第81話 だから僕は魔王に挑む~決着と戦う理由
リナの話は丁度、僕が偽町長ごと外に飛び出した直後まで遡る。
「兄さん、行っちゃったね……」
キョウマの後をじっと見つめるハクとじゅ~べ~の背をリナは優しく撫でる。
「キュー」 「が~」
どらごん達はリナを、じーっと見上げる。見つめられたリナは、どう説明したものかと少し困った顔を浮かべ、やがて微笑みを浮かべた。
「兄さんが今、悪者をやっつけてくれるから……。少し待っていようね」
リナの口にした“悪者”の単語にどらごん達はピクリと体を小さく震わせる。リナは微かな反応を見逃さず「うん、そうだね」と語りかける。
「魔物が町長のフリをして悪いことをしてたのは分かるよね?」
どらごん達はコクコクと頷く。
「本当に酷いよね。海で魚を獲れなくしただけでなく、みんなが貧しい思いをしているのに、一人だけ贅沢してたんだって許せないよね? しかもこんな立派なお家に住んで我儘し放題だったんだよ、きっと。 兄さんにコテンパンにされて、当然なんだから!」
両目を閉じて今度はリナがウンウンと頷く。やがて瞳を開くと、どらごん達がやけに大人しいことに気付く。
「どうしたの?」
少し不安を覚えたリナが尋ねる。どらごん達は「よくぞ、聞いてくれました」と言わんばかりに飛び跳ね身振り手振りを加えて興奮し始めた。
「ガー! ガーッ!」 「キュー! キュッ! キュッ!」
言葉を完全に理解できなくとも、リナは大よその理由を察した。
「えっと……。お魚を食べられなくなっただけでなく、一人だけ美味しいものを食べて許せない、で当たってる?」
「ガガッ!」 「キュィッ!」
どらごん達は憤りながらもリナの問いを肯定する。
(あ、あはは……。ここに来たのが美味しい海の幸のため、ってこと今思い出したんだね)
リナは何とか苦笑の表情を表さないよう必死に堪える。自身にとっては苦笑事であっても、どらごん達には一大事。顔に出すわけには到底いかない。
「キュキュキュ、キュィッキュ!」
「ガー、ガガッ、ガ!」
子竜が何かを隊長どらごんに訴え、その背を駆け上がる。事態を上手く呑み込めずリナは瞳をぱちくりとする。そうして瞬き一つする間に謎はすぐに解けていく。
「ハクちゃん? じゅ~べちゃん?」
どらごん達の体中から凄まじいまでの魔力が放出し始める。特に隊長どらごんからは尋常じゃない程の力が溢れている。その時点でリナは情報解析を試みる選択肢を手放した。きっと触れてはいけない領域を覗き込むようで本能が拒絶したからだ。
空気が震える。まるで地震でも起きているかのように町長宅は激しい揺れに襲われた。
「ガーーーーーーーーッ!!」
天に向かって、じゅ~べが叫ぶ。同時に、その身は黄金に包まれ膨張を始める。
―星竜化
かつてハクの変貌を見届けたリナはすぐに状況を察し、近くで固まっていた案内の女性を一瞥。(存在を少々、忘れていたのは内緒)
(いけない。どこかに避難を……)
もっとも、その懸念は即座に払拭される。瞬く光の膜が女性を包み安全な外へと退避させたからだ。
「まって! わたしも!!」
女性の安全を見届けたリナは星竜化を遂げるじゅ~べの背にしがみつく。迸る魔力の波動に耐えられず町長宅は完全に崩壊。光の球体に包まれたリナ達は瞬時に上空へと飛翔。ガラスのように魔力の光は砕け、星竜と化したじゅ~べの姿がそこにあった。
……
…………
「と、いうわけなの」
リナが話し終えるとキョウマは「事情は分かった」と頷き更に続ける。
「つまりはリナが焚き付けた、と?」
「う~っ! そんなんじゃないってば!」
抗議を上げるリナをキョウマは「わかった、わかった」と宥めじゅ~べへと視線を戻す。
