第79話 だから僕は魔王に挑む~リナの既視感&またこのパターン!?
町長の屋敷は道に迷うことなどなく、すぐにわかった。町の奥―町全体を見渡せる小高い丘の上に位置しているので、見つけやすいというのも理由の一つ。つまり、他にも理由があるわけで……。
「えらく、立派だな」
「うん……。そうだ、ね……」
目の前に立つ建物を見上げて僕とリナは啞然とした。遠巻きに気付いてはいたものの、改めて近くで見ると周りとの差は歴然。思わず後ろを振り返って、ここまで目にしてきたものを思い出す。どの家屋も質素な造りで、所々に痛みも見える。大きな爪で引っ掻いたような斜めに走る三本の傷跡。損傷著しく廃屋と見間違えそうになることすらあった。
―魔物に襲われた……のか?
そんな感想がつい口から漏れる。隙間から、こちらを伺う視線の数々。振り向けば、物陰に隠れ時間を置いて再び僕達の姿を追う。その内の一人を捕まえて少し尋ねたところ一度だけ魔物に襲われた、と口にした。それ以降、“竜神様の祟り”―“生贄を捧げよ”とする声も強まった、と付け加えて……。
「これは、いくら何でもあからさまだろう」
町長の屋敷に、ケチをつけたくなるのも必然というもの。傷跡など一つもなく真新しい。おいおい、屋根に光るアレは金じゃないのか?
「なんか、憂鬱……」
疲れた顔でリナが呟く。僕も激しく同意なんだけど正直、リナが僕より先に漏らすとは思っていなかった。それだけ嫌なのだろう。
「そんなこと言っても仕方ないだろう?」
「だってぇ……。町のみんなが苦しんでいるのに贅沢してるような人だよ、きっと。絶対! 偉そうに人を見下して話がこじれるパターンだよ」
少しばかり興奮気味のリナ。まだ会う前だというのに、ぷんすかとしている。僕は苦笑いを浮かべて、リナの機嫌が落ち着くのを待った。経験上、リナのこういった予感は高確率で的中する。エスパーなんじゃないか、と何度疑ったことか……。まあ、気持ちは分かるけど、このまま立ち尽くしても先に進まない。僕はリナに努めて優しく語りかける。
「リナの言うことも分かるが、あの男の人と約束しただろ? それにこれは、どらごん達のためでもある。リナには力を貸して欲しいのが僕の正直な気持ちだ。」
リナは、ハッと口元に手をあて目を丸くした。
「そうだね。そうだよね! ハクちゃんとじゅ~べ~ちゃんのためだもの。頑張らなくちゃだよね」
「そうだな」
「が~」 「キュッ!」
僕が頷くと、ハクとじゅ~べ~も後に続く。リナは軽く拳を握って決意を示す。意志は固まった。そろそろ、扉を叩くとしよう。
「はい、どちら様でしょう?」
程なくして、僕達の呼びかけに応じる女性の声が奥から聞こえてくる。玄関口に姿を見せる妙齢の女性。眼鏡の縁に手をあて、僕達のいる方向に視線を向け始める。レンズ越しから怪訝にこちらを見定めようとする気配が伺える。まあ、仕方のないことだろう。リナが「ここは、わたしが」と、交渉役を買って僕の前に出るだが……。
「が~!」
最初に口を開いたのは、意外な存在。僕の肩に担がれた茶色の隊長どらごん―じゅ~べ~だった。先を急ぐ時は今日のように、リナがハクを腕に抱き、僕がじゅ~べ~を担ぐのがお決まりのパターン。今、じゅ~べ~は僕に担がれたままリナの背後から飛び出し、陽気に片手を振っている。対する女性は「ひぃぇっ!」と驚き尻餅をついた。ぬいぐるみ?が急に声を出して、手を振ったのだ。怪奇現象か何かに見えたのだろう。
「すみません! 驚かしてしまいまして。このコ達、わたしたちの仲間なんです」
リナは深々とお辞儀をして、倒れた女性に手を差し伸べる。ハクもリナの腕から飛び降り、横に並んでお辞儀した。女性はリナの手を取り、「えっ、ええ……」と、未だ手を振るじゅ~べ~と、ハクを交互に目を合わせ茫然としたまま起き上がった。
「わたしたち、これでも冒険者なんです。この町の事情を聞いて、お力になれればと思い、こうしてお話を伺いに来ました」
