第67話 ドラゴンの聖域~語られる真実
——竜の墓場
そう断言できたのには理由がある。骸の山々の中には、生前の姿を保ったまま石化したものもあったから……。
(似ている……。巨大化したハクと……)
頭頂部の二本の角。額の丸い球状の突起。ハクのようにクリスタル状の皮膚はないようだが、外見は明らかに酷似していた。
「きゅぅー、きゅぅぅううううう!!!」
「ハク!? ちょっと待てって!」
僕の背中から小さな羽を広げてハクは飛び立つ。まだ上手く飛べないので、地面に着地してトテトテと前へ駆けていく。慌てて後を追い向かう先を視界に入れる。同時に首から下げた指輪は明滅し、リナの口から言葉が漏れる。
『あれも竜……なの?』
「恐らく、な!」
一人先を行く子竜を捉まえ、リナの意見に同意。目の前のずっと先、丁度ドラゴン達の墓場の中央には山のように巨大な竜骨が佇んでいた。地に横たわり、自らを覆うように竜翼を畳んでいる。骨と化しても、その姿は崩れることなく元の原型を留めていた。周囲のどの躯より遥かに大きい。この場所に眠る竜達の王だと悟るのには十分な程だ。
ジタバタと腕の中で暴れるハクを抱きかかえ、そっと頭を一撫でしてから両脇に手を添える。後は腕を天に向かって伸ばす——要は“たかい、たか~い”を自然と僕は実行していた。
「暴れるなって。僕が走ったほうが、もっと速いだろう?」
「きゅー……」
子竜の瞳を覗き込む。ハクは小さく声を漏らし、羽と尻尾が項垂れる。暴れるのを止め、僕の背中へと飛び乗った。
「少し飛ばすから、しっかり掴まっているんだぞ」
「キュッ!」
崖を飛び降り、亡骸の一つの背骨にあたる部分に着地して、前方を一望。ハクの目指す場所は、竜達の王と思しき亡骸の元。竜の骨と骨が重なり合う、竜骨の道のりを背中に背負った子竜と共に一気に駆け抜けた。
「なぁ、リナ。一つわかったことがあるんだ」
『えっ?』
骨々に手をかけ、隙間を抜け出しながら僕はリナに話しかける。背中の子竜に聞こえないように、というか今のハクには何も聞こえていないのが正直なところ。
「ハクの様子が変わった理由が分かったんだ。最初は楽しそうにしていたのに急に元気がなくなっただろう?」
『うん、そうだね……。やっぱり、故郷に着いて嬉しかったけど中々、お友達に会えなくて寂しくなったのかな?』
「概ね正解」
『と、言うことは他に何かあるの?』
辺りの竜骨を見回すように首から下げた指輪をかざす。指輪の上に何となくリナの疑問符が並んでいるように僕には見えた。
「これは僕がハクと契約しているから、気付けたのだろうけど……」
と、リナに落ち度はないことを前置きにして辺りを見回す。
「ここの竜達なんだけど死しても尚、竜特有の気、っていうか魔力を未だに纏っているんだ。だから、ハクはその気を感じて『仲間がいる』、って考えたんだ……」
『それじゃ、もしかして!?』
その声からは、リナが答えへと至ったことが伺える。
「そうだ。仲間の気を辿って進んでいくうちに、ハクはどこに向かっているのか気付いたんだ。それが意味することにも……」
——仲間達は、もうこの世にいない。
ハクにとって絶望以外の何ものでもなかったはずだ。背にした子竜の微かな震えに、心臓が締め付けられそうになる感覚を覚える。ハクの名を呟き、続く言葉を失うリナもまた同じ想いを抱いていた。
「そして多分なんだけど今、向かっている先にあるのは、きっと……」
『きっと?』
「ハクの……親、なんだと思う」
『ハクちゃんのお母さん? でも、それじゃあ、そんなの、そんなのって……ないよ!』
「リナ……」
明滅する指輪から聞こえるリナの涙交じりの叫びに僕は何も返すことが出来なかった。今はただ前に進むのみ——僕にできることはそれだけで、ハクとリナを元気づける魔法のような言葉を僕は知らない。こうなることが分かっていながら、リナに僕の考えを打ち明けたのには理由がある。ハクはきっとこの後、深い悲しみにくれることになる。リナとハク、二人同時に支えられるほどの器用さは、残念ながら僕には無い。前もってリナに話したのは先に事実を受け止めてもらうため。付け加えれば対面を果たした後、リナにはハクと一緒になって悲しむのではなく僕と一緒に支える側について欲しい、という欲も少しはあった。
