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第84話 だから僕は魔王に挑む~戦いの火蓋

 襲い来る魔物の群れ。迫る凶刃、爪に牙。降りかかる攻撃魔法の嵐。それら全てによる蹂躙を一切許すまじと言わんばかりに、一枚の……されど強固な障壁が全てを阻む。


完全自動防御壁パーフェクト・オート・プロテクション


 あらゆる攻撃を無力化したその男、鋼鉄の勇者(アイアン・ブレイバー)―テツヒコ・ダイモンは不敵に笑う。その雄姿を瞳に映し彼の仲間達は戦意を高める。互いに頷き合い両手を前に魔力を解き放つ。


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 仲間の支援を受け、テツヒコもまた渾身の力を解放。辺りの魔物全てが灰塵へと帰した。仲間達から安堵の溜息が漏れる。それでも一人、テツヒコだけが臨戦態勢を貫いた。


「お前らぁっ! 気を抜くんじゃねぇっ! ここがどこだか忘れたんじゃねぇだろうなっ!」


 仲間達から笑みが消える。表情を強張らせ生唾を飲む。


―魔王城


 ここは敵地も敵地。しかも中枢……。誰一人忘れていた訳ではない。連戦に次ぐ連戦に勇者一行の精神は確実に摩耗を重ねていた。


「クックックッ、素晴らしい!」


 静寂の中、拍手とともに頭上から声の主が姿を現す。シルクハットにタキシード。背にはコウモリの翼。ステッキをクルリと回し優雅にお辞儀をする。


(コイツは……、今までの奴と次元そのものが(ちげ)ぇ)


 額に流れる冷や汗を拭うテツヒコを眺め、タキシードの魔物は愉悦に目を細める。


「はじめまして、エスリアースの勇者達。私は四魔将が一人……」


 口上と共にタキシードの魔物から溢れ出す魔力の渦。呼応するかの如く魔王城が大きく揺れる。堅牢な壁が軋み、砂埃が辺りを舞った。


「なっ、なんて奴だ」

「「「テ、テツヒコさん……」」」


 勇者一行に動揺が走る。それでもテツヒコだけは、よぎる不安を振り払い頭上の魔物を睨み返した。そう、睨み返したからこそ違和感に気付く。


(なんだ? 様子が変じゃねぇか……)


 見ればタキシードの魔物もまた辺りをキョロキョロと見回している。


「魔王様の城が揺れるだと? バカな、ありえん!」


 魔物の戸惑いを確かに聞き取り、テツヒコは仲間達を背に障壁を展開する。


(この事態は魔物にとって想定外? 一体、何が起こっている?)


 テツヒコは(かぶり)を振る。自嘲気味な笑みとともに一人の姿を脳裏へと浮かべた。


(アキヅキよぉ。やっぱ、お前を誘っとくべきだったかもな……。って、この期に及んでお前の顔を浮かべるなんざ俺もどうかしてるぜ)


 何もかも分からぬまま事態は何一つ待ってはくれない。凄まじい爆撃音がその場全ての物の耳をつんざく。城壁は崩れ、瓦礫の雨が降り注ぐ。完全自動防御壁パーフェクト・オート・プロテクションは問題なく機能している。テツヒコを、そして仲間達を城の崩壊から確かに守り抜いた。

 

―どれだけの時間が経っただろうか?


 その場にいた全ての者達にとって、ほんのわずかな時間のはずが果てしないほど長く感じられた。既に揺れは収まり周囲の砂煙も晴れようとしている。障壁越しにテツヒコは目を細めて様子を伺う。


