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第69話 危うしキョウマ!絶体絶命!!~ぼくは●●●●じゃない!!

更新の間隔があいてしまった分、文字数はいつもの倍くらいです。

 後ろ髪を引かれる思いで、(ドラゴン)達の墓場を振り返る。最初に訪れた時とは違い既に魂の残滓とも呼べる(ドラゴン)達の“気”は感じない。魂なき亡骸だけが、そこにはある。

 ふと、右腕のある部分——相棒(ハク)との契約の証が刻まれた紋章を指でなぞってみる。

 先ほどまでの出来事は決して夢ではない。指先に伝わる微かな熱が、そう物語っていた。


「兄さん、まだ気になることがあるの?」


 隣を歩くリナが僕を伺う様に見上げて尋ねてきた。その瞳にどこか不安げな色を覚えた僕は、(かぶり)を振って口を開く。

 

「いや、なんでもない」

「ふ~ん、そう。だったら、いいけど……」


 リナは半眼を浮かべて僕を睨むと、諦めたように溜息を一つついて腕の中の子竜へと視線を移した。

余計な心配をさせてしまっただろうか? 

 そっと、リナの横顔を伺う。


「本当に頑張ったね……」


 と、小さく呟き、泣きつかれて寝息を立てる子竜を撫でている。その眼差しには慈愛の感情が込められていた。僕の不安は懸念だったのかもしれない。


「リナ、もうしばらくの間だけハクのこと頼んでいいか?」


 僕の問いに、リナはそっと瞳を閉じて優しくハクを一撫でする。やがて瞼を開くと柔らかな笑みを浮かべて答えた。


「うん……、いいよ。そうさせて……」


 リナの言葉に僕は、「ありがとう」と添え、二人肩を並べて、その場を後にした。

 

——数分後……


「えへへへ~」

「なあ、リナ。ハクが少し苦しそうなんだが……」

「♪」

「はぁ~。ダメだこりゃ……」


 リナの腕の中に眠る子竜を横目に僕は盛大な溜息を吐く。結構、わざとらしくしたはずにも関わらず、リナは僕が何を言おうと、どこ吹く風。すやすや眠る子竜を撫で回しては、時折ぎゅっと抱きしめ終始ご満悦。ハクのことを可愛がってくれるのは嬉しいけれど、度が過ぎるのも少々困る。現に激しいリナのスキンシップに耐えられず、ハクは夢の中でうなされている。が、それが新たな不幸の連鎖の始まり。


「ハクちゃん、うなされている。きっと夢の中で、お母さんのことを思い出しているんだね」


 と、一人の世界(リナ・ワールド)に突入した挙句の妄想の果て。必要以上にハクを撫で回して、余計に苦しめている。


「ハクちゃん、かわいそう。わたしが力になるから元気になってね」


 なんて、のたまっているが“かわいそう”なのは寧ろ、リナの頭の方じゃないだろうか。再び、溜め息を吐き出して、隣の残念メイドを見ると笑みを浮かべたリナが僕を見つめていた。


「ねぇ、兄さん。何か、失礼なこと考えてな~い?」


 笑みを崩さず小首を傾げるリナの背後には全てを凍てつかせる冷たいオーラが漂っている。ここで動揺しては僕の負け。ここは、冷静に対処し自然に流すのが得策。


「何のことだ? それより少し、休まないか?」

「えっ!?」


 努めて真剣な眼差しを浮かべた僕にリナは一瞬、驚いた表情を見せた。


「ハクのためにも、その方が良いだろう?」

「う、うん。そうだ、ね……」


 最初は戸惑いつつも、リナは僕の視線の先がハクに向かっていることに気付き、小さく首肯した。断っておくが、コレ(・・)は誤魔化すための演技、というわけでもない。本人は気付いていないようだが、リナにも十分疲れの色が見て取れる。行為はどうあれ、リナがハクを心配する気持ちは本物で、僕のそれもまた同じ。僕にとってはリナも、そしてハクも大切な存在。だから、僕の行為は下心からくるものでもない。膝は今でも小さく震えているけど。


「どうかしたの?」

「い、いや、何でもない」

「そう……。変な兄さん」

「うぐっ……」


 リナには変な目で見られてしまったが、ようやく震えは収まった。でもしょうがないだろう? なぜなら、あの笑っているけど笑ってはいないリナの笑みは本当に怖いのだから!


