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第71話 どらごんが仲間になりたそうにこちらを見ている。 仲間にしますか? はい いいえ

 ここは夢か(うつつ)か幻か、目を覚ました僕の視界に映ったのは優しく微笑むリナの姿だった。


「おはよう、兄さん」

「お、おう……」


 正面にはリナの笑顔。後頭部に伝わる感触は紛れもない太ももの柔らかさ。


(僕は今、膝枕をされている!?)


 久方ぶりに思えてしまう至福の時――膝枕。最近、ハリセンでどつかれることの多い僕にとっては信じられない光景。どもりながら答えるのもまた、必然と言えた。前にもこんな場面があったような気がするけど、こういう嬉しい出来事なら正直、大歓迎。一方のリナは慌てふためく態度に満足したのか頬の辺りを人差し指で突いている。この、くすぐったさが何よりもたまらない。


「まだ、寝ぼけているの? ほら、早く起きて」

「わ、わかった」

「ほら、見て兄さん。どらごんさん達、かわいいでしょ~」


 だらしない笑みをリナは浮かべ始める。ご機嫌の理由を察した僕は苦笑しつつ体を起こした。


(なんか、後頭部(あたま)が少し痛い)


 ずっと、膝枕をしてもらっていたのに何故痛いのだろう。痛む箇所に手を当て軽くさすってみる。どうやら、たんこぶにはならないようだ。安心した僕は、「まぁ、いいか」と痛みの原因を追究することに対して放棄を決め込んだ。


(リナの奴、いつにも増してご機嫌だな……)


 リナの視線の向かう先を目で追うと、寄り添って寝息を立てるどらごん達がいた。相棒子竜(ハク)は、その中央で小さな尾を左右に揺らして彼らを眺めている。


同胞(なかま)と出会えて相当、嬉しかったんだな」



 言葉の最後に「よかったな、ハク」と僕は付け加える。ハクの背を見つめていると、すぐ横でリナが心配そうに上目遣いで僕を見つめている。


「迷っているの? 兄さん……」

「……わかるか?」

「うん、バレバレ」


 理由を伺ったところ、僕の表情に一瞬だけ陰りがさした、とリナは言う。一見、浮かれているだけのように見えていたが、僕の僅かな変化を見逃してはいなかった。内に潜む迷い——リナはそれを的確に見抜いていた。


「ここに置いていく、なんて言ったらハクちゃん、きっと怒るよ」

「それは、わかる。でも、な?」


 再び、どらごん達へと視線を戻すと、タイミングを合わせたようにハクがこちらを振り返っていた。


「キュィッ!」


 目を覚ました僕に気付いたハクが、電光石火の勢いで走り寄ってくる。


「キュゥッ!」

「ゴフッ!」


 危ない、危ない。お腹に相棒の突撃(タックル)を受け、危うく胃の中の物が逆流しかけるところだった。肝心の元凶(ハク)を覗き込むと、顔を(うず)めたまま、「くぅ」と甘えた声を上げ、擦り寄ってくる。


「兄さん?」

「わかってる、って」


 小言を言いたそうな色を浮かべるリナの瞳に気付いた僕は、頬を掻き相棒(ハク)の背を優しく一撫でする。


「ごめんな、ハク。もう少しの間だけ、ここにいるから。どらごん達(みんな)が目を覚ましたら、お別れを言ってまた一緒に冒険しような!」

「キュィッ!」


 元気よく飛び跳ね小さな羽をパタパタさせる子竜に僕とリナは笑みを浮かべた。


——ちょん、ちょん。


「?」


 すっかり和んでいると肩の辺りを突かれていることに気付く。横にいるリナでもなければ、膝に座るハクのものでもない。一体、誰だろうか。後ろを振り返ると……。


「が~」

「うわっ!?」


 でっかいハク、もとい隊長どらごんが佇んでいた。拳?を握り、決意に満ちた熱い瞳(まあ、相変わらず愛くるしいが……)に僕の姿が浮かぶ。


「が~、ががが~が、が~が!」

「……。ハク、通訳を頼む」

「キュッ!」


 身振り手振りを加えながらどらごん達は話し込んでいる。「はわぁ~」と蕩けているリナを隣にハクの通訳へと耳を傾ける。どうやら、隊長どらごんは僕達の旅に同行したいらしい。


——隊長どらごんが仲間になりたそうに、こちらを見つめている……。仲間にしますか?