「あれは!?」


 晴れぬ視界の中、テツヒコは蒼く輝く一筋の光を見た。

それは即ち剣閃。そして魔を払う光の剣。光の正体を知るテツヒコは胸にこみ上げてくる衝動を抑えられずにいた。


「アキヅキィッ!」


 視界が徐々に晴れていく。勇者一行の前に、約一名を除き信じられぬ光景が姿を現す。


「ん? 呼んだか……って、何でこんなところにいるんだ?」


 片手間の如く、返事を返す一人の少年。その左手に輝く蒼き刀身はタキシードの魔物の胸を貫いていた。


「バ、バカな……。四魔将のこの私が、こうも簡単に……」


 己を貫く刃を握りしめタキシードの魔物は忌々しく少年を睨む。少年―キョウマ・アキヅキは冷めた視線で受け止め、いとも簡単に刀身を振り払った。


「ぎぃ、ギギャァァァァァっ!」


 断末魔の叫びを上げ、魔物の身は滅びゆく。キョウマは剣を振り払い消え去る魔物を見つめる。


「今のが四魔将の残りか? とにかくこれで確か三体目、あと一人か……」


 と一人呟くキョウマ。実は先の海の戦いで倒した巨大半魚人が四魔将の一人。知らずして魔王幹部の全てを倒していることをキョウマは知らない。


「だからと言ってやることは何も変わらない。目指すは魔王ただ一人」


 決意を新たにするキョウマ。テツヒコとその仲間達は只々、茫然とするしかなかった。


 時は少し遡る。


 何もない広く開けた草原にキョウマとリナ、ハクとじゅ~べ~は仲良く並ぶ。リナの嫌な予感メーターは間もなく臨界点を迎えようとしていた。リナはジト目の視線をキョウマに送る。キョウマは「フッ」と意味深に笑みを浮かべる。リナはもちろんイラッと来るが、抗議する前に指輪待機を発動され今は指輪の中。キョウマの首から下げられた指輪から『兄さんのバカ、兄さんのバカ……』と負の感情を漏らすもスルーされた。


「ふっ、そろそろ行くか!」


ややオーバーアクション気味に腕を払い遥か彼方、西の空へキョウマは鋭い視線を向ける。


「ドラグゥゥゥゥッ! ジェェェェットゥッ!!」


 その叫びが木霊すると同時、キョウマの視線の向かう先―天空に星の瞬きが一つ……。否、流星となって耳をつんざく風切り音を伴いこちらへと向かって来る。銀の翼に竜の姿を模した戦闘機。呆れるリナとは対照的に二竜は喜び周囲をグルリと駆ける。


『うっわ、何……これ?』

「修理したのはリナのはずなんだけどな」

『なんなの? こんなの……、わたし、知らない。わたし、知らない……』

「リナは昔から機械とか弄りだすと夢中になって色々と周りが見えなくなったっけ」

『う~っ』


 唸るリナはひとまず放置。ハクとじゅ~べ~を抱え、「トゥアッ!」と跳躍、コックピットへ乗り込むキョウマ。『決まった……』と口端をやや吊り上げるキョウマに、リナのツッコミはない。最早、言うことなしということである。


「さあ、出発だ!」


 操縦桿を握りフットペダルを踏む。リナ曰く厨二病満載機は瞬きする間もなく飛び立った。

 ドラグ・ジェットの性能は伊達ではなく数分経たずして目的地―魔王城が視界に入る。あっけない空の旅の終了。リナは安堵し、二竜はやや残念。キョウマは強気といったところ。


「まずは景気づけに、これでも喰らえ!」


 操縦席の青いボタンをキョウマは押す。機体の先端―竜の瞳からビームが照射。螺旋を描く蒼の光線が雲を切り裂き魔王城を襲う。直撃の瞬間、魔王城を包む結界に阻まれるも打ち消すことに成功。二竜は感動につぶらな瞳をキラキラさせている。


「続けて、こいつを喰らえ!」


 今度は操縦桿の赤いボタンをキョウマは押し込み。すると、竜の咢がパカリと開きミサイルが発射。大気を震わせ魔王城へと着弾。爆発音とともに瓦礫が宙を舞う。キョウマは機体を旋回させ魔王城の上空で停止。辺りを見回し様子を伺う。先に口を開いたのはリナだった。


『ねぇ、兄さん。こういう場合って入り口から入って罠とか迷路とかを頑張って進むのが普通じゃないのかな? なんで、ミサイル撃って破壊するのかな?』

「いや、だって、メンドイだろ? それに迷宮を一から攻略ってゲームの勇者じゃあるまいし、そんなのに付き合ってられるかって」


 面倒ということには理解できるもリナは今一つ釈然としない。


「ねぇ、それならそのゲームみたいな勇者さんが真面目に頑張ってたら? 今の爆発に巻き込まれていたりしないかな?」

「いやいや、魔王城だろ? そんな都合よく偶然に人がいるなんてないだろ?」

「つまりは確かめなかったの? もしその偶然で他に人がいたら兄さんはどうするの?」

「うぐっ……」


 指輪越しに刺さるリナの視線が痛い。それもそのはず。リナの指摘に操縦席のレーダーに視線を落とすと“人”の反応を示す光点が明滅している。冷たい嫌な汗が流れる。


『兄さん?』

「……。今から突っ込むぞ」


 コックピットのハッチを開き、キョウマは魔王城へと飛び降りた。目指すはミサイルによって破壊された城壁の隙間。レーダーが指し示していた“人”ではない“敵”の印。キョウマは剣を手にし、蒼き一閃を振り放った。


