第68話 ドラゴンの聖域~託された願い
敗退し、聖域へと後退を始める真なる竜達。最後の力を振り絞り強力な結界を張る。仲間以外、開くことの不可能な聖域への扉。単独以外侵入不可能な迷宮、“孤独の回廊”——難攻不落の不人気迷宮はこうして完成する。
そして……
「あなたは!?」
「姉さま!」
——ええ、お久しぶり、ですね……
二人の少女の前に舞い降りる満身創痍の星竜。魔神竜の軍勢に敗れるまでのいきさつを説明する。その瞳は伏し目がちで後悔の念を忍ばせていた。
——我々は、彼の者を侮っていた。そして、驕っていた……
過去に一度、セレスティナからの共闘の申し出を受けながら同胞達の猛反対を受け断った経緯が語られる。誇り、そして人族への不信——白銀の星竜といえど猛る仲間達を抑えることは敵わなかった。自分たちは愚かだった、そして申し訳なかった、と付け加える。
「「竜神様……」」
二人の少女の双眸が星竜に注がれる。傷ついた同胞達に翼の勇者を助けるだけの余力は残されてはいない。手渡せるのは星竜個人のわずかな力のみ、と告げた後に竜の眼は、ゆっくりと閉じていく。
——翼の勇者、セレスティナ。最後の……残された力をあなたに託します……
星竜から溢れる銀色の力。最後の輝きが少女の聖剣へと吸い込まれる。
——勝手なことと、お思いかもしれませんが、あなたに託すしかもう、手段は残されてはいないのです
「魔神竜は、わたし達にとっても倒すべき相手です。この想い、無駄にはしません!」
竜の表情を人間が知るのは容易くない。ただ、少女達には星竜の醸し出す雰囲気から穏やかなる感情であることは伝わっていた。
——ありがとう……
星竜は傷ついた翼を広げ、大きく羽ばたいた。突風が吹き荒れることを想定した少女達は腕で顔を覆い、自然と瞼は閉じられる。が、二人を包むは優しい風——星竜から送られる祝福の加護であった。セレスティナとその妹は視界を開き上空を仰ぐ。既に天高く飛翔した白銀竜に感謝の言葉を二人は述べた。
いつまでも見上げる少女達の眼差しを背に星竜は聖域への帰路へとついていく。間もなくして、全ての力を使い果たした白銀の星竜。息絶えていく仲間たちを見守った後、その生涯の幕を静かに閉じることとなった。
記憶の嵐が止む。目を開けると、ここが現実だと知る。
「これが、真実……」
『そうだ、ね……』
言いたいこと、聞きたいことが無数に頭の中を駆け巡る。魔神竜に対する憤り。フレアさんと共にいたリナと瓜二つの少女——翼の勇者、セレスティナのこと。昂る感情と疑問に僕とリナは混乱の極みにあった。だからなのだろう、リナの口から紡ぎ出される疑問の言葉はあえてそれらを避ける内容となった。
『え、えっと……それじゃあ、ここに来る前に見た壁画も今見た記憶の一部……?』
——いいえ、それは違います……
リナの疑問を否定する言葉には後悔の色が込められていた。
——ですが、あの時と同じく最初から人と手を取り合っていれば、結果はまた変わっていたかもしれません。
基本、竜は気高く、他種族と交流することはない。ただ、過去に一度だけ例外があった、という。口振りから魔神竜を上回る存在、と僕は思い浮かべていた。
——翼の勇者、セレスティナ。彼女の言う通り我々は最初から手を取り合うべきだったのです。キョウマ、あなたならその理由がわかりますね?
「ええ……、わかる気がします」
未だ母竜にしがみついたままのハクへ視線を送る。通常時は小動物なハクも僕と契約することで秘めた力を発揮した。僕自身も様々な力を得ることができた。
——そしてリナ……、といいましたね?