「なんかもう、一方的だな。まるで勝負になってない」
「うん、そだね……」
キョウマとリナが見上げる先、天に向かって咆哮を上げるじゅ~べ~が映った。大きく広げた翼からは無数の魔力の塊が放出され宙に浮いている。じゅ~べ~の頭の上に鎮座するハクが「キュキュッ」と指示を飛ばすと、そのの塊は光の矢となって魔物の群れを射貫いた。一発、一発が命中するたび耳をつんざく轟音が辺りに響く。
「ハクちゃんのアレ……。絶対に兄さんの真似だよね」
「う~ん。やっぱり、そうだよなぁ」
リナは呆れ顔でじゅ~べ~、というより頭の子竜を見上げる。キョウマが頬を掻いて肯定するとリナはジト目の視線をキョウマに送った。キョウマは両腕の紋章へと視線を落とす。
「僕も手伝おうかと思ったけど、ハクが『任せて!』って聞かなくてな。だから今は、こうして傍観に徹する他、僕にできることはなかったりする……」
「うん、そうみたいだね……」
と、会話をしている間にも戦闘という名の飽和攻撃は続く。
「キュー、キュィッ!」
身振り手振りとともに小さな手をハクは突き出した。それを合図に、じゅ~べ~の眼光がキラリと瞬く。キョウマとリナは揃って「あっ!」と声を出した。
「テイル・ボンバーか!!」
キョウマが声を張り上げる。その頃にはじゅ~べ~の尾が海水ごと魔物の群れを空高く舞い上げた。
「グルウァァッ! ガッ! ガッ! ガーーーッ!!」
じゅ~べ~の尾が黄金に輝く。一回、二回、三回と浮いた無抵抗の魔物を海面に叩き付け爆散。天へ放り出されることを免れた魔物も巻き込み殲滅していく。
エビ型の魔物はあらぬ方向へ体をへし折られ絶命。カニ型の魔物は自慢のハサミを手前で交差し防ごうとするが、あっけなく砕かれ木っ端微塵に吹き飛ぶ。サメ型の魔物は怒涛の攻撃をかいくぐり、ドラゴンの皮膚に牙を立てた―と言うより、そうさせられた。ある目的のためにじゅ~べ~は魔力障壁を解き、あえて攻撃させていた。その意をいち早く読んだキョウマは「えげつないなぁ……」と思わず漏らす。
「ガーーーッ、ガッ!」
轟く竜の嘶き。牙が届いた。そう考え目を細めた魔物の瞳は驚愕に染まった。粉々に砕けていく己の牙だったものの欠片を一瞥する頃、その身はドラゴンの魔力によって滅びの道を辿った。これこそが狙い。じゅ~べ~は魔物の牙だけではなく、プライドを存在ごと打ち砕いた。その場の全ての魔物に「あらゆる抵抗は無駄」と知らしめるには十分だった。
「ガーーーーーーーーッ! ガガッ!!!」
逃げ腰に宙を飛び交うトビウオ型の魔物を爪で振り払い、トドメのブレス攻撃を放つ。カメ型の魔物は甲羅の中に身を隠すが徒労に終わった。竜の輝きに触れた瞬間、光が魔物の身を覆う。やがて全ての魔物は例外なく消滅の道を辿る。その跡には星竜の魔力に浄化された海だけが残り静かに波を引いていた。
「お、終わったな」
「う、うん……」
キョウマとリナ、二人並んで静けさを取り戻した海を呆然と見つめる。ある程度こうなることを予想していたキョウマでさえ、その表情は若干ひきつっていた。そんな二人の心情など、どらごん達は気にも留めない。じゅ~べ~は星竜化を解き頭にハクをのせたまま、のっしのっしとキョウマ達の元へ歩み寄る。
「が~」
足元のどらごんはキョウマを見上げ、つぶらな瞳でじーっと見つめる。
「あ~、わかった、わかったって。腹が減ったんだろ?」
「が~!」 「キュッ!」
「ハク、お前はそんなに動いてない気が……」
「キュー、キュッ!」
子竜の瞳がキラリと光る。殺気を覚えたキョウマは何も言えず黙って二竜分の猫缶を出した。喜々として、がっつくどらごん達。
