第70話 リナと腹ペコどらごんズ!
キョウマが意識を手放した後、リナは胸元に手を当て、頬を赤く染め上げた。うつ伏せに眠るキョウマを突きまわして意識がないことは確認済み。だからこそ今の内に、直さなければならない。例え、愛くるしいどらごん達の食事タイム鑑賞を中断してでも、だ。
「う~。兄さん気付いていないよね」
実は休憩に入った直後、大きく伸びた時に下着の留め具が反動で外れていたのだった。
「……う~っ、やっぱりちょっと大きくなったのかな?」
胸元に手を当て呟くリナの顔は沸騰するかのような熱を帯び、更に真っ赤に変貌していった。
「兄さんのせいだ………」
理不尽な言葉を最後にリナは己の葛藤を締めくくる。そそくさと下着をつけ直して、罪滅ぼしの意識からキョウマの頭を自らの膝に乗せる。いわゆる、膝枕だ。リナとしても自身の身体の成長までをも兄のせいにするのは、いささか自分勝手であることくらいは承知して……。
「これでチャラなんだから!」
なかった……。胸を反らして得意げな笑みをリナは浮かべる。
——プツッ!
「っ~!」
赤面しながらリナは、再び外れてしまった下着を慌てて直した。「こほん!」とわざとらしく咳払いをして、何もなかったことにする。
「さ~て、どらごんさん達は……」
意気揚々として、猫缶まっしぐらなどらごん達へと視線を送ると思いがけない光景——否、ある意味予想通りの展開が待ち受けていた。
「全部、なくなってる……」
リナの視線の向かう先には、空となって役目を終え霧散していく大皿と満足そうにお腹回りをさするどらごん達。まぐろの山が少し目を離した隙に消え失せていたのには、驚きを通り越して苦笑しか出て来ない。視界の隅だった方へと目を向けると仰向けになって寝そべり、ゲップをしているものも何体かいる。少々、お行儀が悪い。
「ハクちゃんの食べっぷりをいつも見ていたから少しは想像してたけど……」
凄まじいまでの食欲。他に言い表す言葉がリナには見つからない。
「それに、まだ食べるんだ……」
寝息を立てる集団とは別に活動を再開するどらごん達がいた。彼らは一様に木々を見上げ、涎を垂れ流しながら“りんご”らしき果実を見つめている。あれだけ猫缶を食べたら、喉も乾くのも自然。リナは自分にそう言い聞かせて、どらごん達の底なしの食欲に関して考えることを手放した。
「兄さんは“りんご”って言ってたけど……」
ナビゲーション・リングを起動して表示させた“りんご?”の解析結果へとリナは目線を落とす。
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【ドラゴン・フルーツ】
真なる竜のみ食することを許された特別な果実。またの名を【真竜の果実】と言う。
他の種族が触れた場合、強烈な毒素をまき散らして、その手を溶かし最後に爆発する。
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「触っても何ともなかった、ってことは兄さんは……」
膝の上で眠るキョウマは年相応の少年の寝顔で安らかな寝息を立てている。いつもと変わらぬ姿にを眺めていると胸中で安堵と不安が鍔迫り合いを始めていた。喉から出かけた言葉を頭を振って必死に遮り、リナはどらごん達を見つめることにした。
「ううん、何でもない。気のせい、そう気のせい! それより、どらごんさん達はどうするつもりなのかな?」
愛くるしい容姿のどらごん達に気を向けることで、リナは脳裏に浮かびかけた不安を思考の外に追い払うことに成功した。今は彼らの一挙一動にその目を奪われ、瞳を爛々と輝かせている。
「が!」
茶色の隊長どらごんが片手上げて号令をかける。子竜は、「キュィ?」と、その隣で小首を傾げ小さな尻尾を左右に揺らしていた。
「「「ぴゅっ!」」」
「「「ぷっ!」」」
隊長の声に小さな羽をぴくっ、と振るわせ、周りのどらごん達は一斉に整列を始める。
「が~!」
何を始めるつもりなのだろう?
