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第64話 らっこ~子竜のスキル!

ほのぼの回です。

 それは、いつものように探索の疲れを拠点で癒した翌朝のこと……。


「いくぞ、ハク!」

「キュィッ!」


 互いに向かい合い意気込んで床に座るキョウマとその相棒子竜。双方の真剣な眼差しが交錯し、早朝の冷たい空気を一段と引き締める。朝っぱらから一体、何を始める気なのだろう、とリナは朝食の準備を進めながら小首を傾げていた。


「まずは、ほんの小手調べ。“お手”!!」

「キュッ!」


 ——お手


 間違いなくキョウマは“お手”、と言った。朝一番に突然と飛び出た珍妙な台詞はリナをズッコケ寸前へと追いつめる。辛うじて転倒を免れたリナは食器の数々を絶妙なバランスで、どうにか落とさずに持ちこたえた。


(何!? 一体、朝から何をしているの?)


 怪訝な表情を浮かべ、リナは元凶へと視線を移す。丁度、キョウマの手の平の上に子竜の小さな手が乗せられている場面が目に映った。


(わぁ~、ホントに“お手”してる~)


 若干の羨望を抱きながらリナの瞳は、蕩けきったものへと変わる。今すぐにでもキョウマと代わりたいのが本音。


「やるな、ハク! なら次は“おかわり”だ!!」

「キュキュッ!」

「はわぁ~」


 キョウマの指令にハクは姿勢を正し、俊敏な動きで応えていく。その一挙一動にリナからは感嘆の声が漏れる。


「よし! 今度は“まて”!」

「キュウッ!」

「えへへ~」

 ぴとっ、と背筋をのばして座るハクは、ぬいぐるみのようにも見える。リナの蕩け具合は最高潮を迎えていた。


「ラスト! もう一度、“お手”!」

「キュィッ!」


 最初と寸分違わず繰り出される“お手”。綺麗に決まった直後、キョウマとハク、互いの口端はニヤリと僅かに吊り上がる。リナの瞳はそれを見逃してはいない。気付いてはいても正直、どうでもよかった。


「よ~し、いいぞ~。ハクはお利口さんだ」

「キュー、キュッ!」


小さなハクの身体を抱き寄せ、キョウマは頭を撫で回す。ハクは気持ちよさそうに目を細め、キョウマに擦り寄った。


「ちゃんとできたから、ご褒美だ。さて、今日は何が出るかな……」


 キョウマの懐から現れた猫缶は次の通り。


【THE・ねこ缶伝説(レジェンド) ~大いなる“まぐろ”編 × 1個】

【THE・ねこ缶伝説(レジェンド) ~夢見る“カツオ”編  × 1個】


「キューッ!!」


 取り出した恒例の猫缶をキョウマはハクの目の前に置く。子竜は両手を上げて喜びを表現し、大事そうに二つの猫缶を抱きかかえた。


「すごい、すご~い!」


 パチパチと手を鳴らすリナの視線はハクに釘付け。爛々と輝くその瞳は誰が見ても「自分もやってみたい」と物語っていた。一人、別世界へと旅立とうとするリナをキョウマは咳払いをして引き戻す。


「あ~、ごほん、見てたか、リナ?」

「えっ、あっ、うん! 見てた、見てた! ハクちゃん、凄いねぇ~。お利口さんだよ~」

「キュィッ!」

「だろ~。前にリナが『お行儀よくしないとダメでしょ!』、みたいなことを言ってただろ? だから、いい機会だと思って覚えさせたんだ」

「う、うん……」


 “お手”、“おかわり”、“まて”、どれも“お行儀”というより“芸”ではないだろうか。リナは浮かんだ疑問を口にせず歯切れの悪い相槌をする。得意気に語るキョウマはリナの様子に気付くこともなく次の言葉を続けていく。


「ハクも結構、戦闘をこなしているから、お行儀もスキル(・・・)として覚えられないか、と思って色々、試してみたんだ」

「キュッ!」

「スキル……?」


 目を閉じ、キョウマとハクは満足気に頷いている。一方のリナは手にしていた食器類をテーブルに置き、ナビゲーション・リングを淡々と起動させる。


「兄さん、これ……」

「ん、どうかしたのか?」


 映し出された画面を指差すリナの声に抑揚はない。姿なき疑問符を頭上に掲げ、キョウマはリナの指し示す先へと視線を落とす。


~~~~~~~~~~


≪スキル≫


・同調

・魔力制御補助

・変身:光翼の星晶竜

・とるね~ど・ふぁいあ

・ている・ぼんばー

・お手

・おかわり

・まて

・らっこ

・空き 


