第76話 だから僕は魔王へ挑む~新たな力とその秘密
護衛の任務を終え、依頼主と別れの言葉を交わす。初対面の時とはうって変わって今は、とても名残惜しそうにしている。
『君達が依頼を引き受けてくれた冒険者……。まだ、子どもみたいだが大丈夫かね?』
それが今では、『また次も是非、私の依頼を受けて欲しい』だ。リナと顔を見合わせて、思わず苦笑が漏れてしまう。
「さあ、そろそろ出発だ」
「が~……」
馬車の荷台でスヤスヤと寝息を立てていたどらごん達。子竜を抱きかかえる一方で、じゅ~べ~は起こすことにした。申し訳ないが、体が大きいので持ち運ぶのは厳しい。眠気眼をこすってはいるが、事情を察して文句も言わずつい来てくれる辺りは、やはり大人だ。
「なんか、まだお辞儀しているな」
「あはは、そうだね」
数メートル程、歩を進めたところで後ろに動く気配がないので振り返って見る。すると、元依頼主の商人は僕達に向けてまだ頭を下げていた。
「全部、兄さんのせいだね」
リナは半眼で僕を睨む。そこには『もう少し、自重して!』との意が込められていた。僕は少しの間、天を仰いで己の行動を顧みることにした。
……
…………
………………
エスリアースを出て数時間が経過した。ここまで、散発的に魔物と遭遇することもあったが危なげなく対処してきた。依頼の内容は、依頼主及び輸送する商品の護衛。移動中に襲って来る魔物の撃退が主な任務となる。護衛する商品の量は馬車にして三台分。僕達以外にも三組の冒険者が雇われていた。一つは四人一組。もう二つは三人一組。リナは除外して、僕を含めると合計十一人の冒険者。依頼主の商人は結構羽振りがいいのではないか、と思ってしまうが、魔物の襲撃が当たり前となっているこのご時世。情報収集したリナの話によると、この位は妥当な線らしい。
「「「「………」」」
あちこちから浴びせられる訝しげな視線が地味に鬱陶しい。が、それもまた仕方のないこと。馬車の荷台の隅へと視線を向ける。そこには仲良く猫缶を頬張るどらごん達。隣に並ぶリナを伺う。こちらは、どらごん達の食事風景を満喫して、だらしのない笑みを浮かべている。他の冒険者達は魔物に備えて警戒を怠らずにいる。にも拘わらず、緊張感のない様を見せつけられては不快感を与えても何ら不思議はない。
「リナ、もう少し緊張感をだなぁ……」
「きゃっ!」
小声と同時に、リナの肩に軽く手を乗せると悲鳴を上げられてしまった。僕に向けられる非難めいた視線が「いきなり何するんですか! 邪魔しないで!!」と訴えている。僕はリナだけに見えるように、人差し指を他の冒険者へ向ける。そこで、ようやくリナは状況を理解し、「あっ!」と口に手をあて目を丸くした。咳ばらいを一つして緩んだ雰囲気は霧散していく。
(これで大丈夫だろう)
と思っていたら、リナの様子が少し妙だ。落ち着き払っている分は構わないが、警戒心がまるでない。
「なぁ、リナ。なんで、そんなに余裕そうにしているんだ?」
「なんで、って……。兄さん、それ本気で言っているの?」
驚きの色を瞳に宿し、リナは呆れ顔を浮かべている。質問に質問で返され僕の思考回路は混乱の海へと飲まれてしまう。リナは溜息を一つ吐いて、やれやれと言わんばかりに首を左右に振り、口を開いた。
「理由は二つ……」
リナは片目を閉じて、人差し指を立てる。
「先ずは一つ。わたし、知ってるよ? 兄さんたちが夜な夜なわたしに黙って抜け出して、この辺り一帯の魔物を退治してるの……」
―ギクッ!
「あ~、今『ギクッ!』ってしたでしょう!」
―ギク、ギクッ!!
