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第82話 だから僕は魔王に挑む~決戦前日

 キョウマの『僕は! 魔王を……、倒す!!』発言から一夜明けての早朝。厨房に向かうリナは軽く溜息をついて、こめかみに手をあてる。時折、「どうして兄さんはいつも、こう極端なの?」と呟いては「しかもどこか斜め上なんだから」と付け加えることも忘れない。

 周囲を見渡すと、いつもなら早起きして朝の稽古をしているはずのキョウマの姿は見当たらない。その事実が更にリナの溜息を強くする。


(無理もないよね。やっぱり……)


 前日、すぐにでも魔王討伐に向かおうとしたキョウマをリナはいつものハリセンで叩いて制し拠点へと引き返した。着いた途端、キョウマはゼンマイの切れた玩具のように、バッタリと寝入ってしまった。

 いわゆる魔力切れ。じゅ~べ~の星竜化に加え、帰り道に結構な数の猫缶を作成したのが原因。キョウマを背負うじゅ~べ~、その足を小さい手で抱えるハク。ズルズルと引きずり寝室へと向かうどらごん達の後ろ姿は、リナにとってツボであった。現に思い浮かべ、クスリと笑みが零れている。


(ホント、引き返して正解だったよね)


 リナの振り返る先―キョウマの寝ているであろう方向を見つめて何度目かの溜息。


(そもそも、魔王の居場所だってハッキリと分かっているわけではないのに……)


『昔から何とかと煙は高い所が好き、って言うだろ? 僕達を怒らせるような愚か者だからな。きっと魔王とやらも、どうせ高い山とか空とかにいるに決まってる!』


(ホント、どういう理屈なの?)


 拳を握り、リナは改めて思う。今にも飛び出そうとするキョウマを止めたのは大正解だったと……。


(まあ、でも……)


 軽く(かぶり)を振って、呆れの情を振り払う。その瞳には決意の色が浮かぶ。


(いつかは、やらないといけないこと……、だよね? それが今、っていうことなんだよね?)


 転移だろうと転生だろうと、異なる世界に来たからには必ず意味がある。実際に“魔王”と呼ばれる存在がいて、その配下に襲われもした。魔王との対決は避けては通れない道、と理解もできる。分かってはいるが不安がない、とは言えない。ただでさえ、魔神竜という明確な敵がいるにも関わらず魔王まで相手どろうなど、どう考えても無謀極まりない。


(兄さんが変な無理だけはしないように、しっかりしないと!)


 リナは知っている。無理だろうと無茶だろうと一度決めたらキョウマは最後まで止まらない。


「世話のかかる兄さんなんだから♪」


 笑みを浮かべた口元に、そっと手を添える。『でも、そんな兄さんが好き』、と続く言葉をどうにか押し止める。


(な、なななな何、考えてるんだろ。わたし……)


 頬はすっかり紅潮し、軽く頭を振る度にメイド服のスカートがヒラヒラ揺れる。


(ご飯! い、今は朝ごはんの支度を頑張らなきゃ!)


 エプロンを結び直し、両手を軽く握る。「よし!」の掛け声を合図にリナは朝食の準備に取り掛かった。


 一方、その頃のキョウマの寝室。一足早く目覚めた子竜は眠気(まなこ)を軽く擦り辺りを見回す。起きているのは自身だけらしい。じゅ~べ~はピクリとも動かず眠りについている。見た目、ぬいぐるみと間違えてしまっても何ら不思議はない。対して、キョウマはうなされていた。呻き声の中に所々でリナの名を呼んでいる。


「きゅー」


 ハクは擦り寄りキョウマの顔を覗き込む。悪夢にうなされ、腕を伸ばす様が何とも痛々しかった。小さな手でそっと頬を撫でると、幾分落ち着きを取り戻す。しばらくの間、じーっと見つめていると寝息も穏やかになった。


「きゅっ!」


 よしよし、とハクはキョウマのおでこを撫でる。この一連のやり取りは今に始まったことではなかった。異世界(エスリアース)を訪れる前―元いた世界で味わった喪失感、それは悪夢となって時折、キョウマを襲う。普段の飄々とした態度には強がりも含まれている。魂を共にしたハクには痛いほど伝わっていた。


