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第75話 だから僕は魔王へ挑む~旅立ち

―これは夢。これは何かの間違い……。


我が身に起きた事実が到底信じられない。


「バ……、バカ、な。こんなことが……」


 その言葉の後に「魔王のこの私が……」と続くはずが、それ以上の台詞は許されない。


「う、ぐぐぐ……」


 喉元を強く握りしめられ、辛うじて呻き声を上げることがやっと。片手で易々と己を持ち上げる腕の先―眼下に映る(・・・・・)銀色の戦士は無機質な眼差しを向けている。全身を光り輝く装甲に身を包むその(ヘルム)の奥から伝わる感情―まるで「興味ない」と言わんばかりの態度である一方で、その内からは激しい怒りの念を込めた無数(・・)のオーラが吹き荒れている。少しでも気を緩めれば瞬時に飲み込まれ自我を失うだろう。魔王はその事実を本能で感じ取っていた。


(うぐっ……。なぜだ? なぜ、こんなことに……)


 魔王の胸中、声に出せぬ疑問が駆け巡る。そして、心の中を見透かしたかのように銀の戦士は魔王の求める答えを語り始める。


「お前は、絶対に許さないことをした……」


 許されないこと―その心当たりが魔王にはまるでない。と、いうより仮にも魔の王を名乗る身、討たれる理由が多くある。故に“平和のため”など青臭い理由を並べられれば、怒りを買う理由はいくらでもある。が、銀の戦士がそんな理由でこの場にいるとは到底思えない。

 剣と魔法の応酬を幾重にも重ねた故に分かる。銀の戦士は大義名分で戦う者ではない。奴から迸る怒りは、ひどく個人的なもの。この手の人間には覚えがある。例えば親兄弟、または恋人を奪われた。そんな人間の発する感情に酷似している。


(いや……。そんなはずは……、ない)


 魔王は導きかけた答えを自ら否定した。なぜなら、銀の戦士の怒りを買う理由に心当たりがなかったから―寧ろ、手出ししない(・・・・・・)ようにしていたくらいのこと。


 ―こんなはずではなかった


 魔王の狙いは、銀の戦士と魔神竜との相討ち。もし、片方が残ったとしても消耗したところを叩く漁夫の利を得る算段。とてもではないが、己が先に討たれるとは考えてもいなかった。


 ―どこで間違えたのだ?


 自問自答を繰り返したところで答えは決して見つからなかった……。


―話は五日前まで遡る。


 全ての始まりはこの男の一言。


「土神様達は“まぐろ”が好きなのか。だったら、ココ(・・)の丼物がオススメだぜ。」


 地図(マップ)のある場所を指差し白い歯を光らせる。得意気に語る鋼鉄の勇者(アイアン・ブレイバー)―テツヒコ。冒険者組合(ギルド)で数日ぶりの再会を果たしたキョウマ達は、それとなく無視(スルー)して立ち去ろうとした。ところが、テツヒコの持つ食べ物の匂いに釣られたハクとじゅ~べ~は、それを良しとせずキョウマ達を留め雑談することに……。その間、腹ペコどらごん達はテツヒコ持参の“ちくわ”や“ハム”を美味しいそうに頬張っていた。


「キュキュッ!」 「ガガッ!」


 どらごん達はまぐろ(・・・)の一言に目ざとく反応し、上目遣いに瞳を輝かせる。その反応に一瞬、口元を緩めたテツヒコは腕を組み、瞼を閉じた。ウンウン、と唸る様子から食した時のことを思い出していたのだろうことは明白。実際、生唾を飲む音をキョウマは聞き逃さなかった。


「あの海鮮丼の味は忘れたくても忘れられねぇぜ。新鮮な海の(さち)。そう、脂ののった“まぐろ”にカニとエビ……。散りばめられた黄金の輝きを放つイクラがまた何とも言えなくてなぁ。口に運んだ瞬間伝わる絶妙なハーモニー。噛めば噛む程、色とりどりの調べを奏でる味わい深いあの旨味! そうだ、あれは食べた者にしか分からない神秘の領域……」

 饒舌に語るテツヒコを半眼で眺め、キョウマは『適当なこと言ってんじゃないだろうか』、と考える。しばし呆れていると、ズボンの裾をクイクイと引かれる感触に気付いた。


「キュィッ! キュィッ! キュィーッ!」

「あ~、このパターンはやっぱり……」


 視線を向けると案の定、足元で子竜(ハク)が『いく! いく! いくーっ!』、と片手を上げ元気に飛び跳ねていた。


「ねぇ、ハクちゃん。まぐろ食べたいの?」

「キュー」


 リナはしゃがんで子竜の瞳を覗きこむ。すると、甘えた声を上げてコクコクと頷き返してきた。

 

