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第73話 妖精さん、いらっしゃ~い

 じゅ~べ~の実力の検証を適度に済ませた僕達はエスリアースの冒険者組合(ギルド)へと向かった。目的は、じゅ~べ~が見つけてくれた魔物に奪われたらしき宝物の類の発見報告。他に可能であれば、竜の聖域で見かけた壁画にまつわる情報収集。主にこの二つだ。僕には転移門(ゲート)があるので、一度行ったことのある場所までの移動に時間はそうかからない。街中に移動しては通行記録に載らないこともあって、入り口付近の物陰に転移門(ゲート)を開いて門番の側へと歩み始める。


「なぁ、じゅ~べ~。やっぱり、僕の()に入っていた方が良くないか?」

「がっ!」 「キュ!」


 僕の提案に隣でのっし、のっしと歩く隊長どらごんは首を横に振り、その頭の上に乗っかる子竜も続いて拒絶の意を示した。どらごんに対して人見知りする印象を抱いていた僕にしてみれば意表を突かれた格好となる。一方のリナは【指輪待機】の経験がある分、似た境遇のどらごん達の言い分に理解を示している。


「仕方ないよ、兄さん。外を自由に歩きたいって気持ちは、わたしも分かるから……」


 以前、ハクにぬいぐるみのフリをして入ってもらっていた時のことを思い出したのだろう。リナは瞳に僅かばかりの寂しさを浮かべ、空っぽになったバスケットを撫でている。どうフォローを入れるべきか悩んでいると、リナはクスリと微笑んだ。視線の先には左右に揺れる二竜の小さな尻尾がある。


「でも、これで良かったんだよ。だって、ハクちゃんとじゅ~べ~ちゃん、凄く嬉しそう!」


 少し軽くなったバスケットに寂しさ二、喜び八の情を込め、優しい眼差しで二竜を見つめている。僕はリナに悟られないよう胸中で「お前もな、リナ。嬉しそうで何よりだ」、と付け加えた。

 とは言っても、リナも知らないとある事情(・・・・・)を知る僕には不安要素も多い。


「まぁ、これでいいのかもかもしれないけど……。面倒事、起きないといいな」

「そだね……」

 

 僕の不安も無理はない。そもそも前回、ハクを連れて歩いた時バスケットの中に隠れてもらったのは、面倒事(トラブル)を避けるため。魔神竜の尖兵が、どらごん達を狙っていることを知った今、尚更警戒しなくてはならない。にもかかわらず、ウチの隊長さんときたら……。


『我ら誇り高きどらごん族……。コソコソ隠れる必要など無いのだ!』


 的なことを、格好よく「が~」の一言で語ってくれた。魔神竜の手下に見つからぬよう結界の中に隠れていたのは誰だ、というツッコミを全力で飲み込んだ僕の気にもなって欲しい。


「う~ん、冒険者組合(ギルド)……いや、その前に検問でなんて言おうか……」


 残念ながら、ハク達を“竜”と言っても、誰も信じないのは明白。魔物を手なづけて仲間にした、とするのも論外。こんな愛くるしい外見の魔物はどこを探してもいない。加えて僕自身、どらごん達を方便とはいえ魔物扱いするのには抵抗がある。ならば手段は限られてくる。


「そうだね……。精霊?と契約しました、って言うのはどう? 世にも珍しい高位?の精霊?はどうかな」

「精霊、ねぇ……」


 意気揚々として歩くどらごんへと視線を向ける。


「が~?」 「キュィ?」


 愛くるしく小首を傾げるじゅ~べ~とハク。


「うん、それで行こう!」

「そうそう、それしかないよ!」


 心の奥底から湧き上がる「無理じゃね?」の言葉に無視を決め込み僕達は歩みを進める。予想通り、門番から指摘を受けるも「「非常に希少(レア)な精霊と契約したんです!」」の一点張りで何とか通過。街中で小さな子どもに指を指され「あたし、あのぬいぐるみさん、欲しい。ママ、買って!」と度々言われるも、気付かぬふりを貫き通してひたすら歩く。途中、食べ物の匂いにふらふら寄り道しかけるじゅ~べ~をハクごと抱えて連れ戻す、なんて騒動も交えながら、どうにかして冒険者組合(ギルド)に到着。疲れた、大いに疲れた。でも、これで一安心……とはいかないのが世の常というもの。