「きゅー?」


 ベッドの側に積まれた猫缶の山にようやく気付く。夜中に目を覚ました時にでも、枯渇した魔力を振り絞り用意したのだろう。嬉しいと言えば嬉しいのだが、それで魔力切れの症状を悪化させたのだから、ハクの心情としては複雑だ。


(でもね、キョウマ。うれしいけど、あけられない……)


 優しいけど、どこか抜けている。ポカポカと胸の辺りにこみあげる温かさが何よりも心地よい。


「キュー」


 安心したら何だかお腹が減ってきた。ハクは猫缶の一つを手にしたまま、寝室をあとにした。

 廊下を歩いていると、香ばしい匂いが鼻孔を微かにくすぐった。食欲を刺激された子竜は小さな鼻をスンスンとして、美味しそうな匂いの元へと向かう。じゅるじゅると湧いては止まぬ涎が急かすかのようだ。誘われるように近づくにつれ、軽快なメロディーが耳に届いた。確かめるまでもなくリナの鼻歌だ。厨房の入り口に辿り着く。お腹を空かせたハクは「きゅー」と影から覗いてみることにした。


「♪~」


 お馴染みのメイド服に身を包んだリナが料理に勤しんでいた。背中のリボンがヒラヒラと揺れている。どうやらリナは絶好調のようだ。朝ごはんへの期待が増々高まるのも無理はない。お腹が可愛らしく鳴いたとしても、責める者は誰もいないだろう。


「ん? ハクちゃん、そこにいるの?」

「きゅー」


 リナが振り返ると、入り口から顔半分を覗かせている子竜が映った。リナは「少し待っててね」と微笑み、コンロの火を止める。フライパンの中身をテーブルに並べた皿に盛りつけ、調理器具を傍に置いた。


「おいで、ハクちゃん! ぎゅっ、ってしてあげる!!」

「きゅきゅっ!」


 子竜に向けてリナは両腕を伸ばす。その表情は満面の笑み。一方のハクは驚きにピクッと、その小さな身を震わせ、姿を物陰に隠した。


「え~、どうして隠れるの~?」

「キュー」


 再びハクは顔半分を覗かせる。落胆しているリナの一挙一動を小さな瞳に映し警戒している。ハクはリナが自身に向ける感情がとても暖かく心地良いものだと知っている。知っているのだが、“ぎゅっ”とすることには抵抗を感じる。過剰なまでの愛情表現は時として凶器になり得る。力強く抱きしめられても正直苦しいだけに過ぎないのだ。


「う~。残念」


 酷く落ち込むリナの様子にハクの内心で申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。それでも“ぎゅっ”とされて『きゅきゅきゅっ!』と潰される未来とを天秤にかけると、リナから距離を置く方が勝る。どんなにリナが落ち込んでいても、心の傾きを変えるまでには至らない。現時点で子竜の警戒を解くには、あと一押しが足りない。


「う~ん。折角だから、味見してもらおうと思ったんだけど……」


 リナは皿に盛られたベーコンの一切れを箸でつまみ上げる。味見の一言に微かに反応した小さき竜の存在にリナは気付かない。


「まあ、軽く炒めただけだから大丈夫だよね? って、えっ!」

「きゅー」

「い、いつの間に……」

「キュッ!」


 リナが足元の気配に気づき、視線を落とす。その先には、先程まで入り口の物陰に隠れていたはずのハクが瞬間移動でもしたかのようにして佇んでいた。ハクはリナが箸でつまみ上げたベーコンの一切れをじーっと見つめている。今にでも涎を垂れ流しそうな程の勢いにリナは一歩、後ずさってしまった。


「えっと、味見……、する?」

「キュィッ!」

「す、凄く元気……だ、ね? そ、それじゃ、あ~ん」

「きゅー」


 リナの「あ~ん」をハクは一口で頬張る。ゆっくり噛みしめ最後にゴクン。肉汁の一滴、一滴を味わい非常に満足気。嬉しそうに口元を緩め子竜は、『どうも、どうも』とお辞儀をする。


(うわぁ~。やっぱり、かわいいなぁ~)