「あ、あの辺で休まないか?」

「うん、いいよ」


 例のりんご?らしき実のなる木の根元を僕は指差す。異論のないリナは即答し、二人並んで歩を進める。丁度、日陰となる辺りで収納空間から適当な敷物を取り出し、僕とリナは腰を落とした。


「う、う~ん」


 子竜を膝に寝かせ、リナは大きく腕を伸ばす。やはり少々、お疲れのご様子。ならば、と先ほど敷物と一緒に取り出した水筒のことを思い出し、中身をカップへと注いでいく。


「ありがとな、リナ」

「えっ!?」


 冷たいお茶の注がれたカップを僕から差し出され、リナは目を丸くした。そんなに意外だったのか?


「い、いや、あの……あ、ありがとです……」

「どういたしまして」


 何が恥ずかしいのかリナは顔を伏せ、ちびちびとお茶を口に入れる。その仕草が何だか愛らしく僕の口元は自然と緩んでいた。


(かわいいなぁ~)


 なんて和んでいると、顔を真っ赤に染め上げたリナが上目遣いに僕を睨んでいた。


「う~っ、お茶を出したりする(こういう)のは、本当はわたしの仕事なんだからね!」

「なあ、リナ。そんなに照れる要素がどこかあったか?」

「照れてません!」

「いやいや、どこをどう見ても……」

「照れてません!!」

「お、おう……」


 今なお、リナは「う~っ!」と僕をジト目で威嚇している。リスのように頬を膨らませているところがまた可愛い。ここで笑ったら、またリナの機嫌を損ねてしまいそうだ。口元を覆い、表情を悟られないように天を仰ぐ。なんで、お茶一つでこんなに怒るんだ? さっぱり、わからん。


(……れて……ないよね)

「えっ、今何か言ったか?」

「別に、何も……」

 

 語尾も力なくリナはまた顔を伏せて丸くなってしまった。だから、一体何なんだ?

 頭上に浮かんだ疑問符を退治することも出来ずに首を捻っていると、それまでリナの膝の上で眠りについていた子竜が、あくびをしながら目を覚ました。少しばかり騒ぎ過ぎたのかもしれない。

 

「あれ、ハクちゃん? ゴメンなさい。起こしちゃった?」

「キュー」


 眠気眼(ねむけまなこ)を擦り終えると、辺りをきょろきょろと見回すハク。母竜の姿を探しているのだろうか?

 僕とリナは言葉を詰まらせ、しんみりとした雰囲気になる。


「キュッ?」


 一度、ハクは小首を傾げリナの膝元から飛び降りた。リナは残念な表情を浮かべたが今はスルー。


「キュー、キュッ?」

「ハク?」


 二歩、三歩と前を進み、再び辺りをぐるりと見回したハクはまたしても、小首を傾げている。ハクの挙動からは悲しみや切なさ、といった情は感じられない。何かこう、期待や好奇心、といったもののように僕には思えた。


「!?」


 羽をピクッ、と震わせハクは遠くの一点を見つめている。子竜の視線の先を僕とリナは目を凝らして追うことにした。ん? 今、何か動いたような気が……。


「気のせい……か?」

「う~ん、何か動いたような、そうでもないような……」


 僕とリナ、二人とも収穫無しでいる一方、足元のハクは何かを見つけたらしく、声を上げピョンピョン飛び跳ね始めた。


「キューッ! キュッ、キュッ、キューッ!」

「ハク?」

「ハクちゃん?」


 ブンブン振る小さな子竜の手の先を見つめる。


(いた! 何か小さいのがいる)


 遠くの木の根元に小さな存在が確かにいた。両手を木の根にかけ顔半分を覗かせている。その仕草には既視感を覚えてならない。


「ハク、お前にそっくりだな……」

「キュィッ!」

「わぁ~、かわいい……」


 リナが蕩けるのも無理はない。ハクそっくりの丸っこい外見。大きさは野球ボール位で全体的に薄桃色。つぶらな瞳の愛くるしさも同様で物陰から、僕達を伺っている。


「あのちっこいの絶対、お前(ハク)の仲間だろ?」

「キュー、キュィッ!」


 隠れているつもりで、隠れきれてはいない。あの仕草はたまに鬼状態(モード)のリナを目の当たりにして、警戒する相棒(ハク)そのものだ。


「ねぇねぇ、話しかけてみようよ!」

「ちょっと待て!」

「きゃっ!」


 リナの瞳は寸分違わず、ちっこい子竜に照準固定(ロックオン)。涎を垂らしそうな満面の笑みを浮かべ、今にも駆け出そうとする残念メイドを僕は後ろから羽交い絞めにした。長い黒髪が僕の鼻孔をくすぐり、その柔らかな肢体は内にしまいこんだ男の本能を呼び起こそうとする。


(い、いかん、このままでは……、じゃなぁあああああい!)