「わたしが、ゴブリンやオークを嫌いなのを知って退治してくれてる、って思ってたけど……。もしかして違うのかなぁ?」
痛い。半眼で睨むリナの視線が実に痛い。僕はどもりながら必死の抵抗を試みる。
「ち、違わない……ぞ? 魔物達のリナを見る嫌らしい目が、どうしても許せなくてだな……」
これはまあ、本当だ。嘘偽りのない事実。もちろん全てではないけど……。
リナは僕の瞳を覗き込み、じーっと見つめる。やがて、両の瞼を閉じて意味ありげに微笑んでみせる。
「ふ~ん、そう? まっ、なら許します」
そこでようやく僕は安堵に胸を撫で下ろした。危ない、危ない。どらごん達にせがまれて、夜な夜な豚肉狩りに繰り出していたのは、リナに内緒だった。リナ曰く、「オーク=ばっちいお肉」なので、こっそりどらごん達に食べさせていたことを知られるわけにもいかない。
とは言え、ハクとじゅ~べ~は僕の出す猫缶やリナの食事があるので食することはない。実際は、倒した魔物を半死半生のうちに、どらごん達の聖域へと転移門を繋いで、放り込んでいるだけのこと。聖域の様子は見たことないけど時折、転移門の向こうから香ばしい匂いが漂うことも度々あった。聖域では焼き肉祭りで大いににぎわっていたことだろう。食べるところを想像しないように努めていたのが今では懐かしい。それだけ頻繁にオーク狩りに出かけて慣れた、ということだ。因みに、その際出くわしたゴブリンは百パーセントの殺意をもって完全消滅するまで徹底的に叩き潰した。これは先の僕の台詞通り。ゴブリン達のリナに対する卑しい視線を思い出すと、どうしても怒りを抑えられなかったからだ。
と、いうわけで回想終了。そろそろ、得意気表情を浮かべて説明をしたそうにしているリナの二つ目の理由、とやらを聞くとしよう。
「次に二つ目。今の兄さんの力なら多少油断していても、この辺りの魔物に後れをとることなんて百パーセントあり得ないから」
「いくら何でも“百”は言いすぎじゃないか? ほら、天候や自然災害……、それに人質をとってくるとか、いろんな状況があるだろ?」
リナは大層呆れた様子で、本気の溜息をつく。
「本当に自覚がないんだね。いい? 今の兄さんはね、その程度のことなら、どうとでも引っくり返せるくらい強くなってるの。それに!!」
「おっ、おう……」
リナは身を乗り出して僕を見上げる。鋭い視線が凛々しくて思わず僕はドキッとしてしまう。
「“人質”って言ったけど、兄さんは人質をとられたからって動揺するの? どうせ構わず斬り伏せるんじゃないの?」
「あ~、なるほど」
「わかっていたこととはいえ、納得する兄さんって本当に大概だよね」
言われて僕は納得する。呆れた眼差しを送り続けるリナは一旦置いて周りを見てみるが、人質にとられて何か思うほど関係性を築けている者は皆無だ。実際に、その光景を思い浮かべるがリナの言う通り、僕なら「それがどうした?」と人質に手を出される前に斬り捨てる。いや、だがしかし、まてよ?
「けど、リナが人質だったら僕は思いっきり動揺するぞ。まあ、そんなヘマは絶対にしないけどな。それでももし、そんなことされた日には全身全霊、全力をもって何が何でも絶対に助けてみせるけどな」
「あ、う~。ほんとう?」
リナは上目遣いに瞳を揺らして僕を見る。僕は拳で胸を叩いて、「当たり前だ」と宣言する。
「今更何を言っているんだ。僕にとってリナが一番だからな。当然だろ? まあ、リナを人質にとった愚か者は、自分がどれだけの罪を犯したのか後悔してもしきれない位徹底的にぶちのめしてやるけどな」
「う~、……」
気づけばリナは、耳まで顔を赤くして伏せていた。その前では両の指先をちょんちょん、とついている。あれ? 何か僕、変なこと言ったっけ? 自分の台詞を思い返してみるが原因が思い浮かばない。答えを出せないままいると、思考の海から僕を引き上げる声二つ。
「が~、が~♪」 「きゅ~、きゅ~♪」
「って、何が『ひゅ~、ひゅ~』だ!」
それを聞いてリナが益々、蹲るのは無理もなかった。
と、まあ。そんなことをしている間に招かれざる客の気配を察知。そうは言っても、それが仕事なのだから、本来は招くべき存在かもしれないが、それは皮肉というもの。
「やれやれ、噂をすればなんとやら、とはよく言ったものだ」
丁度、林道の間を抜けていた辺り。周囲が木々で覆われているここら一帯は、身を隠すにはうってつけ。奴等にとって都合が良い。馬車を飛び出し、一歩前に出ると木々の隙間の一点を一瞥。何事かと馬車は歩みを止め、怪訝な視線を僕に送る他の冒険者達。
(気づいていないのか? 結構、わかりやすいと思うんだが……)
辺りを見回し、静かに息を吐きだして収納空間から新たな相棒を取り出す。ハクとじゅ~べ~の想いと力が込められた刀―星竜の剣を腰に構え、柄に左手を軽く添える。すると、僕に応えるように剣が脈打つような感覚を覚える。鞘に収められた今も尚、漆黒の刀身は今か今かとその身が解き放たれる瞬間を待ち望んでいる。僕にはその確信があった。
「結構な数を引き連れたものだな……。だが!」
―関係ない!