 幸せ一杯なのはリナも同じ、というより寧ろ上。このひと時を一秒でも長く……、欲求が沸々と溢れて止まない。昂る感情の果て、リナは生唾をゴクリと飲み込む。無心のまま、そして本能の赴くままに紡がれる一言。それは……。


「お手……」


 瞬間、場の空気が凍り付いた。子竜は小首を傾げるだけで無反応。言った本人のリナも口にしてから、「あっ……」と声を詰まらせた。満面の笑みを崩さず、「何を急に言っているんだろう? わたし……」と胸中、自問自答を繰り返す。


「キュ?」

「だ、ダメかな? やっぱり、兄さんじゃないとダメ……、だよね?」


 リナは半ば諦める。調子に乗って、何を言ってしまったのだろう、と後悔した。広げたままの手の平は、どこか未練がましい。虚しく(くう)をさ迷う自らの手を下ろそうとした時、微かな感触を覚える。


「きゅ!」

「えっ!」


溢れ出る期待を胸にリナは、いつしか閉じていた瞼を開く。手の平に感じる柔らかな温もり。心臓はドキドキと鼓動を重ねている。薄っすらと開けた視界の先、リナは大袈裟にも瞳を微かに濡らし大きく破顔した。


「わぁ! わぁ~、わぁ~! いい子、いい子~。そうだ! もう一切れ食べる?」

「キュィッ!」

 

 リナの気分は一気に最高潮。満開の笑みで、ベーコンをもう一切れ箸で摘む。あとはお約束の「はい、あ~ん」。ハクは瞳をキラキラさせてパクついた。


「えらいねぇ~。そうしたらね、次は……、おかわり!」


 調子に乗ったリナは止まらない。次なる高みへと果敢に挑戦。ハクは終始にこにこ顔のリナを見上げ、マイペースを崩さず「きゅー」と、つぶらな瞳をパチクリした。


「きゅっ!」


 ハクはその小さな手をリナの手の平の上に、チョンと添える。当然、リナは大はしゃぎなわけだが、すぐさま違和感を覚え小首を傾げる。


「あれ? えっと……、猫缶? 中身はマグロだね……」

「キュー!」

「あっ!? えっ?」


 リナの手に乗せられた猫缶一つ。反対の手に隠し持っていたが、味見の誘惑についつい忘れ、おかわりの際に乗せてしまったのである。反射的にハクは『ご飯前のマグロはリナに怒られる』と思い、リナの手から素早くひったくる。そして、後ろ手に隠してはバツの悪そうな、それでいてどこか警戒しているような表情でリナを見つめている。これにはリナも少なからずショックを受け、苦笑とともに頬を掻く。わたしって、そんなに怒ってばかりで怖いのかな?


「えっとね、ハクちゃん。もしよかったら、わたしが開けるけど、どうしよっか?」

「キュィッ!?」



 ハクは素早い身のこなしで、リナの足元に駆け寄る。猫缶を両手に乗せ、リナの前に差し出した。リナはクスリと微笑み優しい手つきで受け取る。缶のフタを難なく開け、手ごろな皿に盛りつける。


「う~ん、まさかと思うけどマヨネーズをかけたりしたら喜んだりして? でも、お体によくないよね?」

「キュッ! キュッ! キューッ!」


 そんなことはない。その意思を示すかの如く子竜はピョンピョン跳ねて、リナへマヨネーズを要求。小さな体から発せられる“欲しい、欲しい光線”にあっさり屈したリナは、ハクの望み通りにした。喜びマグロを頬張るハクを見つめ、リナも嬉しさに目を細める。と同時に横の“まじかる・ばすけっと”に感謝の念を送る。何を隠そうこのマヨネーズは女神様特製アイテムによってもたらされたものだったからだ。


(ありがとう、女神様。おかげでハクちゃん、大喜びです)


 満足気にマグロを平げお腹を軽くさするハク。まだ、食べたそうな気もしないでもないが、ご飯前なので自重しているようだ。


「じゅ~べ~ちゃんには内緒だからね? よし! そろそろ兄さん達を起こして、ご飯にしよっか」

「キュィッ!」


 ご飯と聞いて気を良くしたハクは元気に返事を返す。優しく微笑むリナを見上げ、「キュッ」と飛びつき、その腕の中に納まった。自ら(・・)抱かれに来ることは珍しくリナは驚き、目を丸める……も、すぐに頬を緩ませ表情は、ご満悦といったところだ。