はい

いいえ


 と、まあ冗談はさておき、隊長どらごんが仲間になりたい理由をハクに伺ってみる。


「キュー、キュキュッ!」

「え~と、なになに……」

 隊長どらごんの言い分を簡単にまとめると、若一人を危険な旅に送り出すわけにはいかない、自分もお傍に。加えて、聖域で暮らす仲間達のために、たくさんの食料を確保したい、といったところ。

 

「が~」


 隊長どらごんのまんまるな瞳を覗き見る。やはり僕を“ご馳走”と見ているのでは、と警戒していると、足元で相棒(ハク)が何やら合図(ジェスチャー)を送っている。


「それは違う……と?」


 僕の不安は続くハクの言葉で消え失せた。隊長どらごんが僕に求めているのは【転移門(ゲート)】の能力。確保した食料を運ぶのに力を貸して欲しい、とのこと。どうやら僕が寝ている間に、どらごん達の間で話はまとまっていた様子。道理で僕の能力まで知っているわけだ。

 納得のいったところで、ここからが本題。二竜の双眸が真摯に僕を見つめている。


「が~、がが~が、が~が」

「キュー、キュキュキュ、キュィッキュ!」

「マジか!?」

「ちょっと~! 一人で納得しないで、わたしにも教えて!」


 二竜の申し出に一人、驚いているとリナが横で抗議の声を上げる。きちんと説明するから、その手に握りしめているハリセンは、しまって欲しい。


「まあ、簡単に言うとだな。契約を交わして欲しい、って言って……」

「契約!?」


 僕が言い終わるのを待たずして、リナが身を乗り出してきた。その食いつき具合に流石の僕も一歩、後ろに下がって狼狽えてしまう。


「そ、そうだ、契約だ。ハクと僕みたいに契約したい、って隊長どらごんが……」

「はい! はい、はい!! は~い!!」

「リ、リナ!」

「わたし! わたしが契約する!! いいよね!? ううん、それしかないよね!!!」

「お、落ち着けってリナ~」


 右腕を垂直に上げながら、リナはぴょんぴょんと飛び跳ねている。瞳を爛々と輝かせるリナに僕の言葉はまるで届いてはいない。だめだ、こりゃ。仕方がないとばかりに僕は話の通じるどらごん達へと視線を向ける。すると、二竜は僕にしがみついてきた。揺れる瞳で上目遣いに見上げる眼差しは、まるで助けを求めているかのように映った。


「もしかして、僕と契約したいのか?」


 こくこく、と首を縦に振る隊長どらごん。リナとは契約したくないのか、といった無粋な台詞はあえて口にしない。一方のリナは「え~っ!」と頬を膨らませて抗議の念を込めた眼差しを向けてくる。


「兄さんばかりズルい! どうして、わたしじゃダメなの!?」

「リナ、まずは落ち着けって……」

「いや! 大体、兄さんはハクちゃんと契約しているじゃない! 二重契約して大丈夫なの!?」


 リナの言い分も一理ある。ハクと隊長どらごん、二竜同時に契約して危険(リスク)は何もないのか。ハクの頭を、そっと一撫でして浮かんだ疑問を問いかける。


「キュィッ!」


 答えは、簡単。何も、問題ないとのことだ。


「そっか、特に問題ないのか……」

「キュッ!」

「が~!」

「ストーーーーープッ!! だめ、だめ! 問題大アリだよ!!」

「リナ?」


 懸念は解決した。それでは、と契約に向けて動こうとしたところでリナから「待った」がかかる。両腕を左右にブンブン振って涙目ながら必死に訴えている。


「わたしと契約しよう! ねぇ、いいでしょ?」


 これはマズイ。今にもリナが泣き出しそうだ。仕方がない。ここは、リナにも機会(チャンス)を与えるべきだろう。


「なあ、どうしても僕じゃないとダメなのか?」

「が~……」 「キュー……」


 このままではリナがあまりにも可愛そうなので、拝むように僕は二竜へ頼み込む。すると、愛くるしい姿のどらごん達は腕を組みうんうんと唸り始めた。やがて、つぶらな瞳を見開いて揃って声を上げる。