胸中、相棒達に『力を使わせてもらう』と礼を告げる。背中越しから励ましの声が聞こえた。これ程、心強いものはない。鞘から刀身を走らせる。宇宙を体現する刃は陽の光を浴びると同時に僕の闘気を纏い星の光を宿す。白銀の輝きが木々の隙間を縫って駆け抜ける。ようやく他の冒険者達は僕のただならぬ雰囲気を察して各々の武器に手をかけるが遅い、あまりにも遅すぎる。
―蒼葉光刃心月流、昇竜乱葉柱!!
水平に一閃した刃を、地面に突き立てる。刀身から大地に向けて闘気を注ぐ。倒すべき魔物の場所は全て補足している。ならば後は標的に向かって、ぶつけるのみ!
地を駆け巡る銀の波動。魔物の姿を捉え、足元で渦を巻く。異変に気付いた魔物もいるが逃れる術は何もない。滞留した力が技の名の如く昇竜を象り天へと咆哮を上げる。辺り一帯近く遠くと、あちらこちらで銀の柱が空に向かって突き上げている。
「何だよ、あれ……」
冒険者の誰かが、あんぐりと口を開けたまま、銀色の光が向かう先を見上げる。そこには成すすべ打ち上げられ、刻まれた狼型の魔物。視線をすぐ近くの別の柱へ向けると、今度はゴブリンが無抵抗のまま空を舞っていた。その数、全て合わせると合計三十はくだらない。
「散れ!!」
突き立てた刃を抜き、振り払う。上空を虚しく舞うだけの魔物達は全て霧散。静寂の中を蒼銀の木の葉が舞い散った。
「「「……」」」
その場で事態を呑み込めた者はほぼ皆無。数少ない例外―リナが溜息交じりに剣を持たぬ側の袖を、ちょんと摘みクイクイと引く。
「あの、兄さん。ちょっと、やりすぎ!」
「へ?」
つい、間抜けな声を上げて振り返ると、リナがジト目で僕を睨んでいる。それにしても、“やりすぎ”は心外だ。
「どこが“やりすぎ”だ、失礼な! ちゃんと、僕は自重したぞ」
「これのどこが“自重”? それがわからないから、兄さんはダメなんです!!」
後ろで「てかげんした、ってマジかよ……」と聞こえた気もするが、どうでもいい。
「ちゃんと抑えたって! ほら、周りをよく見ろよ、木は一本も倒れていないだろ?」
僕の反論にリナは深々と溜息をつく。これで本日、何度目か僕にはわからない。
「あのね、兄さん。気を遣うところが違うから。自然に優しくするにもいいけど、もう少し人にも気を遣おうよ!」
「ん? 何言っているんだ? 別に誰も巻き込んでないはずだが……」
「だから、そういう意味でなくて……」
リナに促されて辺りを見回してみる。そこには呆然とする者もいれば、「俺達、いる意味あるのか?」と自信を喪失している者もいる。
「あ、れ……? もしかして、やりすぎた?」
ようやく理解が追いつく僕。その間、リナは何度も僕の後頭部をハリセンで叩いていた。
……
…………
………………
道中の出来事をしみじと思い出し苦笑いを浮かべる。隣ではリナが半眼の突き刺す視線を僕に送っている。
「あの後、みんな正気に戻ってから大変だったよね」
そうなのだ。先の自信喪失した者の他。「一体、何だあれは!?」と興奮して詰め寄る者。星竜の剣に興味をもって、あれこれと尋ねてくる者。修行やスキルについて、しつこく質問してくる者。そうそう、僕のことを過剰なまでに持ち上げてきた依頼主なんかは、「冒険者をやめて専属で雇われないか」とまで勧誘してきた。どれもこれも面倒なので、「答えられない」または「応じられない」で通していると、「もしかして、いや。もしかしなくても“勇者様”では?」なんて言い始める者も出てきた。そこはまあ、きっぱりと「だから、僕は勇者じゃない、っての!」と完全否定。それでも、しつこいので、後は狸寝入りを決め込んで馬車の奥に引っ込んだ。あっ、もちろんあくまで寝たふりなので、護衛の任をさぼることはしていない。
「あ~、まあホント気を付けるよ」
「次は是非ともお願いします」
頬をかく僕に、リナは可愛く微笑みを浮かべる。
傍を歩いていたじゅ~べ~、それからいつの間にか起きていたハクからまたしても……。
「が~、が~♪」 「きゅ~、きゅ~♪」((訳:ひゅ~、ひゅ~♪))
