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第78話 だから僕は魔王に挑む~やっぱり起こった面倒事

 あれから数回。同じように遭遇した魔物を吹っ飛ばし、ようやく目的地が見えてくる。霧が濃かろうと僕の竜眼(ドラグ・アイ)には関係ない。道中、人の目を心配する必要がなかったため、思いの外早く到着することが出来た。


「ここからは、歩いていくか」


 流石に町の中まで、マッハ・ドラグーンで駆けていくわけにはいかない。少し離れたところでマシンを止める。サイドカーのどらごん達は少し寂しそうだ。


「町に着いたら、美味いものたくさん食べような」


 そう呟いて相棒ズを一撫ですると、元気を取り戻し僕の後についてくる。これで一安心。ヘルメットを収納空間にしまい辺りを見渡す。相変わらずの濃い霧が何だか疎ましく思えてきた。


「それにしても、この霧。ミサイルで吹っ飛ばせないかなぁ?」


 不意に思いついたことが僕の口から零れ出る。すると……。


「や・め・な・さ・い!」


―スパコーン!


 指輪から出てきたリナにハリセンで叩かれた。


「痛いなぁ。ちょっとした冗談だって……」

「ふ~ん……、本気だったくせに」


 後頭部をさすり涙目で訴えると、リナは半眼で僕を睨み返していた。図星なので、言い返すことは躊躇われる。バツの悪さに頬をかき視線を目的地へと向ける。


「そ、それじゃ、そろそろ行こうか」

「うん、そだね……」


 やや言葉を詰まらせて僕が先へと促すと、リナはジト目を浮かべたまま同意を示すと最後にボソリ、「兄さん、逃げた」とだけ付け加えた。


 しばらく歩を進めると、街の入り口にさしかかる。たちこめる霧に紛れて届く潮の香。ようやく辿り着いたことを実感させてくれる。だけど……。


「ここが、本当に目的地(そう)なのか……?」

「う、うん。そのはずなんだけど……」


 眼前に広がる光景―波際に損傷著しい木造船。手入れもなく放置された穴だらけの網。おそらく漁獲用のものだった(・・・)のだろうが見る影もない。人の姿もほとんどなく、どう見ても寂れている以外、形容する言葉が見つからない。イキな漁師の声が飛び交う活気ある海の町を思い浮かべていただけに、僕とリナは揃って面を喰らった格好となった。信じられない、といった表情のまま、リナは指輪の機能を使い周辺の地図を表示させる。


「やっぱり間違ってない。ここ、確かにフナデール(・・・・・)だよ」

ふなで~る(・・・・・)?」


 はて、どこかで聞いたこともあるような気もするが記憶にない単語がリナの口から出て来たぞ。思わず呟くと、リナの半眼の視線が僕に突き刺さる。


「まさか兄さん。目的地の名前も知らないで、ここまで来たの?」

「い、いやぁ~。そ、そんなことはないと思う……ぞ?」


 僕のバカ。どうして疑問形にして答えたのだろう。リナの背後から黒いオーラが溢れ始めているじゃないか。


「わたし、ちゃんと名前、教えたよね?」

「うぐっ……。ごめんなさい」

「まぁ、いいでしょう。兄さんへのオシオキは一旦、置いといてまずは情報を整理しなきゃ」


 リナはやれやれと溜息をつく。背後に渦巻いていた怒気は霧散したが、オシオキは確定とのこと。溜息をつきたいのは僕の方だが、いざ実行に移すと余計に後が怖いので我慢、ガマン。はてさて、町の入り口で騒いだせいで僕達は大分、目立ったことだろう。視線を感じて目を向けると一人の男性がこちらへ近づいてきた。髪はボサボサで、無精ひげはそのまま。体は鍛えていそうだが、酷く痩せている印象がある。松葉杖をついていることからも、足を痛めていることが分かる。年齢は三十代後半といったところだろうか。


「なあ、あんたらもしかして冒険者か?」

「ええ、そうですけど」


 外套のフードを脱いで僕が返事をすると、男性は小声で「なんだ、まだ子どもじゃないか」と舌打ちをした。リナが質問しようとしたところを手で制し、男の次の言葉を待つ。僕の外見だけで男は不満を抱いたのだから、リナが女の子だと知ると、尚更気を悪くする可能性がある。僕のアイコンタクトにリナは事情を察し、後ろに下がって事の成り行きを見守ることに徹してくれた。


「そうかい。なら、ここに来た理由は冒険者組合(ギルド)依頼(クエスト)か何かで?」


 男の瞳から半ば諦めつつも、微かな期待の眼差しが見て取れた。


「いえ、冒険者組合(ギルド)とは別ですが……」


 否定の言葉に期待を打ち消されたのか、男は盛大な溜息を吐き出し、酷く落胆する。


(そんな、顔されてもなぁ……)


