第74.5話① めがとんはんま~
横たわるゴロツキ風の集団を一瞥し、キョウマは深く溜息をつく。
「これで何回目だ?」
『あ~、うん……。五、六回は襲われたよね』
キョウマの連れ歩くぬいぐるみモドキには冒険者の力を高める能力がある。その噂を耳にしたガラの悪い輩達にキョウマ達は度々襲われた。
「また冒険者組合に突き出しておけばいいか。どうせ、こいつらも一応冒険者だろう」
「そうだね……」
木刀を肩に置き、ウンザリといった表情をキョウマは浮かべる。【指輪待機】を解除したリナもまた続いた。ハクとじゅ~べ~もまたキョウマの魂から顕現し大きく欠伸をしている。
「ホント、懲りないよねぇ……」
「まったく、だ!」
うつ伏せに横たわる一味の一人をキョウマは蹴り上げる。「ぐへぇ」と呻き声を上げる仰向けになると手元から毒針を仕込んだ吹矢が零れた。これまでの一連の流れでキョウマは気を緩めた素振りを見せながらも警戒を怠ってはいない。それを油断しているものだ、と勘違いした浅はかさを打ちのめした格好となる。
「まぁ、そろそろ減るだろう」
「あ、あはは……」
苦笑いを浮かべるリナの視線の先にはじゅ~べ~がいる。のっしのっしとキョウマが倒した一人の側に近づき吹矢を拾う。
「が~」
どらごんのつぶらな瞳が毒針を見つめる。微かに意識を残したゴロツキAは、まさかと思い口端を吊り上げる。
「へへ、バカめ……」
思惑通り、茶色のぬいぐるみモドキが毒針を一舐め。ゴロツキAの下品な笑みが深まりかけたところで、悪夢を見たかのように驚愕に表情を青白くさせる。
「バカはお前の方だったな」
とキョウマが呟くと同時。なんと、じゅ~べ~は毒針もろとも吹矢をポキポキと食べ始めた。あっという間に食べ終わり、物欲しそうに転がる敗者達を見つめる。
「が~」
「【悪食】恐るべし、だな……。じゅ~べ~、食い足りないのは分かるけど、その辺にな。後で、猫缶たくさん出すから。くれぐれもこの前みたいに、装備品全部を食べ尽すのだけは簡便な」
「が~!」
「キュッ!」
両手を上げて、じゅ~べ~はキョウマにしがみつく。猫缶と聞いて黙ってはいられないハクもまた続き、甘えた声を上げて頬を摺り寄せる。
「少し待っててくれよ。さて、後始末といこうか、って……」
手にした木刀を二、三振り払う。収納空間にしまいこもうとすると、パキリと音を鳴らして砕け粉々になってしまった。寂しくなった左手を見つめキョウマはこの日一番の溜息をつく。足元で「元気だして」と子竜が上目遣いに見上げているのに気付くと、小さな頭の上に手を乗せキョウマは「ありがとな」と笑みを浮かべた。傍らで隊長どらごんが風と共に消えゆく木刀の欠片を見つめている。
「さ~て、どうしようかな~?」
良い話でオチが着いた、と安心しきったゴロツキ達の耳元に恐ろしい程、冷たい笑みを浮かべたリナの声が届く。恐る恐る振り返ると、巨大な黄金のトンカチを携えていた。軽々と手に持つ得物に気付いたキョウマは頬を引きつらせ人差し指を向ける。その先には“めがとんはんま~ でらっくす♪”と書かれていた。
「それ……、もしかしていつものアレか?」
「そうだよ。この人達を懲らしめなくちゃ、って考えたら姿を変えたの」
「そ、そうか……」
リナは得意気に満面の笑みを浮かべる。キョウマはつくづく物騒な代物の犠牲者が自分ではないこと。その喜びを深く噛みしめた。
「わたしね~。結構、怒っているんだよ。いつもいつも、街を歩く度につけ回してきて……。こんな可愛いコ達に酷いことしようなんて、絶対に許せないんだから!」