「思いっきり、見られてるな……」

「うん、見られてるね……」


 屈強な冒険者達に加えて冒険者組合(ギルド)職員まで、全ての視線が一点に注がれている。自分達が注目の的となっていることなど、まるでお構いなし。じゅ~べ~とハクは僕を見上げて外套をくいくいと引く。


「が~!」 「キュッ!」


 通訳すると「早く用事を済ませて、ご飯にしよう!」だ。周囲がお前達の一挙一動に色めき立っているというのに、気にする素振りは一切なし。何だか頭が痛くなってきた。


「……さっさと、用事を済ませようか」

「が!」 「キュィッ!」

「うん! 美味しいお弁当、作ってきたから期待していてね!」

「が~!」 「キュー!」


 早く帰りたい(別の意味の)つもりで言ったつもりが、僕以外は異なる(ご飯の)解釈で一致団結。更に頭痛が酷くなってきた。

気を取り直して受付のカウンター群を一瞥。奥も覗いて、見知った(・・・・)顔を探す。


「う~ん、スミスさんがいれば早かったのにね」

「そうなんだよな~。まあ、いないなら仕方ないか」

 

 僕の視線の先から、あっさりとリナは探し人を見抜く。考えを読まれようが、それがリナなら動揺は特にない。ないものねだりを早々に放棄して、一番空いている受付の前へと進む。向かう先には眼鏡のよく似合ういかにも優等生な印象を受ける男性職員がいる。列に並ぶ冒険者は皆無だったため、順番を待つことなく僕達の番となった。因みに他の女性職員が受け持つ列はいずれも盛況だ。

 これはいつものこと、日常の光景。女性との出会いに、ほとほと縁がない男性冒険者の誰しもが、女性職員の営業スマイルに顔をニヤつかせているのは滑稽に映る。リナは「男の人って、みんな……」と冷めた目を浮かべている。少数の女性冒険者も同様の視線を送るのは最早、日常茶飯事(もっとも今日は、ウチのどらごん達に視線が釘付けだが)。そして本日注目の的の空気の読めぬどらごん達は「あそこに並ぶと、おやつをもらえるの?」と生唾を飲みこみながら、見当違いなことを言いだしていた。


(ごめんな。ハク、じゅ~べ~。おやつは出ないんだ。その代わり、今日の猫缶は一つ多く出すからな)


 そっと胸中で呟くと、相棒ズがきらきらとした眼差しで僕を見上げている。頭上に「?」を浮かべるリナを横に、ハクとじゅ~べ~の頭を一撫でした。


「キュ~」 「が~」


 気持ちよさそうに目を細めるどらごん達。数秒、和んではっと気づく。いかん、いかん、受付のお兄さんを待たせたままだ。


「すみません、お待たせしました」

「いえいえ、少しも待っていないから大丈夫ですよ~」

「!?」


 想定外の高い声音に驚き受付を覗き込むと、そこにはショートカットの綺麗なお姉さんがいた。男性職員の姿を探すと奥でうつ伏せに倒れている。


「ほらほら、交代の時間だから向こうへ早く行って……」


 しっしと手を振るお姉さん。男性職員はようやく顔を上げ、何かを言いたそうにしている。すると、冒険者組合(ギルド)のお姉さんは、にっこり微笑み次の一言。


「は・や・く……」


 開きかけの唇を力なく閉じ、去っていくお兄さん。その寂しげな背中に親近感を覚えたのは言うまでもない。


「兄さん、お姉さんが綺麗だからってデレデレしないこと」


 少しも笑っていない笑みを浮かべるリナの背後には、いつもの黒いオーラが漂っている。つまりはこういうこと。僕も冒険者組合(ギルド)のお兄さんも同じ境遇(なかま)、ということだ。


「言っておくけど、僕はデレデレなんてしてないからな。もし僕がデレデレするとすれば、リナの可愛いところを見た時だけだ」

「なっ、なななななっ!」


 茹蛸のように顔中を真っ赤に染め上げるリナ。大人しくなったところで冒険者組合(ギルド)の受付嬢に要件を伝える。収納空間からじゅ~べ~が見つけた品々をいくつか、並べて見せた。