リナの関心は最高潮を迎え身を乗りだして、誘われるようにどらごん達の側へと歩み寄っていく。膝の上に眠るキョウマは地面に放り出され、頭をぶつけ呻いているがリナの耳には当然届かない。そんなことはもう、どうでもよいことであった。
「はわぁ~」
目を蕩けさせたリナは大きく感嘆の息を漏らす。熱烈視線の向かう——どらごん集団の取った行動は単純明快な行動であった。
「が!」
隊長どらごんの一鳴きを皮切りに、三体の大きなどらごんの背にハクと同じ位の大きさの子竜がよじ登る。頭の上に到着すると、今度は野球ボールと同じ位の大きさの幼竜が更にその上へと昇っていく。要は大・中・小、どらごん三段重ねの出来上がりだ。
「わぁ~、わぁ~、わぁ~♪」
近づくと逃げられる。本能で悟ったリナは一定の距離を保ち、同時にパチパチと手を叩いた。一人、はしゃぐリナを余所にどらごん達は課せられた任務を遂行する。
「が~、が~、がー!」
初手、一番下の大きなどらごんがジャンプ!
「クゥ!」
次に真ん中の子竜がジャンプ!
「ぴぃっ!」
最後に一番上の幼竜が……以下同文。目標はドラゴン・フルーツ。寸でのところで小さな手は果実を掠め果実を掴むことなく落下。あえなく任務失敗となった。
「が~、が~」
ねば~ぎぶあっぷ。リナには隊長どらごんの鳴き声がそう語っているように思えてならない。なぜなら、一度の失敗にめげず三組の三段どらごん達はあきらめずに何度もドラゴン・フルーツ目掛けてジャンプを繰り返していたからだ。
(手足が短くて木に届かないんだね……)
小さな手足と羽をばたつかせて果実に手を伸ばす姿を見つめ、リナの目尻にほろりと涙が浮かぶ。
(でも、やだ。何このコ達、超萌えるんですけど~)
どらごん達の不幸を前にして不謹慎と思いながらも、一度、ツボに入ってしまった以上、湧き上がる衝動に嘘はつけない。それでも、「いけない、いけない!」と両手で頬をパチン、と叩いて、己が宿命に抗うどらごん達へ真摯な眼差しを向ける。
(がんばれー、がんばれー!)
思わず胸の前で両手を合わせて握り、心中で声援を送るリナ。その祈りが届いたのか、一番低い枝に実る果実を幼竜の手が遂にキャッチ。抱きかかえるようにぶら下がり。ブランコの要領で揺らして木の実をもぎ取る。ドラゴン・フルーツごと落下する幼竜を隊長どらごんが優しく受け止め無事、任務完了。どらごん達は歓喜の声を上げる。
「わぁ~、凄い凄い!」
自分のことのようにリナは喜び飛び跳ねた。
さて、ようやく手に入れた一つの果実。どうするのだろうか?
寝息を立てていた集団も目を覚まして今は木の前に集結している。どらごんの群れは二十超え。心配の念を抱いたリナは固唾を飲んで見守っていると隊長どらごんが号令をかける。
「が~、がが~が、がー!」
何を喋っているのかはリナにはわからない。ただ、一つの果実を幼竜だけで分け合って食べ始めた現状から、隊長どらごんの計らいだと知る。
「そういえば……」
一つの考えに至ったリナは先ほど、キョウマが得た称号を思い出す。
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・ドラゴン界の救世主
真なる竜の好感度が非常に上がりやすくなる。
食糧難により、絶滅の道を辿る他なかった竜を救ったことにより習得。
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「どらごんさん達は食料難で、兄さんがそれを救った救世主……」
う~ん、と人差し指を立ててリナは自らの考えを整理する。辺りの木々をふと見渡してみる。どの木もそれなり数の果実を実らせていて、一見した感想として食料不足には思えない。
「食料難の理由は手が届かないから?」
よくよく見ると、ドラゴン・フルーツ以外の木の幹には皮が剥がれ歯を立てた跡が所々にある。
「まさか、本当に……?」
どらごん絶滅の危機。かつての大戦で多くの成竜達が命を落とし、僅かばかり生き残った個体も力を使い果たし本来の姿を維持することが出来なくなった。当然のことながら、戦闘力を失った成竜に孤独の回廊を徘徊する魔物や魔神竜の手下たちと戦う術はない。狩猟による食料確保が不可能となった以上、頼みの綱は“ドラゴン・フルーツ”のみ……。が、本来の姿に戻れない大人と力の制御できない子どもだけでは、高いところに手が届かず必要な量の確保もままならない。
仮説を立てたリナの足元に、いつの間にか子竜が佇んでいた。その後ろには隊長どらごんも控えている。
「きゅぅ……」
力なく頭を垂れる姿を見つめ、リナは己が真相に辿り着いていたことを直感した。
「いいのかな……。誇り高き、どらごんさん達の危機の理由がこんなので……」
リナの呟きを耳にした隊長ドラゴンが、自らの無力を嘆くように肩を落とす。
「が~」
「あっ、ごめんなさい。別に責めているわけではないの。ただ、ね?」
「キュ?」
膝を曲げてかがんだリナの瞳が子竜の双眸を覗き込む。頭の上に手を乗せ一撫ですると、隊長どらごんを中心とした三体の成竜へとリナは視線を移した。
「あなた達、大人なら本来の姿は無理でも魔力の消費を抑えて、一時的に木の実に手が届く位の大きさになることはできなかったの?」
「「「!?」」」
リナの一言に三体の成竜は目を見開き固まっている。
何か悪いことを言ってしまったのだろうか?