ニコニコとしながらも、相当に機嫌が悪い。察したキョウマは何も言わずゴロツキ達を一瞥。同情の余地はない。冷たい視線を送り事の成り行きを見守ることにした。
「それじゃぁ、オシオキ……覚悟してね♪」
この時、一味の一人が悲鳴を上げ「オニだ」と口にする。その一言が終わりの始まりとも知らずに……。
「“オニ”だなんて、ナニを言っているのかな? どこをどう見ても可愛いメイドさんでしょ♪」
「じ、自分で『可愛い』とか言うのかよ……」
外套を脱ぎ捨てリナは、にっこりと笑う。自分で「可愛い」と言っていることに、キョウマはツッコミを入れるようなことを当然しない。口にしたのは一味の一人。リナが目を薄く細めたことに気付いたのもキョウマ一人だけだった。
「あれれ~、おかしいな~。そんなことも、わからないなんて……。当たり所が悪かったのかなぁ~?」
満面の笑みを浮かべながらリナの言葉は続く。ニコニコと微笑むその背後から溢れる冷たい空気が場を支配していく。
「ねぇ、知ってる? 壊れたものってね、叩くと結構治るんだよ!」
「「「「!?」」」」」
「今から、わたしが、コレで、あなた達を治してあげるから、ね?」
「「「「ひぃっ!」」」」
手にした得物を軽く揺らして、リナは笑みを浮かべる。対照的に悲鳴を上げるゴロツキ達の表情からは、あまりの恐怖に生気が失われていく。
「大丈夫、心配しないで!」
(も、もしかして……。見た目ほど痛くはないんじゃねぇか?)
眩しいほど、キラキラと輝くリナの天使の微笑み。刑の執行を待つだけだった者達の中に淡い希望が芽生える。それが、幻想だと一人知るキョウマは「甘いな……」と呟き、横たわる哀れな者達を一瞥。溜め息を一つ吐き出し、これまで受けたオシオキの数々をただ、ただ噛みしめる。キョウマの悲しい心の汗が一雫流れる頃、リナはこの日一番の笑みを見せる。
「えっと、ね。確か、こう……。『斜め四十五度の角度から、やや内角を抉るように打つ』、とね効果的なんだよ!」
(リナ、お前。それ、絶対意味わかって言ってないだろ?)
「な~に、兄さん? 何か言ったかナ?」
「い、いや、別に何も……。それより、早くそいつらを治してやったらどうだ? さっさと済ませてメシにしよう。ハクとじゅ~べ~、これ以上は待ちきれないみたいだからな」
キョウマに促され、リナはどらごん達へと視線を移す。すると、つぶらな瞳を震わせて見つめ返してきた。
「きゅー」 「が~」
「ごめんね、みんな。それじゃ、さっさと、すませちゃうね! さ~て、と……」
標的を見渡し、リナは空高く“めがとんはんま~ でらっくす♪”を振り上げる。黄金の軌跡を宙に描き、キラキラとした輝きが幻想的に辺りを舞う。
「いっくよ~!!」
リナの細腕が遂に黄金の凶器を振り下ろした。ゴロツキ達の視界に徐々に広がる巨大武器。最早、彼らにできることは運命を受け入れ無事を祈る他ない。
「「「「ぎぃぇやぁぁああああああああっ!!!」」」」
断末魔の叫びが路地を駆け巡る。
―ドカンッ!
―ぼきょ!
―めきゃっ!
―ばきょっ!
……
………
…………
その後、キョウマ達に手出ししようとする輩は皆無となった。もしも、彼らにちょっかいをかけようものなら、黄金のはんま~メイドに粛清をされる。悪だくみをする全ての者、そう口を揃えて踏みとどまった、という……。
~おしまい
お読みいただきありがとうございました。
短いですが、区切りがいいので切り上げました。
リアルの都合で投稿間隔が空いてますが、頑張って書き上げます。
次話もお読みいただければ嬉しい限りです。




