第72話 新たな仲間、じゅ~べ~の実力
「う、うう……」
突如として腹部を覆う違和感に苛まれ、意識が徐々に呼び起こされる。薄っすらと瞼を開くと見慣れた寝室の天井が映った。
「……なんだ?」
眠気眼を一度だけこすり、毛布をめくってみる。
「じゅ~べ~、お前か……」
お腹の上の異物の正体に僕は安堵の溜息をついた。
「さてと……」
謎が解け安心したとはいえ、目はすっかりと冴えてしまい二度寝する気分にはなれない。「よいしょ」、とどらごんを起こさぬように持ち上げ隣に置く。もう一人の相棒―ハクと比べて随分と体は大きい。が、見た目と比べてずっと軽い。
「どらごんの中身って、実は“綿”だったりしないよな?」
大きなぬいぐるみを持ち上げたような感触。口からはもっともな感想が漏れる。
「う~ん……“しつりょうほぞんのほうそく”だったか? そういうの、どうなっているんだ?」
目を凝らしてどらごんを見つめる。脳裏に浮かぶのは、星竜化した時のハク。普段はぬいぐるみのように軽いはずが、大きくなった途端に体躯相応の重さだった(はず)ことを今更ながらに思い出していた。
「まっ、いっか……」
考えることに飽きた僕は追及することを放棄した。それよりも毎晩、どらごんと一緒に眠ろうとするも断られているリナのことが心配だ。いつ、己が願望を果たすべく暴走するかわかったものではない。
「ま、まあ、気にしすぎでも仕方ないよな……」
その時が来ればその時。半ば諦めの気持ちで締めくくり辺りを見回す。
「そういえば、ハクはどこだ?」
「キュッ!」
背中越しから聞こえたハクの声。振り向くと僕の胸元めがけて飛び込んで来た。
「キュゥ、クゥー……」
「どうしたハク?」
「キュッ!」
頬を摺り寄せる相棒はいつにも増して甘えた声を上げている。両脇に手を添え抱き上げ、つぶらな瞳を覗きこみ理由を尋ねると、ハクは僕の隣で眠るじゅ~べ~に向けて小さな手をブンブンと振る。
「そっか、仲間のどらごんが一緒で嬉しいか」
「キュィッ!」
羽をパタパタと震わせ、元気よく返事をするハク。元気にはしゃぐ相棒の頭を数回撫でながら、僕は昨日の出来事を思い出していた。
じゅ~べ~を伴って聖域を後にしようとする僕達一行。後ろを振り返れば大小様々などらごん達がこちらに向かって手を振っている。感動的な場面なはずが、彼らの愛くるしい外見からか失礼ながらもどこか和んでしまう。僕でも、そう感じてしまうのだ。可愛いもの好きのリナが無反応なわけがない。
(どらごんさん達、やっぱり可愛いなぁ~。手乗りどらごんさん、これだけたくさんいるんだから、誰か一人くらい一緒に来てくれないかなぁ~。お持ち帰りしたらだめかなぁ~)
なんて、漏らすものだからリナの不穏な考えを悟ったどらごん達は一斉に物陰に隠れてしまった。今は誰もが皆、両手を木や石にかけ顔半分を覗かせこちらを伺っている。
「リナ、誘拐は立派な犯罪だからな。絶対にやめとけよ」
「う~っ……」
横からリナの肩に手を乗せると、上目遣いに僕を睨んできた。
「あ~、もう。むくれてないで、さっさと行くぞ」
「う~っ、……むくれてないもん」
「なら、問題ないな」
「えっ、いや、ちょっと引っぱらないでってば~」
未練がましくどらごん達に後ろ髪を引かれるリナを無理やり引きずり先へと急ぐ。別れの間際、僕達は遠くで手を振るどらごん達へともう一度だけ振り返る。
「また、来るよ」
「キュッ!」
「が~!」
「う~っ、どらごんさん達~、また来るからね~!」
リナの「また来るからね」発言に、どらごん達は背筋に悪寒を走らせていたような気もするが、あえてスルーしその場を後にした。
そうして一夜が明け今に至る。これにて回想終了。昨晩リナと話した今日の予定は、外でじゅ~べ~の実力を検証すること。昨日の今日でリナの今朝の気分は下降気味だったが、それはそれ。ハクとじゅ~べ~、二竜がリナへと甘えた声を上げ擦り寄る姿(朝食のおねだり)に感激し、朝から絶好調になっていた。そんなこんなで、集落から南に下った人目のつかない場所へ移動。昆虫系の魔物が出現しない場所を選択した。
「みんな~! いっくよ~!」
(現金だな、なんかチョロイな……)
「何か言った?」
「いや、別に……」
リナのジト目に僕は真顔で答える。変にどもるとリナの黄金のハリセンが飛んでくるからだ。
「それより昨日、見せてもらったじゅ~べ~のスキルをもう一度見せてくれないか?」
「いいよ。それから兄さん、後で覚えていてね」
(誤魔化せなかった!!!)
