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第85話 一つの決着そして次なる決戦の予感

 不快に眉をひろめた魔王は大鎌を振るう。それをバックステップして避けると、続けて火炎魔法の散弾が飛び交った。


「そんなもので!」


 僕の背には既に魔法の翼―アクセル・ウイングが展開されている。翼から魔力の粒子が放出。加減などできない。出力を上げているが故の煌き。

 竜魂の剣を振り抜き、さらに迫る魔法の嵐。今度は無数の氷の槍。隙間を縫うように接敵し瞬間、星竜闘衣(せいりゅうとうい)を纏う。


「っ!」

「ふっ、甘い甘い」

「お前がな!」

「がはっ!」


 剣で鎌を弾き返し、空いた胴に拳を入れる。すかさず張られた障壁に阻まれるが蹴りを叩き入れてそのままぶち抜く。魔王の体躯は、くの字に折れて壁に激突。クモの巣状の亀裂が走る。忌々し気に魔王は僕を睨むも、それは一瞬。今は表情を戻し冷静さを取り戻している。


「ふ、ははは、アキヅキの奴、やるじゃねぇか! 魔王を圧倒してやがる」

「そう……なのかな? 兄さん、ちょっと焦ってるかも?」

「そうなのか? よく分からねぇけど気のせいじゃねぇか?」

「う~ん、だといいけど……」


 興奮気味のテツヒコに対してリナは疑問を呈している。魔王への警戒をそのままに、二人の会話を背にする。どうやらリナにはお見通しのようだ。切り結んだ印象、単純な力比べなら僕の方がずっと上。けど、魔王から時折感じる得体のしれない何かを前に、僕の直感が警鐘を鳴らして止まない。現に魔王は余裕の笑みを浮かべている。


「中々、人間にしてはやるではないか。まさか、ここまでとはな」


 魔王の瞳が妖しく光る。途端に魔王の体中から禍々しい魔力が溢れ、縫い付けていた壁は瞬時に木っ端微塵に吹き飛んだ。そのまま魔王は、浮遊魔法で宙に浮きこちらを見下ろしている。


「ふっ、人並外れた強さを持った分、後悔することになる。楽に死ねると思わぬことだ」


 魔王はその手にした鎌を掲げる。すると周囲から黒い粒が溢れ魔王の頭上へと集まりだした。僕はつられるように辺りを見回す。


「これは!?」

「兄さん、これってもしかして!?」


 リナも僕同様に気付いたようだ。四魔将の一人を倒した辺りから他の粒とは比較にならない大きな塊が浮かんでいる。ということは、この塊は四魔将だったもの。となると辺りの粒は他の倒された魔物達と見るのが妥当。が、どこか違和感が拭えない。


「お前、死んだとはいえ仲間だったんだろ!? それを……」

「ほう、気付いたか? まあ、ほぼ(・・)正解だ」

「“ほぼ”だと?」

「これはここに彷徨う魂だけではない。古くから彷徨う怨念そのものも含まれる」


 つまりは、テツヒコ達や僕が撃ったミサイル等で散った魔物以外。かつて、魔王討伐を目指した者達によって倒された魔物達。そして、魔王たちに返り討ちにあった人達の成れの果てでもあるということだ。


「一体、どうする気だ?」

「おおよその見当はついているのだろう? それもまあ正解だとでも言っておこうか。ククク……」


 魔王は嘲り笑う。己が圧倒的優位と確信しているのだろう。実に満足気だ。


「気に入らない、な!」

「フフ……。もう遅い」

「っ!?」


 一々と待ってやる理由もないと斬り込むが魔王の言う通り一足遅かった。黒い大きな塊は全て凝縮され瞬時に魔王の身へと溶け込んだ。先程とは比べならない程の力が障壁を成し僕の蒼の斬撃を難なく防ぐ。刃と障壁、二つの間に火花が散る。

 魔王は口端を吊り上げる。魔王の身体への変化はすぐに現れた。その身は闇色に染まり装備越しに見ても、筋肉が膨れ上がっていくのがよくわかる。体だけではない。その身に着けた鎧もまた変化していた。斬り飛ばした部位は修復され、所々にあしらわれているドクロは嘆きの叫びを振りまいているかのようだ。魔王の周辺に黒く力強い……、そして糧とされた魂の怨念が暴風となって吹き荒れている。


「己の愚かさを死して悔いるがよい」


 魔王は揺るぎない自身を込めて口元を緩めた。僕の背筋に冷たい汗が流れる。


「なら、せいぜい抗って見せるさ!」

「その虚勢がいつまで続くのか。楽しませてもらうとしよう」


 魔王の眼光が一層と鋭くなる。瞬間、僕の懐に迫り大鎌を振るった。すかさず、後ろへ跳び凶刃を躱す。


(っ! 速い!)