 結論から述べると道中の途中までなら兎も角、ここフナデール絡みの依頼(クエスト)はなかった、というのが正しい。そう一つも……。なので、落胆されても正直困るところがある。確かに僕達が食べ物を目的に来たのは間違いない。だが、折角ここまで足を延ばすのだ。依頼(クエスト)が出されていれば受けるつもりはあったのは確か。なかったものは流石にどうすることもできない。


「それじゃ、あんた達はなんで、わざわざこんなところ(・・・・・・)に来たんだ?」


 男はおどけたように姿勢を崩して、質問を投げかけてくる。まるで、最初からこちらの答えが分かりきった上で尋ねてきている。そんな印象を僕は覚えた。そのせいで、最初の句をどうしても詰まらせてしまう。


「えっと……。テツヒコ(知り合い)から、ここの魚が美味しいと聞いて……」


 僕の台詞は、ほぼ男の予想通りだったのだろう。「フン!」と鼻で笑い後に続く言葉を一蹴する。


「魚なんて、ここにはもうねぇよ」


 男は辺りを見回し、僕達の視線を誘導する。


「なぁ、兄ちゃん達。よく見てくれよ。魚が獲れるように見えるかい?」


 僕達は言葉を返すことなく耳を傾けた。それは男の問いに対する肯定の意の表れ。男は僕達の意図を読むと更に続ける。


「もう、随分と前のことさ……」


 男の瞳に悲痛な色がこもる。一度、天を仰ぐと聞き入る僕達の瞳に視線を合わせ、まっすぐと捉えた。


「そうだ。いつものように漁に出たあの日……。雲一つない見晴らしの良い空が突然、暗くなって、急に霧が出始めたんだ」


 男の松葉杖を握る力が強くなる。ギリギリと締め付けるその手は悔しさが滲み出ていた。


「そしたら! 魔物がいきなり現れたんだ! それもただの魔物なんかじゃない! 今まで見たことのない強い奴だ!!」


 強い魔物―海に魔物が出ることは珍しいことではない。目の前の男も、腕に覚えがあることが言葉尻から伺える。おそらく、新手の魔物に成す術もなかった。話の途中で僕もリナもその結論へと至った。


「俺は……、俺達は!! 何も出来なかった!! そうだ、出来なかったんだ。逃げることしか……、出来なかったんだ……」


 悔しさと怒りで振り上げられた男の拳はやがて、その感情の行き場を無くしダラリと垂れた。分かっていたこととはいえ、いざ知らされるとやりきれない感情が溢れてくる。後に続く話は想像に難くはない負へのスパイラル。魔物を倒すこともできず漁へと行けない日々。貧困へと加速する住民の生活。冒険者組合(ギルド)へ救いを求めて、町を発つも霧の中より帰るものはいない。

 男は悔しさを滲ませて負傷した己の足元へと視線を落とした。足の負傷がなければ、霧の中を抜けようとしていたに違いない。僕達は話が終えるまで、一切の口を挟むことなく聞き入った。


「わかっただろ。ここに魚なんてありゃしないのさ……」


 ダラリと下げられた男の腕に力が戻る。再び強く握られた拳が静かに震える。


「くっ! 何が! 何が竜神様(・・・)の祟りだ!」


 “竜神様”―感情を爆発させた男の口から、どうにも見過ごせない単語が飛び出した。足元のどらごん達も同様で、つぶらな瞳を細めて男を見上げている。流石に僕も口を挟まずにはいられない。


「竜神……様?」

「ああ、そうさ。町長や町の年寄り達は皆そう言ってる。なんでも、海で暴れている魔物は竜神様の使いなんだとか。ふざけた話だ、怒りを鎮めるために若い娘を生贄に差し出せなんてぬかす始末……」

「「!?」」


 またしても不穏な言葉が男の口から語られる。今度は“生贄”。ハクとじゅ~べ~は、揃って『どらごんはそんなことしない』と怒りを顕わにし始める。幸い大きく騒ぎ立てる前に、リナがしゃがんで「しー」と人差し指を立ててくれたおかげで、その場は収まっていた。どらごん達は渋々だけど。


「生贄?」

「ああ、そうさ! もう何人も犠牲になった! そして今度は俺の娘の番ってわけさ!!」


 内に抱える様々な感情。男はその全てを吐き出すと、大粒の涙を溢れさせ嗚咽に崩れた。これはもう、見過ごせない。今は(・・)大人しくしているハクとじゅ~べ~も、(ドラゴン)の誇りを傷つけられて感情が昂っているのが、両腕に刻まれた契約の証から伝わってくる。僕は腕の紋章を軽く撫で、男の視線を受け止める。救いを求める縋るような視線を……。