「が~、ががが~が」

「キュー、キュキュキュィ」

「そうか! それなら早速、頼む」

「キュィッ!」

「兄さん?」

「喜べリナ。今から、リナが契約可能かどうか試して(テストして)くれる、ってさ」

「ホント? やった!」


 小さく拳を握るリナ。だが、安心するのはまだ早い。試練はこれからだ。


「いいか、リナ。これからハクが出題する問題の答え次第で全てが決まる」

「う、うん……」

「どらごんの気持ちをよく考えて答えるんだぞ」

「任せて、兄さん!」


 リナは闘志に燃えた瞳を浮かべ、どらごん達を見据える。ハクと隊長どらごんの生唾を飲む音が聞こえてくる。どらごんと少女のこれからの運命が今、決まろうとしている。


「そ、それじゃ、訳すぞ」

「来て! 兄さん」

「よし!」


——問題1 【あなた達は魔物(オーク)の群れをやっつけました。目の前に横たわるこんがりと焼けた魔物(オーク)達を、どらごんが食べたそうに見つめています。あなたは、どうしますか?】


「はい!」

「キュッ!」


 元気よく声を上げ挙手するリナ。ハクは小さな手をビシッと伸ばして回答を促す。


「魔法で跡形もなく魔物(オーク)を消し飛ばします!! あんな“ばっちいお肉”を可愛いどらごんさんに食べさせるなんて、そんな可哀想なことはできません!!」

「きゅ~、きゅきゅきゅ……」

「が~……」


 人差し指を立てて、自信満々に答えるリナはドヤ顔を浮かべている。対するどらごん達は肩を落とし、やれやれと言った具合に首を左右に振っている。その反応にリナは全く気付いてはいない。


「キュッ、キュキュキュッ!」

「えっ? 僕ならどうするかって?」

「キュィ!」


 一人、自分の答えに酔いしれるリナを横にハクが僕にも回答を求めてきた。


「う~ん、そうだなぁ……。別に食べたいなら食べさせてあげればいいじゃないか。(席は外すけど……)こんがり焼けているようだし殺菌も済んでいてリナが言うほど汚くはないだろう? それに、どらごんの胃袋ってそんなにヤワじゃないだろうし……」

「ぷぷーっ! 兄さんって、ホント単純。そんな答えで良いわけないじゃない」

「単純で悪かったな……」


 今度、魔物の肉を調理する店や職人を探すのも良いかもしれない、と考えつつそんな調子で問題は続いていく……。最初の問題同様、僕も一緒になって回答することになった。


——問題2 【どらごんが大きなカブトムシを捕まえて来ました。あなたはどうしますか?】


「ムシ!? そんなのダメ!! すぐに捨てて来なさい!!!」

「おぉっ! すごいじゃないか。どこで見つけたんだ!?」


 両者の見解は、その後も見事に分かれる。


——問題3 【どらごんが木の枝にあるハチの巣を見つめています。あなたはどうしますか?】


「あ~、イタズラしたくなっちゃったんだね。でも、それは“めっ”! 危ないじゃない。すぐにどらごんさんを連れて逃げないと!!」

「木の枝のハチの巣……。見つめているだけ、ということは手が届かないのか? なら目的は……。わかった、“ハチミツ”が欲しいんだな!? ということは、お腹が空いている証拠。おやつの時間だな」


 と、まあ似たような感じで次々と答え、とうとう最後の問題を迎える。


——最終問題 【どらごんとの契約には紋章をその身に刻む他、名前をつけてあげる必要があります。あなたはどんな名前をつけますか?】


 僕とリナ、揃って隊長どらごんをまじまじと見つめる。気のせいか照れているようにも見える。泣いても笑っても、この問題が最後。それを自覚した瞬間、場を緊張が支配し辺りは静寂に包まれる。そのまま時だけが、いたずらに過ぎていくように思える中で最初に口火を切ったのはリナだった。


「えっと、ね……。わたしなら、可愛いのにする。“ちょこ”それとも“くっきー”なんてどうかな?」

「が~……」

「キュキュキュッ、キュ。キュー……」


 それは、ちょっと……。いや、大いにないのではなかろうか。両の手を地につき項垂れる隊長どらごんが哀れでならない。絶望に浸るどらごんの背を優しくハクが撫でている。それにしても相棒よ。『リナの“ねーみんぐせんす”はへぼい(・・・)から……』とは中々、言ってくれるじゃないか。お前、時々結構キツイこと言うよな。

 なんて考えているとハクが僕のズボンの裾を摘んで、引っ張ってくる。


「キュー、キュキュキュ、キュッィ!」

「僕の“本気”を見たい、って言いたいのか?」

「キュィッ!」

 

 う~む。さて、一体どうしたものか……。ふと、横のリナに目を向けると、その背には『厨二なのは許さないから!』といったオーラが漂っている。目線を落とすと右手には例のハリセンが握られている。ならば、ハクには悪いけどなるべく無難に済ませる他あるまい。