~~~~~~~~~~


「これは、ハクのスキルリストか!?」

「うん、そう……」


 目線はそのままにリナは一度だけ首肯する。成程、見る限り検証の余地は多分にある。キョウマは一番に気にかかった箇所——恐らく、リナもそうであるだろう、と確信し、言葉にしていく。


「スキル欄に一つだけ“空き”、とあるな……。と、いうことはハクが取得可能なスキルは後、一つだけということか?」

「ええ、そうみたい」


 キョウマは子竜の両脇に手を添え抱き上げると、そのつぶらな瞳の奥を覗き込んだ。


「ハク、お前……。スキルを覚えられるのは十個までなのか?」

「きゅぅ……」

「まだ、小さいから仕方ないよな。でもいつか、もっと習得できるようになるだろ、きっと!」

「キュィッ!」


 元気を取り戻した小さな相棒を下ろし、抱えていた猫缶の中身を小皿に移し替え目の前に置く。真っ白な体を震わせ子竜は「キューッ!」、と喜びの声を上げ食べ始めた。


「ねぇ、兄さん。ハクちゃんの貴重なスキル欄だけど、戦闘にも生活にも役に立ちそうもないスキルがあるままで、本当にいいのかなぁ?」

「う~ん。折角、覚えたばかりなのに忘れさせる、っていうのもな……。それにまだ、役に立たないと決まったわけじゃないし、もっと詳しく調べてみてからでも遅くないんじゃないか?」

「そうだね」


 画面を操作して、リナはスキルの詳細を映し出していく。その内容にリナは軽い頭痛を覚え、キョウマは執行されるかもしれない“お仕置き”に恐怖した。


~~~~~~~~~~

・おて

 綺麗に決めるとキョウマから猫缶を貰える確率UP。


~~~~~~~~~~


「「……」」


~~~~~~~~~~

・おかわり

 【お手】とコンボで決めると、キョウマから貰える猫缶の(ランク)が上がりやすくなる。


~~~~~~~~~~


「「…………」」


~~~~~~~~~~

・まて

 綺麗に決めると、キョウマから貰える猫缶の内、最低一個は“まぐろ”確定。

 一流のドラゴンたるもの、がっついてばかりではいけない。

 “まぐろ”のためには、お行儀よくしなければならない。


~~~~~~~~~~


「「…………………」」


 しばしの間、二人に流れる沈黙。打ち破るのはキョウマだ。何せ、このまま黙っていては何かしらの“お仕置き”が確定してしまう以上、回避すべく動かなくてはならない。額に冷たい汗が一滴流れる。それも当然。この後に続く一字一句が本日の運命を決定づけるのだから……。



「これで一つハッキリした。ハクの好物は“まぐろ”だ!!」


——スパコーーーーーンッ!


 真顔のキョウマの頭部に振り下ろされる黄金の一振り(ハリセン)。第一声で既に選択を誤ったことを物語る。


「そんなの、前々から知っています!!」

「いや、でも……今までは『もしかしたら』くらいで、ハッキリとはしていなかっただろう?」


 頭を押さえ若干、涙目で訴えるキョウマの反論に思うところがあるリナは「それも、そうだけど……」と素直に漏らす。


「でもでも! 十個しかない貴重なスキル欄を猫缶のために使うなんておかしいよ!!」

「うぐっ、それを言われるとな……」


 このままリナに論破されてしまうのか。お仕置きフルコースが確定してしまうのではないか。万策尽きかけたところで、キョウマは足元の小さな感触に気付く。


「キュー、クゥ……」

「ハク?」


 視線を向けると子竜がズボンの裾をクイクイと引っ張っていた。ふと、隣の小皿を一瞥すると中身は既にない。二つ分の猫缶は既に胃袋へと収めた後のようだ。


「どうしたんだ、ハク?」

「ハクちゃん?」

「きゅぅ……」


——ぼく、いけないことしたの?