「なぁ、兄ちゃん達。冒険者なんだろ? あの霧の中を抜けて来れたってことは、それなりに腕も立つんだよな? なっ、なぁ。そうだって言ってくれよぉ……」


 声を絞り出す男から当初、僕達へ向けていた落胆の感情は最早、微塵も感じられない。考えるまでもなく僕の……いや、僕達のとるべき行動は一つしかない。


「どこまで、お役に立てるかは分かりませんが僕達でよければ」


 僕は努めて優しい口調で手を差し伸べる。男は涙を拭い何度も「ありがとう、ありがとう!」と繰り返した。


「まずは、町長の元へ行ってくれ。そこで話をつけなきゃ始まらねぇ。俺もすぐに後を追うからよ」


 男は、そう言い残して立ち去った。先に娘さんへ「冒険者が来てくれた」と一刻も早く知らせたいのだそうだ。僕達が逃げ出さないのか町長の元へ辿り着くまで、ついてくるものだと思っていたが、男が言うには「その心配はない。あんた達なら、きっと大丈夫。そんな気がする」とのこと。随分と信用されたものだ。


「ところで、リナ。何がそんなにおかしいんだ?」

「べっつにぃ~」


 どうも先程からリナが僕を見てニヤニヤしている。理由はなんとなく分かるような、分からないようなで内心モヤモヤする。ただ一つ言えることはこういう時のリナには全く頭が上がらないということだけだ。だから僕は溜息をつくしかない。


「全く……。僕は別に」

「「勇者じゃないのに」」


 僕とリナの声が見事に重な(ハモ)った。思わず固まってしまうと、リナはクスクスと笑みを浮かべて次の句を続ける。


「『人助けみたいな真似、僕のガラじゃないのに』、とか言うつもりでしょ? そう言いながら、なんだかんだで兄さん、本当に困っている人は見捨てないよね~」

「べ、別にそんなんじゃないって。今回は(ドラゴン)も関わっているみたいだからな。ハクとじゅ~べ~もほっとけない、って顔しているし、それだけだ」

「はい、はい。分かってますよぉ~。そういうことにしておきます。照れてる兄さん、可愛い♪」

「うぐっ……」


 勝敗は決した。結果は僕の完全敗北。異世界(こっち)で人助けなんてことをした記憶はないけど、リナにとっては違うらしい。指折り数えて「魔物に襲われていた旅人さんに……」や「お(うち)の人に内緒で町の外に出てしまって泣いてた男の子」、「あっ! 迷子の子猫ちゃんも!!」と呟いている。ダメだ。このまま放置していては、リナにいじられ続けることになる。何とか話題を変えようと辺りを見回すと。じーっと海を見つめるハクに気付いた。


「どうかしたのか?」

「キュー」


 ちいさな背に呼びかけると、ハクはじゅ~べ~の頭の上から飛び降り、トコトコと海へと近づいた。


「ハクちゃん、一人じゃ危ないよ?」


 慌ててリナが追いかける。僕もその後に続いた。何せハクは見た目、サッカーボール位の大きさで重さも軽い。波に攫われてしまいそうで、リナが心配するのもよく分かる。


「キュー」


 ハクは小さな手で波を掬い、海の水に目を凝らしている。小さな尾を揺らすその背が凄く寂しそうに僕の目には映った。海の幸(ごちそう)がないことに、落ち込んだのかもしれない。


「ごめんな、ハク。魚は……って。何、違う?」

「キュッ!」


 両手に掬った水を掲げて『これを見て!』とハクは言う。促されるまま、覗き見る。僕はすぐにハクの言いたいことが理解できた。


混じってるな(・・・・・・)

「キュィッ!」


 横でじゅ~べ~も「が~」と唸っている。


「何、どういうこと?」


 蚊帳の外となってしまったリナは若干、頬を膨らませて不満気だ。


「リナは、ハク達の故郷に入る前に戦った魔物達のこと覚えているよな?」

「う、うん。覚えているよ。兄さんが倒したあの、おっきなドラ……じゃなかったトカゲの瘴気にあてられて狂乱してたんだよね?」

「ああ、そうだ」


 リナが“ドラゴン”と言いかけて“トカゲ”と訂正したのは、ハク達が不機嫌になるからだ。どらごん達が気を悪くした素振りを見せていないことに、リナはほっと安堵している。と、同時に答えに辿り着いたようで「あっ!」と手の平を口元にあてている。


「瘴気……」

「そういうことだ。あの“だるまトカゲ”とは別口みたいだがな」

「うん……。兄さん、急ごう」


 僕はリナに頷き返すと、教えてもらった町長の家を一瞥する。


「兄さん?」

「いや、なんでもない」


 (かぶり)を振って応え、僕達は先を急いだ。


お読みいただきありがとうございました。


仕事等の都合から投稿間隔が開いてしまっていますが、少しずつ最後に向けて書き続けます。

魔王編のあとに、もう一つ続いてラストとなる予定です。


次話もまたお読みいただければ嬉しい限りです。

よろしくお願いいたします。


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