「兄さん。ハクちゃんは行きたそうだけど、どうするの?」

「どうするも何も行く以外の選択肢はないだろ?」

「本当!? やったね!」

「キュィ!」


 子竜の小さな手を取りリナは一緒になって喜び合う。そんなリナとハク(二人)にキョウマは一人思う。


(二人して、あんな上目遣いされちゃ断れないって……)


 瞳を揺らし訴えるように見上げる二人の姿を思い浮かべ、キョウマは軽く息を吐き出した。そして思い出したように先程から静かな、もう片方のどらごんを探す。


「そういえば、じゅ~べ~はどうしたんだ? なんか大人しいけど……って、うわっ!」

「が~……」


 涎をじゅるじゅると垂れ流している茶色の隊長どらごん。その姿だけで改めて聞くまでもない。


「決まり、だな。それじゃ早速、準備して向かうとしますか」

「賛成!」

「キュッ!」

「ガッ!」

「って、俺様を無視するなー!」


 キョウマ達が揃って出発しようとするところを、テツヒコが引き留める。


「いや、なんか長そうだし、もういいかな、って思ってさ」


 コクコクと頷きリナは同意する。どらごん達も同じく続いた。


「だとしても情報提供源(おれさま)に一言もなく出ようとするなんざ、流石にそりゃないだろ!」

「そうだよ、兄さん。失礼だよ」

「お前も同じだ、アキヅキ妹!」


 テツヒコはリナを指差し呆れと怒気、それぞれ半々ずつ込めて吠える。リナは「あはは……」と笑って誤魔化した。


「ったく、おめぇらはいつもいつも……」

「あ~、悪かったって。情報には感謝している。それに、ほら」


 キョウマに促されて、テツヒコは視線を落とす。そこには、ど~も、ど~も、とお辞儀をするハクとじゅ~べ~(どらごん達)がいた。


「土神様ぁ~。お、俺は……」

「うん、うん。わかる、わかる。どらごんさん達、みんな可愛いもんね~」

「それには同意するが、ちょっと違う気が……。まっ、いっか」


 テツヒコは額に手をあて天を仰ぐ。瞳に溢れる男の汗を一人こらえているわけだが、リナはどらごん達の愛くるしさに、緩み切った笑みを浮かべて半ば勘違い。キョウマは腕を組んで頷きスルーする。


「あ~、ゴホン! それは兎も角、アキヅキよぉ……」


 わざとらしい咳払いの後、テツヒコは姿勢を正してキョウマに眼差しを向ける。真剣味を帯びた目つきと口調が場の空気を引き締めた。キョウマは茶化すことなく静かに耳を傾ける。


「……」

「あ~、その、なんだ……、やっぱ、なんでもねぇや。」

「って、おい……」


 視線を泳がせ、頭をボリボリと掻くテツヒコ。重苦しい空気は既に霧散している。キョウマは煮え切らない印象を覚える。と、同時に「これ以上は何を聞いても無駄」と態度で知るが、ある種の直感が好奇心を煽り聞かずにはいられない。


本当に(・・・)、いいのか?」


 キョウマの言葉がテツヒコの心中を抉る。尋ねておきながら口を閉ざした後ろめたさが、こみ上げて止まない。後ろ手に拳を固く握り締め、どうにか口元の震えをこらえ喉から声を絞り出す。


「おっ、おう……。まあ、無事まぐろにありつけたら、お土産の一つでも頼むぜ」

「……そっか。まっ、それでいい(・・・・・)なら適当なのを見繕っておくか」


 本人にその気がないのなら、追及しても仕方がない。適当な落としどころでキョウマは会話を打ち切ることにした。が、その様子を見ていたリナは目を丸くして、物珍しそうにキョウマを見つめる。


「どうかしたのか?」


 頭上に疑問符をキョウマは浮かべ、リナは「気付いていないの?」と、まるで信じられないものでも見るような目をしている。傍らのテツヒコもまた、驚きに頬を引きつらせていた。