しまった。つい、やってしまった。絶対に後でキツイお仕置き確定だ。


(それにしても今日のリナ、なんだかいつもと比べて色気が三割増しな気がする。それにどこか違和感が……、ってそれも違ぁあああああああう!)


 (かぶり)を振って脳裏をよぎった雑念を振り払いリナに「落ち着け!」とかける。


「ちょっと、なんで止めるの!」

「お、思い出すんだ。普段のハクとのやり取りを忘れたのか? そんなに、がっつくと絶対に逃げられる」

「う~っ……」


 ジタバタと抵抗するのを止めるリナ。拘束を解いた僕は、その肩に手を乗せる。


「ここは同じ“どらごん”同士。ハクに任せてみないか?」


 僕が行っても逃げられる。そう付け足すとリナは渋々、納得した。


「行けるな、ハク!」

「キュッ!」


 腰を落として、子竜の瞳を僕は覗き込む。相棒の眼差しに強い意気込みが感じられる。よし、これなら大丈夫だ。


「流石に手ぶらは不味いだろう」

「キュ?」


 【上級魔力供給術】のスキルを使い懐から猫缶を二つ程取り出す。幸いなことに二つとも“まぐろ”だった。この場面で、相棒絶賛の好物を引けたのは大きい。


「キュー……」

「いいか、仲良く一緒に食べるんだぞ」

「キュィッ!」


 涎をじゅるじゅる流すハクの頭に手を乗せる。相棒は実に良い返事を上げた。相変わらず、まぐろには目がない様子で微笑ましい。僕は収納空間から「はく」と中央に大きく書かれた小皿を取り出し、二つの猫缶の中身を移し替える。


「落とさないように気を付けて、運ぶんだぞ」

「キュッ!」


 小さな手で大事そうに抱え、相棒はトテトテと歩き始めた。


「……」


 幼竜(ちっこいの)とハクの目が合った。警戒しつつも好奇心が勝り、その場を離れることが出来ない。そんな印象を覚える。


——後、一メートル……。


「ハクちゃん、頑張って!」


 リナの声援が聞こえたころ、状況に変化が現れる。なんと、幼竜(ちっこいの)が、顔を隠したのだ。


「キュー……」


 ショックを隠し切れず、ハクは歩を止め俯いている。顔を引っ込めていた幼竜(ちっこいの)は、恐る恐る顔半分を上げ、再び木の根の陰から伺っている。


「ハク、諦めるな! やっと、見つけた同胞(なかま)なんだろ!!」

「ファイトだよーっ!」


 僕とリナの声援を背にハクの瞳に力が戻る。


「キュッ!」


 正面を見据え一歩進むと両手の小皿を草の上に置く。


「ぴゅー」


 興味が湧いたのだろう。ちっこいのが木の根の陰から飛び出し、まぐろをじーっ、と見つめている。


「あのちっこいの、もしかして……」

「ねえ、兄さん。一人で納得していないで通訳してよ」

「いいけど、僕がはっきりと分かるのはハクの言葉だけだぞ」

「了~解」


 少々距離はあっても十分、声は聞き取ることができる。ハクの言葉をリナに訳して聞かせることにした。


「キュー、キュキュキュ? キュッキュキュ。キュィ?」」(お腹、空いてるの? ぼく、いいもの持ってるよ。食べる?)

「ぴぃっ、ぴぃぴぃ。ぴゅー……」

「キューキュキュ、キュッキュッ。キュキュ、キュッ。キュィ!」(やっぱりお腹へっているんだ。これ、まぐろって言うんだよ。すっごく美味しいよ!)