「そうですか……。該当する依頼があるかもしれません。すぐに(・・・)お調べ致します」


 仕事モードに切り替わった職員さんは正に有言実行、本当に“すぐ”だった。あっという間に照会を済ませ、既に捜索依頼が出ていた品であることが判明。なんでも、輸送中に魔物に襲われ奪われたとのこと。なんにせよ、依頼達成扱いとされ、報酬を受け取り無事終了。これで目的の一つが完了した。


「巨人にまつわるおとぎ話や伝承、ですか? それなら……」


 巨人同士の戦い、巨大な魔物の存在。それらの存在を示唆する記録は遺跡や迷宮(ダンジョン)から見つかる例はそれなりにあるらしい。ただ、存在を証明する術はなく御伽話として位置づけられている。巨神伝説として……。


「いつかこの世界を救ってくれる救世主、と信じている人も多いんですよ。こんなご時世なら仕方ないですよね」


 と、受付のお姉さんは最後に付け加えた。結局のところ、有益な情報は得られなかった。まあ、初めからそんなに期待していたわけでもないので、特に問題はない。僕にとっては「あったらいいな」程度に過ぎなかった。対照的にリナは重く受け止めている。


真なる竜(ドラゴン)が人族と協力して戦った相手。何か分かればって思っていたけど、そう簡単にはいかないね……」


 リナの呟きは確かにそう告げていた。“魔神竜”でさえ真なる竜(ドラゴン)は人の手を借りずに戦いを挑んだ。その事実は壁画に描かれていた存在が魔神竜を超える存在、ということに他ならない。そのことは僕も理解しているつもりだけど、心の奥底を揺さぶられるような不安は一切感じられなかった。寧ろ、得体のしれない高揚感じみた感情が湧き上がりつつある。一体、何を考えているんだ僕は。どうかしている。

 (かぶり)を振って顔を上げる。目的は全て果たした。面倒事が起きる前に早々に立ち去ることとしよう。


「それでは、これで失礼します」

「ちょっ、ちょっと待ってください! もう帰られてしまうのですか!?」

「え?」


 踵を返そうとしたところで受付のお姉さんに呼び止められる。振り向けば、カウンターから身を乗り出して必死に腕を伸ばしている。何事かと思い理由を尋ねると、お姉さんは「こほん!」と咳払いをして努めて冷静に口を開いた。


「そちらの可愛らしい妖精さんの登録はされないのですか?」

「えっと……、妖精? 登録?」


 意味が分からず、僕は視線でリナに救いを求める。リナは「う~ん」と唸って、何かに気付いたのか手の平を打って言いかけるが、興奮気味に話す受付のお姉さんの声によって遮られた。


「そうです! 妖精さん(・・・・)達の登録がまだじゃないですか!」

「「そうそう!」」


 気付けば他の列を受け持っていた受付嬢さんも混ざって声を揃える。両隣を見ると、列はそのままに放置された冒険者達がこちらを睨んでいた。殺気混じりの視線が痛い。それにしても“妖精”ねぇ……。僕はじゅ~べ~の頭上に跨る子竜を持ち上げる。丁度、受付のカウンターの上に乗るくらいの高さ位置。受付のお姉さん達から見て正面となる。


「もしかして、“妖精”って……」

「キュ?」

「「「そう!! そのコよ!!!」


 僕が言い終わるよりも前に、お姉さんズはカウンターから身を乗り出して声を荒げる。ちょっと、怖い。そして、発言を邪魔された挙句、蚊帳の外に追いやられムスッとしているリナは、もっと怖い。


「そ、それで、“登録”って何ですか?」


 ここで、待ってましたと言わんばかりに、ニンマリと微笑む冒険者組合(ギルド)嬢。説明によると、契約して仲間に加わった獣、精霊等々を冒険者組合(ギルド)に登録する制度で、予め登録しておけば他の冒険者が魔物と誤って攻撃しようとした時、ナビゲーション・リングより警告が発せられるとか……。


「『誰々と契約しているから攻撃してはいけません』みたいなことを知らせてくれる、と?」

「そう、そう」


 受付のお姉さんは子竜が「キュッ!」と鳴く毎に機嫌を良くして色々と教えてくれる。それにしても口調が大分砕けている。これが素なんだろうな。

 

「あとね。妖精さん(このコ)達みたいに仲間になってくれるコは珍しいから、誘拐して売り飛ばそうとする人もいるの。でも、登録しておけばすぐに契約者(パートナー)が誰か分かるから、そういった犯罪への抑止力にもなっているの」