「えっ、ああ、はい……。それでは少々、お待ちくださいませ。只今、確認して参ります」
ふらふらとした足取りで女性は奥へと姿を消す。リナは振り返って僕を半眼で睨む。その瞳は「どうして、じゅ~べ~ちゃんをとめないの」と訴えていた。
「ごめん、リナ。なあ、じゅ~べ~。なんで、急に声をだしたんだ? あの人、びっくりしちゃったじゃないか」
肩から、降ろしてまんまるな瞳を覗くと、じゅ~べ~は「が~」と鳴く。リナは「何て、言っているの?」と僕に目で問いかけた。
「なんか、『美味しそうな匂いがした』って」
「キューッ」
僕の通訳にハクも一鳴きして応じる。意味は『ぼくもしたよ~』だ。
「あ~、そういえば」
リナは、はっと何かに気付いて天を仰ぐ。僕も心当たりが一つ浮かぶ。リナと僕の声が揃う。
「「ご飯、まだだったな(ね)」」
どらごん達は“ご飯”に反応して、コクコクと頷く。僕はすかさず猫缶を取り出し、二竜の手の平に乗せる。
「キュー!」
「が~!」
喜びに震えるどらごん達。心なしか、じゅるじゅると聞こえてくる。
「少し待ってろよ~」
小皿を取り出し、ハクとじゅ~べ~から預かった猫缶を取り分ける。再び手渡すと、どらごん達は一心不乱に食べ始めた。
「お腹空いてたんだな。ごめんな。おかわり、あるからな」
「キュィッ!」
「ががっ!」
更にもう二缶ずつ、取り出すとハクとじゅ~べ~は目を輝かせる。一方、リナはというと、どらごん達の食事タイムに笑みを浮かべながらも呆れた声を漏らしていた。
「いいのかな? 人様のお家の玄関で、こんなことして……」
僕は肩を竦めてリナに返す。
「別にいいだろ。戻ってくるまで、もうしばらくかかりそうだからな」
「そうかもしれないけど……」
女性の消えた先を一瞥する。もう数分が経過した。僕の視線の先を追ったリナは溜息をつく。
「人を待たせた挙句、玄関先に放置だぞ。別に食事だけで他に悪いことなんかしてないんだ。この位いいだろ?」
僕の発言にリナはジト目を浮かべて返す。
「兄さん、非常識すぎ。横柄すぎ。自分勝手すぎ」
「うぐっ……」
リナの言葉がグサグサと刺さる。だが! 言われっぱなしで終わる僕ではないのだ!!
「なら、リナはハクとじゅ~べ~がお腹を空かせたままでもいいのか?」
「え!? あっ! う~っ、そんなことはないけど……。でも、でも……」
「でも?」
「う~ん……」
リナが唸っていると、悩む様子に気付いたハクが食事を止め、トコトコとリナの足元に近づいてきた。
「きゅー」
「ハクちゃん?」
ハクは瞳を揺らしてただ、じーっとリナを見上げている。リナは小さな子竜に気付くと目線を合わせ、その瞳を覗きこんだ。
「うん、そうだね。そうだよね!」
笑みを浮かべるリナに迷いはなかった。晴れやかな様子のリナに満足したハクは、歩みを始め食事に戻る。
「兄さん!」
「お、おう……」
「全然、オッケーだよ!」
「……」
リナのチョロさに、言葉を失った瞬間だった。
と、まあ。そんなやり取りをしていると、ようやく先程の女性が奥から出てきた。どらごん達の食事も終了し、今はお腹の辺りをさすっている。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
促されるまま女性の後をついていく。途中、廊下ですれ違う高そうな壺の他、悪魔を模した不気味な石像―定番のガーゴイル像が目についた。表情に出ないようにはしているが内心、リナはドン引いているのが良く分かる。一方の僕は気になることが別にあった。
(この女性。見慣れているというよりは……)
眉一つ動かさず素通りしていく女性に目を凝らす。すると、リナに手の甲を抓られた。振り向くと、笑みを崩さず怒りのオーラを背後に漂わせている。リナは人を射殺す視線で『さっきから、じーっと見ているけど、年増が好みなの?』、と猛烈に抗議を上げていた。
(いや、それ誤解だから違うってーの!)