「隊長なんだから特に捻らず、“タイチョー”でいいんじゃないか?」


 それに、面倒だし……とも胸中で付け加える。ハリセンが飛んでこないところを見ると、リナのお怒りを買わずに済んだことが伺える。これで、万事解決。我ながら上手くいった、と満足に浸っていると、ハクと隊長どらごんが僕におぶさってきた。


「キューーーーッ!」

「がーーーーーっ!」

「わかった、わかったって……。ちゃんと考えるから、叩くな、かじるな、引っ掻くなって!」

「キュゥゥゥー」

「がぁぁぁぁー」


 怒れるどらごんを引き離し、改めて名前を考える。注目したのは隊長どらごんの頬に薄っすら残る十字傷。


(十字……×(ばってん)、交差……クロス? うん、これだ!)


 二竜が期待の眼差しで僕を見ている。一方のリナはジト目で睨んでいる。


「なら、“ドラグ・クロス”なんてどうだろうか……」


——スパコーンッ!


 子気味良い音が僕の後頭部に炸裂した。振り返って見ると、ハリセンを振り抜いたリナが鬼の形相で僕を睨んでいる。


「兄さん! 厨二はダメっていったでしょ!!」

「でもなぁ、リナ。こいつら見てみろよ」

「キュー、キュキュ、キュィ♪」

「が~、ががが~が♪」


 先ほどから僕にしがみついたままのどらごん達。嬉しそうに目を細めて、頬を摺り寄せている。どう見ても明らかに、めっさ喜んでいる。


「う~っ! でも、ダメなものはダメなの! 厨二な名前をつけて外を歩いたら、絶対恥ずかしいじゃない!!」

「う~ん、それもそうだな。なら、“じゅ~べ~”はどうだ?」

「う~っ、それならさっきよりもマシかも……」


 納得のいったリナは、ハリセンをしまう。怒りのオーラも霧散した。ただ、今度はどらごん達が、ガッカリとした視線を送ってくる。僕はハクと隊長どらごん、二竜の頭の上に手を乗せる。


「いいか? “じゅ~べ~”の名の由来だが、僕達が元いた世界の偉人にあやかっている。歴史上に実在、または創作物における人物……いずれにせよ、その名を名乗る者のほとんどが強き戦士に限られる。わかるか? この名は、強者の証と言っても過言ではない。意味のある名前なんだ」

「キュー」

「が~」

「わかってくれたか……」

「キュッ!」

「がっ!」


 二竜は感動に打ち震え、僕に抱きついてきた。よしよし、とその背を僕は撫でる。そういえば、何か忘れている気が……。


「そうだ! それで、結果はどうなったんだ?」

「結果って……、あ~!!」


 リナが隊長どらごんと契約できるか否かの試験だったことを、すっかりと失念していた僕達。慌てて、どらごん達へ目を向けると、揃って僕の左腕を指差している。


「僕の腕がどうかしたのか……って、これは!?」


 左腕に浮かぶ紋章——竜の翼に大剣を垂直に重ねた紋様が淡く光輝いていた。そういえば、ここは先ほど名前について抗議を受けた時に噛まれたところだ。どさくさに紛れて契約を進めていたとは抜け目がない。


「もしかして、契約成立……?」

「が~!」


 契約成立、って隊長どらごんの言葉が分かる、ということは正にその通りに違いない。


「それじゃ、リナは……」

「そうだよ! わたしは合格じゃないの!!」

「キュゥー」(訳:不合格)

「がが~、が~」(訳:論外、〇点)


 リナの肩に手を乗せ、どらごん達の言葉をオブラートに包んでリナに伝える。そのままの言葉で聞かせるのは酷と言えよう。


「嘘……、なんで……」


 ペタリと座り、虚ろな瞳で天を仰ぐリナ。その後、膝を抱えて焦点の合わぬまま茫然とするリナを立ち直らせるのに、しばしの時を要することになる。


 リナの左手に輝くナビゲーション・リングに密かに浮かぶ記録文。


【じゅ~べ~が仲間に加わった!】


(食費、というか猫缶を作り出すのに僕の魔力は持つだろうか? まあ、頑張って何とかしようじゃないか!)


 喜びじゃれ合うハクとじゅ~べ~を見ていると、一抹の不安はどうでもよくなり新たな決意が芽生えるのであった。


お読みいただきありがとうございます。

更新にまた時間がかかるようになってしまいましたが、最後まで書き上げるようにします。


次話もお読みいただければ嬉しい限りです。

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