 震える小さな瞳をキョウマとリナの二人は揃って覗き込む。通訳せずとも何を言いたいのか理解したリナは「ごめんね、ハクちゃんは悪くないよ」、と子竜を抱き寄せた。



「まぁ、いいんじゃないか? 変身すれば魔物の群れも怖くはないだろうし、そういうスキルがあってもいいだろ」

「う、うん……そうだよね、そうだよきっと!」


 子竜の愛くるしさに、すっかり虜となったリナは頬ずりしながら撫でまわしている。ハクもリナのスキンシップに満更でもなく目を細めて喜びを示していた。


「それにしても、ハク」

「キュ?」

「まぐろ、そんなに好きか?」

「キューキュキュ、キュィッ!」

「そうか『大好き』、か……」

「うん、うん。それなら猫缶を出すとき、もっと“まぐろ”を出してあげたら、兄さん?」

「そうだな……」


 唇の下に人差し指をあて、キョウマは一考する。実際のところ、キョウマが取り出す猫缶の種類は完全に不規則。とはいえ、特定の種類を狙って出そうとした試しは一度もない。果たして、できるのだろうか今度、試してみるのも悪くはない。


「キュッ!」

「ん?」

 

 まとまりかけたキョウマの思考を子竜の一鳴きが中断。真剣な眼差し(とはいっても、愛くるしい瞳からは中々伝わらない)でキョウマを見つめている。


「キュー、キュキュキュ、キュイッキュ!!」

「えっと、なになに……『まぐろへの道が安易なものであってはいけない』?」


 キョウマによる棒読みの通訳は続く。


「キュキュッキュ、キュキュー、キュィ」

「『困難であるからこそ、得られた時の喜びは大きい』」

「キュキュー、キュイッ、キュキュキュッ!」

「『まぐろ、という栄冠を手にするための道のりは長くて険しいものなのだ』、……と」

「……」


 リナは言葉を失い固まっている。抱かれたままのハクは、ウンウンと頷いている。その顔はドヤ顔にも見えなくはない。


「ごめんよ、ハク。僕は、“まぐろ”にかけるお前の情熱をちっとも、わかっていなかった」

「キュイ?」


 キョウマはハクの目線の高さまで腰を落とし、そっと語り掛けた。


「次からは、そう簡単に“まぐろ”を出さないよう僕も頑張ってみるよ」

「キュッ!?」


 と、突然としてハクはリナの腕から飛び立ち、キョウマの胸元へとしがみつく。


「キュゥウウウウウウウウウウウ!! キュッ、キュッ、キュゥゥウウウウウウウ!!!」

「えっと、ハク?」


——スパコーーーーーンッ!


 再度、キョウマ頭部に繰り出されるリナの一撃。


「兄さん!! ハクちゃん、泣かせちゃダメでしょ!!!」

「きゅぅ……」

(え~~~~~っ、僕が悪いのか!?)

「ほら、兄さん。早く謝る!!」

「あ~、その……」

「兄さん、めっ!!!」

「って、わかったよ。なんだか、ごめんよ。僕が悪かった」

「きゅう……」


 子竜はキョウマの胸元に頭を埋めたまま動かない。改善されぬ状況のまま刻一刻と時間は容赦なく過ぎていく。一分、一秒と経過していく毎に無言のまま立ち尽くすリナの怒りメーターは最高潮目掛けて急上昇。それはキョウマの断頭台への距離を意味する。


「うぐっ、ならこれでどうだ!!」


 ありったけの魔力を拳に乗せ、キョウマは全ての希望を一つに託す。高密度の白銀の輝きは凝縮され徐々に形を成していく。キョウマの手に握られた切り札、その名は……。



【究極!! THE・ねこ缶伝説(レジェンド) ~大いなる“まぐろ”編】


 “究極”の名を関する猫缶は今なお、キョウマの掌の上で光輝いている。加えて中身は“まぐろ”、子竜の大好物だ。


「キューーーッ! キュキュ……、キュィ、キュィッ!」


 うな垂れていたハクの全身に生気が舞い戻る。キョウマの胸元から飛び出すと、頬を小さな舌で舐め、力の限り擦り寄り始める。やはり、“究極”は伊達ではないようだ。子竜にとって最上級の一品なのであろう。つぶらな瞳はいつもの五割り増しで輝いている。


