……。エラー。

……にエラー。

エラー。

エラー

エラー……。

―平行世界にアクセス。エラー。


 無機質な声が何度も聞こえる。ハッキリとしない意識の中、訳の分からないことを何度も言われても憂鬱以外の何でもない。


(僕、どうしたんだっけ……)


 何があったか少しずつ思い出してみる。ああ、そうだ。


(嫌な気配がして咄嗟に自分を盾にしたんだった……)


 それにしても迂闊にして情けない。いくら消耗した直後且つ、リナはもちろんのことテツヒコ達(オマケ連中)を守るために残った力も振り絞ったとはいえ、あの程度(・・・・)の攻撃でダウンするなんて……。今の僕って意気揚々と魔王城に乗り込んでおきながら返り討ち。サイテーだ。まあ、この際の僕のことはどうでもいい。優先することは一つだ。


(リナ、泣いてるよな)


 早く起きてリナを安心させたいところだが世の中そう上手くはいかない。僕が受けたダメージが大きかったのか思考の海から目覚める気配がない。何かないかと見回していると、僕の相棒の子竜が視界に映った。僕のすぐ側で虚空を見つめたまま佇んでいる。


(ハク?)


 物言わぬハクはまるで時が止まったかの如く固まったままだ。何かあったわけでも言われたわけでもない。にも関わらず僕の脳裏に一つの解がよぎった。


(もしかして、ずっと頭に響いている声はハク、お前なのか? そうなんだな)


「正解だ」

(っ!)


 声につられて意識を向ける。視線の先には僕のよく知る僕の知らない人物が映った。


(僕にそっくり……)

「まあ、それは当然と言える。何せ平行世界の同じ存在だから」

(なっ!?)


 僕そっくりさんは開口一番、衝撃の事実(とんでもな爆弾)を投下した。一々遠回しされるよりは正直に言って有難い。と同時にやっぱり僕なんだとも思う。自称平行世界の僕は今の僕より少し年上といった印象だ。


(もしかして昔、僕やハクを助けてくれたあの時の?)


 僕はこの僕にそっくりな青年を知っている。

 昔、僕が小さかった頃、僕達の前に急に現れた人。命尽きようとするハクを僕の魂と繋げて助けてくれた恩人だ。


「おっ、分かるのか? だったら話は早い。その通りだ」

(そっか。あの時は助けてくれてありがとう)

「なんか、自分自身にそう言われると照れるな、っておっと!」


 ポリポリと頬をかくお兄さん。視界に映るその姿が若干ブレる。お兄さんの実体はここにはない。映像と音声だけがここにはある。


(もう、あまり時間がないんじゃない?)

「いや、まだ大丈夫だ。だが、そろそろ本題に入ろうか。早く戻らなければならないだろう?」


 僕が頷き返すのを確認したお兄さんはハクに視線を向ける。


「この子竜(ちっこいの)、こんな愛くるしい見た目して中身はそうとう(したた)かでな」

(えっと何の話?)


 いきなり相棒(ハク)を悪く言われたようで、僕は見るからに不機嫌になった。青年は僕に気にすることもなく話を続ける。


「君、危機(ピンチ)になった時、今みたいな謎の声が頭に響いて急に何かの力を使えるようになった、なんてことあるんじゃない?」

(いきなり話が飛んだ! けど、言われてみれば……)


 こうしている今も時折、『エラー。エラー』と声が聞こえている。ハッキリとした記憶はないけれど、なんとなく過去にも聞いたことがある……ような気がする。


「この子竜(ちっこいの)。昔、君の魂と繋げた時にちゃっかり俺とも魔力的な繋がり(パス)が残るようにしていてな。君に何かある度にその繋がり(パス)を利用して、俺の能力を複製(コピー)してたんだよ」

(コ、コピーって……)

「ああ、君自身に適合するように最適化してな。しかもな……。能力を複製(コピー)するだけならまだしも、拠点の一つが無くなった時は流石にビビった」


 もしかしてドラグ・ベースのことか!? 今まで当たり前に使っていたけど、そんなことがあったとは。流石に僕も驚きだ。


(なんか、それは大変、申し訳ない……)

「いや、数あるうちの一つだったし、こっちは何とかなっているから問題ない。もう君の物だ。そのまま使ってくれて構わない」


 返却不要の一言に僕は安堵の溜息をついた。青年は話が少し逸れたな、と一言加えて話を続ける。


「それで今のこの状況なんだが、君の危機(ピンチ)を救うため俺から何かしらの能力を得ようとこの子竜(ちっこいの)が頑張っているという訳だ」

(ハク、お前……)

「礼なら目が覚めた時に言ってあげるといい。ここでやっと本題。俺がここにいる理由になるのだが、君達に言いたいことがあって来た」

(言いたいこと?)

「さっきから“エラー”と響いているのに君は何か感じないか? 因みに俺が意地悪をして能力を複製(コピー)できないようにしているわけではないということだけは言っておくよ」

(というと?)


 おどけたかと思えば青年の纏う空気が変わる。僕は続きを促すことにした。


「もう、俺から得られるものはないんだ。いや、そもそもとしてその必要がない。なぜなら君は既にこの状況を打開するための鍵を手にしているからだ。ただ、それを言いに来た」

(鍵……)


 僕の呟きに平行世界の僕が頷き返す。


「君はずっと昔(・・・・)にその鍵を既に手にしている。あとは扉を開けるだけ」

(ずっと昔に……)

「そうさ。君は……。いや、君達(・・)は強い。色々な平行世界を見て来たけど圧倒的な程だよ」


 僕の魂が脈を打つ。僕が手にしている“鍵”が何となく分かったような気がした。


「どの世界線でも俺は必ず一人の同じ女の子に恋をする。そして、途方もない理不尽な力……。神を気取った運命とでもいう何かが害をなす。俺はそれが許せない。だから、俺は数多の世界線を越えて戦っている。けど、君のいるこの世界では俺の出番はもう何もないらしい」

(一人の女の子……って)

「反応するのはそこか! まあ、そこが俺らしいとでも言うべきか。君にももういるのだろう?」


 僕の頬が熱みを増す。平行世界の僕は微笑ましい視線を僕にぶつけてくる。


(ちなみに、その女性(ひと)とは?)

「ふっ、聞くまでもないラブラブだ」

(ラブラブですか)

「そう。だから君もあがくといい。鍵は手にしている。勝利はすぐそこ。あとは迷わず前へ進め!」


 青年の姿が消える。気付けばハクも「キュー」と別れを告げていた。


「クゥ……」


 トコトコと歩いてきた相棒を僕は抱きかかえる。脳裏に幼き日の、昔の僕とリナの会話が浮かぶ。


『う~っ。だったら、おにいちゃんなら、どんななまえにするの?』

『そうだな~、おまえがもっとカッコよかったらな~』

『クゥー?』

『へぇ~。なんてつけようとしたの』

『●●●・●●●―』


 平行世界の僕の言っていた通りだ。僕はあの時、既に手に入れていた。僕はハクの瞳を覗きこむ。


「一緒に戦ってくれるか?」

「キュィッ!」

「よし、行くぞ!」


「竜帝闘衣! ドラグゥッ! カイザァァァァァァァッ!!」


 僕は鍵を……、内なる扉を解放した。

お読みいただきありがとうございます。


体を壊し投稿の中断が随分と長引きました。

体を起こしても平気な時間が確保できるようになったため再開いたしました。

既に最終話までは出来上がっていますので誤字等のチェック完了次第、投稿いたします。

残り2話です。

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