「ぴぃー……」


  ハクは尻尾を振って、頭を左右に揺らし、至高の一品“まぐろ”を幼き同胞に勧めている。よく見ると、幼竜(ちっこいの)の口元から涎が滴り落ちている。これはもう、あれだ。陥落寸前ってやつだ。


「キュー、キュィッ!」(ほら、食べても全然平気でしょ!)

「ぴゅぴゅっ!?」


 小皿に盛られた“まぐろ”を一口、目の前で食べてみせるハク。少々、その“一口”が大きい気がするのは気のせいとしておこう。安全さを目の当たりにし、幼竜(ちっこいの)の警戒心は、すっかりと弱まった。恐る恐る小皿に近づき……。


「ぴゅっ!」


 舐めた。極々、小さな舌をチロチロとさせ、一口噛り付く。


「兄さん、見て見て! 食べてる。食べてるよ!!」

「わ、わかったから落ち着けって!」


 隣ではしゃぐリナの蕩けた瞳は正直、危ない人にしか見えない。頬を引きつらせたまま隣のメイドさんを放置し、再び幼竜(ちっこいの)へと視線を向ける。もぐもぐと口を動かし咀嚼している。


「ぴぃっ!?」


 そこからは早かった。“まぐろ”を美味しい食べ物と悟ると次々に口の中へ運び、みるみるうちに小皿の中身は空となる。ハクも食べたそうにしていたが、流石にここは我慢を貫いた。というよりも、“まぐろ”の美味しさを分かち合う同志に巡り会えたのが嬉しかった、というのが正解だろう。それも同胞(なかま)なのだから尚更だ。


「ぴぃーっ!」

「キューッ!」


 “まぐろ”を通じて、二竜はすっかりと打ち解けていた。仲良さげに談話する仕草を見つめる隣のリナと言えば……。


「えへへへ……。かわいいなぁ~」


 今更、言うまでもなかった。一人、酔いしれるリナをどうしたものかと思案していると、二竜が僕を見つめているのに気が付いた。


「ぴゅいっ!」

「キュッ!」


 幼竜(ちっこいの)を頭に乗せて、ハクがトコトコと近づいてくる。


「わぁ~、かわいい~」

「……」


 面倒なので、リナのことは放置する。下手に呼び戻して、とばっちりを受けるのだけは避けたい。


「キュィッ!」


 足元から聞こえる相棒の声に気付いて視線を送る。ハクは口に咥えていた空になった小皿を置き僕を見上げている。


「どうした、ハク?」


 膝を曲げ相棒の目線の高さに近づける。子竜(ハク)幼竜(ちっこいの)、それぞれの双眸が僕に眩しいまでの眼差しを向けている。


「キューッ!」

「……ぴゅっ!」

「わぁ~。どらごんさん、かわいい~」


 更なるリナの感嘆を呼んだ二竜の行動。最初にハクが小さな両手を広げて合わせ、お皿の形を作り高く掲げた。子竜の頭の上の幼竜(ちっこいの)もまた、ハクに倣って同じ行動に移る。所謂、“ちょ~だい”のポーズだ。しかもダブル。


「もしかして……。いや、もしかしなくても、まだ欲しいのか?」


——こく、こく


「まぐろ、美味かったか?」

「キュィッ!」 「ぴゅぃっ!」

「そうか……」


 僕は指で頬をかき、天を仰ぐ。そうしている間も、腹ペコどらごん達はじゅるじゅると涎を飲み込んでいる。


(仕方がない)


 意を決した僕は、つぶらな瞳と向き合い手の平を向ける。


「お手」


 一瞬、どらごん達は揃って小首を傾げていたが、その意味を理解したハクの小さな手が僕の手の上に重ねられた。


「キュッ!」

「……ぴぃっ!」


 ハクが手を退けた頃合いを見計らって、頭の上の幼竜(ちっこいの)が僕の手の平へと飛び降りる。ハクの顔を見回している辺り、状況が分からず不安を残しつつも今は見習ったといったご様子。


「それにしても、これでは“お手”というより……」

「“手乗りどらごんさん”だ~。わぁ~、いいなぁ~。わたしも、やってみた~い」


 リナは僕の手の平を覗き込み「代わって、代わって!」光線を浴びせてくる。だが、ここで代わっては話が進まない。第一、リナにやらせようとしたものなら、たちまち幼竜(ちっこいの)に逃げられてしまう。可哀想だが、ここは我慢してもらうしかない。僕は努めて鈍感を振る舞い、リナの眼差しに気付かないふりを貫いた。