「ハク、くすぐったいって……」

「キュゥ、キュー」


 甘えた声の相棒にキョウマは肩を竦め、リナは「兄さん、いいな~」と羨まし気な視線を送った。


(おまけ)


「ところで、ハクの他のスキルはどうなっているんだ?」

「そうだね、見てみようか」

「キュィッ!」


~~~~~~~~~~

・同調

 契約者と意識、魔力を同調することができる。

 言語理解、感覚の共有、契約者の技の一部を使用可能、などの効果を得られる。


~~~~~~~~~~


「これは、まともだね!」

「なんか、トゲがないか、リナ?」

「さぁ?」

「まっ、いっか。この『契約者の技の一部を使用可能』は心当たりがあるな。僕とハクで放った合体技【二重(ダブル)竜爪圧壊ドラグ・クロウ・プレッシャー】なんかがそうだな」

「キュッ!」

「よし、この調子で次も見てみようか」


~~~~~~~~~~


・魔力制御補助

 契約者の魔力制御を補助する


~~~~~~~~~~


「これは……」

「まんまだね……」

「キュー、キュキュッ!」


 足元の子竜へとキョウマは視線を向ける。リナも兄に続いた。


「ハクちゃん、なんて言ってるの?」

「……、『【ウォーターコール(水召喚)】を使って』、だそうだ」

「?」

「まあ、とにかく使ってみよう」


 しかし、水の出る気配は全くない。


「キュッ!」


 すると、子竜は翼を広げて跳躍。キョウマの背に飛びついた。


「キュー、キュキュキュッ!」

「わかった。もう一回、やればいいんだな?」

「キュィッ!」


 今度は問題なくキョウマの手から水が出る。


「そうか、僕の魔力制御は本来、【アクセル・ウイング】に全て使われている。僕が他の魔力を使ったスキルを使えたのはハクのおかげだったんだな。すごいじゃないか!」

「キュッ!」

「それなら、猫缶もそうなのかな?」

「きゅぅ……」

(ん、何か歯切れが悪い気が……。まっ、気のせいか?)

(あ~、多分だけど……。兄さんに猫缶を作ってもらうために、他のスキルの魔力制御を引き受けたのかも。気付いてないみたいだし、兄さんには黙ってた方がいいよね?)


「それじゃ、次のスキルにするか?」

「そうだね、って言っても、あとは見たことあるし、いいんじゃない?」

「まあ、【変身】に【とるね~ど・ふぁいあ】、それから【ている・ぼんばー】はそうだとして、【らっこ】はまだだろ?」

「う~っ、あえて触れないようにしたのに」


~~~~~~~~~~


・らっこ

なんと、前払いでキョウマから二つも猫缶を貰える超優良スキル!

唯一の欠点は他のスキルと異なり、マグロ率にプラス補正が働かないこと


~~~~~~~~~~


「やっぱり……なスキル」

「言ったな。その言葉、数秒後に後悔することになる。やれ、ハク!」

「キュィッ!」


 キョウマは猫缶を二つ取り出し、両方ともハクへ手渡した。すると子竜は床に、ごろんと仰向けになって横たわり受け取った猫缶の一つをお腹の上に乗せる。次にもう片方を両手に天井へと掲げた。


「キュッ、キュッ、キューーーーーッ!」


——コンコンコン!


 リズミカルに手にした猫缶をお腹の上のもう一つへと振り下ろす。その姿は“らっこ”そのものだ。


「はわぁ~」


 蕩けた笑みを浮かべるリナにキョウマはしてやったりの表情を浮かべる。


「ほら、後悔しただろ?」

「わぁ~、かわいい……」

「だめだこりゃ、聞いちゃいない」

「キュッ、キュッ、キューーーッ!」

「だが、これには一つ欠点があってな……」

「えへへへ、かわいいなぁ~」

「何度、叩いても結局は缶を開けられずハクは自分で中身を食べることはできないんだ」

「うん、うん♪」

「もう、いいや」

「キュッキュキュー♪」


 その後、ハクの【らっこ】スキルは一時間程、続いたという……。


~おしまい~

お読みいただきありがとうございます。

今話のような、ほのぼのとした回が今後も入ります。


次話もお読みいただければ嬉しい限りです。

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