「クゥ~、きゅー」

「どうしたの? そんなに甘えて」

「キュッ!」

「っ!?」


 頬を摺り寄せ甘え声の子竜。嬉しさ反面、マグロ一つで急変した様子に『こう言うのも、何ですけど……どらごんさん、チョロくありませんか?』と僅かばかりの不安もよぎる。が、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。何故なら、ハクの小さな体が白銀の輝きを放ち明滅しているからだ。


「きゅー」


 光が収まるとハクの手には真っ白な色をした腕輪が握られていた。よく見ると、キョウマの腕に刻まれた紋章がうっすらと彫られている。ハクはリナに差し出すように目の前でフリフリしている。


「もしかして、わたしにくれるの?」

「キュッ!」

「いいの? こんないいもの、貰っちゃって?」

「キュィッ!」

「ありがとう、ハクちゃん」

「キュー」


 リナは腕輪を左腕にはめ、ハクを抱き直す。腕の中でハクはパチパチと手を叩いた。『似合う、似合う』と言っているのだろう、とリナは解釈。子竜の頭をナデナデしながら廊下へと出る。しばらく歩いていると突然、ハクが慌てるように鳴き始めた。小さな手でリナの腕をトントンすると、前に向かって懸命に腕を振る。


「兄さんの部屋の方……? ハクちゃん、兄さんに何かあったの? 急いで、ってこと?」

「キューッ!」


 肯定の意を汲み取り、リナ小走りに駆け出す。キョウマの部屋の前には、すぐに着いた。ハクはリナの腕から飛び出しいち早く部屋の中へと入っていく。


「きゅー、キュッ!」

「来て、ってことだよね? わかったよ、ハクちゃん」


 リナは遠慮がちに扉を静かに開ける。できるだけ部屋の中は見ないようにして、ハクの後を追う。もっともキョウマの部屋は片付いている、というより散らかる程の物はない。気遣い無用となった今、リナの意識はハクの後を辿りキョウマの元へのみに集中する。


「キュッ!」


ハクはお腹を出したまま床に転がるじゅ~べ~を踏み台に、キョウマのベッドへ飛び込んだところだ。『良いのかな……?』と一瞬、リナの脳裏にツッコミが浮かぶも、すぐに掻き消える。


「クゥー、きゅー」

(兄さん!?)


 リナの眼前に、うなされるキョウマが横たわっている。心配する子竜は付き添うように甘えた声を上げ、すり寄っている。キョウマの額に汗が浮かぶ。呻いては何かを呟き、掴むように手を伸ばしている。


「兄さん、わたしはここにいるよ……。大丈夫だから、ね?」


 リナは自然と宙をさ迷わせるキョウマの手を取り、優しく包む。見た瞬間、リナは全てを理解した。キョウマが何を求めているのか。時折、呻きに混じる呟きの正体も。そう、()の名を呼んでいるかを……。


「わたしは、ここだから……、側にいるから……」


 リナはキョウマの前髪を摘み、そっと撫でる。やがて、キョウマは落ち着きを取り戻す。「リ……ナ……」と一言呟くと静かに寝息をたて始めた。


「兄さん……」


 キョウマを覗くリナの距離が自然と縮まっていく。傍らで見守っていたハクは嬉しそうに目を細めると、ベッドから静かに降りた。


―リナ、キョウマのことお願いするね


 と、一安心したところでハクは、空気を読めず未だ爆睡するじゅ~べ~に「きゅー」と溜息を吐く。お腹の辺りをボリボリと掻き出した隊長どらごんには呆れる他ない。無言のまま、だらしなく伸びる尻尾を掴み小さな体でズルズルと引きずり部屋を後にする。扉の所で、「きゅっ!」と蹴り飛ばしたのは内緒のお話。


お読みいただきありがとうございました。

もう少し投稿間隔を縮められれば良いのですが…。ともあれ、少しずつですが頑張って書き上げています。


次話もお読みいただければ嬉しい限りです。

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