「よ~し、えらいぞ~。次は“おかわり”だ」

「キュィッ!」

「ぴゅぃっ!」


 続く試練(おかわり)も難なく成功。最後に最終関門(まて)も決まって、全ての条件が満たされた。ぬいぐるみのように鎮座した幼竜を片手に、反対の手で拳を握る。忘れてはいけないが、この一連の流れには理由がある。相棒の習得しているスキルを脳裏に思い浮かべる。


~~~~~~~~~~

・おて

 綺麗に決めるとキョウマから猫缶を貰える確率UP。


・おかわり

 【おて】とコンボで決めると、キョウマから貰える猫缶の(ランク)が上がりやすくなる。


・まて

 綺麗に決めると、キョウマから貰える猫缶の内、最低一個は“まぐろ”確定。

 一流のドラゴンたるもの、がっついてばかりではいけない。

“まぐろ”のためには、お行儀よくしなければならない。


~~~~~~~~~~


 ということ。何もリナを蕩けさせるために、やっていたわけではない。


「すぐに出すからな~」

「キュッ!」

「ピュッ!」

「が~!」


 あれ、今なんか変な声が混ざっていたような気がする。懐に手を忍ばせ、首を捻っていると、背中をちょんちょん突かれていることに気付く。


(リナか? いや、違う)


 リナは相変わらず僕の隣で、にやけている。子竜(ハク)幼竜(ちっこいの)も僕の目の前だ。ならば一体、誰だ?

 恐る恐る僕は後ろを振り返る。すると……。


「うわぁっ! でかっ! 着ぐるみか!?」


 ハクとよく似た大きなどらごんがいた。大きいと言っても、僕の腰までの高さ位で、相変わらず丸っこい図体だ。


「が~?」


 大きさの他、特徴的なのは片方の羽がなく右頬に十字傷があることだ。過去、魔神竜との戦を経て生き残った数少ない大人と見て間違いない。大戦で力のほぼ全てを使い果たし、数年の時を経た今でも省エネ状態(モード)を維持し続けなければならないのだろう。そうでなくては、厳重な結界の中に引きこもる理由はないからだ。


「が~、がが~」

「だめだ。何を言っているのか、わからない。ハク、通訳頼む」

「キュッ!」


 返事をすると、ハクは茶色いどらごんの傍まで歩み寄る。


「が~!」

「キュー!」


 しばしの間、見つめ合っていたどらごん達は逡巡を経た後、ハクが茶色のどらごんの胸元へと飛び込んだ。互いに抱き合う格好を目の当たりに僕の理解が追い付かない。えっ、これどういう状況?


「キュー、キュー!」(たいちょ~、たいちょ~だ~)

「が~、がー!」(『若~、若~』で訳、あってるか?)


 どうも、お互い見知った仲のようだ。落ち着いた頃合いを見計らってハクに事情を尋ねることにした。


「キュィッ!」


 ハクの身振り手振り混じりの話によると茶色のどらごんはかつての大戦で、土属性の竜を束ねる部隊長とのこと。幼いハクの遊び相手を買って出たこともあって、仲は良好。お墓参りの帰りにはぐれた幼竜(ちっこいの)を探していたところ、僕達と接触していた場面に出くわした、というわけだ。最初は警戒し、害があるようならば隙をついて僕らを襲撃した後、幼竜(ちっこいの)を救出する算段だった模様。ところが、僕達の好意的な態度の他、同胞らしき子竜(ハク)を見つけ、ある目的(・・・・)のため姿を現すに踏み切ったのだそうだ。時折、僕が感じた視線も彼のものとみて間違いないだろう。


ある目的(・・・・)、って何だ?」

「キュッ!」


 不意に出た僕の疑問にハクが答えを語りだす。


「えっと、何々……。『食べ物を他の仲間達の分も分けてもらおうと思った』と……」


 どうやら、僕が猫缶を魔力で作りだすことを言っているらしい。ん? まてよ。


「今、『仲間達』って言ったよな……」

「キュィッ!」

「が~、が~」


 僕が更に尋ねると相棒は元気よく返事をして、茶色いどらごんを見上げる。茶色いのはハクの視線に頷き返すと、後ろを振り返り右手をブンブン振り始めた。何だろう? 急に嫌な予感がしてきた。