と、からかわれてしまった。その後はもう、僕とリナは揃って耳まで赤くし押し黙ったまま歩を進めるのであった。
~おまけ~
宿について腰を下ろし、ようやく一息つく。目的の場所までは、もう少し距離がある。その途中の宿場町で僕たちは一泊することにした。転移門を開いて拠点に戻らなかったのには、二つ理由がある。一つはここに来るまで良くも悪くも目立ってしまった―故にそれなりに人目のある場所で不意に姿を消し、要らぬ疑いをかけられぬようにするのは避けたいところ。そしてもう一つは単純に、たまには旅行気分を味わってみたいからだ。
「それじゃ。わたし、ちょっとお風呂いただいてくるね」
「おう、行ってらっしゃい」
「……。覗いちゃダメだよ」
「覗かねぇって!」
僕をからかったのは見え見え。からからと笑いリナは大浴場へと向かっていく。
「リナは“ちょっと”って言ってたけど、しばらく戻ってこないな。あれは……」
リナのお風呂好きは僕の中でとうの昔に定着している。長風呂になることは、すぐに知れた。いくら浴場が男女別とはいえ、妙な疑いをかけられないためにも僕の入浴はリナが戻ってからにするべきだろう。
「時間もあることだし、剣の手入れでもするか」
収納空間から星竜の剣を取り出す。あの後、単発的に魔物の襲撃を退け何体の魔物を斬り伏せた。それでも、竜の力を宿した刀身は、当然と言い表すかの如く一片の曇りもない。
「これなら、整備は不要……か?」
剣を鞘に納めると、どらごん達が駆け寄ってきた。その手には空となった猫缶の缶が霧散せずに残っている。いつもの通り僕の魔力で作り出した猫缶。これまたいつもと同じく中身がなくなった以上、残された缶は間もなく消える。
(そうだ。なんか大人しいと思ったら、さっき渡していたんだった)
―これは僕に“おかわり”を要求している
とばかり思っていたが、どうも違うらしい。
茶色の隊長どらごんが剣を鞘から抜くよう、「が~、が~」と言ってくる。言われるがままにすると、刀身が微かに明滅を始めた。
「どういうとだ?」
「が~!」
疑問を浮かべていると、ハクが『まあ、見てて!』と「キュイ、キュイ」声を上げる。
「キュッ!」 「がが!」
「って、おい!」
どらごん達の行為に僕は条件反射でツッコミを入れる。誰が見てもおそらくは僕と同じことをしただろう。なぜなら、どらごん達はこともあろうに空の缶を刀身に押し当てているからだ。
「嘘……だろ?」
いつもは霧散していくはずの空き缶達。それが今は、光の粒子と変わって刃に吸い込まれている。どらごん達に事態の説明を求めると、僕の出す猫缶は竜の牙も通さない硬度を誇っている。その強度を取り入れているのだ、と言う。要は空き缶を吸わせる程、強くなる―整備も不要の剣、ということだ。
(そういえば、僕の手を借りずに缶を開けようとして、歯が抜けたことがあったっけ? すぐに生えてきたから気にしなかったけど)
ある意味として理解はできるが正直、“空き缶で強くなる剣”というのにはどうしても納得しかねる部分がある。
「なあ、何でそんな仕様になったんだ? 単にお前たちが猫缶をたくさん食べたいから、なんて理由じゃないだろうな?」
僕は半眼を浮かべて、どらごん達へと視線を向ける。
「キュィ?」 「が~?」
二竜揃って可愛く小首を傾げている。その愛らしさをもってすればリナを一撃で轟沈するのは、いともたやすいことだろう。が、生憎僕はリナとは違う。
「誤魔化したな……」
半眼で睨むと、瞳を揺らして「何のこと?」と純真無垢な眼差しを送り返してくる。
「まっ、いっか。強くする方法が単純明快なら、それにこしたことはない」
溜息をついて半強制的に納得。折角なので猫缶を追加で渡すと、どらごん達は喜んで飛びつき仲良く頬張り始めたのであった。
いいのか、これで?
~おわり~
お読みいただきありがとうございます。
猫缶の空き缶で強くなる剣(刀)
ツッコミどころは多いですが、寛大な心で見ていただければ嬉しいです。