「フハハハハ」

「ぐっ!?」



 魔王が一瞬、舌なめずりをした。追撃の闇魔法の弾丸が僕の腹部に直撃。呻き声が漏れ、衝撃に思わず顔を顰めた。問題ない。星竜闘衣(白銀の装甲)は健在だ。いかに魔王の攻撃と言えども簡単に貫かれたりなどしない。ふと後ろからリナの視線を感じた。きっと心配しているのだろう。


「しっかり、しないとな!」


 更なる追撃を剣で弾く。魔王は距離を置き魔法で僕を牽制する。中距離から削り隙あらば至近距離からの強攻撃。実に分かりやすいが、均衡を崩せないでいた。


……

………


「きゅー」

「が~」

「土神様?」

「ハクちゃん?」


 キョウマが魔王に押され始めた頃、戦いを見守るどらごん達もまた状況の打開に動き始めた。茶色の隊長どらごん―じゅ~べ~は無数の魔力塊を宙に浮かべ、意図に気付いたハクはじゅ~べ~の頭上に鎮座する。


「がっ!」


 じゅ~べ~が気合を込める。辺り魔力が反応し転移門へと姿を変える。


「ぴっ!」

「ぷっ!」

「クルルゥッ!」


 転移門より大中小、色とりどりのどらごん達が次から次へと現れる。その数は軽く三十は超えている。 その光景にリナの瞳に熱がこもる。テツヒコ一行は開いた口が塞がらない。

 そして始まる井戸端どらごん会議。「キュッ、キュ!」、「ガー、ガッ!」と二竜を中心に話はすぐにまとまった。大中小のどらごん達は魔王に向かって咆哮を上げる。もっとも愛くるしい鳴き声のままのため、声だけ聞けば大抵の者は温かな眼差しを向けるであろう。


「どらごんさん達、凄く怒ってる」

「お、おう。ビリビリ伝わってくる」


 リナの漏らした言葉にテツヒコは頷く。見た目、ぬいぐるみな外見に似合わぬ怒りの感情に魔力は吹き荒れ空気を震わせる。


海の幸(ごちそう)……、食べられなかったのは魔王(お前)のせいだ!


 どらごん達が一斉に小さな手を掲げる。荒れていた魔力は一筋の線へと収束。その光は夜空を駆け抜ける流星の如くキョウマの纏う白銀の闘衣へと吸い込まれた。


「どらごんさん達の力が兄さんに集まっているの?」

「ははは、凄ぇ……」



 リナは祈るように胸元で両の手を結ぶ。テツヒコの乾いた笑いには呆れの一方、希望の色が込めれられている。疲労と状況の変化についていけず意識を手放してしまった仲間達を介抱するその手もどこか軽い。キョウマは手の平を一度、握っては開き己に流れ込むどらごん達の想い(ごちそうの恨み)と力を確かめている。


「これは……」

「くくっ、何をしたところでこの差が埋まるわけでもあるまい」

「だったら、確かめてみろ!」


 鼻で笑い飛ばす魔王の顔面にキョウマは刃を払う。魔王は余裕の笑みを浮かべ回避。キョウマは顔を顰める。刃を返し時には蹴りを織り交ぜ追撃を重ねるもキョウマの攻撃は掠りもしない。


「どうした、どうした? さっきまでの威勢はどこへいった? やはり、こけおどしだったか? くくくっ、フハハハハッ!」

「くっ!」


 空振りを続けるキョウマを魔王は嘲り笑う。どらごん達の支援前より魔王の余裕は更に増している。舌打ちとともにキョウマは剣を払う。魔王は最早、目を開いてさえいない。キョウマの剣はまたしても空を切る。