叫び出したい想いを胸に秘め、奥の部屋に到着するまでの間、抓られ続ける行為を甘んじて受け入れる僕であった。
「着いたか……」
「そだね」
赤みを帯びた手の甲をさする僕。リナは、半眼を浮かべて冷たい視線を僕に向けている。女性は僕らのやり取りを特に気に留めることなく、町長の待ち構えている応接間へと僕達を通す。部屋の中央の豪華な椅子に、ふんぞり返っているのが一人いる。女性の口からアレが町長との説明を受け僕とリナは諦めの溜息を飲み込み、重い足取りに鞭を打つ。
「ふーむ。冒険者と聞いていたが、まだ子どもじゃないか……。まあ、いいだろう。それで、今日はどういう要件かね?」
僕達を見るや開口一番、見下した発言をのたまう町長らしき男。一瞬だけ驚きに目を見開いたのも束の間、今は余裕の態度を見せている。体躯はぶくぶくと肥え、身長は低め。粘着質、たっぷりの嫌らしい目つきに、指という指には大きな宝石をあつらえた無駄に豪華な指輪をはめている。葉巻を咥えて煙を浮かせると、こちらへ吐き出す定番の嫌がらせまでしてくる始末。リナは何とか笑顔を取り繕っているが内心、『生理的にアレはダメ』と目が訴えている。トドメにゲップまでされたのだ。口に出さないだけマシというものだろう。おまけに口臭も、ちとキツイな。じゅ~べ~が先程、美味しそうな匂いに反応していたことを思い出す。食事中か直後だったのかもしれない。
(歯ぐらい磨けよな……)
大きく開けた口の隙間から覗く歯についた青のりを見つけ、胸中で自然と悪態をついてしまう。足元に視線を落とすと、どらごん達は俯き小さな腕を必死に伸ばして鼻を抑えていた。ちょっと癒される。対して正面の男は不快なようで、二竜を一瞥すると「変な生き物まで連れ込んで」とボヤき顎をしゃくり上げる。
「私は忙しいんだ。さっさと要件を言いたまえ」
不機嫌に吐き出す言葉と煙から如何にもな怒気が込められている。
「それでは遠慮なく……」
僕は堂々と町長面した男の前に歩を進める。次の瞬間、僕を含めた一部を除き、場が凍り付いた。
「とぅあっ!」
片足を上げ、顔面向けての回し蹴り。風切り音を奏で風圧が、部屋に置かれた無駄な装飾物を吹き飛ばす。
「ぬぅっ!」
でっぷりとした外見に似合わぬ動きで頭を下げる町長。丁度、僕の蹴りが空を切るのを確信して、口角が吊り上がる。その瞬間を捉えた僕も同じく口端を吊り上げた。
「甘い!!」
空振りしかける瞬間、蹴りの軌道を強引に修正。踵落としへ切り替え、勝ち誇った頭上にめり込ませる。後ろで上がる悲鳴は気にしない。
「げふーーーっ! げぶっ!!」
屋内を潰れた声が木霊する。耳障りを覚えた僕は、踵への力を強めて床をぶち抜き標的を沈める。思惑叶って、雑音は掻き消えた。足元で、くぐもった声が聞こえるが、この程度なら許容範囲だ。手足をジタバタさせて頭を抜き出そうとする様を一瞥し、僕は肺に貯めた息を静かに吐き出す。
「ふぅ……。よし!!」
「『よし!』じゃなーーーーいっ! いきなり、何をやってるの!!」
リナが何やら後ろで「あーーーっ、もう! 何、この既視感! また、このパターン!?」と騒ぎ始める中、僕は戦闘態勢へと移行した。
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