第65話 ここ掘れ「キュッ、キュッ!」
短めですが、キリが良いので区切って投稿します。
スコップを地に突き立て、かいてもいない額の汗を拭う。すっかり板についてきた孤独の回廊での探索活動。ここ最近、僕の姿を見るなり目の色を変えて襲って来る魔物と遭遇することは、すっかりとなくなってしまった。まあ、それでも時々襲って来る敵に対しては、木刀を一閃してねじ伏せているけど……。
(ダンジョン内の危険度が下がっている気がする)
そんな僕の印象を裏付けるように、今日のハクは、お外に顕現して一緒に探索をして回っている。
「なぁ、今度はここを掘ればいいのか?」
「キュッ!」
「了~解」
地面をペチペチと叩く相棒に従い再び作業を開始。魔物に襲われる心配もないので、本日の探索は素材集めとマッピングが主な内容。うん、捗る、捗る。
『本当に魔物、出なくなったよね……』
と、呟くリナに気付いたハクが僕の首から下げた指輪を見上げる。
「キュキュッ、キュィッ!」
「えっと……、『それはこの前の“だるまトカゲ”がいなくなったから』、と……」
(だるまトカゲ……。そういや、ツインヘッド・カースドラゴンなんて大層な名前だったな)
少し前に屠った敵の姿を脳裏に描く僕の傍ら、振り手振りを加えた子竜の訴えは続く。
「キュッキュキュ、キュキュキュキュィッキュッ!」
「ふむふむ……。『これまでに倒した魔物のほとんどは、あいつの瘴気にあてられて狂乱した魔物達、または元々の部下。そういえば、ダンジョンの外にいた魔物にも一部、影響があったみたい』、と……。そういうことだったのか」
「キュィッ!」
得意気に頷く子竜。そういえば、と僕は少し前のことを思い出していた。
(いつぞやの虫の大群や集落周辺に出た魔物も瘴気のせいで凶暴化してたのかもしれないな)
ふと、指輪に視線を向けると微かに明滅している。どうやら、リナも同じことを考えていたのか何かを呟いている。
『いやぁ~。むし、いやだよぉ~』
「……。あ~、よしよし、今は虫なんていないから落ち着こうな、リナ」
『……うん』
トラウマからリナを引き戻して、一安心。せっせと地面を掘り始めること数分後、何か硬いものを突く感触がスコップを握る手に伝わってくる。
「この辺か?」
「キュィッ!」
——あとはまかせて!
そう告げるハクに従い僕は半歩、後ろへ下がる。立ち位置を入れ替え、続きをハクが掘り起こしていく。左右に尻尾を揺らし、小さな手で「キュッキュ」と土を払いのける姿は僕とリナの心に十分すぎる程の潤いを与えてくれた。
「キュッキュッ、キュィッ!」
「おっ、終わったのか?」
「キュッ!」
ハクの両手にはゴツゴツとした黒い石の塊が乗せられている。「偉いぞ~」と頭に手を乗せ撫でると、目を細めて喜んでいるのがわかる。
「キュッ、キュッ、キュッ」
僕が撫で終えると、トコトコと歩いて何もない地面の上に手にした石を置く。
「あれをやるんだな?」
「キュキュゥ……」
「任せた」
「キュィッ!」
石と睨み合うハクの身体から魔力が溢れる。既に何度か目にしているけど、使いようによっては非常に便利なようにも思えてくる。おっ、どうやら準備はできたようだ。
「キュゥーーーーーーーーーーッ!」
ハクの口から勢いよく放たれる炎が螺旋を描く。スキル、【とるね~ど・ふぁいあ】は問題なく発動中。消費した魔力の補充にまた、猫缶をだしてあげないと、なんて考えながら炎の対象となっている黒い石へと視線を注ぐ。
(焼けてる、焼けてる)
スキル名は一見、情けなく見えるものの、侮りがたい特徴が一つある。変身した時と違って子竜形態時の場合、対象を選別して効果を発揮することが可能となる。
この前、冒険者組合に行った際、待合室の片隅にいたとある害虫をハクが焼き払っているのを見た時、初めてその効果を知った。一瞬、火事を心配したけど床や壁を全く焦がすことなく、件のとある害虫だけを消し炭に変えていたのには、正直言って驚いた。ちなみにその時、リナは僕の背に隠れて「きゃー、きゃー」、と悲鳴を上げていた。そして、全てが終わった後で僕が「今度、ハクの力を使って害虫駆除の依頼を受けるのも良いかもしれないな」、と話したら「絶っ対! イヤッ!!」と全力で拒否されてしまった、なんてことがあった。
と、いうことで今現在、ハクが燃やしているのは石の塊の不純物。取り出したい素材は、そのまま残す算段だ。更に言うと、孤独の回廊で採取できる素材は特殊らしく、ハクの魔力を浴びると活性化することが分かっている。
「キュィッ!」
「終わったようだな。リナ、解析を頼む」
『うん、いいよ!』