 と、ハクを撫でたそうにしながら教えてくれた。ここで撫でないのは流石冒険者組合(ギルド)職員。仮に許可なく触れようとしたならば、ハクを怒らせかねないことをよく知っている。う~ん、『犯罪への抑止力』か。これってきっと、契約した獣や精霊を暴れさせようとする輩への抑止も含まれているんだろうな。あえて言わないのは、ハクやじゅ~べ~の暴れる姿を想像できない、ってところかな。まあ、なんにせよ早く終わらせよう。


「それで、どうすればいいんですか?」

「はい、この水晶に手をかざすだけで登録が完了します」


 受付台の上に乗せられた手のひら大の透明な水晶。最初に僕、次にハクとじゅ~べ~がそれぞれ手をかざせば登録が完了する。それなら、ちゃっちゃと終わらせますか。


「リナ、ハクを頼む」

「え、あ、うん。任せて」


 抱いていたハクをリナに預け僕はさっさと水晶に手をかざす。ハクの抱き心地を堪能したことで、リナの機嫌は急上昇。ところで、リナよ。ハクを抱いているところを、お姉さんたちが羨ましそうにしているからってドヤ顔を浮かべるのはどうかと思うぞ。


「リナ、じゅ~べ~は僕が持ち上げるから。ハクのことはそのまま頼むな」

「うん、いいよ!」


 足元の隊長どらごんを僕はひょいと持ち上げる。ハクもじゅ~べ~も背が低いため、こうして抱き上げないと水晶に手が届かない。誇り高き種族―“どらごん”、中々どうして弱点が多い。


「それじゃあ、ハクちゃん。準備はい~い?」

「キュッ!」


 まず最初にハクが小さな手をかざした。子竜の魔力に反応して水晶が淡く明滅している。女性陣全員が感嘆とした息を漏らしているのを無視して、僕はじゅ~べ~を水晶の前まで持ち上げる。


「よし、次はじゅ~べ~の番だ」

「が~」


 ハクの時と同じく水晶は淡い光を放っている。これにて登録完了。両手で抱えているじゅ~べ~を下ろそうとするが、隊長どらごんのつぶらな瞳が未だ水晶を捉えて離さないことに気が付いた。


「どうした、じゅ~べ~。あの水晶に何かあるのか?」

「が~、がが~が?」


 じゅ~べ~は水晶を指差し、片翼をパタつかせて僕に訴える。


「……じゅ~べ~、それは食べ物じゃない。食べちゃダメだ」

「が~……」


 僕の腕の中でだらりと頭を垂れる隊長どらごん。周囲の女性陣は揃ってクスリと笑みを浮かべる。


「あらまあ、ご冗談がお好きなんですね」

「そうだよ、兄さん。何、急に変なこと言ってるの」

「が~」

「ほ~ら、兄さん。じゅ~べ~ちゃんもそう言ってるじゃない」

「「「「ね~」」」」

「が~」


 こういう時の女性陣の団結は男として肩身が狭い。例え白だろうが彼女たちが黒と言えば黒になる。それにしてもこういう時、どらごん達の言葉が分かるのが自分だけってのが不便だ。時々、リナにも分かる時があるけど、それはどらごん達が念話?を飛ばした時のみ。

 そうだ、敢えて言おう。僕は間違ってないと。なぜならあの時、じゅ~べ~が口にした台詞を訳すと『ねぇ、水晶(あれ)食べてもいい?』だからだ。因みに最後の『が~』は『お腹空いた~』だ。


「やれやれ……」


 一人、気落ちする中、どらごん達の一挙一動に女性陣は盛り上がり続けている。あ~早く帰りたい。猫缶作らないとな~、なんて考えていると以前どこかで聞いたことのあるような声が後ろから聞こえてきた。


「なんだ、なんだ。列がちっとも前に進まねえと思えば何の騒ぎだ?」


 その声の主を妨げる者なし。冒険者達はこぞって道を開け、中から現れる人物。


「誰かと思えば、なんだお前か。やっぱり、無事だったか」

「お前は……」

「よう、アキヅキ。また会ったな」


 間違いない。こいつは心配していた“面倒事”だ。やっと、帰れると思ったのにこれが本命とでもいうのだろうか全く……。的中した悪い予感に僕は心中、頭を抱えるのであった。

お読みいただきありがとうございます。

次話もまた、お読みいただければ嬉しい限りです。

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