「さっき食べたばかりのはずなのに……」
相変わらずなどらごん達の燃費の悪さにキョウマは苦笑を浮かべる。
「あの、ちょっと兄さん」
「ん? どうかしたか?」
リナは小声でキョウマの袖を引く。視線はどらごん達に向けたまま、「後ろ、後ろ」とキョウマにだけ分かるように、そっと指をさす。促されるまま、キョウマは意識をどらごん達から後方へと向け、途端に顔を顰めた。
(竜神様、竜神様……)
(では、あちらの方々は竜神様の使い……)
危険の去った海辺に、いつしか見物人が一人、二人と増え始めていた。ひそひそと何かを話始めている。 背中越しに感じる視線のくすぐったさに冷たい汗が零れ出る。向かう先はもちろん、キョウマ達であった。
「兄さん、どうしよう……?」
リナは上目遣いでキョウマに縋る声を向ける。キョウマは瞼を閉じ思案する。その間、二秒程。再び開いたその時、実に爽やかな笑みとともに口を開いた。
「よし、逃げよう!」
「……うん、そだね」
丁度、猫缶を平らげたどらごん達。キョウマはじゅ~べ~を後ろから持ち上げる。ジト目のリナも隣のハクを揃って抱き上げる。
「キュー」 「が~」
「おかわりは、あとでな。走るぞ」
「あはは……」
それからの二人の行動は実に早かった。脱兎の如く駆け抜け、人混みの中をすり抜ける。背中越し何か聞こえるが全く意に介さない。視界に拝む人々の姿が何人か映ったような気もするが、全て“気のせい”と割り切るキョウマとリナ。あっという間に人々の前から姿を消す。その後、竜神様とその使いに関する新たな伝説に町は活気を取り戻し、末永く語られることになるのはまた、別のお話……。
………
……………
「う~。ほんとになんなの、もう」
人の気配のない街道まで走り抜け、第一声をリナは零す。
「まあ、仕方ないだろ」
じゅ~べ~を地に立たせ、キョウマは肩を竦める。リナが溜息を吐くとハクはリナの腕を飛び出しじゅ~べ~の背を登った。リナは乱れた黒髪を軽く梳く。キョウマもまた土埃を払い一息つける。すると、どらごん達は小さく啼いた。
「きゅー」 「が~」
なにやら小さく肩を落としているハクとじゅ~べ~。事情を察したキョウマは二竜をそっと撫でる。
「ごめんな。海の幸、食べたかったよな」
「きゅー」 「が~」
どらごん達は甘えた声で、キョウマに擦り寄る。その光景を前にして、リナは晩御飯の献立を急速に組み上げる。
「元気出して。今日の夜ご飯、お魚料理、い~っぱい、作るから……ね?」
リナは「頑張るよ~」と二竜の前で軽く拳を握る。振り返ってリナを見上げるどらごん達の瞳は、キラキラと輝いていた。安心したリナは「うん! 元気、元気!」と微笑みを浮かべる。
「まっ、これで一件落着ってとこかな?」
肩の荷を下ろした、と言いたげにキョウマは軽く肩を回す。リナも「そうだね」と相槌を打つが、何かを思い出し「あっ! でも……」と続ける。
「でも、何だ?」
「う~ん、別に大したことはないけど……」
「?」
キョウマの頭上には疑問符が浮かんでいる。同時にその瞳は「勿体ぶらずに早く」とも語っている。リナは「わかりました」とアイコンタクトで返し続きを話す。
「水着……」
「なっ!?」
その一言は強烈な稲妻となってキョウマを襲った。一方、リナはその変化に全く気付いていない。
「せっかく泳ごうと思って水着を持ってきたけど、無駄になっちゃったな、って。今回は結構、冒険したんだけど……」
おもむろにリナは件の水着を手に取って見せる。清楚な印象を与える真っ白な色。所々に装飾された小さなリボンが可愛くもある。それでいて、普段のリナからは考えられない程、そこそこ露出のあるビキニの水着。思わずキョウマはリナの水着姿を妄想。鼻血の噴火だけは辛うじて堪える。