(卑怯だな、僕は……でも)
首から下げた指輪を一撫ですると、柔らかな光とともにリナは言葉を紡いでいく。
『兄さん。わたし、ハクちゃんの力になりたい……』
「強いな、リナは……」
『そんなことないよ。わたしも悲しいけどでも、本当に一番辛いのはハクちゃんだから……。泣いているより、もっとすることがあるから、ね?』
「ありがとう、リナ」
(本当に強いよ、お前は……)
リナの包み込むような優しさ、そして温かさが何よりハクには必要になる。その確信が僕にはあった。
——支えよう、二人で……
背中で震える子竜を背負い直し竜骨の中を駆け抜けた。
「きゅぅ……」
間もなくして目的の場所に着くと同時に僕の背から元気のない声が漏れる。間近で見ると、より大きく見える竜の亡骸からは、やはり命ある者の息づかいは感じられない。が、漂う竜の気は道中に感じた他の竜達とは一線を画す程、強大……にも関わらず威圧感めいたものは欠片もなく寧ろ安心できる——あえて形容するなら神秘的な輝きを放っていた。
『あなたが、ハクちゃんのお母さん、なの?』
見上げた僕の視線の先を追ったリナが口を開く。
骸は何も答えない。
「ハク……」
相棒を呼ぶ僕の声は静寂の中へ溶けていく。ほんの数秒のはずの間が、何だかとても長く感じられてしまう。まるで、金縛りにあったかのように、それ以上は何も言えないでいる僕とリナ。いや、少し違うな。本当は僕もリナも心のどこかで気付いていた。今、この時を動かすのは僕達ではない、と……。自然、僕の意識は背にした小さな相棒へと向けられる。ハクはそれを知ってか知らずか、埋めていた顔を上げると羽をピクッと震わせた。
「キュッ!」
僕の背から飛び降り、ハクはトテトテと歩を進める。やがて亡骸の足元にまでたどり着くと、物言わぬ竜骨に擦り寄り甘えと寂しさを同居させた声で鳴き始めた。
「きゅぅ、きゅー……」
見上げるハクの瞳から一滴の涙が零れる。僕の……僕とリナの目頭もまた熱を帯び始める。決壊しそうになる涙腺をひたすら堪え、僕は子竜の傍まで近づいた。
「くっ……」
かける言葉が見つからず、ハクの背まで伸ばした僕の手が虚しく空を切ったその時だった。ハクの流した悲しみの証が頬を伝い竜骨に一粒の雨となって降り落ちる。微かな雫が弾けて霧散すると、辺りに漂っていた竜の気が呼応して白銀の輝きを放った。
「キュゥッ!」
『兄さん!』
「一体何が……」
その思考はすぐに停止することになる。
…………
「リナ、今何か聞こえなかったか?」
『う、うん。何か聞こえた、ような気がする……』
「ハク、お前はどうだ?」
「きゅぅ、きゅー……」
母に甘える子どものように甘えた声を出して、ハクは竜骨に頬を寄せている。言うまでもなく、はっきりと何かを聞き取ったことが伺えた。間違いなく目の前の竜の魂が語りかけたのだろう。銀色の光の瞬きが激しさを増す。
——おかえりなさい……
「っ!?」
『兄さん!?』
「あぁ、今度は、はっきりと聞こえた」
その声は聴覚に働きかけることはせず、脳に直接語りかけてきた。穏やかで優しく、柔らかな女性を思わせる雰囲気だ。ハク達竜にオスとメスの概念はないけれど、リナが何度か言葉にした通り、ハクの“お母さん”と表すのが一番しっくりくる。
——よく無事で……
「キュッ、キュゥ」
——そう……。人の子……、キョウマと言うのですか?
「えっ、僕!?」
感動の親子の対面場面で急に話を振られ、不覚にも周りを、きょろきょろと見回してしまった。そんな僕に目の前の竜は笑みを浮かべたように僕は思えた。
——ええ、そうです。我が子を守ってくれて、本当にありがとう……
『あっ、兄さん照れてる!』
「う、うっさい」
『ほ~ら、やっぱり照れてる』
「うぐ……」
赤くなった僕をリナがからかい始める。一方的にやられる僕に援護射撃をしてきたのは予想外の人物?だった。
——仲が良いのですね?