可愛く微笑むリナの瞳はどこまでも冷たい視線を僕へと送っていた。リナの言う「後で」に怯えながらも、恐怖を誤魔化すように表示されたじゅ~べ~のスキル欄を覗き込む。
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ドラグ・クロス・じゅ~べ~
種族 どらごん
≪スキル≫
・同調
・魔力制御補助
・変身:【黒翼の地晶竜(ブラック・ウイング・ガイアクリスタルドラゴン)】
・部隊統率
・宝感知
・素材加工(鉱石系)
・どらごん・ぶれす
・どらごん・たっくる
・ほーん・すとらいく
・て~ぶるまな~
・悪食
・状態異常耐性(毒・麻痺)
・帰還転移門
・おて
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―スパコーンッ!!
「いてっ!」
「に・い・さ・ん!!」
スキルの表示と共にいきなりリナからハリセンの一撃をもらった。理由はおおよそ見当がつく。
「じゅ~べ~ちゃんの名前が変わっているじゃない!」
あ~、それは僕も思った。昨日、リナに見せてもらった時は確かに【ドラグ・クロス】の部分はなかった。当の本人は得意気に胸を張っている。と、いうことは確信犯なのだろうけど、別に咎める理由はない。寧ろ、そんなに気に入ってくれるとは僕も嬉しい。
(まてよ、それならハクも……)
何か大事なことを思い出しかけたところで、リナの悲鳴にも似た抗議が僕の思考を霧散させる。
「ねぇ、それに【おて】って何? 【おて】って! 可愛いかもしれないけど、ハクちゃんの時にも注意したでしょ? 教えるなら他にもっとあるでしょ!?」
スキル欄にひっそりと佇む【おて】の二文字。一番下にあることからもっとも最近覚えたスキルであることは明白。僕には前科があることから真っ先に疑われた格好だ。
「ま、まってくれ、リナ。僕は無実だ。じゅ~べ~にはまだ何も教えたりしてないんだって!」
「ふ~ん……」
リナはジト目を浮かべ値踏みするように僕を見つめる。しばらく、そうしていると足元にいたハクが瞳を揺らしてリナを見上げていた。
「きゅー……」
「ハクちゃん?」
どういうことなのか。困惑の色を浮かべ、リナは僕に説明を求めてきた。促されるまま僕はハクの背を撫で理由を尋ねる。
「わかったぞ、リナ。じゅ~べ~に【おて】を教えたのはハクだったんだ」
「えっ!? 嘘……」
「本当だ。だからだよ、じゅ~べ~が【おて】を覚えたからってガミガミするから……。ハクは『悪いこと、したの?』って思って不安になったんだ」
「そんなぁ……。ゴメンね、ハクちゃん。ハクちゃんは悪くないからね」
子竜をリナは優しく抱き上げ、その頭を撫でる。「きゅぅ……」と鳴くハクのつぶらな瞳を覗きこみ、そして一言。
「悪いのは兄さん。全部、兄さんが悪いんだから」
「って、おい! 僕のせいか!?」
「もちろん! 他にあるの?」
可愛く小首を傾げるリナは当然とばかりに断言した。なんかもう、泣きそう。
「もういいや……。次にしよう、次」
「? 変なの」
(お前がな!!)