「アキヅキの奴、変じゃねぇか? さっきから、攻撃が全く当たってねぇ」

「うん。そうだね……」


 キョウマの劣勢。リナは瞬き一つせず視線をキョウマに向けたままテツヒコの疑問に相槌を打つ。


「あのすげぇパワーに振り回されているってのか?」

「ちょっと違うかも」

「ん? どういうことだ?」

「えっとね。兄さんはどらごんさん達ほど本気じゃないんだと思う」

「それって、アキヅキの奴が手を抜いているってか!? そんな風には見えねぇぜ?」

 

 テツヒコはキョウマの戦闘に目を向ける。がむしゃらに魔王に食らいつき形勢は不利とはいえ均衡を保っている。リナに視線を戻し説明を促す。


「そういうことじゃなくてね。どらごんさん達みたいに食べ物に執着しているわけではないから、本気で怒れないんだと思う」

「それはつまり、アキヅキの怒りが足りないってことか? アキヅキが怒ればいいってことだよな?」

「うん……」

「なんだ。なら話は簡単じゃねぇか!」

「えっ!? それってどういうこと?」


 テツヒコは不敵な笑みを浮かべる。リナは驚くと同時に少しだけ嫌な予感を覚えた。


「アキヅキィッ! お前ぇ、海へ行ったんだろぉぉぉっ! なら、水着回はあったんだろうなぁぁっ!!」

「ちょっ、ちょっと何言って!?」


 テツヒコはキョウマに笑みを向ける。キョウマの耳がピクリとしたのも見逃さない。


「なかったよ!! だからこうして怒っているんだ! ちくしょぉぉぉっ!!!」

「何ぃっ!?」


 キョウマは叫びと同時に剣を払う。その一撃は明らかにそれまでのもの比べて鋭さを増していた。魔王の瞳に一瞬、焦りの色が生じる。


「ならよ、よく聞けぇぇっ!! お()ぇは大事なことを見落としている!! 水着回というイベントだけにとらわれてその意味を分かっちゃいねぇ!!」


 テツヒコは大きく息を吸い、吐き出した。


「水着回があったらよぉっ……。きっと、あったはずだぜ。アキヅキ妹のポロリがよ……」

「なんだ……と?」

「そうだぜ、アキヅキ。ラッキースケベな美味しいハプニングがあったはずだぜ、きっと。 アキヅキ妹とあ~んなことやこ~んなことが起こっただろうな」

「何ぃ!?」

「そんなのありません!!」


 言葉と表情に哀愁を漂わせ、ウンウンと頷くテツヒコ。雷に打たれたかのように驚愕するキョウマ。顔を赤くしスカートの裾を握り絶叫するリナ。三者三様の反応を示した。


「戦闘中に何を! げふっ!」


 迫る魔王の顔面にキョウマの裏拳が突き刺さった。魔王の身体は壁に叩き付けられ瓦礫に埋まる。その様を一瞥するキョウマの眼差しは「うるさい。少し黙れ!」と物語る。


「ポロリ、リナのポロリ……。ラッキースケベであ~んなこと、こ~んなこと……」

「ないから! そんなのないですから!」


 キョウマは縋る視線をリナに向ける。リナは頬を赤らめ胸元を隠した。


「許せない……。絶対! 絶対に!! 許してたまるかぁぁぁぁぁっ!!!」 


 怒りの咆哮と共にキョウマの全身から白銀の輝きが暴風となって吹き荒れる。今この時この場にいる全ての者が瞬時に悟った。戦いの流れは完全にキョウマに傾いたこと。そしてそれは最早誰にも覆せないことを……。


…………

………………


 瓦礫を吹き飛ばし僕は魔王に狙いを定め、その顔面に拳を叩きこむ。


「ポロリを! 返せぇぇぇぇっ!!!」

「だから、一体何のこと……、へぶっ!」


 とても魔王とは思えない呻きを聞いたような気がする。が、そんなことはどうでもいい。


「まだまだぁぁぁぁぁっ!」


 吹き飛ぶ魔王の胸倉を掴み鳩尾目掛けて僕は無数の拳を浴びせる。ラッシュの締めに顎を蹴り上げてやった。まだだ、まだ僕の……僕とハク達(僕達)の怒りはこの程度では済まない。更に僕は上空へ吹き飛ぶ魔王の上を取り、回し蹴りで地に叩きつける。



「くらえぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 僕の左手に纏う魔力が竜の頭部を形作る。その咢が開と同時に極太の光線が放たれた。魔王の全身を包みその身を全て焼き砕く。天高く舞い上げられた魔王に最早、抵抗する力は残ってはいなかった。炎に包まれた身は自由落下を遂げ瓦礫まみれの地面に叩きつけられる。

 

「う、うぐ……」


 僕は魔王の元へと歩み寄る。魔王に立ち上がる気配はない。僕の歩みと共に奏でるブーツの音は魔王にとって処刑宣告までの時を刻むかのように聞こえているのかもしれない。這いつくばる魔王を僕は見下ろす。うつ伏せのまま手足が震える姿から戦う力は感じられない。戦闘の決着を前にして猛り狂っていた感情が静かになっていく。されどそれは消えたわけではない。静かに力強く僕の中に存在している。


「バ……、バカ、な。こんなことが……」


 喉元を掴み上げる僕を魔王が見下ろしている。喉を握る力を強めると魔王は「う、ぐぐぐ……」と呻ぎ声を漏らす。魔王の瞳からは怯えの色が見え始めている。更にその奥には困惑が見て取れた。今この時、僕と戦い敗れたこと。その事実を受け止められずにいる。僕の目にはそう映った。


「お前は、絶対に許されないことをした……」


 僕は魔王の身を宙に放り投げ剣を構える。


 ―どこで間違えたのだ?


 魔王の呟きが耳を掠める。何を言ったのかはわからない。ただ、その表情は全てを諦め……。最後に笑った。


(笑った? いや、負けを認めて諦めただけか?)


 僕の剣は既に魔王を捉えている。剣閃が煌く。魔王は成す術もなく光に包まれ、そして消えた。


「終わったの? ケガはない? 大丈夫?」


 リナは僕に近づき回復魔法(ヒール)をかける。心配そうに見つめるリナに僕は「大丈夫だ」と返した。ハクとじゅ~べ~も僕の足元でじゃれついている。どうやら他のどらごん達は帰ったらしい。


「やったじゃねぇか! アキヅキぃ!」


 続くテツヒコには肩を竦めて返した。お仲間、ほっといても良いのか?


「兄さん? 何かまだあるの?」


 リナは星竜闘衣を解除しないままの僕に不安を向ける。


「魔王の奴、最後に笑ったんだ。それが頭から離れなくて……。それに何だか変じゃないか?」

「変って?」

「魔王を倒したのに何だか空気、というか嫌な感じの気配が強く残っている気がしてどうも落ち着かない」

「そういえば、そうだね……」


 リナと頷き合い周りを見渡す。体の奥底を震わせる不快感がどうしても拭いきれない。煮え切らぬままリナと二人で首を傾げる状況をテツヒコが破る。


「おい、アキヅキにアキヅキ妹、あれは何だ?」


 テツヒコの指さす方向に自然と視線が向かう。宙を漂う黒い点。いや、あれは最近どこかで見たような気がする。


「あれは、鏡……か? でも、どこかで見たような気がする」

「えっ!?なんであれ(・・)が、そこにあるの!?」


 リナの驚きに記憶をなぞる。僕はアレを知っている。


 ~~~~~~~~~~


【魔神の鏡】

 主より授かりし眷属としての証。

 満月の光を浴びし時、主の元へと転移することが可能。

 使用してもなくならない。


~~~~~~~~~~


 ハク達の故郷に着く前に戦ったツインヘッド・カースドラゴンが持っていた鏡か!?


「確か収納空間にしまっていたはず。それに満月でもないのに何で光って……」

「嘘でしょ?」

「おいおい、一体なんだってんだ!? 説明してくれよ!」


 勝利も束の間、状況が悪い方向に向かっている。僕がそう確信した時、目の前に邪悪な竜の咢が不気味に開き……。

 

 僕達は闇の竜の息(ブレス)に包まれていた。

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