「が~、がが~!」


 竜の聖域に響く場違いじみた鳴き声が辺りの木々を揺らす。木の葉達のざわめきが、止むころその異変に気付いたのはリナだった。


「わぁ~、どらごんさんが、いっぱいだ~」


 リナのかわいいもの探知機(レーダー)は極めて優秀だった。


「そこ! あっち! 今度はこっち! う~ん、そっちも!」



 リナが指差す場所から次々に、どらごん達が姿を見せた。茶色いのと同じくらいの大きさなのが、二。ハクと同じくらいのが五。幼竜(ちっこいの)と同じくらいのが十以上。茶色の隊長どらごんの後ろに隠れるように集まってきた。


「どうでもいいことかもしれんが、大きい方の頭の上に小さいのを乗せるのは、どらごんの習慣なのか?」

「え~っ、かわいいから別にいいでしょ、そんなの」


 おかわりを要求しに来た時のハクも頭の上に幼竜(ちっこいの)を乗せていた。その場面を思い出し、ふと漏らしたがリナは「どうでもいい」とバッサリ切り捨てる。うん、確かにどうでもいいが、今の僕は現実から目を背ける材料が欲しかったのだから仕方がないだろう。


「が~」

「ぴゅー」

「クゥー」

「ぷ~」


 つぶらな瞳からなる視線が幾重にも重なって僕に注がれている。どらごん達の眼差しを浴びる度、僕の背には冷たい汗が流れていた。


「な、なぁ……、どうして涎を垂らしながら僕を見るんだ?」

「キュキュ、キュッ!」(キョウマが美味しいものを持っているからだよ!)

 

 愚問だった。そして即答だった。


——じゅるり!


 あるどらごんは涎を飲み込み、別のどらごんは隠そうともせず垂れ流している。危険だ、これは非常に危険だ。リナは愛くるしいどらごん達に浮かれているので役には立ちそうもない。一縷の望みをかけて頼もしき相棒に全てを託すことに僕は決めた。


「うぐっ、頼むハク。何とか交渉してくれないか?」

「キュィッ!」(まかせて!)


 頼もしい返事を返し、ハクはどらごんの輪の中へと溶け込んでいく。


(頼むぞ~、ハク!)

「キュッ!」


 僕のアイコンタクトにハクが応える。どらごん会議が終わりを迎え、相棒が僕の正面へと立つ。


「キュキュキュッ。キュイッキュ、キュッキュッキュー!」(僕がキョウマに頼んであげるよ。さあ、美味しいまぐろのため、みんなでキョウマを取り囲めー!)


 小さな手を大きく僕へとハクは振り下ろす。ハクの号令を受け、どらごん達は速やかに行動を開始。あっという間に、ぐるりと僕を取り囲んだ。


「ハク~、裏切ったな~」

「こ~ら、兄さん。みんな、お腹を空かせているんでしょ? 意地悪しないで早く、猫缶だしてあげないとダメでしょ! 可哀想じゃない!」


 妹よ。お前まで裏切るのか。大体この場合、可哀想なのは僕の方だろ。見ろ、このどらごん達の僕を見る目を。聞いてくれよ、舌なめずりの音を。明らかに僕の方が追いつめられているじゃないか!


「キュッ!」

「が~」

「ぷ~」

「ぴぃー」

「くぅ……」


 目を輝かせ、じりじりと僕との距離を詰めるどらごん達。


「や、やめろ。僕をそんな、そんな……。 ご馳走を見る(そんな)目で見るなぁああああああああ!」


 両手で頭を押さえ空を見上げると、リナに肩を叩かれた。ダメ元で救いを求める視線を送ると、にっこり微笑み「早くだしてあげようね!」と最終通告してくる始末。目を逸らして足元を向くと、ハクが期待の眼差しで僕を見上げていた。


「キュィッ!」

「うぐっ……」

「キュゥッ!」

「わ、わかった……。まぐろでいいんだな?」

「キュー、キュー!」


 相棒のおねだりに完敗した僕は頭を垂れる。足元にはハクを筆頭に擦り寄ってくるどらごんの群れ。ちゃっかり、ご相伴に預かるリナは本当に抜け目がない。


「さてと、それじゃ本気でやりますか!」


 脳裏に浮かぶ擦り寄ってきた時にかけられたハクの言葉——訳すと『キョウマ、大好き~』に己を奮い立たせ、ありったけの魔力を両腕に込める。リナ、そしてどらごん達は僕の意を汲み距離を取った。


(少し前、ハクの機嫌を直す時は猫缶の“質”に全てを注いだ。今度はその応用……、“量”だ!!)