首から下げた指輪をハクの横に転がる紅の鉱石へと向ける。先程までの黒い塊とは思えない程、つやのある光沢を放っている。これは期待できそうだ。
『結果、出たよ!』
リナの声と同時に現れる解析結果、僕達は揃って画面を覗き込んだ。
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【竜炎鉱・紅】
長きに渡り、竜の魔力を浴びた鉱石。
竜の放つ炎の魔力によって活性化し、更なる進化を遂げた。
武具製作の素材に使用可能。
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「なんか、また貴重そうなのが出たな……」
『これも、お店には売れないね。持って行ったら騒ぎになりそう……』
「きゅぅ……」
「いや、別にハクが悪い訳じゃないからな」
『そっ、そうだよ。逆にハクちゃんが凄すぎるだけなんだって』
「キュー……、キュイッ!」
相棒が元気を取り戻してくれた。安心した僕は【竜炎鉱・紅】を収納空間に片付ける。
「さて、そろそろ出発しようか」
「キュッ!」
「って、ちょっと待てハク! そっちには……」
僕の前を横切り、トテトテと走る相棒の両脇に手を添え持ち上げる。足をばたつかせ尻尾がペチペチと僕の腕を叩く。
「落ち着けってハク、そのまま進んでいたら罠に引っかかるところだったんだ」
「キュキュ?」
ジタバタしていたハクの手足と尻尾が大人しくなる。僕の言ったことは嘘ではない。試しにハクの進もうとしていた場所に適当に拾った小石を投げる。
——ガコッ!
と、典型的な音と共に落とし穴が出現。小石は底の見えぬ奥へと消えていった。
「きゅぅ……」
「行きたい場所があるんだな?」
僕はしゃがみ込み、目線をハクのそれと合わせる。頭に手を置くと子竜の小さな双眸が僕を見上げている。
「僕が連れて行ってあげるから安心しろって。ほら、背中にしっかりと掴まるんだぞ」
「キュィッ!」
相棒子竜を背負い、進むこと数十分。ここまで魔物との戦闘は一度もない。分岐点に到着するたび、行き先を背中のハクに尋ねて迷わず進む。今のところ、これまでの探索で既にマッピング済みの通路を進んでいる。それ故、ついつい愚痴じみた疑問が漏れてしまう。
「う~ん、いい加減、この辺に続く道が見つかってもいいのにな……。それとも何もないのか?」
指輪の機能を用いてリナが出現させたミニマップのある一点を僕は見つめる。視線の先には黒塗りのまま、未だ埋まらぬマップのとある区画。その周辺は、いくつもの通路がグルグルと取り囲む迷路となっている。見つからぬ解を前にして、首を傾げていると背中にペチペチと相棒の尻尾の感覚が伝わってくる。
「キュッ、キュイッ!」
「えっ、ハク!?」
『どうかしたの、兄さん?』
「いや、『今、向かっているのは、そこだよ』って……」
『それって!?』
「僕もよくはわからない……けど、そこに何か一つの答えみたいなものがあるような気がするんだ。……って、どうやら着いたらしい」
背中をトントン叩くハクの小さな手の感触が目的地に着いたことを教えてくれている。立ち止まって、正面を軽く眺めてみる。前方はただの行き止まりにしか見えない。
「ここ……なのか?」
何か絵や記号が描かれているわけでもなく、レバーやスイッチも見当たらない。それでも僕には何もないことが寧ろ、何かがあるお約束のように思えていた。
「キュー」
「わかった、これでいいのか?」
「キュッ!」
背負っていた相棒を壁に向けて抱き直す。小さな手と尻尾を懸命に振り、高さや横の位置を僕に知らせてくれる。後ろから見ていると、なんだか和む。リナも同じ気持ちでいることは言うまでもない。『はわぁ~』、と蕩けた声がダダ漏れだからだ。
「キュキュッ!」
「了解、ここだな?」
「キュイッ!」
僕の頭の位置からやや右の位置でハクを固定。そっと、壁に向けて子竜は小さな手を伸ばす。
——ドクンッ!
右腕が熱い。ハクの手が壁に触れた瞬間、一面に僕の腕に刻まれた紋章と同じ魔法陣——円の中に竜の片翼を模した印を背に「剣」を重ねた紋様が浮かび上がる。
「ハク、これは一体!?」
「キュッ、キュキュッ!」
——ぼくを、しんじて!
魔法陣から突如として溢れる銀色の光が僕達を包む。ハクの声を片隅に徐々に意識が薄れていく。それでも、悪い気はしない。何か優しく温かな温もりに包まれているようで、どこか心地良かったからだ。
やがて、光は粒子となって舞い散り魔法陣もまた霧散していく。辺りに僕達の姿はなく、何もない壁だけが静かに佇んでいた……。
お読みいただきありがとうございます。
次回、衝撃の展開があるとかないとか……。
次話もお読みいただければ嬉しい限りです。