『は、はい!』
——あなたからは翼の勇者、セレスティナと同じ波動を感じます
『え、えっと……』
——今は小さな輝きですが、やがて大きな光となって闇を払うことでしょう
『わ、わたし、そんな……』
戸惑うリナに注がれる母竜の感情は、「今は仕方ありませんね」といったところだった。
——あなた達を見込んで最後に……、お願いがあります
ハクの鳴き声が木霊する中、僕とリナは覚悟を決める。
——我が子を……どうかお願いします
愚問だ。頼まれるまでもなく僕とリナの答えは決まっている。
「ハクは僕の大事な相棒です。そして……」
『“家族”! だよね?』
「ああ、そうだ。だから!」
僕の台詞を遮り、一番大事な部分をリナが付け加える。やれやれ、と肩を竦めた僕は泣きじゃくるハクの背を撫で抱きかかえる。頭に手を乗せ一撫ですると「くぅ……」と声を絞り出し、泣き止んだ。
もう母竜に残された時間は僅かばかり。最後は安心させて送り出そう。姿勢を正して僕とハクは母竜を見上げる。心配ない、とばかりに揃って頷いてみせた。
——ありがとう……
その一言には、感謝と安心と少しばかりの寂しさが込められていた。辺りを漂う竜の気が儚げに瞬きを始める。別れの時間はもうすぐそこまで来ている。その場にいる誰もが実感していた。
——会えて嬉しかった。間に合ってくれて本当に良かった……
「きゅぅ、きゅぅぅうう!!!」
ハクの叫びが響き渡る。徐々に霧散していく母竜の気配から柔らかな視線だけが伝わってくる。
——未来を……に……。どうか……幸せに……
突如として、竜の墓場一帯を覆う竜の気が一斉に集まり始める。目の前で凝縮し、高密度の魔力を宿した球体と化すと、やがて形を変え始めた。
「ドラグ・ソウル・キャリバー……」
先の三つの顔を持つ双頭竜との戦いの最中、木刀を依代にして顕現した“竜魂の剣”。刀身から放たれる白銀の輝きが粒子となって僕とハクに流れ込む。力強く、そして温かい光の波動。光を放ち終えると“竜魂の剣”は僕の右腕に宿した紋章へと吸い込まれていった。
『兄さん……』
「僕は、僕達は託されたんだ。この地に眠る竜達全ての希望と願い……想いを全部、ハクとこの剣に込めて託されたんだ」
『うん……』
竜魂の剣を譲り終え、竜達の魂は天へと昇り霧散していく。儚い光の粒子が明滅と共に立ち昇る光景は幻想的でいて美しくもあり、そしてどこか寂し気で……。
「きゅぅ……」
消えゆく魂を見つめ続ける相棒子竜を撫で僕は密かに思う。きっと竜達は別れを惜しんでいる、と……。今のハクと同じように。
『もう、本当にお別れなんだね』
リナは正面に佇む竜骨を見つめ、そっと口にする。既にほとんどの魂が天へと還り、残っているのは目の前の母竜が残す輝きだけ。それもごくわずかで、おそらく数分もいられないだろう。
「きゅーっ!」
「ハク!?」
最後の時を迎えようとしたその瞬間、ハクは僕の腕から飛び降り、母竜の亡骸にしがみつく。ハクはまだ小さな子ども。一度は安心させて送り出そう、と決意はしてみても大切な親との別れにじっとしていられるはずはない。
「危ないぞ、ハク!」
『ハクちゃん、ダメ!!』
「きゅー、きゅぅ、きゅぅうううううううう!!!」
僕とリナの静止を聞かず、子竜は母竜の亡骸をよじ登り始めた。目指す場所は、遥か頭上に残る魂の欠片。
「きゅぅ、きゅっ、きゅぅっ!」
何度も滑り落ちそうになりながら、ハクは小さな手足を巧みに動かし少しずつ登っていく。
「きゅ!?」
「危ない!」
『兄さん!!』
滑り落ちた相棒を無事キャッチ。安堵の溜息を漏らすのもつかの間、すぐさまハクは飛び降り再び竜骨にしがみつく。
「ハク!」
「きゅぅ、きゅぅっ!」
『ハクちゃん……』
再度、ハクが登ることは無かった。遥か頭上へと注ぐ僕達の視線の先、既に魂の残滓は全て還った後だった。
「くぅ……」
しがみついたままのハクは竜骨に埋めた顔を上げ、天を見つめる。
「きゅっ!?」
一粒の光の欠片が子竜の頬を伝った。それは紛れもない母竜の命だった最後の一滴。
「きゅ、きゅぅ、きゅぅー!」
物言わぬ亡骸に、その身を摺り寄せ止まることのない涙を流し続けるハク。
何か言わなくては!