 そして現在―

 突如の来訪者に期待半分、困惑半分で迎えるテツヒコとその仲間達。テツヒコは詰め寄りたいが底をついた体力がもたず「状況の説明求む」の視線をキョウマへ送る。やれやれ、とキョウマは肩を竦め手短に説明をした。リナの水着を拝めなかったことは隠しておいた。キョウマの魔王城殴り込みの理由が食べ物の恨みと知り、テツヒコ達は眩暈を覚える。同時にこの巡り合わせに少なからず感謝もした。元々、海の幸の情報元はテツヒコにある。「俺様の悪運はまだ尽きちゃいねぇな」とテツヒコは心中呟いた。


「傷の手当とかした方が……」

「キュッ」 「が~」

 こっそり、指輪から出たリナはキョウマの背後から顔を出す。二竜も続いて一鳴きした。


「つ、土神様か。申し訳ありません。今は、こんなものしか……」


 茶色のどらごん―じゅ~べ~のことをテツヒコは土神様と呼んでいる。こんなものと言いながらも取り出したるは、アンコたっぷりお饅頭。二竜は「どうも、どうも」とお辞儀をして美味しそうに平らげた。


「が~」


 食べ物のお礼に、じゅ~べ~は癒しの力を発動。茶色の身体から黄金の魔力が放出、テツヒコ達の周囲に柔らかな雨を降らせ、たちまちに傷を癒していく。


「うおぉぉっ! 土神様ぁぁっ!」


 感動の余りテツヒコは涙目だ。仲間達も号泣している。度重なる激闘の末のやすらぎ。敵地ということを忘れこの瞬間だけでも、とテツヒコ達の心は休息を欲した。


「アキヅキ、すまねぇ……」

「礼なら不要。治したのはじゅ~べ~だし、実際に貰うもの(饅頭)は貰っている」

 魔族を倒し窮地を救ったのはキョウマ。それに饅頭と満身創痍の手当では釣り合わないと思いつつ。テツヒコは言葉を奥に封じた。キョウマを「そういう奴なんだろう」と割り切ることにした。


「それより仲間と一緒に下がった方がいい。敵が……来る」


 何もない空間をキョウマは一閃。ところが剣は宙で何かに阻まれるように留まりバチバチと火花を散らす。


「我が城で勝手した挙句、随分と無礼なご挨拶ではないか」


 キョウマの剣が弾かれ、空間がねじ曲がる。黒い球体へ姿を変え、やがて人型を成す。


「魔王……」


 テツヒコ達の内の誰かが呟いた。長い灰色の髪。生気を感じさせぬ白い肌。血のような赤い瞳に尖った牙。大振りの鎌を携え、所々にドクロを装飾した外装。世間一般、広く知れ渡る魔王のイメージをそのまま形にした存在がそこにいた。


「こ、これが魔王の姿……。まるで鬼だ」

「な、何を言ってる。どう見ても爬虫類か何かだろ!」

「まてまて、俺には色っぽい姉ちゃんにしか見えないが……」


 テツヒコ達の仲間達は口々に異なる魔王像を口にする。どうやら人によって見え方が違うらしい、とキョウマは結論づけた。恐らく竜眼(ドラグ・アイ)で見ている自分の認識した姿が正解だろうとも。


「ふん、下等な人間どもが、皆殺しにして……むっ」


 口上の途中、お構いなしにキョウマは斬りかかる。先と同様、障壁に阻まれその刃は届かない。


「まだ話は途中だというのに、勇者とは随分と無礼なのだな」


 キョウマを見下し、「まあ、無駄だがな」と加え鼻で笑う。


「別に僕は、勇者なんかじゃないから……な!」

「何いっ!」


 キョウマの剣に宿る蒼の輝きが増す。それまでとは打って変わって魔王の障壁を易々切り裂き、魔王の衣―ドクロの肩当を切り落とした。


「貴様ぁっ!」


 牙をむき出しにして魔王は吠える。その怒りは一太刀を浴びせた眼前の敵だけではなく、初撃を軽々と防いだ際にキョウマの実力を計り間違えた自身に対しても含む。


「あまり、舐めない方がいい……」


 キョウマは魔王に切っ先を向ける。戦いの火蓋が切って落とされた。

お読みいただきありがとうございました。


体調不良に加え、リアルが忙しく中々、続きを書くことができないでいます。

次もできるだけ早く仕上げられればと思います。

次話もまたよろしくお願いいたします。



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