気を取り直して上から順番にスキルの詳細を確認する。【魔力制御補助】はハクと同じもの。じゅ~べ~が仲間に加わることで日々の猫缶に割く魔力量の増大を覚悟していたが、以前と変わらぬ消費量で二竜分用意することが可能となった。要は従来の消費量で倍以上の猫缶を作り出せるようになった、というわけだ。戦闘中に僕が使用する【アクセル・ウイング】の燃費改善の達成より、喜ばしく思えたのは正直な感想だ。
「この【変身】だけど早速、厨二クサイ名前がついているけど兄さんの仕業?」
「……諸事情により、コメントは控えさせていただきます」
「あっ、そう……。お仕置きメニュー、一個追加ね♪」
「うぐっ……」
この【変身】もまた、ハクと同じようで少し異なる箇所があった。それは、自身の魔力を制御して、身体の一部分だけ本来の姿にすることが可能な点だった。
「これは“隊長”だけに納得」
「うん、わたしも同感」
僕とリナ、揃って頷いたスキル―【部隊統率】。こう見えてじゅ~べ~はどらごん達をまとめる隊長だ。習得していても何ら疑問は生じない。効果は仲間同士の連携を高め、戦闘その他様々な局面において能力以上の力を発揮させることが可能となる優良スキル。
「じゅ~べ~ちゃん、すご~い!」
「が~♪」
満面の笑みで褒められ、隊長どらごんは満更でもない様子だ。戦闘以外でも効果がある、というところが、気になる。色々と試してみるのが良さそうだ。今度、聖域へ寄ったときに検証することにしよう。
「ねぇねぇ、【宝感知】ってどういうの? 見せてもらってもいい?」
「が!」
リナに持ち上げられ、すっかり気分をよくしたじゅ~べ~。契約者でも何でもないリナの言葉であろうとも、気にせず披露する気満々だ。つぶらな瞳を閉じ、やがて見開く。
「がが!」
「えっ!?」 「なっ!?」
僕とリナは揃って驚いた。そりゃ誰だって驚くさ。何故ならじゅ~べ~の気合の掛け声とともにその両手には太鼓のばちが握られていたからだ。
「それ……、どうするんだ?」
「が~」
隊長どらごんは天に向かって、ばちを掲げ勢いよく大地に向けて振り下ろす。
―ど~~~ん!
太鼓のように打ち鳴らし、衝撃は大気を震わせ辺りへ拡散していく。じゅ~べ~は両手をだらりと下げ瞳を閉じて黙ったまま微動だにしない。じゅ~べ~の小さな片翼が、そよ風に揺れる。
「ががが!」
「おっ、何か見つけたのか!?」
手にしたばちを前に掲げ、隊長どらごんが歩き始めた。近くにいたハクは駆け寄り、じゅ~べ~の頭の上に上り腰を落とす。そのまま、どらごん達を先頭に進むこと十数分。見るからにあからさまな大岩で塞いだ洞穴を発見した。
「ここを開ければいいんだな?」
「が~」 「キュッ!」
どらごん達の前に一歩進み、木刀に気を込め邪魔な大岩を砕く。中にはいくつも木箱が並んでいて試しにフタを開けると、宝石や骨董品らしきものが見つかった。
「じゅ~べ~ちゃん、すご~い!」
ぱちぱちと手を叩くリナ。隊長どらごんは誇らしさ半分、照れ半分に頬を掻いた。
「凄いのは確かなんだが、このお宝は一体誰が隠したか、ってのが気になるところだな」
「そういえば……」
「まあ、でもすぐに分かりそうだ、な!」
物陰から殺意を感じた僕は、気配の主に向かって駆け抜け問答無用に木刀を振り払った。何かの肉を斬り、骨を断つ感触が確かに伝わる。
「ブヒィィイイイイッ!」
断末魔の叫びを上げ、巨体がゴロリと横たわる。こいつオークか! 大方、旅人を襲って得た戦利品をこの洞穴に隠していたのだろう。
「まだだ! こいつの仲間がまだいる!!」
そうだ。殺気を向けてきた相手は一つだけではない。すぐさま、蒼の斬撃を繰り出そうとしたところで、何かが僕のすぐ横を通り過ぎる。
「これはツノ!? じゅ~べ~、お前か!」
じゅ~べ~の攻撃系スキル―【ほーん・すとらいく】。魔力を通わせツノだけを部分的に伸ばして、オークの群れを串刺しにした。
「やるな! じゅ~べ~」
「がが!」
シュルシュルとツノを元の大きさに戻すと、じゅ~べ~は足元に落ちた手のひら大の石を拾う。
「が~がが!」
どうする気なのか、と横目に伺うと信じられないことに手にした石が餅のように、びよ~んと伸びていた。これはじゅ~べ~のスキル【素材加工(鉱石系)】の力。加工、ってこういうことか!?
「が~っ!」
伸びた石をブーメランの形にして投擲。オークの顔面に見事命中し、よろけた隙をついて【どらごん・たっくる】で吹き飛ばす。トドメとばかりに【どらごん・ぶれす】を見舞う。頭上のハクもついでとばかりに【とるね~ど・ふぁいあ】を浴びせていた。うん、連携バッチリだな。
そうしてあっという間に敵は全滅。目の前には倒したオークが転がっている。
「きゅー」 「が~」
と、じゅるじゅると涎を垂らして見つめるハクとじゅ~べ~。ご馳走を前にしたどらごん達の希望はリナの手によって容赦なく撃ち砕かれた。
―ちゅど~ん!