『はぅっ!』
思わぬ支援砲火にリナは驚きの声を上げている。指輪の中では耳まで真っ赤にしていることだろう。
『そ、そんなことより、一体これはどういうことなのでしょうか?』
直接、頭の中に語り掛けてくる現象の他、リナの言う“これ”には様々な疑問が込められていた。
ハクのこと
竜達に起こった出来事
数えきれない程、この場所に眠る竜達のこと
聞きたいことは、上げれば尽きることはない。そして中でも、言い出しにくく最も確かめたいことは、尋ねるまでもなく本人から紡がれた。
——こうして、話していられる時間はそう長くはありません……
ある程度、予想はしていたけど、正直言って外れて欲しかったのが本音だ。足元で見上げたままの相棒の背中を見ていると、胸が締め付けられる想いを抱くからだ。今、僕達に語り掛けている母竜も当然、気付いているはず。気付いているはずが、何も触れることなく淡々と話を進めていく。僕にはそれが、自分を押し殺して使命を優先しているように映った。
——今から、我々に何が起こったのか、直接送ります……
「うぐっ……」
目の前で突然、光が弾けたかと思えば次から次へと脳裏に様々な映像が浮かんでは消えていく。
かつて、この世界に降り注いだ隕石の数々。宇宙の彼方よりもたらされた星の力により誕生した真なる竜。数多の種族の頂点に君臨し神の如き存在にまで至る。
だが、強大な力を持つが故、敵も多くいた。憧れ近づかんと進化の道を模索する者、利用しようとする者、その力を我が物としようとする者……、理由は多々あれ彼らは揃って敵対し、争いの日々を重ねることとなる。竜の歴史イコール戦いの歴史とも言えた。
そのような時の流れの中、ある一つの邪な存在が誕生する。当初、それは竜から見れば取るに足らない矮小な存在でしかなかった。が、この世界のどんな生物よりも傲慢で賢く、狡猾であった。
人間——そう、そのちっぽけな存在は人間の一人だった。彼は魔術にも精通し、あらゆる禁術を用いて竜に近づこうと……否、竜そのものになろうとした。その果てしなき欲望の過程で、彼の同胞も含めた数多くの命が失われることになる。
“アノチカラヲワガテニ”
いつしか天井知らずの邪念は最早、人の器では収まりきらず異形の者へと姿を変える。その頃には彼の周囲には同じ野望を抱く者達が群れを成して集まっていた。
時の針は更に進む。
一体の真なる竜が瀕死の重体で横たわっている。傍には、かつて人であった邪な存在が高笑いをしていた。彼は“住処からはぐれた子どもの竜を人が攫っている”と嘘の噂を立て、おびき寄せたのだ。当時、竜はその強大な力故に自尊心が強く、仲間内でも連携を取ることが少ない。その隙をつき、罠のある場所へと誘い出し遂には竜を仕留めることに成功したのである。
“コレデ、リュウノチカラガワガモノニ”
囚われの竜を影となった彼が包み込む。両者はどろどろに溶けて混ざり合い、やがて一つとなった。
漆黒の闇竜——魔神竜誕生の瞬間だった。
この時点ではまだ、魔神竜の力は真なる竜に遠く及ばない。以降、同じ手法で数々の竜達を取り込み、その力を高めていった。連携の取れていなかった竜は格好の餌食であった。
“マダダ……マダ、タリナイ……”
最早、魔神竜の力に敵う竜は、いなくなっていた。ただ唯一の例外、白銀の星竜を除いて……。
一方、数多の竜が犠牲となる中、ある竜が同胞に警鐘を鳴らす。それは唯一魔神竜に対抗できる存在——白銀の星竜がバラバラだった仲間達を一つに束ねたのである。
それから、人の目に触れることのない歴史に残らぬ戦争が始まる。
白銀の星竜率いる真なる竜の軍勢と魔神竜率いる偽りの竜による戦い。既に魔神竜達により荒れ果てた大地を傷つけぬよう星竜たちは特殊な結界内に魔神竜達を閉じ込めて戦に臨んだ。
昼夜問わず広がる戦火、次第に真なる竜達は追い詰められていく。数で劣っていたこともあるが、結界を張ったことによる消耗も大きい。何より魔神竜と、その軍勢の戦力を見誤ったのが大きな原因だった。
やがて敗戦を悟った白銀の星竜は大きな決断を下す。魔神竜の狙いは、この身に宿した白銀の力。
——絶対に渡しはしません。どうか、この子の助けとなる者の元へ……
断腸の思いに駆られる中、異次元への扉を開き我が子を別世界へと送り出す。
——できれば、この子が争いのない幸せに暮らせる世界に……
望みの薄い願いとともに、ただ自身の子の幸せを願って……。
お読みいただきありがとうございます。
少々、中途半端かもしれませんが、キリが良いので続きは次回となります。
次話もまたお読みいただければ嬉しい限りです。