「何が……、何が……」
「兄さん?」
ようやくリナはキョウマの異変に気付く―が、時すでに遅し。手にした水着、向けられる情の籠った眼差し。リナは己の軽率さを後悔したのも束の間、あまりの羞恥に頬を赤らめた。
「何が! “大したことない”だぁぁああああああ!! どう考えても大問題だろ!」
興奮するキョウマの熱はまだ収まらない。
「水着だぞ! リナの! それを! それを!! 『大したことない』だなんて言えるわけないだろう!?」
「えっ、え~と。兄さん? 落ち着いて、ね?」
流石にリナもドン引き。羞恥心はとっくに冷め、頬を引きつらせる。
「これが、これが……、落ち着いていられるかぁぁああああああ!」
「うっわ。なんか変なスイッチ入ってる……」
キョウマの勢いは当分の間、収まりそうにない。話が変な方向に向かう危険を覚えリナは数歩距離を置く。
「許せねぇ、許せねぇ。絶対に許せねぇっ! 水着回を奪われたこの悲しみ、一体どうしてくれる!!」
鼻息荒いキョウマにかける言葉をリナは持ち合わせていない。「水着を着て見せてあげる」なんて言葉は口が裂けても言えない。途方に暮れていると救世主の影が二つ、リナの前に躍り出た。
「ハクちゃん。それにじゅ~べ~ちゃんも」
リナは縋る想いで二竜の背を見つめる。どらごん達もまた、リナに「任せて」と言うが如く頷き返した。
「キュー!」 「が~!」
「お前達……」
足元のどらごん達に気付き幾分、キョウマは理性を取り戻した。二竜の目線と重なるように、キョウマはしゃがんでその小さな背を撫でる。
「キュッ!」 「ががっ!」
キョウマの肩に二竜の小さな手が置かれる。キョウマはつぶらな瞳を覗きこみ、そして意を決して立ち上がる。
「よし! 僕は決めたぞ!!」
「えっ、え~と……」
何だか嫌な予感を覚えるリナ。それでも一応、尋ねてみる。聞いても聞かなくても、きっとキョウマは止まらない。それならば、あらかじめ確認した方がいざという時、対処しやすいからだ。
「魔王を……、倒す!!」
強く拳を握りしめ、キョウマは遥か遠くの頂を見つめる。予想の斜め上をロケットで突き抜けたような発想にリナは数秒、全身が石化する感覚に襲われた。
「えっと、何でそうなる……の?」
何とか意識を取り戻したリナは、ぶっ飛んだ発想の原因を探る。
「な~に、そんなのは決まっているだろ?」
(うっわ、決まってるんだ……)
突っ込むのは心の中だけにしたリナ。我ながら懸命だったと後にしても思うことになる。
「今回、美味しい海の幸が食べられなかったのも! そして水着回を台無しにされたのも! 全ては魔物が原因……」
天高くキョウマは拳を突き上げる。足元で、どらごん達も続いた。ここでリナは改めて自身の過ちに気付く。どらごん達は救世主ではなかった。寧ろ、拗らせる最後の一役を買ったのだ、と。
「そう……。あいつら魔物のトップ。魔王がいるからこうなったんだ!」
「そっ、そういう理屈なんだ……」
「ああ、そうだ。だから僕は、僕は……」
次に続く言葉が何なのかリナは悟り、全ての抗う意志を放棄した。対して、キョウマは強い意志の光を瞳に宿し、力強く言葉を紡ぐ。
「僕は! 魔王を……、倒す!!」
そうして、キョウマ達は打倒、魔王に向けて動き出すのであった。
お読みいただきありがとうございました。
体調不良や仕事の関係で投稿する間隔があいてますが、少しずつでも書き進めています。
次話もお読みいただければ嬉しい限りです。
重ねて、ありがとうございました。