どうにかしなければ!
気持ちばかりが先行し考えがまとまらない。
「ハク……」
膝をつき震える子竜の背を撫でる。今は、そっとしておくしかないのか?
『待って、兄さん。ここは、わたしに任せて!』
「リナ? 一体、何を……」
首から下げた指輪が明滅を始める。
(リナ、まさか指輪から出る気か!?)
僕の推測は的中した。指輪から光が溢れ広がると人の形を成していく。孤独の回廊は単独でのみ探索が許される迷宮。今いる竜の聖域が別の場所とはいえ、その法則から外れる保証はどこにもない。焦る僕を振り切ってリナは【指輪待機】を解除していく。
光が収束し、中から現れる少女の姿。長い黒髪が聖域の風に揺られ、ふわりと着地する。どうやら、孤独の回廊の機能は働かず迷宮外へ追い出される様子はない。ほっ、と息をつく間もなくリナは無言のまま子竜の元へと駆け寄った。
「ハクちゃん……」
「きゅぅ……」
リナは一度、後ろから優しく子竜を抱きしめる。それまで俯いていたハクが振り返るところで、そっと手を放した。
「きゅー」
小さな双眸が少女を見つめる。リナは、微笑み両手を静かに広げる。
「おいで、ハクちゃん……」
「きゅぅ、きゅーっ!」
子竜はトテトテと駆け寄る。リナは胸元に飛び込んだハクを優しく抱きしめ、小さな体を撫で続けた。
「きゅぅ……」
「うん……」
「きゅぅ、きゅぅ……」
「うん……、うん……」
子竜をギュッと抱きしめ、リナは湿り気を帯び始めた瞳を静かに閉じる。
「頑張ったね、ハクちゃん。凄く偉かったね。だから、もういいよ。気のすむまで泣いて……、いいんだよ……」
「きゅぅ、きゅぅぅううううううううう!!!」
その後、ハクが泣き疲れ眠りにつくまでの間、リナの抱擁は続いた。
(リナには敵わないな……)
悲しみに暮れる子竜と、聖女の如き優しさで受け止める少女を僕はただ、見守り続けていた。
……
…………
…………………
「兄さん。ハクちゃん、泣き疲れて眠ったみたい」
「そうか。リナ、ありがとう」
丸くなって寝息を立てる子竜を胸に抱き、リナは僕の側まで歩み寄った。僕は素直に礼の言葉を述べ、リナと肩を並べて来た道を引き返す。
「…………」
見られている?
視線を感じた気がした僕は後ろを振り返る。が、そこには誰もいない。
「どうかしたの、兄さん?」
「誰かに見られた気がしたけど……うん、気のせいみたいだ」
上目遣いで覗き込むリナの視線に気恥ずかしさを覚えた僕は、宙を見上げ頬をかいて返事をする。
「お別れのお見送りかな?」
「そうかもな。ここは竜達の墓だし、幽霊なんかがいてもおかしくはないしな」
「ちょっ、ちょっと、お化けとか言うのやめてよね、兄さん」
ジト目を浮かべて、恨みがましく僕に抗議を述べるリナ。そういえば、虫ほどではないにしろ幽霊やお化けの類も苦手だったか。先程まで平気で話していた母竜だって、幽霊みたいなものなのに……。こういうところは相変わらず難儀な義妹だ。
「そんなこと言っても、最初に言いだしたのはリナじゃないか」
「う~っ」
「わ、わかったから、そんな目で睨むなって。ほら、先を急ぐぞ!」
「あっ、こら。まちなさ~い」
この時の僕達はまだ気づいていなかった。
「…………」
影から僕らを監視する視線の存在。そして、僕に訪れる未だかつてない危機。
そう遠くない未来に訪れる運命を僕達はまだ、知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回もまた、お読みいただければ嬉しい限りです。