「あのね。兄さんが人に気を遣うなんて凄く珍しいことだなぁ、って……。それに『お土産を見繕っておく』なんてあり得ないことだよ」


 分からない様子のままのキョウマにリナは思ったことを述べる。黙って頷くテツヒコもまた同意見であることが知れた。


「お前ら揃って、僕を何だと思っているんだ……」

「コミュ障の“ぼっち慣れ”」

「妹以外、人間関係興味なし(アウトオブ眼中)。重度のシスコン、この一択しかないだろ」


 ジト目を送るキョウマに対して、リナは真顔で即答する。テツヒコは「今更、何言っているんだ?」と言いたげに呆れた表情で続けた。


「お、お前らなぁ……」

日頃の行い(・・・・・)、だね!」


 当然とばかりの二人にキョウマは頬を引きつらせ、恨めし気に声を絞り出した。そんなキョウマをリナは満面の笑みを浮かべてバッサリと両断する。


「きゅー、きゅー? キュー、キュッ!」

「が~」


 足元に擦り寄るどらごん達。言葉の分かるキョウマは一人、その意味を心中噛みしめる。


『キョウマは“ひとりぼっち”なの? かわいそうなの? ぼくたちがついてるよ、げんきだして!』


 キョウマにとって正に“トドメ”だった。傷心の身に深々と染みわたる純真無垢な想い。感謝の念を抱くも、この時ばかりは切なさが上回った。


「ありがとな、お前達」

「キュッ!」 「がっ!」


 目尻に浮かびかける水気を追い払いキョウマは小さな相棒達を優しく撫でる。二竜は気持ち良さそうに目を細めて喜んだ。そのやり取りを今度はリナが半眼で見守る。


「はい、はい。ふざけるのはそのくらいにして、そろそろ行きましょう兄さん。丁度、途中までの護衛依頼も見つけたから、ついでに受けとくね」


 手を叩いてリナは先を促す。気持ちの切り替えが済んではいないこともさることながら、依頼(クエスト)受諾の決定権もない。分かってはいたことだが、返す言葉もなくいまま渋々とキョウマは付き従う。対して、どらごん達は瞳に“まぐろ”を映して、嬉々としてついていった。


「いいんですかい? テツヒコさん?」


 声をかけたのはテツヒコの仲間の一人。鋼鉄の勇者(アイアン・ブレイバー)と同じく異世界(オキエス)に召喚され、その頃から行動を共にしている。イフリルとの一件の時にもいた取り巻きの一人。一応、空気は読める男なのでキョウマ達との会話が終わるまで席を外していた。キョウマ達とは同じ世界の出身ながら、取り巻きのもう一人と共に欠片も覚えられていない可哀想な人物でもある。


「いいんだよ、これで……」


 徐々に小さくなっていく背中をテツヒコはどこか寂し気に見送っている。その視線の先を同じく追って声をかけた仲間の一人が更に続ける。


「そうは言っても、本当は……」

「本当にいいんだよ。それに何、辛気臭ぇ顔してやがる。俺様は不撓不屈の鋼鉄の勇者(アイアン・ブレイバー)だぜ。大船に乗ったつもりでいろって!」


 仲間の声を遮りテツヒコは白い歯をむき出しにして、にっかりと笑う。付き合いの長い分、それがやせ我慢(・・・・)、とすぐに知れたが、合流したもう一人の取り巻き共々黙っていることにした。テツヒコもまた同様、過ごした時の長さから仲間達に悟られていることは承知の上。それでも、素知らぬ風にドヤ顔を決める。


「それにご利益も得たしな……」


 仲間達に気付かれぬように呟いて、テツヒコはステータスウインドウに視線を落とす。


~~~~~~~~~~

・大地の護り

 致死ダメージを受けた時、死亡を回避することができる。

 残4回(残数は●●に“ちくわ”を献上すると回復する)

 

 死亡回避に成功した際、スキル及び魔法をMP消費なしで即時発動することができる。

 残2回(残数は●●に“ハム”を献上すると回復する。回数分、連続発動可能)


~~~~~~~~~~


(死亡回避の回数が増えてる上に、新しい効果まで出ててるぜ。MP消費なしの連続発動……、こいつは正に切り札(・・・)だな)


 にやつく頬に手をあて、更に目を通していく。取り巻き二人は、不思議そうにテツヒコを見つめる。


~~~~~~~~~~

・はむのひと

 ●●にハムを献上することで……(以下同文)

~~~~~~~~~~


「はは……。“ちくわのひと”の次、今度は“はむのひと”かよ。しかもこのテキスト、適当過ぎやしねぇか?」


 姿の見えなくなったキョウマ達の後へとテツヒコは視線を戻す。


「お土産……、楽しみにしてるからな」


 強い決意に満ちた瞳で呟くテツヒコ。その眼差しは誰が見ても鋼鉄の勇者(アイアン・ブレイバー)の名に違わぬ勇者のものであった。

お読みいただきありがとうございました。


体調を崩したこともあって、更新が遅れてしまいました。

まだ完全ではないのでもう少しの間、同じ位のペースになりそうです。


話は変わりますが、“はむのひと”はあえて平仮名にしています。変換誤りではないです。


それでは、次話もお読みいただければ幸いです。

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