物騒な音の発生源はもちろんリナが手にしている“てっぽう”によるものだ。リナはわざとらしく決めポーズをとって銃口に「ふーっ」と息を吹きかけている。それにしてもあの“てっぽう”日に日に威力が上がっている。最終的にどこまで進化するのか怖くなった。
「汚物、排除完了!」
「“汚物”って、どこまでオークが嫌いなんだお前は……」
「オークだけじゃないよ。わたし、ゴブリンも嫌いだもん」
「そ、そうだったな。(そして“虫”はもっと嫌い、と……)
満面の笑みを浮かべたリナはとてつもなく上機嫌だった。一方、ゴロリと残された魔石だけを見つめる二竜のは落胆の色を瞳に浮かべていた。肩を落とし、溜め息をつく仕草がなんだか儚げだった。
「それじゃ、残ったごみも片付けなきゃね」
(“ごみ”って言った! 今、“ごみ”って言いましたよ、この子!)
残る魔物の亡骸にリナは銃口を向ける。すると、それまで俯いていた隊長どらごんが顔を上げ割り込むようにリナの前に出た。
「が~がが~がっ!」
小さな両手を前に突き出して魔力を魔力を練り上げている。
「が!」
じゅ~べ~の小さな眼が物言わぬオークを捉える。瞬間、魔物達を柔らかな光で包み込む魔法陣が大地に刻まれる。その紋様は竜の翼に大剣を垂直に重ねたもの―新たに僕の腕に宿った契約の証と同じ紋章。やがて、魔力を伴った光が閃光を放つ。後にはオークの姿はどこにもなく魔石だけが残されていた。その光景にを目の当たりにし、リナがじゅ~べ~に向かってタックルを仕掛けるように抱き着いた。
「じゅ~べ~ちゃん、凄いすご~い! わたしと同じことできるんだ!?」
「が~……」 「きゅ~」
興奮冷め止まぬリナは今尚、はしゃいでいる。僕はやれやれとばかりに天を仰ぐ。
(今のは【帰還転移門】だよな……)
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【帰還転移門】
真竜の聖域へと帰還する転移門を開くことが可能。
対象は任意で選ぶことができる。
尚、帰還後、帰還する前にいた場所まで戻ることはできない。
キョウマと契約したことで目覚めたスキル。
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要はリナに消し飛ばされる前に、故郷の仲間達の元へオークの肉を転移させた、というのが事の真相。魔石を残したのは偽装の他、僕達の側にも何か残さなくては、こちらが貧しい思いをすることを察しての行動だろう。
「やるな、じゅ~べ~……」
ただ、聖域に残るどらごん達がどんな風にオークを食するかは考えないようにした僕であった。
~おまけ~
それはある日のこと……。
「それにしても、お前達って“肉”より断然、“魚”派だよな~」
猫缶を美味しそうに頬張るどらごん達を眺め、キョウマの口からそんな言葉が自然と漏れる。
「キュィッ!」 「が~~!」
大好物を食して二竜は同意の一鳴きを元気よく上げる。
「う~ん、なら……こんなのも食べるのかなぁ?」
何を思い至ったのか、キョウマは何故か収納空間にしまい込まれていた“かまぼこ”を取り出し、どらごん達へ手渡した。
「キュー!」 「がーーっ!」
すると、どらごん達は瞳を輝かせて、かぶりつきあっという間に平らげる。キョウマの相棒子竜―ハクは余程、かまぼこが気に入ったのか残された板をチロチロと小さな舌で舐めている。
(この場にリナがいなくて良かった。いたら「お行儀悪いでしょ!」って怒っただろうな)
と、キョウマはしみじみしていると、ハクの隣にいるじゅ~べ~が妙に大人しいことに気付く。
「じゅ~べ~、お前も“かまぼこ”、気に入ったのか? って、うわっ!」
「が?」
驚くキョウマとその理由が分からずじゅ~べ~は小首を傾げる。
「じゅ~べ~、お前。いくら何でも、板まで食うことはないだろ! 今すぐ吐き出せって! 腹壊すぞ!」
「がー?」
バリボリと木の板を咀嚼する隊長どらごん。その言葉を訳すと『この板、おいしいよ』だった。
「恐るべし【悪食】……」
キョウマはその食べっぷりに心底戦慄を抱くと同時に、脳内リナの「なんで、そんなものまで食べさせるの!」に平謝りを繰り返した。
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【悪食】
なんでもよく食べます。
食糧難により、様々なものを口にした結果自然と身についたスキル。
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【状態異常耐性(毒・麻痺)】
毒及び麻痺に強く大抵のものであれば完全無効。
良くて木の皮、ある時は毒キノコ、と様々なものを口にしてきた結果、習得した。
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~おしまい~
お読みいただきありがとうございます。
前回の更新から時間が空いてしまいました。次回は、もう少し間隔を縮められるように頑張ります。
次話もお読みいただければ嬉しい限りです。