浮かんだ不安を一時横に置き、リナを言葉は続けていく。
「元の姿に戻る力は残されていないって言うなら、やっとの思いで手に入った一個の木の実を子どもたちに分けてあげたい気持ちは分かるけど、最初の一つは我慢してもらって、大人達の誰かが食べれば少しくらいの間、変身する力は取り戻せたんじゃないの? 体全体が無理なら部分的に手足や羽だけを大きくするとか……」
「……」
「それに!」
茫然と立ち尽くすどらごん達の目の前でリナは人差し指を立て、決定的な一言を言い放つ。
「兄さんの猫缶、たくさん食べたんだから魔力の回復は十分でしょ? さっきから、どうして変身して木の実をとろうとしないの?」
リナが疑問を全て言い終える頃、どらごん達は綺麗に整列して発する言葉もなく見上げていた。つぶらな瞳からなる愛くるしい眼差しは幾重にも重なりリナへと注がれる。
「……」
「えっ、何? やっぱり、わたし何か悪いこと言ったかな……」
「キュッ!」
「ハクちゃん?」
不透明な罪悪感に押し潰されそうなるリナ。救いの手を差し伸べたのは小さな子竜だった。しゃがんで目線を合わせたリナの瞳を覗き返し、両手を真っ直ぐと上に伸ばしている。“抱っこ”のサインと察したリナは両脇に手を添え真っ白な体の子竜を抱き上げる。
「キュー、キュイッ!」
リナのおでこに子竜は自らの額をぴとりと重ねる。抱き上げた子竜の温もりに混じって、温かな魔力と共に思念がリナの心に流れ込む。
——リナ、あったまイイ~っ!!
「ふへっ?」
間抜けな声を上げ、リナは瞳をぱちくりさせて辺りを見回す。
「が~」
「ぴゅー」
「クゥー」
「ぷ~」
大・中・小、様々な大きさと色のどらごん達が、曇りなき眼で、「じー」とリナを見つめている。瞳を輝かせ尊敬の眼差しを、ただひたすら向けている。しばし、状況を飲み込めてはいなかったリナの思考も時間が経つにつれ徐々にクリアとなっていく。
「え~っと……」
「キューッ!」
——リナ、凄~い!
再び流れてくる子竜の思念。全てを理解したというのに、リナの頬は苦笑により引きつっていた。
「あ、ありがとう。ハクちゃん、それにみんなも……」
「が~」
「ぴゅー」
「クゥー」
「ぷ~」
「キュィッ!」
言葉は分からずとも、リナは最大限の賛辞を受けたことだけは何となく理解できた。意気揚々として、ドラゴン・フルーツを実らせた木々へと向かうどらごん達の背を見送り、リナは思う。
(このコ達って一体……。魔神竜との戦いに敗れたのって、本当は戦力以前の問題だったんじゃ……)
リナの助言に倣ったどらごん達。片翼を失っている茶色の隊長どらごんは角を大きく伸ばして器用に果実を落とし、他の二体は翼だけ大きくして飛行手段による採取を始めている。
「はぁ~」
リナは一人溜息をつく。
『リナは称号【ドラゴン界の賢者】を取得しました』
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ドラゴン界の賢者
好感度の高い真なる竜が近くにいる時、一日に一度だけ発動する魔法の威力を高めることが可能。効果は好感度の高さと真なる竜の数が多い程増加。
至高の存在、ドラゴンに叡智を授けし者に送られる称号。
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「これ、結構強力な称号だよね……」
こんな程度で、このような効果の高い称号を得ても良いのだろうか?
キョウマの目が覚めるまで、リナの頭痛はしばらく続くのであった。
お読みいただきありがとうございます。
「どらごん絶滅の危機」の理由には賛否両論あるかもしれませんが、ご容赦ください。
次話もお読みいただければ嬉しい限りです。