 背中に魔法の翼(アクセル・ウイング)を展開し、高く飛翔。翼の魔力をも取り入れ、ひたすら願う。


(まぐろ、まぐろ……。特大、特盛、超デラックス……)


——見えた!


 翼を広げ、全ての魔力を解放。地上に現れる僕の右腕の紋章と同じ形の魔法陣が浮かび、特大の大皿へと変わる。


「いっけぇえええええええええええっ!」


 全身から解き放たれた魔力は僕の前で凝縮し、光の中から特大の猫缶が現れる。その大きさはドラム缶十本分相当。

その名は【THE・ねこ缶伝説(レジェンド)・はいぱ~でらっくす ~大いなる“まぐろ、そして神話へ”編】


「はぁあああああああああっ、たぁああああああっ!」


 気合を込めると宙に浮かんだ特大の猫缶のフタが開かれる。プリンのように綺麗に中身が飛び出し、地上の大皿の中へと納まった。


「こいつは、オマケだぁあああああああああああっ!!」


 残った魔力を棒状に圧縮して、大皿の上へと投擲。中央にぷすりと刺さると巨大な旗をなびかせる。中央には、円の中に竜の片翼を模した印を背に「剣」を重ねた紋様——先程の魔法陣、そして僕の右腕と同じ紋章が浮かんでいる。

 どらごん達の歓喜にまみれた叫びを足元に、力を使い果たし翼を消失させた僕は、ゆっくりと降下していく。


「兄さん!」

「キュゥ、キュゥッ!」


 両手を地に着け息を乱す僕の側へリナとハクが駆け寄ってきた。歓喜の中、遠巻きに僕を心配そうに見つめるどらごんの視線もいくつか感じる。


「ハク、僕は大丈夫、だから……。みんなと一緒に……食べて……いい、ぞ」


 じっとしたまま僕を見つめる子竜の頭を最後の力を振り絞って僕は一撫でする。ハクは小さな舌で僕の頬を舐めると、何度か振り返りながら同胞(なかま)の元へと向かった。


「……さ……ん」


 リナが何かを言っている。瞼は重く、耳も遠い。意識も徐々に薄れている。ただ、僕の背中をさすってくれているのだけは分かる。


(また、リナに心配させてしまったかな?)


 ちょっとした罪悪感を横に、眠気に抗う気力が完全に消失した。猫缶で魔力切れを起こした冒険者なんて後にも先にも僕だけではなかろうか? まだまだ、僕は修行が足りない。

 

——ここまでか……。


 薄れゆく意識の中、どらごん達を見つめる。喜びに打ち震え、まぐろの山を嬉しそうに食べている姿を見ていると、「これでよかった」なんて思えてくる。


——ただ……。


(お前達……、その手のフォークとナイフはどこから取り出した? それに意外と器用……なんだな……)


 未知の光景に思わずツッコミの言葉が脳裏をかすめていく。


(それに……そのエプロン(よだれかけ)、凄く似合っているな……)


 最後に、どうしようもない感想を抱きながら僕の意識は闇へと誘われていった。


………

……………


 キョウマが意識を失った直後、リナの左手薬指にはめられた指輪が密かに明滅を始めていた。肝心のリナはどらごん達の食事場面に夢中だったため気付くのは少し後のこととなる。


『キョウマは称号、【ドラゴン界の救世主】を取得しました』

『ハクは【て~ぶるまな~】を習得しました。スキルスロットが全て埋まりました』


~~~~~~~~~~

・ドラゴン界の救世主

  真なる竜の好感度が非常に上がりやすくなる。

  食糧難により、絶滅の道を辿る他なかった竜を救ったことにより取得。

~~~~~~~~~~

・て~ぶるまな~

 ナイフとフォークを使った食事が可能。

 サービスでエプロン(よだれかけ)が装着されます。

~~~~~~~~~~


 リナが、このシステムログに気付いた時、無言のまま溜息をただ一つ吐き出すことになる。

お読みいただきありがとうございます。

次話もお読みいただければ嬉しい限りです。

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